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出陣

 将軍セレス、アリクブケ、ドゥムア、エイレーネーとその配下の兵を連れることにした。

 出陣を前に唯夜は兵士たちの前に立った。

「これは本来、ヒューベルとは直接関係のない戦いだ。でもいずれ帝国はメズルを併呑し、この国に押し寄せてくる。奴らは行く先々で男を殺し、女を犯し、子供を連れ去る蛮族だ。この戦いはこの草原とそこに住む者たちの未来を守るための戦いだ!」

 兵士たちの士気は予想通り高くない。だからこそ声高くこの戦いの利を彼らに伝えなければならないのだ。

「勝てば俺たちはより多くの利を得る。大陸全土に俺たちの名が轟く。これは俺たちの世界を広げる戦いだ。数に恃む帝国の犬に草原の狼の恐ろしさを教えてやろうぜ!」

 兵士たちは拳を突き上げて叫んだ。大地が揺れ、空が震える。夜渡祇軍は北部へ進軍を開始した。

 夜渡祇軍は騎兵だけで構成されていることもあってその進軍速度は速かった。アンネの指揮によって補給線は確保され、夜渡祇軍は飢えることなく進軍することができた。もちろん夜渡祇軍は干し肉や乾パン、馬乳酒、馬乳で作った栄養満点のチーズといった保存が効き、栄養価が高く、嵩張らない食糧を携帯している。

 彼らは通常の軍の三倍以上の速度で北上し、メズル王国に入った。事前に貴族たちに通達が入っていたらしく、そこでも補給と情報を得ながら進んだ。

「物見によりますと前方で同盟軍と帝国軍が交戦しているようです」

 伝令兵が唯夜に報告する。

「規模は?」

「帝国軍七千、同盟軍二千ほど。森の近くで戦っています。恐らく同盟軍は伏兵に遭ったと思われます」

「そうか。じゃあセレス、ドゥムア、助けに行くぞ! 残りは帝国軍の後方に回れ!」

 唯夜は一万五千の兵を連れて飛び出した。ある程度の秩序を保って逃げる同盟軍を襲う帝国軍の背後を強襲し、思う存分暴れ回った。突然の奇襲に驚いた帝国軍だったが同盟軍の反撃を受けて混乱状態に陥った。夜渡祇軍は自由自在に駆け回り、逃げ出した帝国軍を狩った。また、帝国軍の逃げた先にはアリクブケ、エイレーネー率いる部隊が待ち受け、集中砲火を加えた。

「はははは! 撃って撃って撃ちまくれ!」

 アリクブケ隊が逃げてくる本隊を迎撃し、エイレーネー隊が別の場所に逃げ散った敗残兵を討った。

 帝国軍を率いていた司令官イリオックはドゥムアに討ち取られ、九割を超す帝国兵の屍が積み上がった。残った同盟軍は遠巻きに夜渡祇軍を見ていた。攻撃するでもなく近づいてくるでもなく見守っていた。唯夜は軍を離れて同盟軍の方へ走った。それを見て同盟軍の中から一騎の騎兵がこちらに向かってきた。長い黒髪をはためかせてこちらに近づいてくる。二人は二馬身ほどの距離を保って向かい合った。唯夜の目の前にいるその妙齢の女は彼の暮らしていた世界でいう東洋風の顔立ちをしている。息を呑むほどの美貌であった。

「獲物を横取りして申し訳ない。ホーストン王国ヒューベル地方領主夜渡祇唯夜です。国王マリア陛下の命により参りました。遅ればせながらの参戦、お詫び申し上げます」

「初めまして。エクレン王国第七将ナナミです。貴方が噂の異世界人ですね。話が合いそう」

「?」

 ナナミはふわりと笑う。

「私も異世界から…。いいえ、この異世界に召喚されたのですよ。後輩ができて嬉しいです」

 この世界には召喚された異世界人が他にも何人もいることは聞いていたが数としては百人未満。会うことはないだろうと思っていたがこんなにも簡単に会えるとは夢にも思わなかった。

 二人はメズル王都ザイジャに向かう道中語り合った。

「へえ、ナナミさんは八年前に召喚されたんですね」

「そうです。十四歳の時に召喚されたので今は二十二歳です。召喚されたのは私だけでなく…弟もこの世界にいるんですよ」

 聞けば一度の儀式で召喚される異世界人が一人だけとは限らないらしい。昔は集落ごと召喚されることもあったという。

 王都方面から二千程度の軍が近づいてきている。鎧を見ると帝国軍ではない。エクレン王国軍の装いだ。

「敵が森の中にいることはわかっていたので敢えて近づいて引きずり出し、伏兵を仕込んだ狭い道に誘い込んで叩くつもりだったんですよ」

「邪魔してすみません…」

「いえ。おかげで犠牲も少なく済みましたし策を一つ温存できました。ありがとうございます」

 エクレン王国軍が両軍を迎えた。

「ああ、あんたが俺たちと同郷の異世界人か!」

 唯夜と同年代くらいの青年が声をかけてきた。爽やかな顔立ちの好青年だ。少し長い髪を後ろにまとめている。彼がナナミの言っていた弟だろう。

「はじめまして。夜渡祇唯夜だ。同郷の誼で仲良くしてくれ」

 唯夜が差し出した手を青年は握った。

「悠一郎だ。よろしくな」



 その後、唯夜はメズル王国国王アルクランド四世との謁見に臨んだ。謁見の間の奥、玉座には白髪の老王アルクランド四世が腰かけている。落ちくぼんだ眼窩から知性の光が輝いている。肌の色は薄黒く、皺が彼の顔や手を老人たらしめている。腰かけているため体格はわからないが絹の服からのぞく骨ばった手を見るに痩せているように見える。

 彼の近くには王国の文官武官が立ち並び、援軍に訪れたまだ十八にも満たない青年を品定めするように視線を突き刺した。

「面を上げよ。ホーストンの若き英雄」

 しわがれた老人の声に許されて青年は顔を上げた。両者は初めて視線を合わせる。唯夜はアルクランド四世の鋭い視線に気圧されそうになった。

「よくぞ来た。ホーストンは我が国を見捨てる気かと思ったぞ」

「は。参戦が遅れたこと、それによって同盟諸国の皆様が大きな損害を負われたこと、国王マリア陛下に代わりまして深くお詫び申し上げます」

「良い。貴殿の責任ではない。何よりこれまでの不覚はこれからの働きで帳消しにしてしまえばよいのだ。して貴殿とその軍にそれができるのか?」

 温和な声だった。しかし生半可な返答では許さぬという圧を感じる。帝国の侵攻を一年間も耐え凌ぎながらも国内の貴族を纏めあげたその明敏さが窺えた。

「勝てる戦いしか私はしません。勝てる戦場にしか私は来ません」

 短いその返答を聞いて王は笑った。

「良かろう。好きに動くが良い!」

「はっ!」

 唯夜は半日、兵士と馬を休ませた後、夜になってから全軍を率いて出発した。彼らは北のペルグエンテン平原に布陣していた帝国軍本隊に夜襲を仕掛けることにした。馬の足に布を巻き、口には木の板を噛ませる。音もなく彼らは本隊に近づいた。偵察兵は始末し、接近する。

「本当に上手くいくのでしょうか…」

 セレスが声を潜めて唯夜に尋ねた。帝国軍の数は十六万。対して夜渡祇軍は二万五千のみ。勝機は万に一つもない。

「ああ。上手くいくさ。ちゃんとついてこればな」

 そして十分近づいたところで蹄に巻いた布と口に噛ませた板を外させ、突撃を命じた。騎兵たちは雄叫びをあげ、火矢を放ちながら野営地を襲った。天幕に火を放ち、警備兵を刺し殺し、陣地を荒らしまわる。慌てて飛び出してきた帝国軍兵士たちは幾本の矢に貫かれて絶命する。

「そのまま突っ走れ!」

 夜渡祇軍は集まってきた帝国兵とまともに戦わずにそのまま彼らの後方に逃げていった。帝国軍は彼らを追ったが暗闇から矢を一斉に放たれて逃げ戻った。彼らはそのまま戦場に戻らず、山中に布陣した。

 報告を聞いた帝国遠征軍総司令官ミネルヴァは机を叩いて怒りを露わにした。

「斥候は何をしていたの! これじゃ意味がないじゃない!」

 その怒りを向けられた将軍たちは怯んだ。彼女はフェールハイト帝国第二皇女ミネルヴァ。十人いる皇位継承権所有者のうち二番目に武勇に優れた皇女である。二十歳にして戦歴は凄まじく、十二歳の初陣では五十人の敵兵を倒し、大将首を挙げた。それから何度も戦場に出て十八歳で十万の兵を率いて一国を攻め滅ぼした。軍事の才で彼女を疑う者はいない。攻守のバランスも取れており、どんな戦いでも容易くこなす。彼女の軍は向かうところ敵なしであった。

「申し訳ございません。斥候は皆、頭を矢で射られており…。それよりも逃げた軍はどうなさいますか?」

「偵察を出してなんとしても発見しなさい。夜襲を仕掛けてくるくらいよ。対して数はいないわ」

「生き残った者によりますと奴らは全軍騎兵で並外れた馬術であったとのこと。おそらくホーストン王国のヒューベル騎兵でしょう」

「先日、ベッケンの部隊を壊滅させた敵ね。奴らは油断ならないわ。六万の兵を向かわせて押し潰しなさい」

 その決断に諸将は驚いた。

「お、お言葉ですが奴らは草原の騎馬民族。山岳に逃げ込んだなら奴らは騎馬を活かせません。そこまで兵力を割く必要は…」

「奴らが不得手な山岳に逃げ込んだ今のうちに叩く。それができなくても戦いが終わるまで封じ込める。決して補給部隊を襲わせてはいけない!」

 朝になって帝国軍六万は本隊と分かれ、後背の山岳部に入った。帝国軍はヒューベル軍の規模を把握していなかった。スパイによると四万の兵士を養えるだけの補給がホーストン王国から出ている。それにメズル王国内に入ったヒューベル軍は部隊を細分化して進軍させたため、数を特定できない。先の戦いでは生存者の数があまりに少なく、戦いの全貌が見えてこないため兵力を特定できなかった。また、夜襲後に馬蹄を見たものの、彼らは乗り換えや運搬用にたくさんの予備の馬を連れている。どれだけの兵力かわからない以上、軍を小出しにすれば犠牲は増えるだけだ。

「正面の戦力を減らして同盟軍本隊の戦いを楽にするのが奴らの目的だろうけど私たちにはそれに付き合うしか道はない」

 夜渡祇軍を無視して同盟軍本隊を叩くこともできるが背後を突かれる恐れもある。そうなれば兵士たちは浮足立ち、戦いどころではない。兵士たちにとっては故郷へ帰る道を塞がれたようなものだからだ。逆に全軍で夜渡祇軍を襲えば同盟軍の攻撃を受けることになる。

だからこそ背を向けるわけにはいかない。兵力の分散も兵法上の悪手ではあるが必ずしも悪い結果に繋がるとは限らない。兵力差があまりに大きい今回の戦いであれば敵に背を向けることに比べれば無視しても良い程度のリスクであった。ミネルヴァの判断は純軍事的に優れたものだった。問題があるとすれば敵将夜渡祇唯夜は生粋の軍人ではなく、自らの勘と理論で戦う人間であったこと、ヒューベル騎兵の速度が彼女の想定を大きく上回っていたことである。

「かしこまりました。では本軍は同盟軍本隊への攻撃をさせますか?」

「ええ。そうね。補給の問題がある以上、戦いを長引かせるわけにはいかないわ」

 帝国軍は六万という大軍を夜渡祇軍が逃げ込んだであろう森の中に向かわせ、残りの十万で王都を攻撃させた。メズル王国王都ザイジャは広大な平原の中心に築かれている。帝国軍は急ごしらえの攻城塔や破城槌を持ち出して猛攻を仕掛けた。同盟軍七万は必死に応戦する。城壁や城内から矢を放ち、攻城兵器には油を投げつけ、火矢で燃やす。しかしこれまでの戦いで破壊されてきた城壁ではいつまでも持ちこたえることができない。何度も城壁への侵入を許し、その度に犠牲を払いながらも戦闘を続けた。

「もう少し…もう少しよ…」

 ミネルヴァは崩れゆく城壁を見ながら王国の終わりを確信した。忌々しきメズル王都の城壁に帝国の旗が翻る時は近い。帝国軍の将軍たちはそんな未来を信じて疑わなかった。だが遥か後方に立ち上る煙を見て顔色を変えた。

「あの煙は…?」

「で、殿下! あれを!」

 帝国軍の背後に二万の騎兵が現れた。帝国軍ではない。彼らが掲げるのは剣を咥えた狼の記章。かつて東方世界を荒らしまわっていた恐怖の軍団。

「ひゅ、ヒューベル軍...!」

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