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急報

 平穏は長くは続かなかった。東方のメルエベスキ王国がヒューベルの混乱に付け込んで攻めてきたのだ。数は四万ほど。

「侵攻予想地域の住人を避難させろ! 全地域から軍勢をかき集めて東へ向かわせる。中央政府に救援要請を出せ!」

「はっ!」

 唯夜は馬の準備をすると侍従隊五十騎を率いて東方へ走った。案内役に親衛隊数騎を連れている。敵はまだ国境に到達していない。西の砦を出発したところらしい。メルエベスキの不穏な動きは密偵や商人から得ていた。兵士たちにはいつでも東に移動できるように準備させていたし唯夜も東寄りの集落にいた。備えは十全とは言えないが負けないだけの戦いはできる。

 唯夜がヒューベルに来て行った施策の一つに狼煙台の設置がある。領土全域に狼煙台を設置し、敵軍襲来などの異変を発見すれば襲撃国、敵軍の数、本国への救援の要不要といった情報を前もって決めた方法で狼煙を使って知らせる。それを見た別の狼煙台が全く同じ狼煙を上げるといったリレーを行って州都ティハナに伝え、州都ティハナから狼煙を上げて領土全域と本国に伝える。それによって領土の東から西まで伝達に二日かかっていたものを三時間で行えるようになった。もちろん狼煙だけでは全ての事柄を伝えることができないし雨の日には役に立たないので伝達の主流は領土のあちこちに設置されている駅を用いての早馬である。

 唯夜がメルエベスキ王国の侵攻を知ってから二日後に王女マリアにその情報が届いた。すぐに文武官が呼び集められ、会議が開かれた。

「メルエベスキ王国が四万の兵をもって西の砦クランテンを出立、国境に向かっているとのこと。すでに国境を越えているとみて良いでしょう。夜渡祇卿は救援を求めています」

 アンネがマリアに報告する。宮廷はざわめきで満たされた。マリアをはじめ彼らは内戦が終結して間もないこの時期に遥か東方に援軍を派遣する余裕がないことを理解していた。ゴエティアの影響力は未だに強く、マリア派の隙を虎視眈々と窺っている。少しでも付け入れる隙を見せれば喜んでイリアス王女を擁して王都エレンを攻め落とすだろう。まだ即位式を執り行っておらず、正式に王位に就いていないマリアがそう易々と軍を動かすことができなかった。他にも問題がある。内戦で貴族側に味方した王国軍最高司令官マルクレーヌはその罪により最高司令官の役職と騎士団を没収されたが問題となるのはその後釜である。マルクレーヌ将軍は悪徳高い人物であったが、同時に有能な将であった。上級貴族生まれであるが少年期から前線で武功を挙げて昇進を繰り返し、五十代で王国軍最高司令官となった彼だったが騎士や民からの人気は決して低くはない。マリアは彼を罷免してコリント将軍を最高司令官に任じたがコリント子爵は既に老齢であるし北の覇者フェールハイト帝国への備えとして北方に駐屯している。軍は纏まりを欠いているし援軍として出せる兵もそれを率いる将もいない。

「こんな時に攻めてくるなんて…」

 マリアは唇を噛んだ。どうすべきなのか一向に見えてこなかった。武功を挙げたとはいえ千や万の軍を率いる将軍に任命するわけにもいかないし大臣にするわけにもいかない。かといって一部隊の隊長や一介の官僚にすれば他の者たちの不安を煽ることになる。あれだけの功績を挙げ、内戦の終戦に貢献した彼への褒賞が低ければその他の者たちは恩賞など期待できず離れてしまう。だからこれまで名誉職でしかなかったヒューベル地方領主に任じたのだがここでも彼に全てを委ねてしまうのはあまりに酷だ。廷臣たちは彼を疑っているが彼女は彼を信じていたし信じるしかなかった。援軍を拒む理由はいくつもあった。だがその選択は彼を見捨てる結果となる。

「我が軍の総兵力はヒューベル地方を除けば約九万七千。うち二万はコリント子爵の元で北方を守り、六万は貴族たちの私兵、一万二千が国境警備、盗賊退治、治安維持に出ています。残り五千が王都とその周辺の守りを担っていますが…援軍を出すとなると…」

 アンネは口を閉ざした。援軍を出す余裕はない。今のところ、武器を交えての戦いは王国内部にはない。しかしあくまで表面上のこと。すんでのところで血が流れていないだけだ。一度均衡が崩れれば再び血と鉄の闘争が幕を開けることになる。それだけは避けなければならない。少なくとも必ず勝てるという確信を得るまでは。

「ヒューベル地方の兵力は?」

「常備軍は四万ほどですが…一気に統率者を失って混乱の最中にあり、他国の侵略も有り得ることから迎撃に回せるのは精々半数ほどかと」

 ヒューベル族が支配者を失うことになったのは貴族軍のマルクレーヌが謀略を仕掛けたからだ。

「ですが夜渡祇卿は我が国屈指の用兵家。半数の軍でマルクレーヌ軍を破った実績もあります。援軍がなくとも彼ならば…成し遂げるのではないでしょうか…」

 それに真っ向から反対する者がいた。

「過去の成功が将来の成功を約束するものではないぞ。そもそも少数の兵で多数の兵に挑むのは愚策中の愚策。それも半数の兵で挑むなど。兵法の常道から外れています。それはもはや詐術の域です」

 マリア派に属する貴族の中で最も信頼できるミハイル・クロムバッハ伯爵。黒い豊かな髪をオールバックにして縛っている。長身かつ強面のため子供からよく怖がられているらしい。

「陛下、多少の無理をしてでも援軍をすべきです。内戦中ならばともかく今は内戦後です。領土が攻められ、救援要請が出ているというのに見捨てれば諸侯らは殿下に国土と民を守る資格なしと見て離反するでしょう。また、ようやく見えたヒューベル族との融和の道も消えます。最悪、夜渡祇唯夜という我々の切り札を失うかもしれません」

 彼は唯夜と同じように貴族共を極刑に処すことを強く進言していた。唯夜よりも少しだけ過激で、禍根を残さぬようにイリアス王女も王女を僭称する謀反人として処刑すべきと主張していた。

 慈悲の価値を理解できない者に慈悲を与えた結果、こうなった。その場にいる誰もがその考えを人知れず胸中に抱いていた。

「いや、さらに最悪なのが…夜渡祇唯夜がこの状況を切り抜け、ヒューベルの戦力を引き抜いて敵国に寝返りないし独立をした場合です」

「夜渡祇卿は殿下の臣だ。最後まで忠を尽くすべきだしそうするでしょう」

「主君が臣下を見捨てるのは良いが臣下が主君を見捨てるのは許さぬと?」

 絶対零度の言葉の剣がアンネを切り裂いた。

「し、しかし我々とて援軍を送りたいと思っています。その気持ちは彼もわかるはずでしょう」

「前線が求めているのは気持ちではなく兵と刃だ。そして誠意を相手に伝えるのは行動だけだ」

アンネは返す言葉が見つからず、顔を赤くして下がった。

 彼は次にマリアを見た。

「今更詮なきことですが殿下は逆賊どもを誅殺すべきでしたのです。しかもその理由を説明なさらない。罰を恐れずに申し上げますが殿下は夜渡祇殿に対して余りに不義理ではございませんか」

 彼は若き主君に厳しい言葉を投げかけた。彼はマリアに忠誠を誓っている。彼女が滅ぶ時は自らが滅ぶ時と定めて今日まで付き従ってきたのだ。だから臆さずに諫言を叩きつけることができる。

「こちらの事情に関りのない彼を本人の意思に反して元の世界から引き剥がし、召喚して戦わせ、忠言を一蹴した上に僻地に追いやった結果、今彼は生きるか死ぬかもわからない戦場に立たされている。彼らの国ではまだ成人していない子供です。ゴエティア如き朝敵より彼のような功臣に対して殿下のご慈悲を賜すべきでありましょう」

 結局援軍の派遣について二日間の会議を行ったが答えは出ない。援軍を出したいというのは全員の共通認識であったが問題は国内外の問題を抑えながらどう援軍を派遣するかについてだ。

 そして三日目、唯夜からの報告が書簡で届いた。マリアらはその書簡に書かれている内容について最悪の想定を禁じえなかった。

 アンネが震える声で読み上げる。

「我が軍、敵軍を壊滅せり。敵総大将をはじめ一万超の首を挙げ、多くの捕囚を得たり。対して当方の損害は軽微なり。とのことです!」


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