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第九話 『名無しの人形』

話は少し前へと遡る――。


「…今救急車を呼んだところだ。区凪(くなぎ)はここで待っててくれ」

僕と区凪は、(いのり)の不思議な術から生まれた海法師(うみぼうず)のお陰で、命からがら校舎から脱出する事ができた。

だが、区凪の傷は変わらず深く、安心はできない。

せめて止血でも出来ればと思ったが、僕にはそんな知識も、道具もなく、ただ励ます事しか出来ないこの状況を深く悔やむ。

とにかく事態は一刻を争う状況に変わりはない。


「ありがとな…それで、これからお前はどうすんだ?」


「幸い体はまだ動けるから、僕はここに残って考える」


「残るって……あの化物相手だぞ!?みすみす殺されにいくようなも…」


「それは分かってる。何も最初から、勝ち目の無い戦いを挑む程馬鹿じゃない――。なぁ区凪、今日の昼休みに話した事、覚えてるか?」


区凪の目がハッと見開く。

「まさかお前……!」


「――アークだ。自分達じゃ到底あの化物には敵わない。けど、最新の武装システムを搭載したアークなら。もしかしたら、倒す事は出来なくとも、退ける事は出来るかもしれない」


「お前、アークの事を過信しすぎじゃないか…?いくらアークが最新鋭の兵器を持ってたって、あれはそんな生半可なもんでどうにか出来るってレベルじゃねえぞ」


区凪は、不安そうな表情でそう言う。


「…区凪こそ、アークの事を過小評価しすぎだ。確かに一人のアークでは、黒董 漆(アイツ)に対抗する事は出来ないかもしれないけど、アークの強みは膨大な兵数。圧倒的な数での制圧。一個人で戦車以上の戦闘力を持っているアークが仮に百人、いや千人いたら?流石の黒董 漆(アイツ)も無視はできないはず」


「確かにそうかもしれないけどよ…」


「今はそれに賭けるしかない、時間がないんだ!」


区凪は、初めて見る様な真剣な顔つきの結生を前に、少したじろぐ。しばしの沈黙の後、区凪は覚悟を決めた様に、結生の肩をポンポンっと優しく叩いた。


「分かった…でも無理はすんなよ」

 

「お互い様だ、じゃ、行ってくる」


僕は、区凪をできる限り救急隊の目につきやすい所まで運び、町の中心部を目指して全力疾走で駆けた――。

 

今自分にできる事はなにかを必死に考える。

区凪にはアークに助けを乞うと言ったものの、この町に既に配備されているという確証はない。

アークの飛行性能はマッハ10(時速1,000km以上)と少し前何かの記事で見た気がする。

もしどこかの衛星が、今の日輪(ひのわ)高校の状況を感知できていれば、現在進行形で向かってきている可能性はある。


ただ、そんな根拠のない可能性に賭け、何もせず傍観している事は僕には出来ない。


「ああ……なんでこんな事…に…!」

 

自らの不甲斐なさに下唇を強く噛みしめる。

僕は何を思ったのかふと、校庭で拾った宇美(うみ)の生徒手帳をおもむろに取り出した。


生徒手帳の表紙には、中学の頃、三人で初めて街へ遠出した日の思い出——あの繁華街で撮った数枚のプリクラが貼られていた。


「………………」


その瞬間、心の糸がぷつりと切れたように、駆けていた足がピタリと止まる。


宇美(うみ)っ……!」


胸の奥に押し込めていた想いが一気にあふれ、視界が涙で滲む。

続けてそっと生徒手帳を開くと、今まで三人で過ごした様々な思い出が無数に並んでいた。

ページをめくるたび、色あせることのない記憶が鮮明に蘇ってくる。


僕たち三人の関係は、ただの"友達"なんかじゃなかった。

かといって、恋人とも少し違う。

宇美はいつも新しいものに目を輝かせて、何か見つけては真っ先に僕たちに話してくれた。

そんな宇美に引っ張られるようにして、僕たちはたくさんの場所へ行き、いろんなことを知った。


時には戦友のように、時には家族のように、支え合ってきた。


三人で過ごした時間は、どんな場所よりも温かくて、どんな瞬間よりも心地よかったんだ。


「くそ……っ、くそぉ……クソぉおおぉおおおっ!!宇美が……みんなが、学校の皆が、一体何をしたっていうんだよっ!!」


それぞれが、大切なものを胸に抱えて、当たり前の日常を守ろうとして――ただ、精一杯、生きていただけなのに。

怒りと悲しみのままに、脇にあった電柱を拳で力任せに殴りつけた。

ゴンッ――鈍い音が響く。

痛みなんて、もう感じなかった。


傍から見れば、取り乱した狂人のように見えただろう。

でも、そんなことはどうだってよかった。

言葉にできない、この理不尽などうしようもない感情を、ただぶつけるしかなかった。


何度も。何度も。何度も。


「……っ……」


拳が腫れ上がり、指が小刻みに震える。

けれど、この感情は止まらない。

「……」


突如として奪われた当然の日常――。

自分の弱さを噛み締めると同時に、災禍の梯(さいかのはしご)という存在の理不尽さに腹が立ち、打ちひしがれる。


…幾度とない殴打の末に、拳も満足に握る事が出来なくなった頃。

ふと、違和感が僕の胸を突く。

手を止め、視線を落とすと、そこにあったのは、土埃にまみれた、古びた手作りの人形だった。


「…これ、確か祈が、朝バスで忘れてった…」


おもむろにその人形を手に取った瞬間、僕は反射的に思わず人形から手を離す。


「こ…これは違う……コイツは……なんだ?」


確かに、朝に見た時の人形は、綺麗な金髪でエメラルド色の瞳に、白い純白のドレスだった。

ただ今拾い上げたこの人形は、髪は乱暴に乱れ伸び、白いドレスは血の様にドス黒く赤に染まり、心臓部には巨大な鉄杭が打ち付けられている。


なにより瞳の色は光を失い、口は無理やり縫い付けられた状態で閉じられており、表情はない。


ブチブチブチブチブチブチ――

「ウラメ」


「え、」


「ウラメウラメウラメウラメウラメウラメウラメ」


「うわぁあああぁあ!!!!」


人形の縫合が強引に引きちぎられ声を発する。

気味の悪い甲高い声に、思わず耳を塞ぎ倒れ込む。

その人間から少し目を離した隙に、いつの間にか手のひら程の大きさだった人形が、サッカーボール程度の大きさに肥大している。


「何なんだよ!?…お前……!」


「ん……?主こそ何者じゃ。お主、道間(どうま)の人間でもなければ、呪詛屋(じゅそや)の者でもないのう。盗人かっ!」


人形は突然跳ね起き、手を前に出しファイティングポーズをとる。


一体全体どうなってる――?


先ほどまで気にも止めていなかった(存在を忘れていた)人形が、今は魂が宿ったかの様に動き出し、僕へ向けて敵意を剥き出している。


だが正直、今更こんなことで驚く事はない。

この数時間で起こった出来事を思い返すと、この超常的現象にも説明がつく。

僕は改めてその人形へと向き直ると、一つの疑問を問いかけた。


「たっ、たまたま拾った、だけだ!おまえも祈の呪力で呼び出された使い魔か何かなのか?」


人形はいぶかしげな表情をしながらも、戦闘態勢をゆっくりと解き、腕を組みながら首を傾げる。


「いのり?はて、なんのことじゃら」


人形から表情を読み取る事は出来ないが、なぜだろう。

なんとなく嘘をついているようには思えない。


「わちはナナシ。文字通り、名前なぞない。ある目的の為だけに造られた呪いの人形じゃ。その目的以外は特になんの設計もされておらん。設計者がそのように造ったのじゃろう」


「設計者って…誰のことだ?」


「それが分かれば文句の一つでも言いに行ってやるわいな!」


癇癪を起こした様に、ナナシは両手足をジタバタとしてみせる。


「ただこれだけは言えるのう。わちを作ったその"誰かさん"は相当な呪術の使い手である事は間違いない。それもとびっきりのな。このわちが言うんだから、まちがいぬぁい」


人形はうんうんと頷く様にボソリと呟く。


「そ、それより…!いの…友達の状況が大変なんだ。突然災禍の梯とかいう奴が現れて――」


人形は驚いた反応を見せる。

それこそ頭の上に感嘆符が現れた様にオーバーに。


「そりゃあまたまた。随分と厄介な連中に巻き込まれたのう。あの学校に展開されている魔力の障壁は十中八九、其奴の仕業じゃろうの」


「時間がないんだ……何でもいい。力を貸してくれないか?」


「……よかろう。良いか悪いか…お主の手によってわちが目覚めたのは事実じゃ。さすれば契約はとうに、完了しておる」


「……?契約ってなんのことだ?」


怨恨(うら)みじゃ」

人形は語る。

「わちを造った者の仕掛けじゃよ。このカラダは言わば器。所有者の怨恨・憎悪・欝憤・憤怒――その他あらゆる負の感情を受け止どめる器じゃ。わちの体には、これまでお主以外にも数多の怨恨(うら)みが注がれておる」


人形は胸に手を当てそう告げる。


「なんでそれが今の今、このタイミングで――」

 

「器に注がれる怨恨(うら)みの感情が、わちの限界を超えてしまった。要するに容量超過(キャパオーバー)じゃよ」


…確かにあの時の自分は、怒りと憎しみの感情に突き動かされていた。

それに比べて現在は、先程に比べ嫌に冷静な自分がいる。


「力が欲しいと、ただ願ってた。誰かを助けることの出来る力が。その為だったら何でもする。僕には魔力なんて大層なものはないけど、それでも。教えてくれナナシ。僕は何が出来る」


人形はほんの少し呼吸を置きこう告げる。

「残念ながら無理じゃの。お主からは魔力の片鱗がカケラも感じ取れん。魔力とは、地球……。いや宇宙規模の大きな地脈から借り受ける力の事じゃ。普通の人間であれば、どんなに才が無くとも多少はあるものじゃが、お主には血脈紋(ちみゃくもん)すら見当たらない。まるで、この地から嫌われておるようにの」


と、そんな無慈悲な現実を告げられる。

分かっていたこと。

現実はそう簡単じゃない。

どれほど神に祈りを捧げようとも、誰もが望みどおりに救われるわけではない。

それが現実――そして、そこに折り合いをつけて生きることが、この世界の摂理なのだと、無理矢理にでも自分を納得させるしかないのだと痛感させられる。


「じゃがな、そんなおぬしにも、"一つだけ方法がある"」


人形の瞳が、かすかに揺れた。

さきほどよりも、どこか陰りを帯びたそんな瞳で。

その言葉の意味を確かめるように、僕は問い返した。


「その…方法ってのはなんだ?」


人形は、まるで終わりを告げる鐘のように、静かに、しかし確固たる口調で言い放った。


「主の命と引き換えに、"主の守りたいモノ"を守る方法があるといったら、どうするーー?」

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