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第七話 『明かされる過去』

それは、遡ることおよそ九百年。

とある某国で暮らすある少女のお話――。


少女の名前はファリサ。

雪のような白髪と透き通る白い肌を持ち、灰色の瞳が特徴的な少女。

彼女の外見は、周囲の人間とは少し違っていた事もあり、幼少期の頃はそれが原因で悩んでいる時期もあった。

ただ、周囲の人間の協力もあり、いつしか彼女にとってその特徴は、"個性"として好意的に受け入れていた。

 

その、ファリサという少女に黒董 漆(こくどう うるし)が転生したのは、ちょうど十歳の誕生日を迎えた時だった。


兄弟は四人いて(ファリサは末っ子)両親もいる六人家族。

貧しい暮らしだったけど家族仲は良く、温かい家庭だったと思う。


――そんなファリサには生まれつき持病があった。

およそ、二万人に一人が発症されるといわれている病で、体内のメラニン色素を生成する機能が正しく働かない病である。

その影響で太陽の紫外線にも弱く、外にはなかなか出られない為、普段から家に篭りがちだった。

(ファリサ)は、当たり前に過ごしている親兄弟が羨ましかった事もあったが、そんな妹を気遣って、家族全員で制限された範囲内でも、沢山の思い出を作ろうとしてくれた。


「自分のハンデを感じないくらいその頃の僕は幸せだったよ。こんな家族の形があるんだ、僕みたいな人間でも人並みの、いや人並み以上の幸せを得られるかもしれないってさ」


黒董 漆(こくどう うるし)は淡々と話を続ける。

――そんな生活が続き、約七年の月日が流れた。

その頃から、(ファリサ)の生活は以前までとは少し違っていた。

三人の兄弟の内二人は家を出て、残ったのは兄と父と母、(ファリサ)の四人。

母は流行病にかかり床に伏せてしまい、兄は人付き合いが苦手で仕事が上手くいかず失業中の状態。

家庭を支えていたのはほぼ父一人だった。

父は母の病気を治す為に必死になって、昼夜を問わず働き詰めで家には殆ど居ない状態。

久々に帰ってきたと思ったら二、三時間の短い仮眠をとりまた外に出る毎日。

父は徐々に(ファリサ)や兄と話す機会もなくなっていった。


そんな雨が降りしきる日のある夜。

ファリサはいつもの様に家事を一人で済ませ、母親の看病をしながらうたた寝し始めていたその時だった。


――ドゴンッ――

玄関の方向から何かが蹴破られた様な鈍い音がした。


不審に思った(ファリサ)は様子を見に行こうと腰を浮かしかけた時、隣の部屋の兄がひと足先に音のした方角へと向かっていくのが聞こえた。

その後暫しの息が詰まるような沈黙と静寂。

胸の奥にざわりと広がる不安を抱えながら、(ファリサ)も母の部屋をそっと抜け出し、部屋の扉に手をかける。

軋む音と共に扉を開け、足を一歩、一歩と玄関の扉を開けたその刹那。


――ガツン。


死角から何かが振り下ろされたような強い衝撃が(ファリサ)を襲う。

視界が瞬時にぐらつき、世界が反転する。

鈍器のような硬質な衝撃が、彼女の頭部を容赦なく貫いたのだ。

そこから先の記憶は曖昧……いや、最悪だ。

正直思い出したくもない。

(ファリサ)脳震盪(のうしんとう)を起こしその場で気絶した。

そのまま顔を黒い布で覆った大柄な二人の男達は、ファリサの手足を拘束し運ぶ。

どれほど先に運ばれたかは分からない。

そこまで遠くはないかもしれない。


そして次に(ファリサ)の意識を醒めさせたのは、形容し難い程の強烈な激痛だった。


「ン゙ー!!ン゙ー!!ン゙グゥウウッ!!!」


口には布を噛まされ、両眼にも布を巻かれている状態で、大きな声を出す事も、この状況を視認する事もできない。

分かるのは左腕部に感じる形容できない程の激痛。

まるで自身の体より遥かに大きい存在に、無理やり引き千切られたかの様な、脳が麻痺するほどの途方もない痛みの連続。

朦朧とする意識の中で、近くにいる男の一人が呟く。


「これではどのみち助からないだろう。いっそのこともう片方も…」


直後に脳へ電気信号の様な激痛が襲う。

 


「ッ!……ガ、ア……ッ! フク、ゥ゛ーーッ!!!」

 

猿轡を噛まされた口元から、くぐもった叫声を上げる。

歯を食いしばるたび、布越しに血の味が滲んだ。

喉の奥で叫びが暴れまわるが、上手く声にならない。

全身に走る激痛に、意識が白く塗りつぶされそうになるのを必死に耐えていた。

痛みというものはある一定以上の強烈な痛みを伴った場合、どこが痛いのか。

その損傷箇所すら認識する事が出来ないのだと初めて実感した。


――意識がトぶ。

全身からの異様な発汗。

痛みによる、数秒の間に何十回も繰り返される気絶と覚醒の繰り返し。


「…ここで僕は魔術を使ってすぐに転生をしようと思ったんだ。このままだと無抵抗でただ(なぶ)り殺されるだけだからね。ただ一つ、問題があったんだ――」


自らの意識をなんとか取り戻す。

今真っ先に行うべきは、相対する敵を速やかに抹殺(しょり)すること。

ただ問題は、手足の身動きが取れない状況で、魔術を発動することは困難を極める。

それこそ口も塞がれており、満足な詠唱を唱えることは出来ず、魔眼で対象に幻術をかける事もできない。

普段であればこんな虫ケラ、一瞬で抹殺(ころ)せるのに。

脳が完全に麻痺し痛みが緩和されてきた頃、(こんど)は左脚部を激痛が襲う。


「グ…ヴッ……!ゥ…グァ……ッ!」


身体の機能が停止する前よりも早く。

脳の神経回路が焼き切れる程の激痛が全身を駆け巡る。

今まで感じた事ない本当の死の恐怖が(ファリサ)を襲った。

瞬間、僕は下準備なしの詠唱無視で転生魔術を発動した。

後にも先にもこんな事が出来たのはこれが最初で最後だ。

転生先を選定する余裕なんてない。

一先ずは散々痛ぶってくれた男の片方にしよう。

どちらかなんてどうだっていい。

転生したと同時に、"最上級(さいじょうきゅう)殺意さつい"をもって、向かい側にいるもう一人の犯人の心臓を貫く。


ズドン――


たったの一突きでそれは終わった。

生命活動が停止した感覚が肌に伝わる。


…ふと視線を下に向けると。

左腕部、右腕部、左脚部の欠けたかつての自分(ファリサ)が、生気を失った瞳で、ただ茫然と天井を眺めていた――。


「…さて、昔話はこんなところで終わりにしよっか」


本をパタンと閉じた様に突然、満足した様子で漆は言う。


「その後の事は、想像にまかせるよ。僕はその後も転生魔術を繰り返して、現在に至るってわけ」


祈りは一瞬の思考の後、こう続ける。

「あなたの話を聞いていてもしやとは思ったけど…そのファリサって子、希少因子(ピグマリア)だったのね」

 

「あれ?知ってるんだ、珍しいね」


希少因子(ピグマリア)の人間は、ここ日本にも稀にいる。日本ではそれこそ崇められるような存在として。希少因子ピグマリアには特別で神聖な力があるとされている。でもとある国ではそのカラダ自体に価値があるという事も…ね」


「なら説明は省いといて正解だね――その通り。希少因子(ピグマリア)の人間は、その希少性から体自体に需要がある。それはそれはとんでもない高額で取引されているんだ。理由としては本当にくだらない。占いや薬学、呪物の元に使うんだってさ。魔力のない愚かな人間達が、目の色を変えて躍起になって、それこそ"命を賭けて"まで奪い合う――」


「…あなたはその希少因子(ピグマリア)の少女に転生して、その凄惨な現実を実際に体験した。そこに関しては、少し同情するわ」


祈のその一言を聞いた途端、黒董 漆(こくどう うるし)の表情が一変した。


「重要なのはそこではない」


重くのしかかるような強圧的なその声に、祈の表情は瞬時にこわばる。

祈は、その目まぐるしく移り変わる漆の情緒が、全く理解できなかった。

さっきまで子供の様に無邪気だったかと思えば、冷酷な独裁者のように変動する。

黒董 漆の機嫌を損ねず時間を稼ぐ必要がある。

例えるならトランプゲームのジョーカーを引かない様に。

慎重に言葉を選ぶ。

少しでも、時間を稼ぐ為に――。


炎柱まであと少し。

海法師(うみぼうず)の中で、僕と区凪は息を止めてから一分程経過したところだろうか。

熱さは感じない。

本来火災現場の標準温度は1,000〜1,200度とも言われており、生身の体ではまず助からない。

改めて祈と海法師に感謝をする。


「…あと少しだ――区凪…がんばれ…!」


海法師が炎の中へと侵入する。

辺り一面が煙焔(えんえん)に包まれる。

水は火を鎮火させる事ができる。

それは簡単に想像がつくが、実際には少し違う。

それこそ火の勢いが弱いものであれば、鎮火させることはできるだろうが、ガソリンや火薬燃料の爆発などの大規模な火災は、水のみでは消す事が出来ない。

消火器の中身が水ではなく炭酸ガスとリン酸アンモニウムの粉料が使われているのはその為だ。

そんな、生半可な水分であれば瞬時に蒸発してしまう業火の中、海法師は足を止める事なく前進を続ける。

おおよそ2分経過した頃――


「い…息が……もう…グボハッ!」


呼吸が停止する。

無意識に酸素を体が求めてしまったのが仇となり、一気に体内から肺へと水分が入り込む。

訪れる恐怖。

体をバタバタと動かすが、こうなってしまうと止まらない。

体を動かすと、余計に体内は水分が入り込み、死へのカウントダウンを早める。


「後少し…なの……に」


意識が遠のく。

体を動かす事が出来なくなり、静止する。

走馬灯の様に、今までの思い出や出来事が駆け巡る中、突然後ろから僕の肩を誰かが叩いた。


――区凪だった。


区凪は一見もの凄い剣幕で、僕に何かを伝えようとしている。

こんな区凪の顔見るのは、生まれて初めてだった。


ドン――!バシャアー。


「ゲホッゲホッゲホッ、バァッ!ハァ!ハァ…!」


振り返ると、学校の校舎の向こう側の通りに出ていた。

どうやら、ぎりぎり助かった様だ。


「区凪!大丈夫かっ!?」

僕は真っ先に区凪を起こし声をかける。


「ハァ、ハァ…お前こそ大丈夫かよ…手足をバタバタし始めた時、らしくねえから落ち着け!って何回も声かけたんだぜ」


「そうだったのか…でも水中だから分かんねえよ。人生の最後、お前に怒られながら死ぬなんてまっぴらごめんだ」


区凪は少し微笑むと

「バカ野郎、死なすかよ。結生は俺の一番の理解者で、俺の一番の友達(ダチ)なんだぞ」


「…こっ恥ずかしいこと言うなよ。でも、ありがとな」


束の間、辺りにはわずかな安堵の空気が流れた。

けれど、それもすぐに霧のように掻き消える。

あの炎の向こうでは、今も祈は戦っている。


必ず、助ける。

その根拠も、力も、僕にはないかもしれないけど。

燃え滾る炎柱を背に、僕は誓った。

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