表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/36

第六話 『忌み子』

棺桶が軋んだ音と共にゆっくりと開く。

現れたのは災厄(さいやく)調(しらべ)

黒――。

まるで闇そのものが人のかたちを取ったかのように、全身を黒一色で覆い尽くした“何か”がそこに立っていた。


先ほどの少女とは似ているようで根本的に"ナニカ"が違う。

背丈はわずかに伸び、しなやかな細身の輪郭からは想像出来ないほどに、圧倒的な威圧感が漂っている。

その肌は、血の気を完全に失ったような病的な白さで、生命の温度を感じさせない。

漆黒の長髪は闇に溶け、金色の瞳だけが異様な輝きを放っている。

何よりその瞳は、冷酷で、無機質で。

僕たちの事を植物か何かを見るような目でこちらを見ていた。

それが災禍の梯、災禍級(ディザスター)、嫉妬の階。

黒董 漆(こくどう うるし)という男――。


「なんだよ、あいつ…!?さっきの少女はどこ行ったんだ?」


「恐らく先程までの少女は漆の双子の妹、黒董 篝(こくどう かがり)。でもおかしい。(かのじょ)は既に死んでいる筈…」


まるで手の込んだ手品でも見せられているかの様だ。

先程までの少女は確かに、(いのり)の放った無数の光弾の前にたおれた筈。

溶け出していく少女の苦悶の表情と叫びは、今も脳にこべりつき離れない。

魔力というものが存在していると分かった今、今までの常識というものは意味を成さないという事を身に染みて体感する。


(かのじょ)の方ですら、油断してくれていなければそもそも勝負にすらならなかった…でもあの男は別格。千年以上もの間この世に存在し、数多の災害の元凶でもある。まさに生ける災禍(さいか)。存在の規格からして別物よ」


(うるし)というその男はゆっくり地上へと降り立つ。

「君達を処理するのは僕の役割ではないんだよ。まだ仕事(ころし)たくないんだよね。眠いし。自決してくれるとありがたいんだけど、、、だめかな」


区凪くなぎは体を少し起こし目の前の男に告げる。


「自決…だぁ?いきなり出てきて何を言い出すかと思えば……テメェこそ寝ぼけてんのか!!!学校の皆は何処にやったんだよ!!テメェの妹のせいでこんな訳わかんねえ事になって、自決すんのはテメェの方だ!!」


五月蝿(うるさ)(にえ)だな」


表情が変わる。

瞬間、先程と同じ雷槍が区凪に向けて放たれる。

その雷槍が放たれるほぼ同時に、祈は区凪の前に立つと

贖罪の藁人形(スケープドール)!」


 ――ズドゥン――


雷槍は祈の体を貫いた…はずだった。

実際な雷槍が貫いたのは、祈りではなく藁製の人形だった。


「ぉおーソレは呪殺用の人形だよね。そんな使い方も出来るんだ。やっぱり道間の血筋は面白いなぁ。羨ましい」


先ほどまでの冷酷な無表情はどこへいったのか。

今は無邪気に笑う子供の様に目まぐるしく情緒が変化している。


妖奇怪怪(ようきかいかい)獅獅紙舞しししまい!」

少女との戦いの時からさらに倍。

四体の獰猛な獅子が漆目掛けて襲いかかる。


「今よ!行きなさい!」

祈の合図と共に、僕は区凪を背中に担ぎ、残された力を振り絞って後方へと走る。


「炎柱は私がなんとかするから!振り返らずそのまま走って!!」


区凪を抱えながらの逃走。

その間にも祈は後ろで限られた魔力を振るい時間を稼ぐ。

立ち止まってはいけない。

ここをなんとか潜り抜ければ救助(たすけ)が、あるいはΩ(オメガ)ニュートロンのアークがどうにかしてくれるかもしれない。

そんな淡い期待を胸に進もうとしたその時、僕は思いがけない衝撃に思わず足を止める。


「なにやってるの!?早く逃げなさい!」


僕は"これ"を知っている。

そこには血が付着した女性用サイズの靴が一足と、一衣 宇美(ひとえ うみ)のものと思われる生徒手帳が転がっていた。


いとも簡単に、こうして地獄の様な現実が告げられる。

考えなかったわけではない。

何処か考えない様にしていた。

勿論今でもまだ願っている。

あの赤黒い球体。ここで起きた出来事――。

だが、言葉でどんなに説明されても理解ができなかった。

いや、理解したくなかった。


「許…許さ……ねぇ……!」

そう口にしたのは区凪だった。


「結生、もういい。歩けるから。おろしてくれ」

区凪は少し足を動かしてみせそう言う。


「…駄目だ」

「なんでだよ!いいからおろしてくれ」

「区凪の気持ちは痛いほど分かる。だからこそ何も出来ない自分が心底嫌になる。けど今できる事は、この現状を外に伝える事だ。まだなにも確定した訳じゃない。だから今は――」


「…なんでこんなことになっちまったんだよ…なぁ……」


震える声で区凪が呟いた。

表情(かお)は見れない。

今見てしまったら、全てが崩れ、投げ出してしまいそうになるから。

僕は宇美の生徒手帳をひろうと、もう一度心を落ち着かせ駆け出す。

まだ確定した訳ではない。

今はただ、張り裂けそうになる気持ちを押し殺しながら進む――


校庭を取り囲む火柱の高さは校舎よりも高く、近づくにつれ強烈な熱風と焦土の匂いが僕等を襲う。


「チャンスは一瞬よ!私が合図を出したら、全力で走り抜けなさい――!」


幸いというべきか。

黒董 漆(こくどう うるし)に動きはない。

祈が呼び出した四体の獅子の攻撃をひらりと躱し、かといって自らは何か攻撃を仕掛ける訳でもない。

まるで飼ってるペットと無邪気に戯れている様な、この状況を心から楽しんでいる様に。


「今よ!妖奇怪怪(ようきかいかい)•"海法師(うみぼうず)"」


祈が取り出したのは、小さな水の入った小瓶の様なもの。

結生と区凪の前にそびえ立つ炎柱の手前に投擲し印を結ぶと、小瓶の質量では入り切るはずのない大量の水が溢れ出る。

水はたちまち集合し一つの巨大な怪物が姿を現す。

四、五メートルはあるであろう体躯。

ただ校舎を取り囲む炎柱に比べると少し心許ない。


「二人共!その海法師(うみぼうず)と一時的に一体化して」

「海法師と…一体化?そんなのどうやって――」

聞き慣れないフレーズに僕は少し動揺する。


「炎柱を消し去る事は私の魔力では出来ない。でも消し去るのではなく耐える事なら出来る。海法師の中に入ってそのまま炎柱を抜けるの!ほら早く!」


「よく分かんないけどとりあえずやってやる!もうどうにでもなれ!」

祈に急かされ覚悟を決める。

炎柱との距離は約五メートルほど。

熱風と黒煙はその間も勢いを増している。

このまま躊躇していると区凪の命が危ない。


「祈も…早く逃げてくれよ!」

「分かってるわ!人の心配するより早く!」

「約束だぞ!絶対だからな」

祈の方にもう一度そう強く呼びかけ正面に意識を戻す。


「分かったから早く行きなさい!」


目の前で動かない海法師に向かって手を伸ばす。

触れた感覚は、想像通りの水の感触。

不思議なのはこの熱風に晒されていながらもなお、水温は適温を保っている。

「海法師さん、お手柔らかにお願いします」


対話での意思疎通が出来るかは分からないが僕はそう伝えた。

海坊主がそれを理解したのかは定かではないが、みるみるうちに全身が海法師の体内へと吸い込まれ一体化していく。

水温は25〜30度程であろうか。

決して熱い訳でもなく、それでいて寒さを感じるほどでもない。

ただ一つ大きな問題があるとすれば、水中では至極当たり前の事、呼吸が出来ないことだ。


「本来の海法師は罪人を閉じ込める水の牢獄。中はお世辞にも快適とは言えないわ。少しの間持ち堪えて!」


それは先に言っておいてほしいと一瞬脳裏をよぎったが、この状況下でそんな事は言ってられない。

海法師はゆっくりと踏み出し一歩、また一歩と業火の壁へ向かって前進していく。

祈はそんな結生と区凪を見届けた後、改めて前方の漆へと意識を戻す。

「あと少し…ここで倒れるわけにはいかない――」


「もういいかなぁ〜?十分待ってあげたからさ」

 ――グシャァ――

祈の呼び出した獅子の頭部が豆腐の様にいとも簡単に潰される。


黒董 漆(こくどう うるし)…なぜこんな事をするかなんて聞いても無駄なんだろうけど…貴方が災禍の梯(さいかのはしご)に入った目的は何?貴方みたいな人が、組織に属するなんて意外」


「…目的か。目的なんて大それたものでもないけど。そうだ、少し昔話をしてもいいかな?」


祈は無言を貫く。

少しの沈黙の後、漆はゆっくりと話はじめた。


「僕は生まれつき体が弱くてさ。最初の体は四肢を動かす事すらまともにできなかったよ。周囲の人間は僕を憐れむ様な目で見てきてさぁ。でもそれならまだいいんだ。それを差し引いたところで僕には類稀なる魔術の才能があったからね――」


「…なにが、言いたいの」


「6度目の転生の時だ。今ほど転生体の選定をする事が出来なくてさ。とある外国のある少女に転生したんだ。そこで僕は人間の醜悪さを、本当の地獄を見たんだ――」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ