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第四話 『絶体絶命』

「貴方達!そこで何やってるの!今すぐに逃げなさい!!」

背後から大声で叫ぶ声が聞こえる。

それは確かにどこかで聞いた声だった。


「……いの……り……?」


「今は話してる場合じゃないから!御友人を連れて早く逃げなさい!」


祈が僕の目の前に現れると、片手で軽く僕を抱え上げ隼の如き速さで駆け抜ける。


「どこにそんな力が…」


「今は黙って大人しくして!」

そのまま祈は腰がすくんで立てない区凪も抱き上げる。

高校生2人を抱えた状態でもその速さは一切衰える事なく、グラウンドを一目散に駆け回る。


「予想外だったわ。"アイツ"らが直接出てくるなんて…」

グラウンドの中心から外まで一直線に駆ける。

この調子であれば一呼吸もすれば出られると思ったその時、突如耳を劈くような怒号が響き渡る。


――その正体は(いかづち)

それも一つではない。

雷の雨が祈へ向けて一心に降り注ぐ。


祈は間一髪身を躱しソレを避けると、

「この階級の人間は私では到底…なんでコイツらが……!」


意識朦朧としていた区凪が顔を上げ呟く。

「貴女、は……?俺は区凪 仁…っていいま」


「私は今日転校してきた貴方と同じ日輪高校の2年生。祈でいいわ」


「祈さん……って学校の他の皆は!?あの赤黒い球体は何なんだ?」


「助けられなかった…ごめんなさい…」

祈の瞳には少しの涙が浮かんでいた。


「あの赤黒い球体は災厄の象徴ーー。歴史から消された禁忌の魔術よ」


この人は一体何を言ってるんだ?

ほんの少し前――。

バスで会った時の彼女からは想像もつかない言葉の数々。

僕はただ口を噤む。


「魔術…夢じゃねぇんだよな、これ」

「夢じゃないわ。今すぐに目を開いて私の目を見なさい」


凛とした祈の瞳を2人とも見つめ、この受け入れられない現実が夢では無いと思い知らされる。

「時間があっという間に経っていたでしょう。あれは幻術。体は動いてるのに意識は強制的に催眠されその時の記憶が混濁するの」


区凪と祈がいなかったら、僕はあのまま球体に引き寄せられていたかもしれない。

あの時の自分は明らかに、自分の意識とは別のナニカに突き動かされていた。

光に群がる虫の様に。

ただその一点だけを見据えて。


「キャハハハハハッ!!」

頭上から響く甲高い笑い声。

それが僕らではない第三者の笑い声であることは瞬間に察した。


「ワタシの"終わらない白昼夢アンチエンディングドリーム"から覚醒できる人間なんていたんだー?しかも3人も」


漆黒のドレスに身を包んだ少女。

年齢は自分達と同世代、いや少し下だろうか。

頭髪はブロンドの金髪。

首の下から足の先までは黒一色。

金色に光る金の瞳が彼女の異様な特別さを醸し出している。


祈は対象を強い眼差しで捉え離さない。いや一度でも離せない。

そんな何とも言えぬ緊張感が、周囲に漂っていた。


「聞いてた情報とは違うけど、アナタがそうなのね」

「ワタシはアンタのことなんて知らなーい」

至極興味無さそうにその少女は答える。


祈が続けて口を開く。

「その瞳、階級は災禍(ディザスター)…アナタの事は知らないけど、最近上がったばかりの新人さんかしら」


少女の余裕のある笑みが一変する。

「小娘が。雑然紛然(ごちゃごちゃ)と煩わしい。キエロ」

漆黒を身に纏った少女が手を垂直に振り下ろすと、瞬く間に落雷が降り注ぐ。

祈は誘ったかの様に雷撃をかわし、制服から木彫りの人形のようなものを取り出す。


「くっ…やるしかない。私がなんとか時間を稼ぐ!」

祈が印を結ぶと、たちまち木像が変化し禍々しい巨人へと姿を変えた。


妖奇怪怪(ようきかいかい)•"太多法師(ダイダラボッチ)"。いきなさい」

祈が言うとその禍々しい巨人は金色の瞳の少女目掛けて腕を伸ばす。


「貴様、呪詛屋(じゅそや)の者か?フン…降霊術でもない。贋作品(レプリカ)ごときに何ができる!」


再び少女が手を振りかざす。

穿(うが)て、嘆きの樹(メメント•ツリー)

突如、地中から無数の雷を帯びた木の枝の様なものが現れ、祈が呼んだ巨人へと突き刺さる。

巨人はあともう少しの所で動きを止め、ボロボロと朽ちた様に崩れ落ちる。


「ッ…魔力の質が桁違いだわ」

祈はすかさずお札の様なものを取り出し、印を結ぶ。

一枚の札が幾千、万。途方もない数になり白と黒、二体の獅子の様な怪物へと変貌する。


妖奇怪怪(ようきかいかい)•"獅紙舞(ししまい)"」


グォォオオォォンーー!!


その獅子は立ち塞がった樹木の脇をすり抜け、少女の方へ一目散に飛び掛かる。


なんだよ…これ。

今起こっているこれは本当に現実なのか――?

都市伝説やファンタジーで観るような光景が目の前にある。

僕と区凪は息を呑み、ただ目を離さず見届ける。


「沢山可愛らしいペットを飼っているのね。それよりその瞳、そしてそのカラダ。高く買い取ってくれそうな知り合いがいるから殺したくはないんだけど!」


少女は余裕が戻ったのか笑みを浮かべている。

この程度のこと、造作もないといった様子で二対の獅子の猛攻をひらりと躱す。


「二人共、今のうちに逃げなさい!」


獅子が相手を惹きつけているうちに祈は一気に少女へと走り出す。襲いくる雷撃を躱し遂に少女の真下に到達する。

祈の大地を蹴りあげる音。

およそ二十メートル超の高さの跳躍。

瞬く間に少女と同じ目線の高さまで到達する。


「自ら近寄るだなんて命知らずだね。キャハハ!」

金色の目を見開くと少女の後ろから紫黒色の無数の腕のようなものが祈に目掛けて襲いかかる。


「ご褒美に、、、抱いてあげる。"偽りの抱擁(アントゥルーカバー)"」

瞬間、祈りは察する。

これは死霊の腕。

死体から造られる魔術。

触れたものを強引に現世から隔世へと連れて行く禁術。


「間に合わなッ……!」

死霊の腕が乱暴に祈の四肢を掴み拘束する。

「んぐっ…!ぁ…!」

そのまま祈の口内へ死霊の指が入り込む。


「散々かき乱してくれたけど、これでおしまい。隔世の連中は理性がブッ飛んじゃってる奴が多いから。身も心も壊されないよう気をつけてねぇ〜!キャハハハハハハハハハ……ハ?」


万事休す――と思われたが、ふと少女の甲高い嘲笑と表情が疑念の表情に変わる。

先ほどまでの祈の姿はそこには無く、死霊の腕には藁人形のようなものが置かれている。


シャラン…シャラン…シャラン……

鈴の音がきこえる。

それは聴覚からではないような。

脳内に直接語りかけるような、不思議な音色。


「間一髪だったわ。アナタが疑わず素直に攻撃してくれたから、この機会(チャンス)が生まれた」


いつの間にか祈の顔には狐の面が装着されている。

かなり古い物なのか所々ヒビが入っているようだが明らかに特別な神性さを醸し出している。

その手には、巫女が神事や儀式などで舞を踊る際に用いられる神楽鈴(かぐらすず)が握られていた。


「とどめを刺すことは出来ないけど、これで暫く大人しくしてなさい。調伏せよ、"九十九(きゅうきゅう)如律令(にょりつりょう)"!」


鈴の音が鳴ると天上から巨大な五芒星が顕現し、肉眼では捉えることできない速さで、少女の体を無数の光弾が貫く。

少女の体からたちまち黒い泥の様なものが溶け出し人体という固体が液体のように変化していく。


「貴様ッ…!忌まわしい道間(どうま)の生き残りかァ!!当代の道間家の人間はあの事件で死んでいた筈ッ…!」


「それは私ではないわ。それより自分の身を心配したらどう?私はアナタを殺す事は出来ないけど、"血脈紋(ちみゃくもん)"の構造が人間とは違うアナタの体に、この光は相当堪えるでしょう?」


「ニクイッ!!クヤシイッ!!コ゛ンナコ゛ト゛アッテイイハズガッガッガ」


 ――ガシャン――


無数の光弾が降り注ぐ中、空中から棺の様なモノが出現し、溶け出している彼女を残らず封じ込める。

ついさきほどまでの激しい闘いが嘘のように、世界は静寂に包まれていた。

それでも僕の思考は、今この場で何が起こったのかを受け入れられずにいる。


ただ、電池の切れた玩具のように動けず、虚ろな視線のまま、何もない空間をじっと見つめ続けていた――

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