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第三話 『アレの正体』

それから――あっという間に時間は刻々と過ぎ、気付けば帰りのホームルームの時間が訪れる。


「はい、それでは皆さん。来年は受験も控えてますからね。くれぐれもどこかの誰かさんのように、ハメを外して問題は起こさないようにしてくださいね。それでは、メリークリスマス!」

 

新田先生は区凪の方を少し睨みながらそう言う。

「それと、、今回の期末試験で赤点があった方は、明日からの五日間、午前中のみ補修授業がありますのでお忘れないように⭐︎」

 

新田先生がニッコリと微笑むと区凪を含む何人かが苦笑いしていた。

当の僕自身なんとか赤点は切り抜けたが、クリスマスにも学校で授業を受けなければならない区凪には少し同情する。


「それでは他の皆は少し早いですが良いお年を〜」

「良いお年を〜」

ホームルームが終わると、教室の空気が一斉に動き出した。

部活へ向かう者は鞄を抱えて仲間のもとへ、アルバイトに急ぐ者は何の迷いもなく教室を後にする。

誰もが自分の“次”へと向かい、それぞれの目的に従って歩き出していった。


「ねぇ結生(ゆう)。冬休みさ、もし時間あったら私の新しいバイト先遊びに来てよ。普通のファミレスだけど、結構美味しいカレーあるから!」


「今日の一日で完全にカレーキャラにされたな…」


「ハハハ、じゃあ私急いでるからごめんね。(じん)も!あとでグルチャにLIMEするから!ばいば〜い」


宇美は働いているファミレスのクーポン券を僕と仁に渡し、急いだ様子で走り去ってしまった。

恐らく今日もバイトなのだろう。

クーポンを見ると期限は今年の年末。

あと一週間もないじゃないか…


「結局雨、止まなかったな」

時刻は15時40分を回るところ。

妹は僕より学校が近いのもあり、16時には家に着いてる頃だろう。


「そろそろ、俺たちも帰ろうぜ」

区凪にそう言われ、僕も鞄を手に取り腰を上げる。

「ああ――」


今年も一年、なんだかんだお世話になった教室を後にする。

暫し通わないこの場所が名残惜しいのか、廊下にはいつもより生徒達が残り、友人達と談話している。

区凪の新しく買ったVRゲームの話をぼんやりと聞き流している中、ふと窓の外に目をやると、日の落ちかけたグラウンドに、ポツリとひとつの人影が見える。


最初は誰かわからなかったが、目を凝らすうちにそれは今朝バスで見かけたあの少女の姿だと気づく。

彼女はじっと動かず何処かを見つめている――。

手に何かを持っているようだが、ここからではそれが何かまでは視認できない。


「おいっ結生!明日バイトあるのかって何度も聞いてるだろ

!」

「…あ、ごめん。明日はバイト休みだよ」


「ちぇ…ボケっとしすぎだぞ、お前。じゃあ俺ん家集合で地球攻撃軍12朝までコースな!」

「クリスマスに男2人で地球攻撃軍かよ…」

「くっ……。そ、それも今年で最後だからな。来年こそは………」

そんないつものたわいないやり取りをする。

そんな区凪をよそに、ふと僕は朝あった彼女の事が気になり窓の外をもう一度見渡すと、さっき居た筈の彼女の姿はそこになかった。


廊下を進み踊り場に出る。

ここから階段を降りてすぐに下駄箱があり玄関へと繋がる。

二階から一階へ続く階段を降りている時、わずかに僕は違和感を感じた。

階段に至って変化はない。

いつもと同じ感触•いつもと同じ降下音。

ただ、何かが胸の奥でざわめいた。

その違和感の正体を察するのに、時間はかからなかった。

 

「…静かすぎる」

「ん?どうしたんだよ」

「人の気配がない。さっきまでいた筈なのに」

「そうかぁ?もう部活とか始まってる頃だし。他の連中は聖なる夜だしさっさと帰ったんじゃねぇのー」


時計を確認する。時刻は18時。…ありえない。

区凪と共に教室を出た時は間違いなく16時前だった。

窓の外をみるとすでに夕暮れを迎えている。

直感で何か凄く嫌な予感がした。


「区凪!急いで学校出るぞ!」

駆け足で階段を駆け下り廊下を抜ける。

特に変わらないいつもの光景が、今は何故だか不気味に感じる。


「…ハァ、ハァ…!なにをそんなに急いでんだよ?」

ふと玄関の外を見ると、さっきまでの雨は止んでいた。


「…グラウンドの方を見てくる」


「はぁ?何言ってんだよ、もう夕方だし帰ろうぜ!美琴ちゃん待ってるんだろ?」


なぜこんな時に自分がそんな事を口にしたのかは分からない。

朝バスの中であった彼女の事が気になったから?

それも全くない訳ではない。

この胸の奥が締め付けられる様な形容できない気持ち悪さ。

第六感でこのまま帰ってはいけない。

確かめなければいけないと、根拠も無しにそう思った。


「分かったよ。お前は昔からそういう事に敏感だったからな。ついてってやろうじゃねえの」


「悪ぃ、ありがとな」


玄関口を出てグラウンドへ向かう。

見渡すが景色はいつもと変わらない。

違和感はお互いの心音が聞こえるかと思うほどの静寂。いくら自分達以外に人が居ないとしても、ここまで静かなのはおかしい。


まるでココだけが世界から忘れ去られたみたいに――。

吸い寄せられるようにグラウンドへ向かう。

ゆっくり。ゆっくりと歩を進める。

いつもなら、ここまでくれば運動部の掛け声が聞こえている筈だ。


そしてそれは直後として訪れる。

突然、僕の少し前を歩く区凪の体が、糸が切れたマリオネット人形の様に膝から崩れ落ちた。

「ぉ、おい、なんだよ、あれ」


原因(りゆう)はすぐそこに在った――。

テニスコートほどの大きさはあろうかという、赤黒い球体。

それが宙に浮かんでいる。

地面からおよそ十五メートル。

何の支えもなく、まるでこの世の理から逸脱したかのように、それは存在していた。


その中心部では、何か――言葉にできない“ナニカ”が、螺旋を描きながらうごめいている。

その得体の知れない重圧に、僕は思わず圧倒される。


あれは生きているのか―?

いや、“生きている”などという人間の尺度で測れる存在なのかすら、わからない。

ただ見ているだけなのに、頭の奥にざわりと靄が立ち込める。

理解を拒まれるような圧迫感と、根拠のない焦燥。

それでも、足が止まらない。

好奇心か、恐怖に飲まれた理性の崩壊か。

気づけば僕は、その禍々しい球体へと、吸い寄せられるように歩みを進めていた。


「結生!それ以上行くな!!おい!」

ナニカが後ろで叫んでいる声。

そんなことは今、どうでもいい。


あの赤黒い球体に魅入られて。脳内が一色に染まる。

一歩、また一歩と深淵へ進んでいく。

瞬間、あまりにもあっけなく僕の足は歩むことを諦めた。


「アレ」

突然、脳の奥で何かが弾ける音がした。

その瞬間まで曖昧だった赤黒い球体の“正体”が、突如として鮮明に浮かび上がる。

 

――人体(からだ)だった。

おびただしい数の肉体。

砕かれ。裂かれ。捻られ。挽かれ。擂潰され。

そこに過程なんてあったもんじゃない。

ただ乱雑に。無神経に。滅茶苦茶に。

まるで年端もいかぬ子供が、興味本位に玩具を壊すときの、あの無垢が故の残酷さの様なものが、僕の脳内をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。

理解が出来ない追いつかない。

追い付いてはいけない。


こんなものが、この世に在るはずがない――いや、在ってはならない。


その時だった。

まるで今まで封じられていたかのように、閉ざされていた五感が一斉に開く。

真っ先に襲いかかってきたのは、鼻腔を突き刺す強烈な生臭さだった。

鉄と肉と、泥と血の混ざったような、何とも形容しがたい臭気。

死臭は一息の間に肺の奥まで染み込み、内側から胃を掻き回す。


「ぅ…ぷ……っ」


呻きとともに喉の奥が痙攣し、込み上げてきた吐き気を堪えきれず、僕はその場に崩れ落ちた。

視界がぐにゃりと揺れ、内臓が裏返るような不快感が全身を支配していく。

それでも、臭いは消えない。

むしろ、意識がはっきりするほどに、ますます濃く、重く、ねっとりとまとわりついてくるようだった。


「生……結……結生…………!」


誰かが誰かを呼んでいる声がする。

思考が支配され言うことを聞かない。

僕はただ呆然と、徐々に膨張していく“ソレ"を見つめ続けた。


逃げることも、声を上げることもできないまま、

意識の縁が闇に溶けていくのを感じながら――静かに、ゆっくりと、落ちていった――。

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