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第二話 『雨音が告げる』

今朝は普段より家を出発するのが遅かった事もあり、周りに他の生徒の影はあまり見当たらなかった。


駆け足でそのまま校舎へと向かい、始業の鐘が鳴る寸前でなんとか自らの席に着く。

僕は皆勤でも無ければそこまで学校の規律や規則を重んじている訳ではないが、1日の始まりが遅れて始まるというのは好ましくない。単に気分の問題だ。


昨日までの3日間、世間一般でいう期末テストというものを終えたばかりなのもあり、クラスの雰囲気はすでに冬休みモード真っ只中だった。


「遅かったな結生!こんなギリギリにくるなんて珍しいな。どうせ遅くまでやらしい動画ばっか観てたんだろ〜」

コイツは"区凪 仁(くなぎ じん)"。

小学校の頃から一緒で昔は家が近所だった事もあり登下校やお互いの家に遊びに行く事もあった仲だ。

区凪は僕と対照的で、欲望に素直というか真っ直ぐな奴というか、性格は悪い奴ではないし顔も悪くない。

ただ…致命的に女子にはモテない。

"沈黙は金" とはよくいったものだが、とにかく何事もオープン奴なのだ。


「それはお前の方だろ!目に隈出来てるぞ洗ってこい」

「え、本当か?やべぇよこの歳で隈アリとか絶対モテねぇよ〜!洗顔ある!?今から洗えば間に合うよな!?」


そういうと区凪はこれからホームルームが始まると言うのに隼の如く教室を去っていった。

それに、隈は洗えば取れるものではない。

だがそんな真っ直ぐな区凪の性格もあって、この腐れ縁は続いているのだろう。


ふと窓の外を見ると、さっきまで降っていた雪はしとしと降り注ぐ雨へと変わっていた。

「…はやく止むといいな」


――私立 日輪(ひのわ)高等学校――

その歴史は古く、どこかの資産家が明治時代後期に設立したこの学校は特別学力や部活動に特化した進学校という訳でもない。

この町に住む人間の最も無難な選択肢。

そんな僕らの学舎は少し前に創立160年記念日を迎えたばかりだ。


「はーいみなさん席についてくださーい。冬休みは明日からですよー」

担任の新田先生の呼びかけに、周りの同級生達はそそくさと自席へ戻る。


今日が終業式という事もあり、いつもにまして教室には浮き足だった空気が漂う。

授業そっちのけで各々が冬休みの予定を話し盛り上がる中、あっという間に時は進んでいく。


昼休みのチャイムが鳴ると、整列された机とテーブルを移動し仲の良い何人かが集まって各々の島ができる。

どこの学校でもみるごく普通の光景。

この学校には学食も併設されており、食べ盛りの学生達に向けた量と価格設定は満足感もありなかなかに好評らしい。


…らしいというのは生憎僕は学食を食べたことがない。

妹が学食のない学校に通っているということもあり、この学校では少ない弁当持参派閥のグループだ。


いつものようにカバンの中にある弁当箱を取り出そうと手を伸ばすがそこにはあるはずのものが見当たらない。

「最悪だ…どっかに忘れてきちゃったのかな」

母親への申し訳ない気持ちと食べれるはずのものが無いという空腹感が脳内を満たす。

このまま机に座り5時限目まで待ちぼうけというわけにもいかないので、一階の食堂へと向かった。


食堂に着くと、何人かの生徒達はすでに食事を始めているところだった。

漂う香りが僕の空っぽの胃袋を掻き立てる。


都心や一部の発展都市は食事の提供に関して全自動化されていることも珍しくない今の時代。

それに比べ僕らの学校は注文こそデジタルのタッチパネル形式だが、実際に作ってくれるのは給食調理員の資格を持ったおばさま方だ。

僕はひとまず、この食堂の1番人気メニューでもあるカツカレーを注文した。

辺りに漂うカレーの匂いがこの選択以外を許してはくれなかった。

腹の虫が唸りをあげる。


カレーを受け取り適当な席を探していると

「お、結生じゃん!学食なんて珍しいな」

昔話の様な大盛りの白米と唐揚げを片手に、区凪が現れる。


「今朝は急いでたからさ。家に置いたか何処かに忘れてきちゃったんだよ」

「お前にしては珍しいな〜。まぁそれはそれとして一緒に食べようぜ!丁度向かい空いてるからよ」

言われるままに向かいの席に着く。


「ここのカツカレー美味いんだよ。一時期はカツカレー縛りしてたな〜。28日目で唐揚げ定食に浮気しちまったんだけど、それぐらいには絶品だぜ」

インド人も真っ青のエンドレスカレー地獄。

もはやカレーの美味さより区凪の方が特殊な人間なのではないかと疑った。


そんな区凪の話をよそに出来立ての食べごろカレーに匙を伸ばす。

「お、それは期待できるな。じゃ、いただきます」

  ――パクッ――

「ん…美味い。美味いぞ!これでこの値段かよ…」

よく煮込んだであろう溶け込んだ甘味のある人参と玉ねぎの味。大きめのジャガイモも柔らかく食べ答えがある。

極めつけの豚カツは脂身もあるがクセはなく芳醇な味わいがある。

さぞ大事に育てられたブタさんだろう。

見た目は今時の映えるものではないが、輝く白米にたっぷりとかかったカレールゥのその姿は、懐かしさと安心感を与えてくれる。

区凪のカツカレー縛りという狂気の沙汰も、あながちおかしくは無いと思わされた。


あっという間に7割程食べ進めたところで、

「ところでさぁ…こないだのニュース見たか?」

「なんのニュースだよ」

Ω(オメガ)ニュートロンが開発した人口超知能?だよ。あいつらが作ったアークだっけか。遂にこの町にも本格的に導入されるらしいぜ」


 ――Ω(オメガ)ニュートロン――

別名、国際国家AI管理局。

2000年代初頭、各国が自国のAI技術を競い合う"技術戦争"が勃発。

各国政府や巨大企業が、次世代のAI開発にしのぎを削る混乱の時代が続いた。


そんな中、2042年――

突如として現れたひとりの天才科学者が、「全知全能」と謳われる超人工知能 AVALON(アヴァロン) を完成させる。

その瞬間、世界の技術戦争はあっけないほど静かに終焉を迎えた。

そのAVALONを搭載した"アーク” を生み出したのが、彼、創造主 トレヴィ・イニグマ である。

 

その人物自体にも不可解な点が多く存在している。

イニグマは2045年に起こした凄惨な大規模テロ事件を起こして以降、表舞台には登場していない。

一部ではすでに死んでいるとか、何処かの国に身を潜めているとか、どちらにせよ、素性を知っている人間はほとんどが死んでいる為、真相は明らかではない。


創造主がいない今、ここ日本においては、以前の警視庁公安部と呼ばれた組織を改変し、アークを中核として国家規模の治安維持機関として機能している。

基本的に直接関わることはまずないが、なにより公開されている情報が少なく全貌は謎に包まれている。


「ふーん。こんな田舎町にアークって。国家のお偉いさん達も何考えてるかよく分かんないな」

「なんだよお前。ずいぶんあっさりじゃん」


実際アークの仕組み自体には少し興味がある。

アークはΩニュートロンが管理する膨大なデータライブラリにいつでもアクセスする事ができる。

簡単にいうと頭の中にGoo○leのようなソフトウェアがインストールされているようなものだ。

それだけでは人形検索エンジンと大差ないが、アークにはもう一つ重大な能力が備わっている。

それは脳内にある神経細胞(ニューロン)が、全アーク同士で共有されており、1人のアークが見た・感じた経験や知識を全アーク間で瞬時に共有する事が出来る。


仮に1人の人間が殺人を働いたとしよう。

それを1人のアークが確認した場合、全てのアークに0.96秒で情報が共有される仕組みだ。

共有視界とでも言おうか。

このアークだけが持つ特殊な赤暗い瞳、"赫眼かくがん"こそが"アークをアークたらしめる理由"である。


この特殊能力に加えて、アークには最先端の対テロリスト用の武装システムが搭載られており、戦車十台よりもアーク一体の方が武力価値が高いと言われている。


実際、アークによる管理システムが導入されてから、首都圏での犯罪率は8割減少した。

そんな全人類監視社会の基盤ともいえるアークがこの町にもやってくるということだ。


「区凪はアークのことどう思ってんの」


「俺かぁ?俺は勿論…好みだぜ⭐︎あのツヤッツヤで綺麗な白銀髪に吸い込まれる様な赤い瞳…あんな美人さんと一度でいいから付き合ってみてーなぁ」


「……お前に聞いたのが悪かったよ…」

区凪の短絡的な考えは相変わらずだ。

僕はサラッと受け流し眼前にあるカレーへと再び意識を戻す。


「あれ、結生?食堂でお昼ご飯なんて珍しいね。お弁当忘れたの?」

眼下のカレーから目線を上げると、そこには清潔感のある綺麗な栗色の髪をポニーテールに結んだ笑顔の少女がこちらをみている。


少女の名前は、"一衣 宇美(ひとえ うみ)"。

宇美は区凪と同じく幼馴染で、小学校の頃はよく三人で遊んでいた。

昔は特に意識する事がなかったが、宇美は俗にいうクラスのマドンナ的存在で、僕の様なクラスカーストの中間層より少し下の人間からすると見てるだけで眩しい存在だ。


「うん。食堂に来たのは初めてだけど、ここのカレー美味いな。他のメニューも結構気になってる」

「だよね〜。ワタシ的にはラーメン類もハズレないからおすすめ」

「ありがとう。今度食べてみるよ」


前方を見ると、区凪は先程に比べて頬を少し赤らめながら少し落ち着いた様子で宇美の方をチラチラ見ている。

区凪が一方的に恋を寄せているのは前から知っていた。


区凪という男は、他の女の子と喋る時はヘラヘラしているのだが、宇美と会話する時だけは妙に格好をつけているのか大人しくなる。

中学生のある時からで、僕からすればあからさまもいいとこなのだが、当の宇美本人は気が付いていない様子だ。


「宇美はさぁ、アークの事はどう思う?」

「んー、実物は見た事無いから現実味はあまりないかな。みんなお人形さんみたいで綺麗だけど、あの赤い瞳がちょっと苦手。なんか怖いもん」


「だ…大丈っ夫だろ!アークは犯罪をなくす為に生まれた存在だぜ…?まぁ、お前になんかあったら?アークだろうがなんだろうが、俺等がかけつけるからよぅ…!」


区凪の精一杯のアピール。


「仁は頼もしいね。それならちょっと安心かな」


区凪の頬が明らかに高揚する。


「そうだ!今度久々に三人で一緒に東京の方まで出掛けようよ!私はあっちに進学するつもりなんだけど二人は?」


「俺はまぁ…特にやることもねぇし、おばさんも東京いるから行ってやらん事もないな、うん」


「僕は暫くこの街にいるかな。妹が卒業するまで母さんも家庭の事とか大変だし。宇美はなんで東京行くの?」


宇美は少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。

「んー………内緒、!」


「なんだよそれ…」


その後僕達は久しぶりに三人で一緒に昼食の時間を過ごした。

昔程三人で行動する事も減ったが、改めて僕にとって大切な人達、大切な空間がここにはあると実感した。


――キーンコーンカーンコーン――

昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。


「やっべ!次古典の大島じゃん!単位やばいんだよ俺…!」

「今から走ればまだ間に合うから!ほら続きはまた後で、三人のグルチャで話そ!」


3人は食べ終えた食器を返却口に返し、全力疾走で教室へと戻る。

「本格的に降ってきたな…」


ふと窓際を見ると、雨脚はより一層激しさを増していた――。

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