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第十二話 『ことの顛末』

漆から告げられた予想外の一言に、(いのり)は思わず眼を見開き、動揺した様子を見せる。


「なぜ……その名前を……!」


「知らないのか?あの伊邪那(イカレ女)はこないだまで災禍の梯(さいかのはしご)の一員だった。それも怠惰の階、災禍(ディザスター)の称号を背負う者としてな」


祈の表情はさらに大きく動揺を見せる。

「なんですって……!?伊邪那(彼女)災禍の梯(さいかのはしご)に……?それは一体何の為に…」


「さぁ。それは伊邪那(あの女)にしか分からない。伊邪那(あの女)のせいで今の梯は人手不足だ。うちの愚妹(ぐまい)も相当世話になったみたいだし」

 漆の言動は一見、落ち着きを取り戻してはいるが、伊邪那(いざな)と呼ばれるその人に対する、明確な怒りの感情が感じられた。


伊邪那(彼女)は、一体何をしたの…?」

祈は問いかける。


伊邪那(あの女)は"ただの気まぐれ"で、配下ほぼ全員を鏖殺(みなごろし)にしたんだ――。横禍(サドン)奇禍(ストレンジ)の連中は勿論の事。で、気がついたら煙のように消えて居なくなってた。だから絶賛指名手配中ってわけ」


ここで、ナナシも漆に向かって一つの疑問を投げかける。

「さっきからお主のいうその、横禍(サドン)奇禍(ストレンジ)とははなんじゃ」


「ああ、これは階級さ。災禍の梯には五段階の階級が存在する…」


災禍の梯には明確な階級が存在している。

以下、上から順に五段階。


災禍(ディザスター)

惨禍(カラミティ)

罪禍(ギルティ)

奇禍(ストレンジ)

横禍(サドン)


惨禍(カラミティ)から下の階層に、決められた定員数はない。

災禍ディザスター級の七人に限って、その称号を得るには一つの条件がある。

それは元の災禍(ディザスター)を、この手で殺すこと。

その階を継ぐということは、その存在を完全に消し去り、上書きすることを意味する。


「それで結局、今の災禍の梯(はしご)災禍ディザスター級の一席が空席の状態。それだとこちらとしても困るから、こうして君に聞いてるんだよ。道間 伊邪那(どうま いざな)の実妹――道間 祈(どうま いのり)さん」


「――んなっ!?なんじゃと!?」

ナナシはその目を大きく開き祈へ向き直る。

 

「いざ…彼女の居場所は……私も知らない。寧ろ私が知りたい。私もあの人を探す目的でここにいるの」


・・・少しの沈黙が訪れる。


「そうか…分かったよ。嘘をつく意味は君にもないだろうし、ね」

漆はサラリとそう言うと、後ろへと踵を返しその場を後にしようとする。


「待って!そのアーク達を…どうするつもり?」


「…愚妹がせっかくの貴重な(にえ)を君との戦いで消費してしまったからね。これは、その代わりだ」


「…っ!どういう意味……!?」

答えを聞くその前に、漆は空高く中へと飛び、赫黒い球体に手を伸ばし触れる。


「おかえり」

漆がそう言うと禍々しさのある赫黒い球体はゆっくり地中へと沈んでいく。

その球体の姿が完全に消え去った後、辺りには再び静寂が訪れた。


「道間 祈――。君の潜在能力には驚かされたよ。また会ったその時は今日とは違う"意味のあるモノ"にしよう」


「ちょっと待って!ま、まだ聞きたいことが私には…!」


「それより、あそこで今にも朽ち果てる寸前の彼を弔う事が先決じゃないかな。アレ、多分君の知り合いだよ」


漆に言われ祈は先程の戦いを思い出す。

漆の放った"墓送りの死罪線グレイヴ・マーダストリア"を受け止めた、一人の人間の事を。


「そんなまさか……!」

砂煙と突風により数メートル先も正確に目視出来ない中、祈は一心不乱に駆け出していく。

その姿を見送る様にして、漆はボソリと一言呟いた。


「…40点。駄目駄目だな僕も」

 

誰に聞こえる事もない小さな声で漆は呟くと、瞬間、その姿は煙のように掻き消えた。

突如として現れ、荒れ狂った災禍の終焉は、意外なほどに静かで、あっけなかった。

まるで嵐の通り過ぎた後の静寂のように、世界は何事もなかったかのように沈黙を取り戻していく。


災禍の梯(さいかのはしご)――。

災禍(ディザスター)”と称される存在がもたらした爪痕は、

確かにこの大地に深く、消えることのない傷跡を刻み込んでいた。


「あと少し…もう少しで……!」

祈とナナシが結生の元へ向かう。

漆が退場した後も戦火の渦はまだその地に残り、息切れするような砂煙の中、辿り着いた先の光景は予想だにしないものだった。


「そんな筈は…」

そこには"在るはずの彼"が無かった。


「遅かったか…」

ナナシは周囲をしばらく歩き回り痕跡を確認すると、一つの推論が浮かぶ。


彩瀬 結生(あやせ ゆう)は、何者かによって連れ去られた」


「え?」

祈の一つの疑問が、ナナシのその一言によって確信を帯びていく。


篝と漆が齎したアークへの殲滅(せんめつ)攻撃は、祈もナナシも実際にこの目で見ていた。

その交戦の最中、亡骸も同然の結生(ゆう)を連れ去る必要のある人物とは一体――。


「これ、みい」

ナナシが指をさした地面をよくよく目を凝らし視認すると、周囲とは少し異なる違和感に祈は気付いた。

地表の色は僅かではあるが他の周囲のものとは異なっている。


「まさか…これ…」


「ちょっとそこを離れておれ。わちがやる」


ナナシが印を結ぶと、周りの空間が歪みそこから物体が現れる。

それは、ホラー映画にも度々登場する"ある物"

本来の用途とはかけ離れ、時に狂気の象徴として描かれる、あの不憫な機械――電動鋸。

チェーンソーだ。


ギィィィン……と重々しくも鳴り響くその駆動音は、まさに狂気の音色。

鉄の刃が高速で回転し、唸りを上げる。

だが、その外見はありきたりな工具とはかけ離れている。

黒を基調に、ゴシック&ロリータを思わせるフリルが縁取り、赤いリボンがところどころに縫い付けられている。

まさに、ナナシの趣味がこれでもかと反映された、異形の装飾武器だった。


「なんでチェーンソー……スコップとかの方が…」


ヴィイイィイイィイイイインンン――

祈の声を遮る様に、メタルロックバンドのひずんだギターの様な音が響き渡る。


「なぁに!これはただのチェーンソーではない!わちの一番のお気に入りじゃ!大抵の物はこれで解決っ……とな!」


ナナシが地面へと勢いよくチェーンソーを振り翳すと、まるでバターをナイフでカットした様に、意図も簡単に地面を削断する。

 

ウィンウィンウイイィン――!!


「…?……これは……!」


そこに広がっていたのは、衝撃的な光景だった。

地表を深く抉った先に現れたのは、漆黒の闇――

否、それはただの暗がりではない。

"巨大な穴"だった。

その穴はどこまでも深く、底が見えない。

まるで地の果てへと続いているかのように、闇は静かに口を開けていた。

 

「これって、一体何処まで続いているのかしら。何のためにこんな大掛かりな事を…」


「およそ普通の人間が出来る所業ではないの。いくらアークとはいえ、この短時間でここまでの仕業は、不可能じゃな」


ゴオォオオォオォオ――

洞穴から風の音が響く。

いったいどれほど深くまで続いているのだろうか。

ゴツゴツとした岩肌が不自然な程自然にくり抜かれており、人為的な物である事は誰の目にも明らかだった。


「つまり…これは"元からこの場所にあった"という事…」


「うみゃ。恐らくはそうなるじゃろう」


「…行かないと」

祈が立ちあがろうと腰を上げた時、突然胸を抑えうずくまるように倒れ込む。

 

「んぐっ……、!」


「祈!お主の体はとうに限界を超えておる!寿命の四分の一を捧げたんじゃぞ!?お主を守る契約をしているわちにとって、みすみす行かせる訳にはいかん!」


「でも…私は、確かめないと……」

祈は這いつくばりながらでも、その穴へとゆっくりと進んでいく。

それを見かねたナナシは、そっと祈の背後へと近付くと

 

「少々手荒になるが……堪忍せい」


ペシッ。


「あっ…」

バタッ。

隙をついて、ナナシの右手が容赦なく祈の後ろ首へと振り下ろされる。

祈は、そのままゆるやかに気を失っていく。


「すまんな。こうしている間にも、次なるアークの軍勢がこちらまで迫ってきておる。わちの魔力量では、ここが限界じゃ。くぅ〜作成者め、けちりおって!」

ナナシは、顔も知らぬ作成者に向けて、不服そうにそうブツブツと文句を呟いていた。


「イカンイカン!急がねばっ」

ナナシは残りわずかな魔力を使い印を結ぶ。

 

「吹き荒べぃ!"風乗(かぜのり)"」

 

ナナシがそう唱えるとおよそ直径六メートル程の大きな屏風(びょうぶ)の様なものが目の前に現れる。

屏風は一般的に部屋の仕切りや装飾として用いられる。

雛祭りの雛壇の背景や、舞台などで用いられるものだ。


だが、この屏風も例によって例の如く、黒と白のモノクロデザインに赤いリボンを添えたナナシの趣味全開のものとなっていた。

なによりの違いは、人々が想像する屏風にはあるまじき、大きなハンドルが取り付けられていた…


「行き先は…ひとまず"あそこ"かの」

祈を屏風に乗せるとナナシはハンドルを強く握りしめる。

エンジン音は、なかった。

ただ風に身を任せるように、祈とナナシを乗せた屏風が音もなく走り出す。

時刻は、午後十時を少し回った頃。


この日輪(ひのわ)高等学校で起きた一連の出来事が。

やがて日本を、いや、世界そのものを揺るがす引き金となることを。

この場にいた誰ひとりとして、まだ知る由もなかった――

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