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第一話 『終わりの始まり』

熱い なんだ――これは……。

……感覚が、ない。

魂だけが抜き取られ、肉体はどこか遠くに置き去りにされたような、そんな感覚。


視界を覆うのは、黒緋(こくひ)の炎と蒼白(そうはく)の光。

目に映る色は到底、現実のものとは思えなかった。

ここには、焦げた肉と鉄の混ざった濃密な“死”の匂いがする。

自らの体を必死に起こそうとするが、それは叶わない。


この光景は夢ではない。

脳が理解するよりも先に、肉体が認めている。

 

黒灰色(こくはいしょく)の空。立ち込める雷雲。

およそこの世のものとは思えない、“煉獄(れんごく)”の地。


救助(たすけ)は――。

いや、この状況で救助という言葉はもはや意味を持たないだろう。

燃え盛る灼熱の火の海と焦煙の中、触れれば今にも崩れ落ちてしまいそうな彼を***が見下ろしている。


「――運命とは、かくも残酷なものだな」


その声を合図にしたかのように、突如、全神経が焼き切れるような怒号が響き渡る。


次の瞬間――


どす黒い熱線が空を裂き、僕のセカイを灼いた――


ー12時間前ー

西暦2055年の初冬、日本。

神からの最後の贈り物(ギフト)と呼ばれた、人口超知能を搭載した新人類―アークが誕生し13年。

人類の総人口は120億人を超え、2〜30年前と比較し、世界には多くの他民族国家が樹立していた。

現にここ日本にも、既に多くの移民が移り住んでいる。


首都東京から少し離れたこの田舎町は例外として、主要な都市では当然の様に、異国人やアークが行き交う。


新人類の誕生によって、今までの人類は旧人類と呼ばれた。

アーク以外にも、人間が担っていた事の多くは機械化され、30年前と比較し60%以上が効率的に自動化されている。

アークが誕生する以前、人類には"魔術"や"呪術"・"錬金術"といった、科学では解明できない超能力を使う特殊な人々がいた。

紀元前から存在し、長い間人類の発展に貢献したと言われているが、全盛期に比べると数を減らし現在は存在すらもまことしやかな話である。


かくいう僕は(あえていうなれば)旧人類だ。

勿論超能力の類など縁もゆかりもない。


そもそも現代の人類は"血脈紋(ちみゃくもん)"(魔力を体内から出力する為の入口のようなもの)というものが完全に閉じてしまっているらしい。

理由としては技術の発展と共に、徐々に自然を愛する心、ひいては大地への信仰心の希薄化が原因と言われている。


とまぁ少々前置きが長くなってしまったが、ここからは簡単に僕の事について語るとしよう。


家柄は特別裕福という訳でもなく、一つ違いの妹と母、そして僕の三人暮らし。

どこにでもある一般家庭。

英才教育のような習い事や自慢話になるような海外旅行といったエピソードはないが、家族三人衣食住には困らない、冗談好きな母のおかげもあって家庭内は比較的あたたかさに満ちた空間だった。

 

いつも通り寝ぼけ眼で食卓に向かい、妹と母親が今日の1日の運勢に一喜一憂しているのを尻目に、目玉焼きと少し焼きすぎなベーコンを食パンに挟んで頂く。

 

ちなみに、平凡な成績の自分とは異なり、妹の美琴(みこと)は文武両道。

自宅近くの有名な神道学校に春から通っている。

 

「お兄ちゃん!私!今日の一位魚座だって!」

美琴はテレビの前に居座りながら、これでもかと眼を見開き輝かせていた。

 

「一位なんていつ振りだろ〜。ラッキーアイテムは…え、方位磁石?ねぇママこれってアプリでもいい?カウントされる?」


「アプリじゃだめよ〜、ママが昔登山した時に使ってたのがあるから。ほらもっていきなさい!」


「今時の女子高生で方位磁石持ち歩いてたら変な人じゃん。ママの名前も書いてあるし嫌だっ!」

 

そんなたわいもない日常会話。

特段会話に混ざって話す訳ではないが、僕にとっては居心地がいい。

  

時刻を見ると8時を少し回るかといった所。

昨晩夜更かしした事もあり、これは駆け足で向かう必要がありそうだ。


結生(ゆう)、今日はクリスマスなんだからアルバイト休みとったの?なるべく早く帰るから先に帰ってみこちゃんと飾り付けしといてね!」

 

彩瀬 結生(あやせ ゆう)――それが僕の名前だ。

名前の由来は昔母親に聞いた気がするが忘れてしまった。

幼少期の頃は女の子っぽい名前であまり好きではなかったが、今はわりかし気に入っている。


「わかってるよ」


「はいはい、気をつけていきなさいよ!」


まだ暖かいスープを一気に流し込み、火照った体そのままに玄関へと向かう。


「ご馳走様。行ってきます」


「いってらっしゃ〜い」


2人から見送られ、僕はひと足先に学校へ向かう。

 

ガチャ――


外に出ると周りは一面の雪景色だ。

この地域は全国的に見ても積雪量が多く、12月にもなると膝の下まですっぽり雪に浸かる。

今頃になって昨晩の夜更かしを深く後悔しながら、学校へ向かうバス停へ半ば急足で駆けていくのだった。


幸いバスの中は比較的空いており、お気に入りの窓際を確保する事ができた。

いつもより時間が遅いのもあり、同じ制服の人物は見かけない。

元々車酔いしがちな僕は好都合だ。

学校まで約20分の道中を、僕は少しばかり眠りの世界へと入っていく――。


それからほんの少し時が経った頃。

トントン――

突然肩を叩かれた事に動揺し、思わず目を見開く。


そこには自分と同じ制服を着た見た事のない少女が立っていた。


「そこ、2人用の席なんだけど」


窓際に座った事までは記憶しているが、今の僕はバナナのように体をくねらせ座席を二つも占領し、まるで自分のベッドかのように堂々と横たわっていた。

初対面の彼女にいきなり声をかけられた事に動揺したが、なにより自分の体勢があまりにも情けない格好である事に驚き、瞬間、眠気というものは彼方に葬られる。


「ご、ごめん!ちょっと待ってて」


すぐに自らの身なりを正し、(念の為)隣の席を学ランの袖で払う。


「もう…貴方の家の茶の間じゃないんだからね、ここは」

といいながら少女は臆する事もなく隣の席に座る。


先程までの自由空間はそこに無く、気まずい雰囲気が訪れる。


少女が同じ学舎の同志である事は一目見れば分かるのだが、この田舎町において彼女の存在感は異質とでもいうべきだろう。

これぞ、大和撫子(やまとなでしこ)とでもいうべき純潔の黒髪に透明感のある素肌。

身長が特別高いという訳ではないが、黄金比ともいえる均整のとれた彼女の姿に、うちの制服は彼女の為にあるのだろうとまで思ってしまった。


今時の女子高生では珍しい、(けが)れのない凛とした眼差し。

そのサファイアの宝石の様な瞳に、僕はつい見惚れてしまった。


「なに…?私の顔になんかついてる?」


ハッと我にかえりそっぽを向く。


「な、なんでもない!ただあまりにも、綺麗だったから」


口にした瞬間に気がついた。

自らの大きな過ちを咎める間もなく、雪の様な白い彼女の頬が、熟れたトマトの様に赤熱した。


「貴方ね!突然出会って何をいってるの!?公共の場を我が物顔で陣取っておいて?新手のナンパ!!?」


自分でもなぜそんな突拍子もない事を口にしてしまったのか理解ができず、彼女にも負けないくらい僕の顔も紅潮して、僕たち2人の間の空気は温室のように熱を帯びていた。


少しばかりの沈黙の後に、彼女の方から先に口を開く。


「貴方…日輪(ひのわ)高校の生徒なんでしょ」


「そうだよ。日輪(ひのわ)高校の二年生、名前は彩瀬 結生(あやせ ゆう)。君は…」


「2年生なのね…」


彼女は額に手を当てて、ほんの一呼吸おいてから

「私は今日転校してきたの。貴方と同じ…2年生よ。名前は…(いのり)でいいわ。好きに呼んで」


「よ、よろしく。いのり…!」


こんな時期に転校生とは珍しい。

というか同学年だった事に驚きを隠せない。(確実に上級生だと思っていた)


先程までの大失態の熱がまだ冷めやまぬ中、バスは学校前の停留所に到着した。


「じゃあ私ここで降りるから!ア、アナタもここで降りるんでしょうけど…!校門まで一緒に行ったりはしないからね、さっきまでの事は、無かった事にして!!」


畳み掛ける様にそう言うと彼女は駆け足で去っていった。

 (しっかり運転手へのお礼は忘れずに)

僕は嵐の様な彼女の勢いに気圧されバスからすぐに降りられず一瞬思考が停止していた。


「あ、忘れ物!」


が、時既に遅し。

彼女の物であろうその人形は、見たところ手製の西洋人形のようだった。

かなり古い物である事は見て分かる。

綺麗なブロンドの金髪にエメラルド色の綺麗な瞳。

丁寧に裁縫された白の純白のドレスを纏った笑顔の少女を模した人形。

年代物にも関わらずメンテナンスをしているのか綺麗な装いだ。きっと大事な物だったんだろう。


返さなければ。

幸い目的地は同じだ。

今なら間に合うかもしれない。

ふと、バスの扉が閉まる警告音で慌てて僕もバスから降りる。

気が緩みすぎているようだ、引き締めなければ。


僕は自らの手で頬を叩き、すでに遠くへ行ってしまった彼女の姿を追いかける様に学校へ向かった――。

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