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8 神谷。できる

「おい、あんた。槍の庄左からひと当てでも取ったら、百石取りだら。がんばれ」

いつの間にか足軽や武士が遠巻き取り囲んでいた。

木槌や鋸の音が止んだところを見ると人足も混じっているようだ。

神谷は榊原家中では相当有名な槍の使い手のようで、立ち合いを一目見ようと集まってきたのだ。


「北条浪人、長井佐市郎光義」

佐助が本姓を名乗った。やはり、春虎同様、名を隠していたのだ。


「榊原式部大夫家臣、神谷庄左衛門昌利、いざ、勝負」

歓声があがった。

二人は槍を構え距離を取った。

佐助が気合を発しススっと前に出た。

神谷が間を外すように後退した。

春虎は吸い込まれたように神谷から眼が離せなかった。


佐助もできる方だが、神谷と比べれば足元にも及ばないように見えた。

神谷は腰を落とした構えのまま頭が一寸も揺れていない。

槍先がピタリと佐助の喉元を狙ったままで滑るように前後に移動し間を保っている。


「佐助さぁ、動きを止めるな!」

春虎は思わず大声を出した。

佐助は足を使い右に回り出した。

神谷の真正面にいるよりはわずかだが望みはある。


時折、突き込むふりをして隙を伺うが、神谷の槍先は佐助の喉元をぴたりと捕らえて離さなかった。

佐助が前に出た。

胴より下を狙い猛烈な突きを放った。


しかし、神谷は繰り出された槍を上から押さえ下に流すと自らの槍を佐助の喉元に送り込み紙一重で止めた。


「ま、参った!」

「中々鋭い突きであったが、一度左から振り込でからのほうがよかっただら」

汗ひとつかいていない神谷にたいし、佐助は滴り落ちる汗を拭いもせず肩で息をしていた。


「じゃあ、次は、おまんら」

神谷の眼が春虎に向けられた。


「俺は榊原様に仕える気はありません。ご勘弁願う」

春虎はかぶりを振って拒否した。


「いいや、おまんは断れん。徳川の槍はその程度かと申したであろうが。三河武士の槍をとくと味わってもらう」

足軽小頭に言い放った啖呵を聞いていたのだ。

徳川が舐められたと思ったようだ。


春虎は榊原式部大夫はおろか、家康にさえ仕える気はない。

仕官を求めてはいない。

欲しいのは大掾家の後ろ盾だ。

口は禍のもと。退くに退けなくなった。


「わかりました。なら、俺が勝ったら殿様に合わせてもらおう」

「おお、最初からそのつもりだがね」

春虎の申し出に神谷が嬉しそうに頷いた。


春虎は槍を受け取り神谷と向かい合った。


「三村大掾左近将監春虎! 参る」

江戸に来て初めて本来の名を名乗った。

「神谷庄左衛門昌利、三河の槍、たっぷりと味わってもらおう」


構える神谷に、間髪入れず春虎は動いた。

猛然と突きかけたが、神谷は受け流しながら槍を絡めて来た。

槍を巻き取るつもりだ。

春虎は素早く槍を捻り避けたが、神谷の槍は執拗に追いかけて来る。

突きを弾くのが精一杯なのに頭や肩口に槍が振り降ろされてくる。


春虎は横に回り、何とか距離を取った。

神谷は腰を落とした構えのまま槍先は春虎の喉元にピタリと合わせている。


春虎も腰を落とし、すり足でじりじりと間を詰めた。


先に神谷が仕掛けた。

春虎も引く気はない。

互いの槍が交差し、カーンと甲高い音を発した。

その刹那、春虎はくるりと槍を廻し石突で神谷の顔面を横殴りに狙った。

神谷が槍をかざし受け止めるとその勢いを借り、頭上から打ち込んできた。


間一髪、横に回り避けたが、振り降ろされた槍は空中で止まり、胴を狙って飛んできた。

春虎は、なんとか槍で受け止めた。

また、拍子木のような乾いた音が鳴り響いた。


春虎は二間ほど後ろに飛び退き間をとった。

汗が滴り落ちる。

強い。

槍を受け止めるだけで精一杯だ。


神谷は大きな息を吐いて腰を落とした。

槍先がゆっくりと地面に落ちていく。

くる! ──

春虎は痺れる手を握り直し槍を構えた。


「双方、やめい! 槍を引け」

「こ、これは殿、おられたのか?」

神谷が槍を降ろし跪いた。

取り囲んでいた家臣や大工らも近習に追い立てられている。


「実に面白い勝負であったが、ここでやられては作業に支障がきたす」

歳の頃は四十二、三、ふっくらとした顔立ちだが、眼光は鋭い。


「せっかく生きのいいのを見つけて来ただら。あと少しやらせてちょうよ」

「たぁけ。槍の庄左が負けたら困るがね。がははは」

随分仲のいい主従である。

なにやら一言、二言小声で話すと榊原式部大夫は去って行った。


「殿が会って下さる。ついて来い」

神谷の後を春虎と佐助はついていった。


「惜しかったのぉ。止められなければ勝っていたのではないか」

佐助が小声で話しかけて来た。佐助の眼にはいい勝負のように見えたようだ。


「惜しくもなんともねえ。俺の負けだ」

佐助には解らないようだが、脇の下に一突き喰らっていた。

甲冑に脇の下の防御はない。

本身の槍なら腕を切り落とされていた。


「しかし、そなたが常陸の名門大掾の一族とは。上手く化けたものだ。在所の地侍のようだ」

「知ってんのかい」

「京都扶持衆の家柄だ。北条で知らぬ者はおらぬ」

京都扶持衆。耳に胼胝ができるほど常慶に聞かされたことである。 


二百年も前のことだ。

足利満兼が鎌倉公方に就任した際、武田、千葉、小田氏など関東の名族八家に、屋形号、守護不入の支配権をあたえ、公方を支える家とした。

関東八屋形の誕生である。

鎌倉公方の専横を危惧した足利幕府は、対抗として直接将軍の指揮下に入る関東、奥州の名家十数件を任命した。

大掾、真壁、伊達、葦名氏などで、屋形号、守護不入の支配権を与えたのだ。

当主清幹を御屋形様と呼ぶのは幕府から許された特権だからだ。

衰退の一途を辿る大掾ではあるが、常陸平家だけあって家格は高い。

新参の北条が知っていても不思議なことではない。


急造感は否めないが、なかなか立派な屋敷に二人は招き入れられた。

床板は新しいが柱や天井は古いものだ。どこからか移築し手を加えたのだろう。

佐助が先に神谷に連れられ奥に消えた。


(さて、なんと切り出すか・・・・・・)

春虎は黒光りする天井見上げ腕を組んだ。

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