25 雪。語る
雪が隠し通路を抜けると、既に輿二つが隊列の中宮谷に向かい進んでいたという。
金丸喜衛門が二百の兵で先手を務め、中央に清幹の輿と本隊、すぐ後ろに御台所の輿とともに侍女が並び、殿を岡見大蔵の兵百人が受け持った。
総勢三百余、一の郭崖下を避け、磯丸出丸の裏側より西に向かい宮田から志筑城に入る道をとったが、先行した金丸隊が宮田に入り込み略奪をおこなっていた佐竹と戦闘になった。
略奪者は足軽ばかりで、すぐに追い払うことができたが、磯丸出丸を攻撃していた佐竹兵に気づかれ追撃を受けた。
殿の岡見隊が迎え撃ち乱戦となり、輿を護る本隊は先行していた金丸隊に続かず道を逸れ染谷方面に消えた。
雪は戦場を離脱し数人の武者とともに本隊を追った。
「輿にはすぐに追いついたのです。でも、輿の中に御台様はおられませんでした」
ダン、ダン。──
染谷村の入り口で輿に追いついたが、村にも佐竹が入り込んでおり銃撃を受けた。
略奪の兵士のようだが鉄砲を持っていた。
輿が降ろされ雪は警固のため横に張りついた。
ダン、ダン。──
本隊の鉄砲隊が物陰に隠れている敵に応射した。
十人の鉄砲隊だが敵より数は多い。
敵の鉄砲は鳴りをひそめ、本隊の侍大将が掃討を命じ突撃した。
その時、後方から喚声が上がった。
佐竹が追撃して来たのだ。
このままでは追いつかれる。侍大将は輿の移動を命じた。
「輿が担がれる前、扉がわずかに開けられ後方を確認する顔が見えたのです。御屋形様ではなかった」
雪は迷わず、もう一つの輿の扉に手をかけた。
見知った侍女の驚いた顔が目に飛び込んできた。
御台所も替え玉だったのだ。
立ち尽くす雪を置き去りに輿は近習に守られ村に進んで行った。
雪は宮田に引っ返そうと思ったが佐竹の軍勢が迫っていて、とてもできそうになかった。
止む負えず替え玉の乗った輿を追った。
「すまぬ。俺の手落ちだ」
出発が遅れ行く手を佐竹に遮られたのも、御台所を蔑ろにして策を立てた自分のせいだと思った。
四郎叔父のようにはできなかった。──
春虎は大木の根に腰を落とした。
雪を気遣ったものではない。身体に力が入らなくなったのだ。
「最初から輿は囮だったのですね。よかった」
「よかった?」
「輿に乗っていれば、佐竹に捕らえられていました」
村に入り込んでいた佐竹兵は、予想に反し大人数だった。
鉄砲が少なかったため小隊と見誤ったのだ。
突撃した本隊は苦戦を強いられ、そこに輿が乗り込んだため退くに退けなくなった。
佐竹兵は上等の獲物に活気立ち、鉄砲など意に返さず攻込んできた。
本隊は押しに押され、輿は捨てられ散々になってしまった。
雪は数人の武者と共闘しながら村を抜け山林に逃げ込んだ。
闇が幸いし追撃を受ける事はなかった。
武者の中に土地の地侍がおり暗闇の中でも迷わず森を抜け、国府瀬川を望む土手の上にでることができた。
武者らは川上に迂回し志筑城に向かうが、雪は御台所が気になり宮田に戻ろうとひとり武者たちから離れたが、川下で戦闘が始まり村に引っ返そうとしたのだという。
「輿が囮というのは良策です。雪も騙されました。では、御屋形様は?」
「隠し通路を出た時、下働きの者達は何処にいた?」
「下働き?」
下人たちは夜のうちに城を出されており、残った十数人は殿の岡見隊の前にいたはずだ。
宮田で戦闘になり、輿が染谷方面に進んだ時には見当たらなかった。
先行の金丸隊に付いて行ったのか、散々に逃げ去ったのか、雪は覚えていない。
「まさか! 下人に化けておられましたのか」
春虎は頷いた。
下人に化けた清幹らは、軍列をはなれ宮田の社に隠れていたはずだ。
輿や金丸隊を追い佐竹が去ってから落ち延びる。
何通りも考えた中のひとつだ。
「では、もう御屋形様は志筑城に入りましたね。よかった」
春虎は首を振った。
志筑城に入るのも可能だろうが、春虎の策では城には向かっていない。
益戸や岡見とともに城に籠り、佐竹の目を志筑城に釘付けにするため、春虎は兵を率いていた。
だが、志筑城に向かう途中で襲撃を受けた場合は、その策は変えることになっていた。
「まだ宮田に居るのですか⁉」
雪は驚き春虎は睨んだ。
敵陣に取り残されたと思ったのだろう。
「いや。片野あたりの神社に身を隠しているはずだ。明るくなれば山を越える」
片野は佐竹方の太田資正の領地だが、資正は元は武州岩付の領主で、二十年程前、佐竹から領地を拝領し片野を治めている。
領民からすれば縁もゆかりもない余所者で、清幹らが潜んでいても庇う事はあれ、訴えることはしないと目論んだのだ。
「山を越える⁉ 真壁様を頼るのですか?」
春虎は押し黙った。
清幹だけ結城に向かうことになっていた。
御台所と子は、真壁に置いていく策だったのだ。
「館林に落ちる」
御台を館林まで連れて行くことになるだろう。
「他国にですか。でも、きっと舘林というところになります。御台様が真壁様を頼るとは思えません。虎兄ぃ様も向かうのですか?」
春虎は頷いた。
夜のうちの清幹が志筑城に入らなければ自落しろと益戸や金丸、岡見には伝えてある。
春虎が指揮を執るはずだったが、佐竹の追撃を受けた時点で重臣らは清幹が城に来ない事を念頭に置いたはずだ。
朝を待たず益戸らは城を捨てる。
清幹は山を越え結城で春虎を待ち館林に落ちる。
雪と話してわずかな希望が生まれた。
まだ、しくじったわけではない。
やりようは幾らでもある。
「さあ、出発しよう」
再興を信じ逃げのびろ。──
清幹や重臣だけではない。
重い身体に言い聞かせ春虎は立ち上がった。
春虎は雪を気遣い、ゆっくりと山中に分け入った。
おおよその見当で森を進んだが知っている林道に出た。
「もう大丈夫だ。すぐにつく」
春虎は振り向いて言った。
人家などありそうにない山中だ。
雪は神社があるのだろうと思った。
春虎に導かれ林道を外れ細尾根を登り、冬枯れのクヌギ林を落ち葉を踏みしめ奥に入っていくと三角の塊が見えた。
「炭焼き小屋を真似てこさえたものだ。裏に沢もながれておる。食い物も貯えがあるぞ」
得意気の笑顔に雪は笑いをこらえた。
十五歳の春虎がそこにいるような気がした。
近づくと意外に大きい。
丸木を直接地面に埋め込み円錐を造り、周りを茅や千草で覆ったのだろう、裾を土や石を被せ補強としている。
「今すぐに火を焚く」
粗朶の束をどかすと真っ暗な入り口が現れ、春虎は屈んで中に入った。
すぐにカチッ、カチッと火打石の音が聞こえ、中が明るくなった。
三坪ほどの広さがある。
真ん中に石で囲んだ炉があり、空の鍋が吊るされていて、奥には竹を組んだ台の上に干し草が敷き詰められていた。
「俺の城だ。人を入れるのはお雪が初めてだ。立派なもんだろう」
雪はこらえきれず笑い声をたてた。
竹原城近くの隠れ家のときと何も変わっていない。
「二つ目の城が出来たのなら、雪をお呼び下さればよかったのに」
「ああ、竹原の小屋のことか。あれも最初はお雪だったな」
「虎兄ぃ様、兜をお脱ぎください」
春虎の顔を無性に見たくなった。
「うむ。お雪、兜の緒を斬ってくれ。どうも手がいうことを利かねえ。たのっ」
ぐらりと身体が揺れ、春虎が崩れ落ちた。




