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24 春虎。助ける

 重い足を引きずりながら進むと道が広くなった。

 右手には森の上に通じる切通しの坂道があった。

「染谷下か」

 香丸が殿と称して残っていたのは地下通路が詰まったためである。

 この切通を使い志筑に落ちろと春虎は忠告したが、清幹は村までの距離を考え一の郭近くの宮部を通ることを選んだようだ。


 急ごうと足を踏み出した時、切通の先に白い影が横切った。

 春虎から四半町(約二十七メーター)ほど先の坂道は月の明かりが樹々をすり抜け意外に明るい。

 春虎は大木の陰に隠れ前方を凝視した。


 松明を持った黒い影が二つ、坂道を横切り森林に消えた。

(追われているのか⁉)

 逃げる大掾勢が松明をつけるとは思えない。

 追われているのは大掾の者だ。

 春虎は後を追った。


 林の中は月の明かりが届かない。

 うっすらと見える樹々をよけながら後を追うも方向さえわからなくなった。


「殺すな。生け捕れ!」

 真横から怒声が聞こえた。

 敵の声だ。

 すでに追いついていたのだ。

 春虎は声の方に静かに向かった。


 薄暗く見えにくいが、大木を背に小柄な鎧武者が刀を構え、二人の武者と対峙していた。

 小柄な身体は清幹の小姓だろうか、槍を構える敵武者とは頭一つも違う。


 名門大掾の小姓ゆえ華麗な白糸縅の甲冑を纏っているのだろう。

 暗がりでも良く見えた。

 名門の子息と見て取った佐竹の武者は生け捕りにする積りのようだ。


「助太刀致す!」

 春虎は木の陰から飛び出し、手前の武者の顔面に槍を突き込んだ。

 勝ちいくさに驕っていたのだろう、二人とも面皰は着けていない。

 深々と槍が貫き、声もなく武者は崩れ落ちた。


 春虎は槍を構え、もう一人の武者と対峙した。

 前立ては金の独鈷、中々の武者のようだ。

「下郎がっ! 我らは佐竹の家臣なるぞ!」

 武者が怒声を上げた。

 春虎は気づいていないが、金蝶の前立ては混戦で無くなっている。

 桃形兜も槍で叩かれ、所々窪み、黒漆が剥げていたのだ。

 敵武者は春虎の兜を見て、落ち武者狩りか、褒賞目当ての陣借りと思ったようだ。


 春虎はかまわず、武者の顔面に槍を突き込んだ。

 武者はあわてて後ろに飛び退き槍を躱した。

 面皰を外したことを悔いているのだろう、じりじりと後退する。


 春虎は一気に間を詰め、顔面と見せかけ草刷り辺りを突いた。

 武者はおよび腰ながらも槍を振り、春虎の槍に被せてきた。

 上から押さえつける気なのだ。

 中々の腕である。

 しかし、相手が悪かった。

 下段の突きも見せかけだったのだ。

 武者の槍は地面を叩き、春虎の槍は武者の眉間を貫いた。


「おい、ここを離れるぞ。しっかりしろ」

 春虎はぐったりしている小姓を引き起こし、身体を支え森の中を突き進んだ。

 小姓は面皰の中でくぐもった声で礼を云ったようだが、よく聞き取れなかった。


 暫く進むと森は終わり谷津田の上に出た。

 春虎は小姓を座らせ一息ついた。


 筋兜に金の鍬形。白糸縅の胴丸。名家の出の小姓でもいささか分の過ぎた立派な甲冑だと思った。

 そのせいで追われることになってしまったのだろう。

 逃げる途中足を引きずっていたのだ。

 「怪我をしているのなら甲冑を脱げ。逃げきれぬぞ」

 小姓は頷くと脛当てを外し始めた。

 

 春虎は身を乗りだし辺りを覗った。

 暗い森の中を進んだため、ここが何処か分からなかった。

 谷津田伝いに降れば道には出られるだろうが、武者二人が戻らなければ必ず探索の手は伸びる。

 隠れるところない道は避けなければならない。


「きついだろうが山中を行くしかねえ。俺は夜目が効く。離れぬようについて来い」

 春虎は背後で甲冑を脱いでいる小姓に声を掛けた。

「いかい世話をおかけしました。わたくしは、三村左近将監の妻、雪と申します」

 

 振り返った春虎は息を呑んだ。

「お、お雪‥‥」

 夢だと思った。

 そう思ったのは春虎だけではない。


「うそっ‥‥ そんな、虎兄ぃ様?」

 雪は震える手を春虎に差し出す。

 まるで消えてしまうのを恐れているようだ。


「ああ、春虎だ。お雪とは思わなかったぞ」

 震える手を引き抱き寄せた。

「二度と生きては会えぬと思っておりました」

 雪は泣きながら春虎にしがみついた。

  

「どうして、甲冑など着込んだ」

 春虎は後ろをついてくるお雪に話しかけた。

 甲冑を脱いだため歩くのには支障はないようだ。

 春虎の足取りよりしっかりしていた。


 雪は城を落ちる際、御台所の護衛を願い出たのだという。

 清幹は最初は許さなかったが、出発間際に許可した。

 用意してくれた甲冑は雪には大きく身体に合う甲冑を勝手に蔵から持ち出したらしい。


「どうりで見たことあると思ったわけだ。あれは清幹が十二、三頃使っていたものだ」

「まあ。どうしましょう。捨ててしまった」

 雪は未練げに振り向いた。

 一の郭は燃えたのだ。

 蔵にあれば焼失している。

 それに雪が用意された甲冑を着けていたら、いくら夜目の効く春虎でも気づかなかったろう。

 雪の奔放が身を助けたのだ。


「清は着替えろと言わなかったか?」

 徒士武者用の地味な甲冑ならいざ知らず、清幹が華麗な白絲縅など着せる訳がない。

「御屋形様にも御台様にも甲冑を着けてからお会いしておりません」

「ん? どういうことだ? 何かあったのか?」

 撤退に際し清幹が雪を忘れるとは思えない。

 護衛を認めたなら必ず御台の傍に置くはずだ。

 

「奥で何かあったようです。入ろうにも甲冑をつけていたため追い返され、止む負えず岡見様の兵とともに地下に入りました」

 奧とは御台所や待女が暮らす建屋だ。

 男は清幹以外立ち入ることは禁止されている。

 普段は雪もここに居るが、甲冑姿のため清幹の小姓と勘違いされたのだろう。


 「御台は落ちるのに、なにか言っていたか?」

 「お会いしていないのでわかりませぬが、落ちるのを拒んだようです」

 春虎は衝撃を受けた。

 清幹を逃す事ばかり考えていて、御台所の心中など忘れていた。

 

 大掾は真壁氏幹を何度も頼り、その度裏切られ窮地に陥った。

 御台所は実家の行為に針の筵だったのだ。

 清幹がどこまで打ち明けたかはわからないが、真壁を頼ると言い出せば頑として拒むだろう。

 ましてや、御台所と幼子を真壁に預ける計画だった。

 

「御台は真壁を頼るのを良しとしなかったのか」

「でも、大手門を破られたころには城は出たはずです」

 清幹が無理矢理連れ出したのだろう。

 ならば、真壁を頼らず館林に落ちることに変更しなければならない。


「まずは怪我の手当だ。それが済めば志筑城に向う」

 急く気持ちを抑え、春虎は森の中を突き進んだ。


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