21 義重。余裕ぶる
法螺貝や太鼓が鳴り渡り朝靄に煙る対岸に、北義斯、東義久、小場義成の軍勢が鬨の声を上げ攻めこんだ。
ぬかるんでいた田んぼや沼地は、化粧をしたように真っ白に凍り付き石のように固く横に広がることができた。
小川口を攻める佐竹勢の数は千二百。
これに対し大掾の兵数は五百に満たない。
木柵より鉄砲を撃ちかけてくるが、散発で脅威にはならなかった。
佐竹勢は川に竹束や百姓家から奪ってきた戸板を架け、渡り終えると鉄砲隊が筒先を並べた。
ダダン、ダンダン。
三段に構えた二百の鉄砲隊の一斉掃射に柵が削られ木っ端が舞う。
ダダン、ダンダン。ダダン、ダンダン。
二射、三射、四射。硝煙が靄と混じり、後方からはなにも見えなくなった。
義重は近習が止めるのを無視して馬を進めた。
鉄砲隊は足並みを揃え竹束を立てて、じりじりと詰め寄ったが大掾からの反撃は皆無だ。
「かかれっ!」
竹束が開き騎馬武者と槍足軽の一隊が木柵めがけて駆け上がった。
大掾勢は退却したのだろう。
直ぐに木柵が開き佐竹勢が雪崩れ込んだ。
義重は馬を降り、木柵に続く坂道をゆっくりと登った。
「大殿! 御下がりくだされ。あ奴ら町屋に火をかけました」
小場義成が駆け戻って大声を上げた。
道沿いの町屋が黒煙を上げている。
藁や粗朶木を持ち込んだのだろう火の勢いは強い。
「消し止よ。 断じて町を焼いてはならぬ」
常陸国府を火の海にすれば、たとえ大掾の謀反を言い連ねたところで、家を焼かれた町人は新しい領主である佐竹を恨むだろう。
恭順を示している南方衆とて国府を焼き払えば何を言い出すか分かったものではない。
義重は鉄砲隊に警固の兵二百を付け坂の下の沼地に退け陣形を取らせた。
家臣らは火の出ている建物や周辺の家を壊し始めた。
火の勢いは強いものの板張りの民家など屈強な兵士十人もいれば簡単に壊せた。
だが、先に進むのは要注意だ。
命を捨て突撃してくる大掾武者を警戒しなければならない。
消火は思うように捗らなかった。
「兵士らに休息を与えよ。鉄砲隊は街道に布陣せよ」
町屋と武家屋敷を隔てる街道に出るまでに、かなりの時間を要した。
既に昼は過ぎている。
義重は類焼を間逃れた商家に入ると框に腰掛け近習から握り飯を受け取り口に入れた。
大掾が火をつけたのは町屋だけで、武家屋敷はそのままだ。
どのような罠を仕掛けているかもしれない。
「三郎兵衛が北の出丸を囲みましたぞ」
北義斯が、水戸口攻めの南義種が寄こした伝令を連れてきた。
伝令は跪いて北の出丸まで侵攻していることを告げた。
小川口とは違い、激しい戦闘が行われたようで死傷者が多数出ていた。
「我らも大手門まで押し出しましょうぞ」
「三郎兵衛どのが北を攻めれば、東側は手薄。一気に攻め落とせます」
義種の活躍に焦ったのだろう、
北義斯、東義久、小場義成が口々に攻撃を捲し立てる。
「まてまて。焦るでない。其の方らも飯を食え」
義重は盆の上に山となっている握り飯の方に顎をしゃくった。
北らは手を出さず怪訝そうな顔を向けた。
「三郎兵衛に伝えよ。構えて手を出すな。交代で休息しろとな」
「はっ」
伝令が出て行くの待って、三人は盆に手を伸ばし握り飯に齧りついた。
「それでよい。今日中にけりをつけるが、油断なく構えてしばらく待て」
義重の考えに逆らうことなどできるわけがない。
三人は握り飯を食べ終わると持ち場に戻ろうとした。
「山城。近こう」
振り向いた義久は爛々とした目に射竦めされた。
「アレを用意しろ。威力のほどは竹原城でわかった。もうひとつの使い道を試す」
「はっ」
義重が死に体の大掾攻撃を止めている理由がやっとわかった。
暗くなるのを待っているのだ。
(畜生どころではない。大殿は魔に魅せられている)
義久は持場に戻ると、大鉄砲の準備をさせた。
「将監様。本当にこれでよろしかったので?」
益戸隠岐守が引き上げてきたばかりの春虎を呼び止め言った。
「不満はあろうが我慢してくれ」
春虎は面皰を外し益戸に近づいた。
火をかけた小川口の益戸隊とは違い、水戸口の春虎は佐竹勢に打ち掛かり後退させてから撤退していた。
「町屋に火をかけてくれたおかげで撤退できた。礼を申す」
嘘ではない。
一度、二度の押し返したところで佐竹は諦めない。
数に物を言わせ群がりくる佐竹を止めようがなかった。
益戸隊が佐竹と一戦交えていたら春虎隊も木戸柵に固執しずるずると戦を続けていたはずだ。
煙が上がったことにより兵士らに撤退命令を出しやすくなったのだ。
だが、益戸は自らの手で城下に火を放ったことを恥じている。
「苦肉の策だ。やむを得ない。して、どれほど燃えている」
「道沿いの数十軒ほどかと。佐竹が必死に消し止めています」
益戸の返答に春虎は口角を上げた。
佐竹が府中を焼くのを阻止している。
占領し己の城として使うためだろう。
「隠岐守。これからが切所だ。頼むぞ」
春虎の小声に、益戸隠岐は顔を顰めた。
町屋に火をかけ撤退する不名誉ばかりではなく、己が志筑城に撤退しなければならない。
直ぐに御屋形様が落ちて来るとはいえ、益戸にとっては卑怯者の烙印を押されかねない行動を春虎は命じたのだ。
「武辺者の其方には酷な命令だが曲げて頼む。大掾が生き残るにはこれしかない」
渋々益戸は頷いた。
「では、志筑でお待ちしております」
手勢二百をまとめ、大手門前の土塁沿いを南に駆けて行く。
益戸隊の離脱に門前にいた岡見ら数人の武将が駆け寄ってきた。
「益戸どのが出撃しましたが、どういうわけですか」
佐竹が陣を構えるのは東側と北側だ。
益戸は逃げ出すように南に駆け去ったが、春虎の命令だと考えたのだろう。
「府中は籠城には向かぬ。御屋形様には志筑城に御移り願う」
春虎は大手門のある三の郭に百の兵を配置し自ら指揮を執ること告げた。
北側の箱の内出丸に香丸隊八十、並びの宝部出丸に中内隊百を入れ、西の磯部出丸には金丸に百五十の兵を預け守らせた。
二の郭の守備兵は岡見隊に加え二百の兵で一の郭の清幹のもとに向かうよう命じた。
「よいか、粘りは無用だ。劣勢になったら守備地を捨て志筑に落ちよ」
武将らに反論は無い。
大掾に佐竹を押し返す力がないことを痛感しているのだ。




