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13 大掾。騙される

天正十八年十一月二十日、府中城は佐竹義重を迎える準備で慌ただしかった。

従属の証として佐竹一族の多田を家老として迎え入れるのだが、急遽佐竹義重が同行することになったのだ。


「多田だけではないのか? 隠居の義重が何故、乗り込んでくる」

「口に気を付けろ。常陸介様は大掾の重臣と対面を望んでおられる」

義国は髭だらけの顔を顰め、春虎を睨んだ。

大掾の家老として佐竹を迎え入れる指揮を執っているのだ。


「対面? 義重にひれ伏せと。俺は嫌だ。断る」

「だめだ。三村城主として出ねばならぬぞ。そうせねば城の再建もままならぬ」

三村城は、東面は堅固な造りであったが、西面は平坦な地続きで、その弱点を小田氏治に突かれ落城した。

小田が去った後も西面はそのままで、大規模な改修を施さなければ、また落城の憂き目にあうのは必定だった。

佐竹に従属し警戒する敵がなくなる今こそが三村城再建の絶好の機会ということだ。


「二十日、わしは竹原城で常陸介様をお迎えし府中までご案内いたす。お前は大手門で出迎えなければならない。大掾一族としての責務じゃ。よいな」

その晩、清幹に夕餉に招かれた。

ぐずる春虎を説得する積りの様だ。

食事が終わり酒席となった。

清幹は面会の件などおくびにも出さなかった。


「虎兄ぃと違い、わたしは無にはなれぬ。残ばかりだ」

「常慶叔父の説教か? 人間誰しも生きている限り念は残る。坊主のようにはいかない」

常慶はふたりによく言った。

武士は念を残してはいけない。無こそが本分だと。

春虎は残念も無念も同じだろう思っている。

生きている以上後悔の念は残るのだ。

無になる事など出来るとは思えないし、無になった事など一度もない。

なぜ清幹はそのような話を持ち出したのか、春虎は清幹を見つめた。


「鏡淵の鯉を憶えているか?」

「子供のころ釣りに行った沼か。今でもよく行くぞ」


城から半里ほどの西にある沼で、六歳のとき、その淵で清幹は大きな鯉をかけた。

あまりの大きさに春虎が手伝っても引き寄せることが出来ず、糸が切れ逃してしまった。

春虎は、あれは無理だとさばさばしていたが、清幹は諦めきれなかった。

寝ても覚めても鯉の引く手ごたえが忘れられず、一人で城を抜け出し沼に釣りにいった。


度々春虎に誘われ城を抜け出していたが、一人で出たのは初めてだった。

沼に向かうのには川に架かる丸木橋を渡らなくてはならない。

清幹は丸木橋を踏み外し川に落ちた。

助けたのは近くに住む百姓だった。


幼き当主が城を抜け出し溺れたことに家中は大騒ぎになり、門番頭や近習頭が職務怠慢と腹を切らさせそうになった。

「俺は七歳の頃など、何処へでも一人で行けたぞ。清は少し鈍重だ」

今思えば春虎の発言は家臣を助けるためのものだったのだろう。

現にこの一言で家臣らは切腹を間逃れたのだ。

しかし、七歳はいえ清幹は大掾家の当主である。

当主をつかまえ鈍重だと貶せば、従弟とはいえ、ただでは済まなかった。


主君の為にならぬと春虎は城を出され、常慶の寺に入れられたのだ。

春虎が十一歳のときだ。

清幹は忘れる事などできなかった。

父を失った寂しさを晴らしてくれた兄のような存在を己のへまのために失ったのだ。


今思えばそれほど鯉が欲しかったわけではない。

自分以外に釣られるのが嫌だったためだ。

それにひとりで巨鯉を釣ったという名誉が欲しかった。

春虎に褒めてもらいたかった。

その打ち消せない念のため春虎を追いやってしまったのだ。


「わたしは欲が深いのでしょう。振り返ってばかりです。だから、せめて雪の念だけは取り払ってやりたかった」

二人は暫くの間無言で酒を酌み交わした。

春虎は茫洋と暗闇に眼を遊ばせていたが、居住いを正し、杯を置いた。


「御屋形様の心遣い、春虎感謝いたします」

平伏す春虎に、清幹は盃を干した。

「わたしも雪も虎兄ぃがいたお蔭で、寂しい思いをせずにすんだ。礼はこちらが申し上げる」



天正十八年十一月二十日 ──

雲ひとつ無い青天の午の刻(午前十一時)。春虎は直垂、烏帽子姿で外城を出た。

外城と府中城は谷を隔てて、わずか百町(約一・一キロ)。

歩いても直ぐに着くのだが、間の悪いことに二日前に雨が降り谷底は所々に水が浮いている状態で、着物が汚れることを嫌った岡見の進言により、迂回して小川口より登城することになった。


(泥だらけで、出迎えたら面白れぇのにな)

国主を気取る佐竹がどういう素振りをみせるか、試してみたいと思ったが、清幹に恥をかかせてはいけないと岡見の意見に従った。

春虎は気づいていないが、先般の清幹の話しが効いているのだ。


「そろそろ、常陸介様が竹原城に着くころでございましょうな」

外城城代の岡見大蔵が轡を並べてきた。

府中に乗り込んでくるのは佐竹義重だけではない。

香澄の海西側の園部や小高ら佐竹に臣下した領主らも付き従って来るのだ。

竹原城で合流するため、義重の府中入城は昼頃になる予定だった。

今頃、義国叔父は大汗をかきながら右往左往しているのだろうと思うと、嫌な気分も少し楽になった。


ドドン。ドン、ドン、ドン …… ──


小川口の木戸を通り抜け、町人街に入る坂を登っていた時、頭上で太鼓が鳴り響いた。

四方櫓からだ。

音は南櫓からだけではない。

木霊のように城下全体を包んでいた。


「さ、参陣太鼓⁉」

岡見が声を上げた。

櫓にある大太鼓は、火急の時のみ家臣らを集めるため用いられるが、よほどのことが無い限り叩かない代物だ。

四つの櫓の全てが太鼓を打ち鳴らす事など今まで一度も無かった。

しかも、音は途切れの無い連打。ただ事ではない。


「大蔵! 外城に戻り兵を集めよ! 俺は御屋形様のところに行く」

「い、一体、何が!」

「わからねえ! 外城の門を閉ざし、今いる者だけでも城に送れ。外城が空になってもかまわねぇ」

春虎は大蔵の返事を待たず馬を煽った。

参陣太鼓に驚いた町人街は、蜂の巣を叩いたような騒ぎだった。

春虎は手綱を絞り、人混み避けながら進んだ。


「太鼓は何の知らせだ!」

春虎は大手門に馬を寄せると手綱を門番に預け下馬した。

「わかりませぬ! 我らはどうすればよろしいのですか」

門番頭が不安げに言った。

門番も参陣太鼓は初めてのことなのだ。


「取り敢えず、参陣してきた者は、二の郭の広場に集めておけ。人を寄こす」

「はっ」

生気の戻った門番頭の顔を見て、はっとした。

命令が下まで行き届いていないのだ。

(清幹はなにをしている)

春虎は本郭に急いだ。


清幹は広間の中央に座っていた。

血の気に引いた青白い顔で、惚けたように天井を睨んでいる。

周りを重臣らが取り囲んでいたが、甲冑をつけている者はいない。

「将監様! 大変な事態なりました」

春虎に気づいた、益戸が立ち上がり叫んだ。

「埒もねぇ。滅多に鳴らない参陣太鼓だ。大事なのは分かってる。はやく家臣を纏めろ。浮足立ってとぉ」

冷静に言ったはずだが、いつもの癖が出てしまった。

だが、それが良かった。


重臣らは、顔を見合わせると、

そうだ。やらねばならぬ。── 

戦じゃ。目に物見せてくれる。── 

其の方、参陣する武者らを纏めよ。── 

二の郭の広場か、ワシがいく。──

火がついたように叫び、ドタドタと廊下を踏み鳴らし出て行った。


「なんだ? あいつら」

広間には春虎と清幹の二人だけなった。


清幹は懐より折りたたまれた紙を取り出し春虎に渡した。

「糸殿からだ。糸殿付きの小者が持ってきた」

義国の次女糸は二年前、江戸重通との和睦の証人として側室なっている。

二つ折りの紙を広げないうちに清幹は言った。


「一昨日水戸城が佐竹に落とされた。江戸通重は結城家を頼り落ちたそうだ」

声は張りがなく震えていた。

だが、春虎には雷鳴のようであった。


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