11 両者。謀る
「おまん、相当の変わり者だら。何故、人足などしておる」
神谷庄左衛門は作庭のために集めた巨石の上に腰掛け、大工の手伝いをしている春虎に声をかけた。
「やる事ねえし、身体を動かしていた方がいい。ただ飯喰いも気が引ける」
榊原式部大夫康政と伝手は出来た。
これだけで帰郷してもいいのだが、康政から家康に合わせたいと言われては、帰るわけには行かなかった。
佐助は五十石で仕官が決まり、一度故郷に帰り身辺の整理をしてくるといって出て行った。
妻子ある佐助にとって五十石ではかなり苦しいと思うが、徒士武者の身分でも手柄次第で出世の目はある。
それに北条家では五十貫(約百石)だったことを鑑みれば、敗者の再任としては悪い俸給ではない。
「おまん、槍はだれに習った?」
よほど暇なのだろう、神谷は春虎を話し相手に選んだようだ
春虎の槍は常慶の寺に来ていた上方の僧より習ったものだ。
その技で城下の商家に押し入った牢人二人を突き殺し、寺に居られなくなった。
「上方から流れて来た元僧兵の男に習った」
春虎は正直に言った。
面倒くさいが機嫌を損ねると何を言い出すか解らない。
「ほうか。僧とはいえ、あ奴らは強いからの。仏に仕える身でも侮れん。で、剣は?」
「鹿島の社の禰宜だ」
隣の里の神社に住み着いた流れ者で、本当のところは神官かどうかわからないが、剣の腕は抜群で頼み込んで教えてもらったのだ。
「あはっ、槍は坊主で、剣は神主かよ⁉ 馬はどうだ? 騎馬身分だら?」
明らかに面白がっている。
いい暇つぶしになっているようだ。
「誰にも教わってない。名主の馬を勝手に乗り回し覚えただけだ」
預けられていた源左衛門の家には二頭の駄馬がいた。
春虎の良い遊び相手であった。
「ん。要らぬことを聞いたら。許せ」
春虎が攻め滅ぼされた一族の唯一の生き残りであることを榊原政康から聞いているのだろう。
神谷は口籠り頭を下げた。豪傑だが意外に繊細である。
「神谷殿は、誰に習った?」
黙り込んだ庄左衛門をどうにかしなければならないと春虎は話題を振ってみた。
「ああ、槍も剣も馬も童のころは父親。その後は達者な寄子だら」
庄左衛門の機嫌がもどったようだ。
今ならと、一番気になることを聞いてみることにした。
「なあ、まだ、大納言様から返答は来ぬのか? 榊原様は何と申しておる」
康政との面会より八日が経っている。
そろそろお呼びがあってもいいはずだ。
「俺が約束したのは榊原の殿だら。直臣でもない俺がわかるか」
庄左衛門がぷいと横を向いた。
途端に、機嫌が悪くなる。
面倒くせえ奴。──
しかし、春虎は嫌いになれなかった。
「どうじゃ、次郎どの。この絶景は?」
貧相な顔の小柄な男が天守の欄干に身を乗りだし大阪の街を指した。
錦の羽織を纏い顔には薄化粧を施している。
「まるで天より下界を覗くが如く。義宣、声も出ませぬ」
義宣は男の喜びそうな言葉を選んで返した。
「で、あるか」
余程答えに満足したのだろう。
しわくちゃの笑顔をみせ頷いた。
関白豊臣秀吉に招かれ大坂城に登城した。
側近は石田治部少輔三成がただ一人。
いまも傍らに控え畏まっている。
「其方に官位をくれてやろう。従四位上、右京大夫。いかがじゃ」
義宣は驚いた。
父義重の常陸介は新皇任国の常陸国では最高の官位だが、それでも従五位上である。
「あ、ありがたき幸せ」
「義宣には関東を頼むのじゃ、当然の褒美よ。よいか早急に常陸を纏め備えよ。くれぐれも、ササクラのようにはなるなよ」
「ははぁっ」
平伏したまま降りていく秀吉を見送り義宣は思案に暮れた。
秀吉は徳川家康の押さえとして佐竹の地位を上げたのだろう。
しかし、六か国を有する徳川に対し、常陸一国の義宣が対抗するには生半可なことではない。
常陸の国人衆らを纏め早急に強力な軍隊を組織しなければならないのは当然のことだ。
今も国では父が尽力をつくしている。
「いかが致した? 右京大夫が不満か」
動こうしない義宣に三成が話しかけた。
十も年上の三成ではあるが、小田原参陣より懇意にしている。
この出世も三成の後押しがあってのことだ。
「いえ、滅相もない。夢のような話です。しかし、恥ずかしながら殿下が申されたササクラが解りませぬ」
義宣は解りもせず承諾したことを素直に恥じた。
三成は人を小馬鹿にするような態度をよくとるが、無知を恥入り聞こうとするものに対しては意外に丁寧に教えてくれる。
「佐々内蔵助成正のことだ。四年前肥後一国を殿下より賜り、統治を失敗し腹を切った」
「は、腹を召されたのか?」
義宣は驚いた。
領国統治をしくじれば腹を斬れと佐々の名前を出し含みをもたせたのだろうか。
「傘下に組み入れた国人衆が一揆を起こした。いらぬ情けをかけた内蔵助の責は重い」
三成の冷たい眼が義宣を睨んだ。
「よいか、佐竹殿は関東の重責を背負う。領地から一揆や謀反などあってはならぬ。よからぬ芽は早々に摘み取りなされ。証人差入れなどと言い出す前にな」
義宣の背に冷たい汗が流れ落ちた。
大掾清幹が臣従の証として妻子を人質出すと訴えた件だ。
「わたしは常陸の国主は名門佐竹が相応しいと思う。関白殿下の御為でもある」
忍城の陣屋で三成はそう言って薄笑いを浮かべた。
義宣は三成に選ばれたのだと思った。
父とともに画策した大掾潰しの罠を三成は承知で佐竹に味方してくれているのだと。
事実、三成は大掾清幹からの訴えを承認するような素振りを見せて握り潰した。
小田原不参陣の咎を背負わせ、佐竹の謀略を打ち消してくれたのだ。
しかし、大掾家廃家の命は関白秀吉から出ていない。
どこからか漏れたのであろうか。
大掾が騒ぎを起こせば、逆に佐竹が廃家となる事態に義宣は震えた。
「な、何をすればいいのか、教えてくだされ」
「簡単なことだ。殿下が申した通り佐々蔵に、ならなければよいだけだ」
義宣は口を閉じるのも忘れ、三成のにやつく顔を凝視した。




