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マッシヴ・エイハブ・ピップ・スタッブ!

作者: 阿部千代

 夜は明けるぜ。日は落ちるぜ。雨は上がるぜ。嵐がくるぜ。

 そうなのだ。中肉中背のバイオボディに有機マニピュレート機能と小宇宙的遺伝子無操作コンピュータを搭載した1982年初期モデルの民間機。左翼を黒ヒョウ、右翼をスカルでデコラティヴ。機首横、音声認識システム外殻部にはラブリーなハートマークのエンブレム。操作性はピーキーかつレイジー。対応言語は乱暴な日本語。保証書はとっくのとうに切れてはいるが、まだまだ動くぜ現役バリバリ。

 おれがおれだよ、バカヤロウ。パワーパフガールズならバターカップ。セーラームーンならジュピター。プリキュアならキュアマリン。あばれ花組なら竜次。そして、おれこそが阿部千代だ。なめんなよ、ヨロシク。


 風を起こしたくなった。おれの迷いを吹き飛ばす、強力無比な風を。ミドルティーンならば盗んだバイクが入用なところだが、いまのおれにはエンジンなどいらない。自転車で充分だ。見よ、この大腿筋の盛り上がり。こいつでペダルに蹴りをいれれば、そのへんの原チャリなんかにゃ、おさおさひけは取らないだろうて。

 ひとつ問題がある。おれは自転車を所有していない。阿万音鈴羽に影響されて買ったビアンキを盗まれて以来、自転車がないのだ。犯人に恨みなんかはありゃしない。人生のツケはいつか必ず支払うはめになるってだけのことだ。おれだっていままで何度も……。ああ、後悔しているさ! そしてある冬の日、もう二度とやらないと心に誓った。

 そうだ、おれの精神は誓いの鎖で覆われている。犯してきた罪の数だけの鎖が。その鎖こそがおれのサイコアームだ。たじろぎな。おののきな。おれのサイコマタースキル、キプルチェインがおまえの身体を切り刻むぜ。おまえが踏みにじってきた人々の……流した涙の数だけ……な!


 だがいまはそんなことどうでもいい。幼年時より乗り回してきた自転車が。何台も何台も乗り潰してきた自転車が。そうだ。おれの記憶は自転車とともにある。これといったエピソードはなにひとつないが……いやあるにはあるが、いちいちそんなものを披露するのは面倒くさい……それでも、いつだっておれのそばにいた相棒だ。そうだ。そうだったんだ。おれはここ何年間か、相棒なしで戦ってきた。決して近いとは言えない最寄駅まで、ひとりトボトボと肩を落としながら歩いた……真夏の盛り、異常な暑さの中、ひとり自らの足でスーパーマーケットまで汗を吹き出しながら赴いた……。

 どうしておれは今まで気づかなかったんだ。とっくの昔におれの両足は悲鳴をあげていたというのに。おれの心は喪失感で引き裂かれていたというのに。

 そうだ、おれの精神にはぽっかりと大きな穴が空いている。充足を知らぬ貪欲な大穴が。この穴こそがおれのサイコアームだ。びくつきな。わななきな。おれのサイコマタースキル、ブラックホールエンプティがおまえの身体をすり潰すぜ。おまえが奪ってきた人々の……あるはずだった未来の数だけ……な!


 だがいまはそんなことにかかずらっている余裕はない。自転車だ。自転車を買うのだ。おれの人生には、身体を預けるサドルが、頑丈で軽いフレームが、徐々にすり減るハンドルが、安全と直結したブレーキワイヤーが、ふくらはぎの天敵のペダルが、自動車を牽制するリフレクタが、いじると手が真っ黒になるチェーンが、朝イチの絶望を届けてくれるタイヤが、テニスボールを挟むスポークが、いっとき立ち止まる為のスタンドが、暗闇を切り裂くライトが、必須だったんだ。金? 馬鹿野郎、言ってる場合かよ!


 生きてりゃなあ、払わなければいけない金があるんだよ。懐の確認なんかせずになあ、ええいままよと叩きつける種類の金があるんだよ。もちろん失敗はするよ。後悔なんてつきものだっての。あとから考えて、どうしてあのとき調子に乗っちまったんだろう、そう頭を抱える瞬間だってあるよ。逆に訊きたいんだがね。私も飲んでいいですか~? そう尋ねられて、断ることのできるやつがいるか? うん、どうぞ~。にっこり笑顔で即答するだろう、普通は。向こうだって慈善事業でやってるんじゃないんだよ。逆にこっちは慈善事業みたいなもんなんだよ。考えてもみろよ。未来ある若者のな、奨学金の返済の足しになるかもしれないんだぞ。パパ活とか言って、単なる売春やってるやつと比べたらよっぽど真面目だろうが。ひと昔前は援助交際で、その前はなんだ、愛人バンクに夕ぐれ族か? いやちょっと待て。おれは売買春そのものを完全に否定しているわけではないからな。そりゃ胸くそ悪い話もゴロゴロ転がってるだろうが、でも仕方ないだろう。売りたいやつと買いたいやつが、いつの時代にもどんな場所にもいるんだから。需要と供給が合体しちゃうんだから。おれは絶対にやらないけどな。だって嫌だろう。ろくに会話もしていないのに、心の中ではめちゃくちゃ嫌われて見下されているかもしれないのに、ていうか絶対そうに決まってるのに、そんなことするなんてすげえ嫌じゃないか? おれはごめんだね。


 よし、目標の2000字に到達したから、おれはさっさと逃げるぜ。じゃあ~な!

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