トンネルの向こうにいたのは
あらかた戦場を荒らし終えたのでエルザの後に続くように危険宙域に入る。
追ってこようとした宇宙海賊が突然爆散したり、ミサイルがひしゃげたり、ビームやレーザーが明後日の方向に向かって逸れたりと……まぁ最低でも異常重力は確実だな。
「エスコートから外れないようにしてくださいね。追撃を避けるためにも一番障害物多い場所通ってますから」
「行き止まりとかやめてくれよ。一応追跡システムと手動の両方でぴったりケツについてるが」
俺のクルーの大半は電子機器関係の連中だから口には出さないが、基本的にシステムを信用していないからこそ操縦桿から手を放す事は無い。
フットペダルだっていつでも動かせるようにしつつ、メリナとノイマンが頑張って集めてくれてる情報から宙域の危険地帯を常にマッピングしている状況だ。
行きはよいよい帰りは恐いってのはいつの時代も場所も問わないからな。
少なくとも熱異常とガンマ線、局所重力異常なんかはある程度判明したが……これ以外にも超極小ブラックホール、それこそ人間サイズの物とかもあるみたいで迂闊に動けないような場所が多数。
またこちらのレーダーには異常が無いからと油断するとするりと何かを避けるようにエルザが進路を変えたりする。
試しにドローンを飛ばしてみたらどろどろに溶けたのだが熱源センサーに異常は見られなかったのと、なにやら薬品で溶けたような見た目だったのでよくわからない異常事態も発生しているのだろう。
「それにしてもアラートが五月蠅いですね。切っちゃいます?」
「ダメだ。どんなヘボだろうと、どんなに安全な場所にいようと攻撃されている事に変わりはない」
メリナの提案を却下する。
俺達の据わってるシートはアラートの音声でどの方角からの攻撃かわかるようになっているが、背中からビービーと音が鳴り続けている。
その全てが途中で消えているのだがロックオンされていることは変わらない。
またアロアニマが追いかけてくることも危惧していたのだが、こちらを眺めているだけにも見える。
……一部は対シールド用ランチャーで気絶させたのもあるが、こちらが常に銃口を向けている以外に今からじゃ追いつけないと思っているのだろう。
回り込まれる可能性もあるが、この宙域じゃそれは難しそうだ。
データを参照する限りこの一帯は岩礁地帯と似ている。
どう動いてもいいが、下手な方向に舵を切ると座礁する……程度ならまだいい。
基本的に大爆発すら起こせず消滅する事になるだろうという、一件好きに動けるように見えて道が決められている場所なんだ。
回り道で先回りはできるかもしれないが、その際には多少なりともリスクがある。
危険と断言されたルートを通っているのだから、一歩道を外れたら死は免れない場所。
つまりは細いトンネルの中を動いているようなものだ。
他の道はもう少し広いのかもしれないが、それでも山道をかっ飛ばすのと同じくらいのリスクはある。
しかも今回は事故=死だ。
「なぁ、そろそろ教えてもらえないか。アルマが何を持っているのか、あのアロアニマたちは何を握られているのかを」
「そうですね、僕は操縦していないので割と楽にさせてもらってますがそちらは大丈夫なんですか?」
「問題ない。この速度なら事故は起こさないし、道を外れる事もないと思う」
「わかりました。まぁ端的に言いますが僕は人とアロアニマのハーフなんです」
少し驚いた。
ただありえない話じゃないというのも事実で、そもそもの話アロアニマが元は人間だったっていう個体もいるからな。
まぁ強いて言うならアロアニマと交尾する人間がいることに驚きだが……いや、薄い本展開か?
「何か妙な事考えてそうですが、人間の父がアロアニマの母とまぐわって生まれただけです」
「……想像してなかった方だった」
「どちらにせよ妙な事考えてたんですね」
ドラゴンカーセックスならぬヒューマンアロアニマセックスか……業が深いというかなんというか。
「あぁ、でもだからあの触手服……もといスーツをあんな自由に動かせてたのか」
「そうですね。この服は言ってしまえば親戚みたいなものですし、アロアニマの通信は電子的な物以外にテレパシーもあります。仲間同士なら言葉を介さずとも意思疎通が可能ですから」
「合点がいった」
後継者というのはそういう意味もあるのだろう。
こうした意思疎通が可能というだけで研究者にとっては大きなアドバンテージだ。
例えるなら動物園で働いている職員が動物の言葉を理解できるようなものだからな。
メリナみたいなコンピューター言語そのまんまを解読したり、直に打ち込める人間がシステムエンジニアやってるのも近いが……基本的に一般人には不可能な事が多いから。
「逆に兄達はその情報を握ってます。身内である僕を研究材料にするぞと脅しているんですよ」
「でもお前が後継者としての立場に就けなかったら同じだろ?」
「そうですね。でもこの情報を公開するだけで相当な騒ぎになるでしょう?」
「確かにな」
今の所この手の新人類というのはこの世界でも見ていない。
こいつと同じ名前で超有能軍人の、地球にはいなかったリトルグレイのアルマ艦長みたいなのがいたら地球じゃ速攻で研究対象になって最悪解剖される
おそらくこいつの兄たちはそれを目論んでいる一方で、遅かれ早かれという状況で一部の船を口車に乗せたのだろう。
最低でも命の保証さえすればその辺の感情が薄いアロアニマなら了承する可能性が高く、他国や他の研究者に知られたら暗殺の危険性から脳髄の破壊の可能性までなんでも吹き込んだのだろう。
まぁ事実っちゃ事実なんだが、最悪の場合脳みそだけあれば船としてのアロアニマに生まれ変わる事も可能だ。
俺は絶対にごめんだがな。
「あー、つまりなんだ? キーワードは全部アルマにあるってことか」
「そうですね。僕が正統後継者である理由、アロアニマ研究の第一人者として任命された理由、それを襲名できる理由、兄たちがそれを阻止したい理由、一部の同胞が僕達の邪魔をしようとする理由、全部僕が原因です」
声のトーンから少し落ち込んでいるのかもしれない。
とはいえ、このまま目的地に辿り着けば問題は解決だろう。
「さて、この辺りです。衝撃に備えてください」
「は? 衝撃? なんかの攻撃か?」
「いいえ、マザーが通常空間にワープしてきますからその衝撃です」
「待て待て待て待て! ワープで衝撃とか聞いたことないし、そもそも大気のほとんどない宇宙空間で衝撃ってなんだ!」
「原理は分かりませんがマザーは高次元存在とか言われてますからね。そのくらいは発生しますよ。宇宙怪獣に知性を持たせたらこうなるような存在ですから」
確かにあいつらの出現時も衝撃みたいなのはある。
ただそれはあくまでも船体が震える程度だ。
「……空間固定アンカー射出! エルザ! アンカー固定可能箇所を教えてくれ!」
「データ送信したわ。ピンポイントになるけどいいわね?」
「ノイマン! ナノミリメートルのズレもなく行けるな!」
「さっきみたいな曲芸中じゃなければ余裕よ。それこそ戦艦の主砲で針の穴通してみせるわ」
それは物理的に無理だろという突っ込みを飲み込んで、アンカーを射出させる。
空間固定アンカー、宇宙空間というあらゆる物質が音速を超える速度で飛び交っている中で高次元空間にあるワープポイントにアンカーを打ち込むことで一時的に船体を固定できる代物だ。
基本的に狙撃特化機体が使うものだが、さっきの曲芸でもちらほら使って急旋回とかしていた。
いわゆる戦艦ドリフトだが、俺が知る限り一番丈夫な素材で作ったアンカーだからそうそう千切れる事は無い。
だが……。
「衝撃きます。3、2、1、今!」
ズドンという、まるで巨大戦艦の主砲が直撃したような衝撃にアンカーも船体も軋み……そして道から少し外れた場所にスラスターの一部が触れた。