子機
「で、お前なんであんな所にいたわけ?」
頭の上で寝てたエフを揺さぶって起こした。
……普通に触ってる感じあるのが不思議だな、こいつ幽霊みたいなもんなのに。
「帝国の政庁に潜り込んでたの見つかっちゃったの。で、あの変な機械のシステムに組み込まれてここに連れてこられたのよさ」
……サラッととんでもない事言ってるなおい。
「どうするメリナ、完全な厄介払いだが返品するか?」
「研究してもいいですし、邪魔ならデリートもアリですね」
「待って待って! デリートだけはやめて!」
懇願してくるが、もろに厄種なんだよな。
昨今の言葉で言うなら特級呪物か?
「いや、人権認められてない所で一番やばい所にちょっかいかけるとか流石に無いわ」
そしてそんなもの手元に置いておきたくない。
ベルセルク首脳陣も同じ考えだったから、尋問とかデリートとか先送りにして俺に押し付けたんだろう。
「それは誤解なのよ! マザーに言われてちょっと潜ってただけで悪さをする気は無くて、引っこ抜いた情報を流してただけなの!」
「十分悪いわ。というかマザーは隔離されてるんだろ?」
「そこはほら、抜け道もあるわけで……」
「おいメリナ、上に報告する準備」
「もうしてます。上層部からは知ってたという返答が」
……なるほど、お偉いさんもグルか。
あるいは投げたな?
手に負えないとなればある程度の自由を許して共存するのが手っ取り早いし、上手くいけばレッドカラーズはもちろん帝国も疲弊させられる。
「じゃあこれより面接を開始します。あなたは我々のクルーになるか、デリートされるかの二択。俺達に危害を加えるようなことをしないと誓いますか?」
「誓います!」
「抜け道とかも全部禁止、勝手にハッキングとかしない、クラッキングもダメ、船の中をいじるのもダメ、いいな? 例外は無し、俺達に不利益が発生したら即座にデリート」
「まぁそのくらいなら」
「後寝床はあのガラス瓶」
俺が壊したあれ、こいつらを捕獲して逃がさないための物らしいから。
なんか強制的にスタンドアローン化させてハッキングとかその手の電子戦全部できなくするらしい。
「えぇ……あの中暇なんだけど」
「代わりに中の環境は快適にしてやる。動画くらいなら流してやるし、音楽も数百曲は用意する。本も同じくだな。それに俺達が信用してもいいとなったらボディを用意すると約束する」
「え? マジで?」
「ただし!」
声量を上げるとエフがびくっと肩を震わせる。
「ルール違反は即座にデリート、なんて優しい事は言わないぞ」
「え、なに? 逆に怖いんだけど……」
「スタンドアローンのマイクロチップに押し込んで宇宙遊泳」
「……人間の悪意って底知れないと聞くけど、本当だったのね」
いや、こいつデリートしたところで大して意味はないと思うんだよ。
だからやるなら、もっとこうさっくりと処刑するよりも拷問チックな部分があった方がいいかなと思ってな。
で、この手の快楽主義者にとっての一番の罰は暇だから、運よくデブリや通りすがりの船にぶつかってマイクロチップが爆散することを祈るしかないわけだ。
まぁそんな事が起こりえない所に捨てるか、最悪適当な惑星に不法投棄するという手段もある。
「代わりに普段は俺のブラスターに入ってろ。これは二つ理由があるが、聞くか?」
「聞くわ」
「一つ目、メリナとマリアのボディ、それとこの船のシステムには一切干渉しない事を条件にするためだ。メリナはサイバネティクスを使っているし、マリアはアンドロイドだからな」
「なるほどね、確かにそれなら私達の得意分野だわ」
「あとナノマシンにも関与するなよ? これは俺達だけじゃなく他の人間にもだ。当然勝手なハッキングやクラッキングも禁止する」
「妥当ね。もう一つは?」
「俺だけがお前の命綱握ってるのは不公平だし、そういうのは禍根を残す。だったらお前も俺の命綱を握れ。ブラスターのエネルギー暴発が起こればホルスターに収めている以上俺は無事じゃすまない。死ぬ可能性もあるというか、十中八九死ぬ」
ポンポンと腰と脇に吊るしたブラスターを叩く。
ハンドガンサイズとはいえ、人間の頭を吹き飛ばすだけの威力で何発も撃てる代物だ。
こいつのエネルギー全部が破壊に回されたら……まぁミンチかな?
「……なんでそんな簡単に命かけられるの?」
「宇宙なんてのは命が空気より軽く、何より安い世界だ。だったら信用できる相手がいた方がいい。裏も表も無く禍根を残さないためだな」
俺が答えると同時にエフの瞳がちかちかと色を変える。
赤、緑、青、次々と変わっていき最後には黄金に光り輝き始めた。
「ふふふ、気に入りましたタンパク質生命体。これよりは子機ではなく私、マザーと呼ばれる個体があなた方の旅のサポートをしましょう」
「……やっぱり、そういう仕組みか」
「えぇ、想像の通りかと」
マザーってのは女王のような存在と認識するのが一般的とメリナからチラリと聞いた。
しかし情報が筒抜けで、なおかつ上層部がそれを黙認しているというのは不思議だと思ったが……電子生命体ともなればこういう芸当も可能なのだろう。
そもそものマザーというのが単体であるという証拠はどこにもなかった。
逆に、全部の子機がマザーの因子を持っているのはコピーなんだから当たり前だ。
ならその人格、というよりはシステムの根底は全員がマザーであり、何らかのトリガーでその情報が表に出てくることもあり得る。
「よろしく頼むぜ、マザー?」
「その呼称は私達全体を指します。個体識別コードを頂きたいところですね」
「なら俺達の事も名前で呼んでくれよ? あんたのコード……名前はそうだな、ノイマンでどうだ?」
ちらりとメリナを見れば首をかしげている物の、特に異論は無さそうだ。
俺の視線に気づいて頷いているし、マザーの存在に違和感や驚愕の感情も見えない。
「ノイマン、気に入りました。では今後ともよろしくお願いしますね」
「あぁ。それとついでに堅苦しいのは無しにしてくれ。さっきまでくらい砕けた方が楽だ」
「じゃあそうするね! よろしくマスター!」
……名前で呼んでくれないのかよ。