世間の非常識
「ぶはっ」
頭についていたメットを取って大きく息を吐く。
そのまま深呼吸をすれば口の中に血の味が広がっていた。
どろりとした感覚が顔を伝っていたので、リングの上でやっていたように鼻血を吹き捨ててから腕で顔をぬぐう。
「はー、疲れた……」
「大丈夫ですか!?」
「あー、だいじょぶだいじょぶ。ちょっと使ってた義体が木端微塵になったから反動が来ただけだと思うから」
「治療ポッドもありますが……」
「あれ入ったら寝ちまうじゃん。こいつ含めてグレーな連中がいる中で無防備晒すのはごめん被るね」
ドルグのボディが消し飛んだので、元の旅客機に戻ってきた。
反動で鼻血やら血涙やらで大変な事になっているが、まぁ誤差の範疇だ。
後で船の清掃する奴らにはチップをやらんといけないけどな。
床が血まみれだ。
「で、状況に変化は?」
「敵艦の動きに変化はありません。ベルセルク本星も異常は無し。徐々にジャミングが薄れています」
「そうか」
どうやらうまく行ったみたいだ。
まぁ命投げ捨ててってのは計算外だったんじゃないかね。
所長もドルグみたいな義体は機密扱いしてたし、教員連中を怪しんでいたからこそ独自に動ける道具として用意したってのもあるんだろう。
それより気になるのはあの妖精だな。
レプリカントにしても妙な力を持っているってのに変わりはないだろうから、下手に刺激するのも問題がある。
「通信を借りるぞ。メリナ、聞こえるか?」
「はいはーい、感度良好。戻ってきたんですね?」
「戻ってきたっつーか義体諸共システム爆散させた。外部アクセスを受けたらドリルで惑星貫くって言う物騒な兵器が作動するようになってるぽかったから配線をプラズマグレネードで消し飛ばした」
「なるほどなるほど、と言う事はあまり時間はないですねぇ」
「そうなのか?」
「えぇ、そんな兵器だとすれば動力は反物質ですよね。そのエネルギーの行き場が無くなれば対消滅反応が広がっていくと思います。まぁ場所が場所なので、訓練所とシェルターは問題ないと思いますが外にいる人たちは分かりませんね」
「範囲は養成所の内側くらいだと思うが」
「そうですねぇ。大体そのくらいだとは思いますよ。守りたい人とか重要参考人とかいないならレプリカントもアンドロイドも全部吹っ飛んで……あ」
言ってて気づいたな?
マリアがシェルターの外で頑張ってくれている。
滅茶苦茶頑丈で、反物質対策したシェルターをゴリゴリと物理的に削っている奴らをぶちのめしている最中だ。
「マリアが巻き込まれるのはちょっとな。そっちのハッキングはどんな塩梅だ?」
「宙域から地上までの安全なルートは確保できてますが、地上はまだですね。降ります?」
「降りた方がいいな。少なくとも外に放り出されたら一巻の終わりって宇宙空間より大気圏内の方がまだ安心できる。それに地上に降りれば地続きでもっと手っ取り早いハッキングとクラッキングができるだろ?」
「えぇ、電波とか関係なく物理的に機体が接触しているなら地面を通じてできます」
どういう原理かは知らんが、この物理的な接触ってかなり重要らしい。
曰く、地に足がついた状態ならコロニー一つ落とすのに端末一個あれば十分という話だ。
惑星レベルになると演算が間に合わないから船が必要になって来るって言ってたが、それも恐ろしい話だよな……。
「念のため進路上の敵機は反物質砲で消し飛ばしてから突入。旅客機はホワイトロマノフの後ろに着いて飛ぶ。問題は?」
「無いです。合図さえあればいつでも行けますよ」
「じゃあ今すぐにゴーだ」
「あいあいまむ」
「……お前マムだったりサーだったり統一してくれないか?」
「それは気分の問題なんでお断りしますねー。はい、反物質砲照準合わせよし、充填率120%、どかーん!」
「ばか! どかーんじゃねえ!」
120%って限界オーバーじゃねえか!
後でメンテナンスするの大変なんだぞ!
「はーい、道完成。じゃあ遅れずについてきてくださいね」
「くそっ、ハッキング以外やることなかったからってはっちゃけてやがるな? 操縦代われ、アイハブコントロール! 乗員乗客の皆様はシートベルトをして舌を嚙まないようにお気をつけて!」
機長を蹴り飛ばして席を奪い、船をコントロールする。
旅客機じゃホワイトロマノフの推力には勝てないが裏技を使えばなんとかなる。
ちょい乱暴だけどな。
「な、なにを」
「いいから黙ってそこの席にしがみついてろ! パラメーター修正姿勢制御モジュール閉鎖メインスラスターへの供給量を修正シールド展開を前面に集中エネルギー供給システム立ち上げ生命維持システムを残して推力へ変換全武装パージ予備エンジン起動予備スラスター方向後方スロットル全開!」
こっちに来てから必死に覚えた機体のコントロール。
もともとゲームで培ってきた制御技術はあったが、一方でコンソールを利用した細かいセッティングはほとんど直感でやっていた。
ホワイトロマノフはそれが許されるくらいの性能だったが、大規模艦隊との戦闘などでそれを見直す事にした結果覚えたものだ。
この裏技は生命維持装置以外の全エネルギーを推力に変換したうえで、姿勢制御なんかは全て手動で行い通常の数倍の速度でカッ飛ぶことができる。
一方で石ころサイズのデブリですら砲弾に等しい威力になるのでシールドを張っていても致命打になりかねないので、その分正面だけに集中させて守りを強化。
そのまま突撃するような扱い方だ。
後先考えず逃げるか、あるいは突入時に速度が必要な時しか使えないがそれ以上に問題なのは……。
「きゃー!」
「うごごごごご……」
「じゅ、重力が!」
「助けてぇ!」
「ママ―!」
人が生きるのに必要な、主に空気の循環以外全部止めるから疑似重力も発生しないし、慣性はそのままなので中にいる人間はシートベルトしてないと壁に勢い良く叩きつけられる。
していたとしても体感で5Gくらいは発生しているので一般の方々にはお辛い。
多分何人か気を失ってるけど、まぁ死んでないならセーフだろ。
「エンジンが焼き切れます!」
「その前に着陸できるから安心しろ」
「アラートが! アラートが止まりません!」
「五月蠅いから切っておけ。つーかその分のエネルギーも推力に回せ」
「計器がぶっ壊れました!」
「目視で何とかなるから静かにしててくれ。手元が狂ったら危ないぞ」
「ひぃ!」
戦闘を目的としていない船の乗組員だとこのくらい慌てる事になるような動きなんだよな……ドルグのボディでダンゴムシ動かしてた時は負荷与えるためにもわざとやってたけどさ。
こうして使ってみると機体が悲鳴を上げてるからどんだけ危ない事なのかよくわかる。
まぁ旅客機の安全性って攻撃受ける前提で、なおかつシールドぶち抜かれてデブリに当たりながら逃げるために造られているからこの程度ならあまり問題はないんだけどな……あ、尾翼が折れた。
まぁいいや、無理やり推力で着陸しよう。