確保!
ブリーチング、それは金庫とかに爆薬を設置して穴をあける行為を指すが今回は少し違う。
宇宙船におけるブリーチングとは相手のシステムを奪い、強制的にドッキングして乗り込む行為を指す。
とはいえこれはお上品な手段で、実際はシールドぶち抜いて機体に穴あけて中にある金目の物を奪っていくのが常套手段。
前者は軍部がよく使うが、後者は海賊の手段とされている。
俺は時と場合によって使い分けるが、今回は死者を出すと面倒になるからお上品に行く。
正直メリナの能力があれば余裕だし、いなくてもホワイトロマノフの性能なら客船のシステムを乗っ取るくらいは片手間にできるけど所詮はコンピューターの自動プログラムによるものだからスタンドアローンで用意された外部端末とかがあれば一発で対処法を見抜かれる。
まぁその頃にはシステム乗っ取られているだろうし、対処はできなくなるだろうけど今後の事を考えるとこっちの手段を残さない方がいい。
奇しくもハイテクな世界になっても最後は人の手によるアナログな攻撃が一番だという事だな。
砲撃戦だってジャミング使われたら数光年先をスコープ覗いてスナイプしなきゃいけないなんてことだってあるし。
「はい、皆さん楽しい旅行中に失礼します。ベルセルク本星より派遣された傭兵ギルド所属銀ランクのアナスタシアと申します」
「撃て! 殺せ!」
「手厚い歓迎感謝の極み、返礼をさせていただきますのでどうぞお楽しみくださいませ」
あくまでも紳士的に……いや、今の肉体的には淑女的にか?
しばらく偽装ボディでの活動が多かったから楽な服装ってことでワンピース姿なんだよな。
ナノマシン強化のおかげで銃口の向きと、指の動きはスロー再生のように見る事ができる。
その全てが俺に向いているかといえば、実は違う。
わざわざ名乗った理由はベルセルクに過失を作りたい奴らに向けた挑発でもあり、何人かは乗客に銃口を向けている。
どっちがテロリストかわかったもんじゃねえなこれ。
ともあれ、その手の奴らから排除を試みるが走っても間に合わない。
なら銃撃戦でしょ。
「バンバンバンッってね」
抜き打ち、ウェスタン映画で見た腰撃ちで乗客に銃口向けてる奴らの腕を吹っ飛ばす。
もちろん周囲に被害が出ないように、流れ弾にも注意しつつ船の脆い部分に当たらないようにしている。
ついでに荷物にも当たらないようにしてあげた。
後で賠償とか言われても面倒だし、爆弾みたいなもの持ち込んでいる奴がいても困るからな。
「失礼、紳士淑女の皆様に銃口を向けられているのが気になりまして。ご安心ください、私は一切の死者を出さずに犯人を確保する事だけを目的としています」
「ならばこの船を引きかえさせろ!」
「システムを乗っ取っているんでしょ! 警報を聞いたわよ!」
「我らに銃口を向けるなどなんたる無礼! そ奴らの雇い主を探し出しここに連れてこい!」
おっと、思いのほか損切が早いな?
あるいは内通を知らなかったか?
どちらにせよ、ベルセルクにこの船が戻るのは決定している。
一度システムを掌握された船というのは再立ち上げにも時間がかかるのだ。
つまり無防備な状態で、シールドも使えないまま宇宙空間を遊泳することになる。
宇宙海賊にとってこれ以上美味しい餌は無いが、傭兵ギルドの本部であるベルセルク本星周辺にそんな奴は基本的にいない。
いるとしたら傭兵でありながらその手の船にこっそり乗り込んで目撃者と記録を全削除して奪っていくような奴だが、当然ナノマシンに記録されるのでそっち系統の技術で記録を消せるような奴じゃないと無理だ。
ただ悪党ってのはどこにでもいるし、傭兵なんて所詮ならず者の集まりだからな。
「静粛にお願いいたします。先ほども申した通り私は被害者を出すつもりはありません」
両手を上げてこちらに銃口を向けている奴らに戦闘の意志がない事を伝える。
彼らは撃たれそうになっていた人達の護衛だろうけど、中には犯人の関係者もいるかもしれない。
実際に撃ってきた奴もいたが大半は威嚇射撃から始まった辺り、こちらの裏を取りたい連中だろうからな。
……ただ、その甘さは宇宙では命とりになる。
「彼等の中にも内通者がいる可能性がある以上、私としてはここで大人しくしていてほしいのです。無論皆様を疑っているわけではありませんのでご了承いただければと思います」
「……ではどうするというのだ」
「ここに警棒があります。一時的にナノマシンの制御を奪い肉体の動作を鈍くすることが可能な代物であり、サイボーグ化していても電気信号によるものなので抵抗できなくなります。ここにおられる高官や賓客の皆様であればさぞ高価なナノマシン強化を行っている事でしょう。仮に裏切り者がいたらこの警棒に触れたがらないはず。そしてあえて触れてから暴れようとしても皆様なら対処できると信じております。なぜなら皆様はベルセルクと帝国を行き来できるほどの猛者ですから」
「ふむ……いいだろう。貴様ら全員あの警棒に触れろ。もしこの命令に逆らった場合私が責任をもって殺す。よろしいか、レディ」
「えぇ、私としてもベルセルクではなく帝国の高官に許可を頂けるのであれば問題ありません。ただ自爆には注意していただきたく」
相手側が責任を取ると言っているのだから問題ない。
それにこういう人は大抵爆発物の活性化を知るための道具や目の義体化をしているからその辺の調べも万全だろう。
自爆を防ぐ道具もあれば万々歳なんだがな……。
「メリナ、こちら第一客室制圧完了。システムで自爆する可能性のある奴はいるか?」
「いないですねぇ。いたとしても客船なので自爆装置を封じるシステムが積んでありますし、作動させたままにしているので大丈夫だと思いますよ」
「そうか、油断せずに頼むぞ」
「あいあいさー」
ふむ、船単位ならそういう事ができるシステムもあるのか。
小型化したものがあれば購入したいところだが……あいにく手持ちの装備だと個人用シールドしかないんだよな。
エネルギー消費が激しいし、そこそこ高価なので一つしか持ってきていない。
複数あればシールドで囲んで爆発のダメージを最小限にってこともできるが……あまり現実的じゃないな。
既存のシールドを改造して内側からの攻撃を防ぐ檻にすればもっと手っ取り早いだろうけど需要は少なそうだ。
金かけて生け捕りにするより殺した方が早いからな。
……今回みたいな場合には役立つから用意だけはしておくか。
「では、また後程お会いいたしましょう」
「待ってくれ。貴殿は銀ランクだったな? そしてベルセルク本星からの派遣となれば名の売れた傭兵だと思うが、アナスタシアという名は寡聞にして耳にした事がない」
「理由は簡単ですよ。私と敵対して生き延びた者がいないだけです。そして未開惑星出身であり、連合に保護された身。これ以上は詮索しないのがお互いのためでしょう」
「そうか……これを持って行くといい。私のIDだ。連合に嫌気がさしたら帝国への亡命を認める事もできる」
「ありがたく頂戴いたします。願わくば戦場で出会わないことを祈ります」
「そうだな。ついでに聞くが私からの指名依頼を受ける事はあるか?」
「傭兵ギルドは中立、宇宙海賊以外相手なら誰とでも取引を行いますよ」
「ではいつか仕事を頼むかもしれんな。ここにいる者を代表して貴殿の活躍を祈ろう。もちろん今回みたいな海賊じみたマネはやめてほしい物だがな」
「感謝いたします。そしてご忠言、ありがたく」
さてさて、お偉いさんへのごますりはこんくらいでいいだろう。
護衛達もバタバタと警棒の先端に振れて倒れて言ったところだ。
最後の一人が一瞬躊躇したように見えたので押し付けて、ついでに気絶用のコマンドで厳重に寝付かせる。
「犯人はその客室のA08席です。確保してください」
「了解した。というわけで、貴方のたくらみは失敗です。ベルセルクで裁きを受けてもらいますよ教官殿?」
「糞がっ!」
ここまで大人しくしていれば騙せるとでも思ったのだろう。
残念凄腕ハッカーがいたんですよ。
織田信長もそうだけど、戦いなんて始まる前の準備で大体結末は決まってるからな。
たまにスパルタみたいな頭おかしい連中がいるだけで、一般的にはその準備を覆せるやつはいない。
あっちも備えていたんだろうけど、それにしてはやることが小さすぎた。
所詮は小物だな、小さな悪事の積み重ねに対して逃げるまでに時間をかけすぎたし、逃走のための準備も足りなかった。
そしてなにより……。
「おせえよ」
懐から銃を取り出そうとしたのが見えたが、ナノマシン強化でも歳には勝てないのだろう。
護衛が引き金を引くよりゆったりとした速度だったので手首をつかんでそのままへし折る。
悲鳴を上げようと口を開いたところに警棒をねじ込んで、バチッと一発かまして気絶させた。
「メリナ、ドッキング解除。システムに任せてベルセルク本星に帰還させてくれ。ホワイトロマノフの操縦は任せた……ぶつけるなよ?」
「ぶつけませんよ!」
そう言いながらもちょっとフラフラした飛び方になったホワイトロマノフを見て少し不安になる。
まぁ死ぬほど練習してきたし戦闘にならなきゃ問題ないだろう。
あとはコックピットで護衛艦に話をつけるだけだ。