おっさん襲来
それからいくつかのクラスで授業をしたが概ねいい感じだった。
やはり養成所だからか若い世代が多い。
一方で教員らしき存在は皆相応の年齢に見えた。
つまりは、世代と教育内容が合っていない可能性があるんじゃないかという事。
そんな考えを頭の片隅に浮かべたまま用意された教員室に戻ろうとしたところでトラブルが起こったのである。
「おやおや、これはこれは」
「誰だてめー」
妙なおっさんに絡まれた。
この手の連中にはギルドで慣れているものの、積極的にかかわりたくはない。
あれだ、前世でよく話題になる頼んでもいないのに若者に説教するタイプのおっさん。
「随分と舐めた口をきいてくれるじゃないですかねぇ?」
「一つ、この養成所の教員なら礼儀を払う必要はない」
今日一日でわかったが、養成所の体を成していない。
せいぜいがトレーニングジムだ。
そりゃクッソ厳しい仕事だし命が、自分以外の物も関わってくるとなればメンタルトレーニングも必要だ。
だが必要以上の苦痛が多すぎて生徒が委縮していた印象が強い。
よって教員ならむしろ軽蔑すべき対象だ。
「二つ、外部顧問の傭兵なら同じ立場だしランクが違うとしてもいきなり私に絡んでくるのは立場を気にしての事」
格の違いとやらを見せつけようという魂胆でというのは結構ある。
要するにマウントを取りたいわけだが、そういう相手に容赦してやる必要はない。
プロレスは得意だぞ?
夜の方もそうだがもともとプロレスにも関わっていたからな。
武術を含む総合格闘技での試合ってのは大体そんなもんだ。
「三つ、それ以外だとしたらただの不審者だ。この場でぶち殺してもいい存在だな。まぁセキュリティ上ありえないとは思うけれど」
一通り見て回り、空いた時間にネットサーフィンを楽しんだ結果わかったがこの養成所は軍の施設と同等のセキュリティが敷かれている。
ベルセルクからしたら未来の稼ぎ頭が出てくるかもしれないというのなら、そりゃ重要視もするわな。
それに傭兵のアレコレってのは基本的に表に出ないものだし。
「四つ、最初に言った通り誰だてめー。名乗りもしない無礼な奴相手にまともに対応してやるつもりは無い」
「はっはっはっ、生きがいい小娘ですねぇ。殺して喰ってやろうかぁ?」
「はっ、息がくせえと思ったらそういう趣味か? 脂ぎった身体からしてまともじゃねえとは思っていたが人食い趣味とは最高のイカレ野郎だな」
「生意気な女が死ぬ間際に泣き叫ぶのは最高でなぁ……お前はどんな風に泣いてくれるんだぁ?」
っと、こいつはマジでやばいかもしれないな。
相手も傭兵なら無茶はしないだろう、そんな風に思っていたのだがこの殺意は本気だ。
それに人を喰ったという話も嘘じゃないのだろう。
気配というか、そういうアウトローを通り越したやべー奴特有の感覚がびんびん伝わってくる。
「俺を泣かしたければ美女を裸でベッドに送り込むんだな!」
先手必勝、というつもりは無い。
ゆっくりとブラスターを抜いておっさんの顔面に向けて引き金を引く。
発射された高速高密度の粒子がその汚い頭部を吹き飛ばす……と思ったところで滑るようにして弾道が逸れた。
「ほぉ? ただ脂ぎってるだけじゃねえのか。特殊強化ナノマシンか?」
特殊強化ナノマシン、文字通り普通じゃない方向に肉体を強化することができる。
その大半はネタだが、一部無茶苦茶強力な能力も存在するため一概には語れないが……見たところ銃撃や近接戦闘においての優位を確保する物だろう。
ゲーム時代でも使っている奴はよくいたが、システム的に言うならば遠距離攻撃のダメージを一定確率で0にする、遠近攻撃のダメージを軽減といったところだ。
デメリットとしては自身の近接攻撃も威力を下げてしまうのだが、その辺はショットガンが火を噴いていたからな。
実質対人戦では一番重宝されていた特殊強化でもある。
まぁこいつの場合ショットガンじゃなく、そのでかい肉体で無理やり押しつぶすなり喰うなりが主なんだろうけど……。
「ぐげげげげ。それを教える必要があるのかぁ?」
「確かに無いな。まぁその手合いの対処法もわかってるんだけど」
物理じゃなければいい、凄く単純な答えだが……屋内でそんなもの使えないんだよなぁ。
一応炎で相手を焼くフレアグレネードとかそういうのはあるんだけどさ。
まぁ今回そんな物騒な物は持ち込んでおらず。
「打つ手なしかぁ?」
「いんや、足元見てみ」
ふいっと顔と目をそらしておっさんの足元を指さす。
視界の隅で脂ギッシュな姿が覗き込んだのを確認してから目を覆うと同時に閃光と爆音。
スタングレネードです、一番楽。
「ぐぉっ……」
「耳がキーンってする……」
「ふにゃあああああああああ」
あ、メリナのこと忘れてた。
ずっと後ろで記録取ってたけど、傭兵同士の話とかにはあまり出ようとしないんだよな。
気を使っているのか、技術を見て盗んでいるのか知らんけど。
なんにせよ記録はありがたいが……。
「はい、これで終わり」
おっさんの口内に銃口を突っ込む。
流石にこの距離で撃たれたら、どんな方向に弾が逸れようともダメージ必須だろ。
そう思った瞬間、ブラスターが噛み砕かれた。
爆発から逃れるように手を放して飛びのく。
「やりますねぇ……」
「まーじか、特殊強化だけじゃねえなてめぇ」
「あーあー、うむ、セッティング終了……音声確認完了……視界確保……万事良好ですぞぉ」
「……そういうことか」
「流石、お気づきになられましたかぁ……」
「まぁな、声くらい調整しろよボケ」
スタングレネードは相手の視覚と聴覚を奪い三半規管を麻痺させる。
俺の場合ナノマシンの強化で耐えきったけれど、相手はそうじゃない。
そもそも生身じゃないし、人間としての価値も失った存在だ。
サイボーグ差別じゃないぞ、そのままの意味だ。
「中身は誰だ? 宇宙海賊か、それとも怪獣の方か。さもなくば倫理観をどぶに捨てた誰かか?」
「正解はぁ……」
「三番目だ」
コツッと後頭部に銃口を突き付けられた感覚。
チラリと見ればメリナも兵士らしき人物に銃口を向けられ包囲されていた。
「よう、今朝ぶりですね所長」
「若いのに大したものだが、まだまだ実戦経験が不足しているな?」
「お恥ずかしい限り。それでこれはどういう真似ですか? 殺し合いって言うなら……」
「おいおい、物騒な事を言うな。これも試験の一環なんだ。辛うじて合格ってところだがな」
「手厳しい」
両手を上げて素直に降伏する。
メリナにも視線で戦闘態勢を解除しろと伝えるとそっと手を下ろした。
警戒は続けているみたいだが、それは無用だろう。
「さて、せっかくだから君の部屋でゆっくり話でもさせてもらおう。貴様らはそこの人形を片付けておけ」
「「「ハッ!」」」
兵士たちがおっさんを……正しくはおっさんの形をした人形を運んで行った。
宇宙海賊に攫われた末路の一つ、遠隔で操作できる生き人形だ。
快楽物質を生成するだけの存在などはメジャーだが、時折一般コロニーに潜入するためこういった存在も作られる。
自分で肉体を動かすことはできず、かといって死んでいるわけでもなく意識の有無も定かではないといわれている不可逆の施術がどうのって話だ。
基本的に見つけたらその場で処分してやるのが慈悲であり、また一般常識でもあるのだがこの所長はそういう倫理観も常識も投げ捨てた存在みたいだ。
手ごわいな。