座学
「まず傭兵の基本的な仕事は三つだ。荷運び、護衛、討伐。他にも細かい分類はあるがこれは理解しているな」
電子黒板に表示した三つのジャンルを丸で囲んで中央を重ねる。
この三つの仕事はどこかで他のジャンルと重なることが多いのだ。
例えば護衛なんかわかりやすいが、護衛対象を狙ってきたやつをぶち殺すとか普通にある。
……あの姉妹狙いで襲ってきたら普通に差し出してたかもしれないけれど、それはともかくとしてだ。
「一番簡単なのは討伐だ。理由はわかるか?」
俺の言葉に全員が考え込んだり相談し始める。
せっかくだし少し意地悪をしてみよう。
「10番の……アズマだな、答えてみろ」
「え? えっと……わかりません……」
「ははっ、悪くないぞお前。傭兵にとって素直なのは重要だ。相手を見極めてという注釈こそつくが、わからないことをはっきりわからないと言えるのは大切なんだ。それが言えずに小さなミスを重ねる奴って言うのは結構多い。知らないことは知らない、わからないことはわからないとはっきり言え。ただし今言った通り相手は選べよ? 商人とかお偉いさん相手にやると面倒ごとになるから下調べをしっかりする、これはどんなランクでも関係なく重要な事だし、傭兵じゃなくても必要な事だ」
俺の言葉に全員が目を見開いている。
そんなおかしなこと言ったかな?
「養成所ではわからない、知らないっていうのは恥らしいですよ。前もって調べておいて当然、それができなければ殴られても文句は言えないとか」
「マジかよ、そんな教員クビにしろよ」
メリナが小声で教えてくれたが、そんな自分で調べて当然って言うのは好きじゃない。
調べたってわからない事って言うのはいくらでも出てくる。
むしろ調べれば調べるほど情報量が増えてわからない範囲が広がっていくものだ。
「あー、他の教員がどうかは知らん。私の授業ではわからない事も知らない事も何でも聞け。もちろんお前たちが調べたうえでという前提があってこそだが、向上心があるならいくらでも手を貸してやる」
戸惑いと、侮り……かな?
そんな感情が向けられる。
まぁ今までの教員とは真逆の方針となればそういう反応も出てくるだろうな。
「さて、とりあえず今の答えだが討伐が一番簡単なのは守る対象が存在しないからだ。護衛にせよ運搬にせよ、乱戦になった場合対象へのダメージを最小限にしつつ敵を蹴散らす必要がある。もちろん逃げるのも手段だがそれを許してくれる相手じゃないってのもザラにある。一方で討伐、ほとんどが海賊か怪獣が相手だが、こいつらにそんな技術も装備も無い。逃げるに容易く、守る相手がいない、好き放題に暴れて逃げてなんてのもできるからな。だから一番簡単なんだ」
「質問です。逃げて、それでどうするのですか?」
「えーと、ミヤビだったか? お前ならどうする。相手は100の宇宙海賊、拠点は無し。こっちは傭兵10人、近場にコロニーがあるとして」
「……補給をします」
「そうだな。普通の事をする、それだけなんだ。補給をして、必要なら修理をして、もう一度敵に攻撃する。100の敵を10で倒し切るのは難しくても追い払うのは難しくない。装備に差があるならなおさら、相手は補給の目途もないんだから持久戦に持ち込めばこちらが確実に勝てる」
「でもそれじゃ討伐依頼は失敗では?」
「十倍の戦力差で討伐してこいってのは少しでもいいから数を削ってこいって意味でもある。完全に根絶やしにするなら最低でも同等の数を用意するからな。主目的は追い払う事、可能なら殲滅、どっちも無理なら数を減らしつつ情報を持ち帰れという事だ。依頼なんて単純な内容しか書かれていないが、その裏には膨大な情報が隠されている。それを読み解くのも重要なんだ」
たまに本当にやばい情報が隠されているから依頼文ってのはしっかり目を通さないといけない。
これはゲーム時代もそうだったんだけど、マジでフレーバーだと思って適当に受注すると酷い目に遇う事がある。
俺の経験した範囲では「軍と一緒に宇宙海賊を殲滅するだけの簡単なお仕事」って書いてあったのに、よく見たらこっちは軍の被害を最小限にしつつ敵を殲滅しなきゃいけないって依頼。
軍の被害に応じて報酬が引かれるという糞みたいな内容だった。
その辺の記載が省かれていて、軍の被害は少な目にね? という一文。
依頼書に書いてあったでしょ、軍の被害が出たからマイナスねと言われてコントローラーぶん投げた。
「マジで詐欺みたいな内容もあるから裏に隠された情報ってのは絶対に見逃すなよ? 破産で済めば御の字、最悪死ぬからな」
「そんな依頼もあるんですか?」
「あるぞ。例えば軍の指揮に従い敵を殲滅しろ、この依頼文から読み取れるものはなんだ。はい13番ユウタ」
「えと……命令には絶対服従、とかですか?」
「そうだ。そのくらいの拡大解釈をしておくべきだ。下手をすれば逃亡は許さないから玉砕してこいって命令も聞かなきゃいけない。そむいたら罰金、下手すれば監獄送りになっても文句は言えない」
「連合はそこまで阿漕な事はしませんけどね。ただ裏のある依頼を出す人も少なくないですし、密輸とかに加担することになってもそれは依頼を請けた傭兵の責任ですから」
メリナが補足を入れてくれる。
今のところ連合からはそんなやべー依頼は来ていないが、個人レベルになると結構危ない内容のものが多い。
「とりあえず金払いのいい仕事には気をつけろ。依頼文が簡素だった場合は急ぎってのもあるかもしれないが、急がなきゃいけない理由があるってのも視野に入れなきゃいけない。金額と依頼の見出しだけで受注すると普通に死ぬからな」
さっきまで殺意丸出しだったお子様たちだが、俺の説明を聞いて少しは留飲を下げてくれたらしい。
現役の傭兵が懇切丁寧に教えているのだ、許してくれたまえ。
「君らにやらせたシミュレーション。あれは最低でもこのくらいはって状況を想定している。どんなベテランでも騙されることはあるからな。旗色が悪ければあの程度はよくあることだ」
「……あの、最低でもってことはもっと酷い状況も?」
「そのシミュレーションも用意してあるから時間がある時にやってみるといい。内容だけ教えておくと海賊と怪獣と敵国軍と自軍で乱戦になって孤立無援の状態で生き延びなきゃいけないってのだが、あの状況で生き延びられたのが奇跡みたいなもんだったからな……二度とごめんだ」
吐き捨てるように口にした言葉、それに身震いしたお子様たちだったが初授業にしては上手くできたんじゃないかな。
この調子で他の授業も進めてみよう。