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養成所

 何時間寝たのかわからないが端末のアラームで目を覚ました。

 うん、がっつり12時間寝たっぽいがそれより着信だ。


「はい、アナスタシア……」


「ベルセルク傭兵育成所所長のグレゴリーだ。無断で授業をシミュレーションに変えたことは構わないが今日は授業をしてもらおうと思ってな」


「は?」


 一瞬頭の中で宇宙が展開された。

 が、すぐに正気に戻る。


「いや、あのシミュレーション基本的に48時間コースですよね。まさかこんなに早く全員脱落したというんですか?」


「その通りだ。ついでに言うなら泡を吹いてぶっ倒れた奴もいるしお前が連れてきた姉妹は小便ぶちまけて逃げ惑いゲロ吐きながら失神した。そんなに怖いわけがないと挑戦した教員が無言で動かなくなり、現役の傭兵が心拍数の異常上昇により緊急搬送。細かい所を言うなら生徒のうち何人かは心停止寸前だった」


「まじかぁ……結構緩めに厳しい環境を用意してやったつもりだったんだけどなぁ。あ、姉妹の映像はください。ネットにばらまくので」


「……まぁいいだろう。ともかく今日は授業をしてもらう。異論はないな」


「クライアントの意向に従いますよ。今から行けばいいですか?」


「迎えを手配してやった。護衛も兼ねた屈強な奴だ。決して逃がさん」


「それってシミュレーションだけぶん投げて授業しない教員を捕まえる役割の人間じゃね? 真面目に授業するつもり有ったけどそんな風に見ていたんですか?」


「貴様の働きは確認している。人柄に関しても真面目でまともな、いや傭兵として見れば真面目過ぎるくらいの人物だという事も聞いている。だがそのうえで相当な手練れというのも理解している以上対処しないわけにはいかない」


 要するに俺の心変わりとか、内部工作とか疑ってるわけね。

 さすが責任者、用心しているな。


「そういう事情なら喜んで。生徒のシミュレーション結果と、ついでに教員や傭兵がやった結果もください。経緯とか含めて詳細をデータで送ってくれたら十分です。それと軽食とドリンクのサービスがあれば喜びますよ」


「用意してやろう。データは部下に送らせる。目を通して未来のプラチナ傭兵を育成してくれることを祈るぞ」


 その言葉を最後に通話は切れた。

 同時にメリナからデータが届いたという情報が俺の端末に流れてくる。

 ……まさか初手でトップ出てくるとは思わなかったが、逆に考えればそれだけ期待、あるいは危険視されていると見るべきだな。


 てなわけで、身支度を整えながらデータを見ていく。

 結果はと言えば散々なものだった。

 あと姉妹の映像だけどネットに放流するにしてもモザイク必須な部分が多くていったん放置、メリナにぶん投げておいた。

 あいつも助教授的な立場で来るけど、映像は半笑いで見ていたので留飲は下がったらしい。


 そしてお迎えだが、いかにもな軍用車が来るかと思えばリムジンみたいな豪華な車だった。

 中ではサンドイッチやジュースが用意されていたのでそれをつまみながら引き続きデータを確認していく。


「にしても酷いな、こりゃ」


「でふねへ……」


「返事は飲み込んでからでいいぞ」


「ごくん、いやはや、まさか半数以上が半日持たず。そのうち8割に至っては1時間で失敗。残りの人達は傭兵や教員も含めて15時間が最長記録……そこまでですかね」


「その資料に載ってる奴は内容は既存の物を流用したが敵をあのクリーチャーに変えたからな。敵の見た目が変わるだけでも結構なプレッシャーになる」


「そういう物ですか?」


「俺と最初に立会いした時余裕ぶっこいてたろ? 俺の見た目が筋骨隆々でところどころ改造の痕跡があればもっと警戒していたんじゃないか?」


「なるほど……」


「良くも悪くも第一印象ってのは強い。それをどんな風に利用するかが傭兵の資質でもある。たとえばそうだな、俺がドレスを着てお偉いさんたちのパーティに参加したとしよう。目的は要人をぶっ飛ばす事。警戒するか?」


「注目はしますけど警戒ってほどじゃないですね」


「俺自身を知っていたら?」


「滅茶苦茶警戒しますね」


「そういう事だ。今メリナが考えたのはぱっと見奇麗だけど見覚えのない人がいるくらいの注目、中身を知ったうえでの警戒は俺の性格と戦闘力を分析してのものだろ。ちょっと注目されてるくらいなら誰も咄嗟には動けないものだ。そいつが予想外な事をした場合なんかは特にな」


「なるほど……」


 実際アバターの問題でやろうと思えばできるが、面倒くさいからやらない。

 この一言に尽きる。

 そんな俺が乗り込んでいったとなればそりゃ警戒されるよな。

 利益度外視してまで乗り込んできたとなればそりゃ身構えるわ。


「さてここでクエスチョン。俺とメリナが二人で教室に入って今からお前らの教官だって言ったらどうなる?」


「あー、まぁ舐められますね」


「それで済むなら俺がまともで真面目すぎるとか言われるわけねえだろ?」


「そんなこと言われたんですか? 誰に?」


「グレゴリーって人。養成所の所長」


 ふらりと天を仰ぐようにして一瞬狼狽してみせるメリナ。

 ほぼサイボーグだから表情筋も自由にできるだろうに、こうしてポーズをとるのは人としての営みを忘れないためと以前言ってたような気がする。

 今はいいけどそれが命取りにならないことを祈るしかないな。


「トップが動いたんですね……通りで破格の報酬に破格の対応ですよ」


「そこのごつい人達は俺が逃げないようにするため用意されたらしいけどな。ただの臨時教官にそこまで金をかけられるだけの余裕があるってことだろ。この車だって見た目と違って相当えげつないぞ」


 防弾仕様は当たり前、大量の重火器を積んでいるので並の軍隊ならこの車両ひとつで殲滅可能。

 今でこそタイヤで走っているが多分飛べる。

 完全なエアロックシステムがついてるのを見たから大気圏突破もできる仕様かもしれない。

 要するに車の形した超小型艦ってことだな。

 サンドイッチとかジュースの他に生活必需品や備蓄食料なんかもあるだろう。

 それを俺程度の傭兵に平然と差し向けるあたり相当数用意されていると考えられる。

 言っちゃなんだがシルバーなんて滅茶苦茶人数いるし、俺が経験した程度の修羅場なら何度も潜り抜けたやつだっているだろう。

 そのうえのゴールド、金ランクになったらもう人外魔境と言っても過言じゃない。

 いや、本当に過去のログ調べれば調べるほどにあいつら頭おかしいわ……なんでブレードしか装備してない船で宇宙海賊の巣と宇宙怪獣と3か国の戦争同時に対処して無傷で生還とかしてるんだよ。

 こんなんゲーム時代にトップ走ってたあいつでも……いやできそうだな、恐ろしい事に。


「とにかく金も戦力もある相手だ。そんなのが教えてる生徒が軒並みリタイアするシミュレーションをやらせて授業は一日遅れ。出てきたのが俺達。ゴミくらいぶん投げられてもおかしくない」


「……最悪レーザーガン向けられるかもしれませんね」


「その程度なら常識の範疇だ。最悪ってのはプラズマ系列の爆弾ぶん投げられることだな。当然スイッチ入れた状態で」


 周囲一帯を焼き尽くせるプラズマ系統の爆弾、一番小さいプラズマグレネードですら自らを起点に半径30mは消し炭にできる。

 そんなのが飛んできたらと考えると対処法が限られてくるな。

 にしてもだ。


「メリナはまだ傭兵の荒々しさを知らないな」


 思えば傭兵ギルドで訓練受けたのは俺一人だし、その後の仕事でも傭兵連中とはかかわりが薄かった。

 それに仕事で同伴していたのはギルドやこのベルセルクからお墨付きを得た集団行動のできる傭兵だろう。

 つまりはいい子ちゃんしか知らないのだ。

 マジでやばいやつはまともな仕事が貰えないと聞いているし、それもそうだろう。

 せいぜいが鉄砲玉、宇宙海賊の巣とかに威力偵察をってなるな。

 ファンタジーならそこら辺で薬草摘んだり、適当なモンスター倒してればいいけど宇宙規模で法治下にある以上勝手な採掘や惑星降下、宇宙海賊との戦闘はトラブルの元だ。

 そういう船を持った荒くれが最終的に行きつくのが海賊なんだろうなと想像すると……厄介な敵が増えるだけでなにも美味しい事がないな。

 そんなリスクを減らすための養成所なんだろうけれど……。


「ガキばっかりじゃねえか」


「我がベルセルクでは孤児を養い養成所にて勉学も学ぶのが基本となっております」


 教室に案内された先で見たのは子供ばかり。

 それもまだ小学生くらいのが混ざっていた。


「つまりなんだ? 養成所であり、託児所であり、孤児院でもあると」


「その認識で概ねあってます。では私はこれで」


 案内人のおっさんもさっさと出て行ってしまった。

 ……どうするよこれ。


「あー、君らの教官となったアナスタシアだ。こっちは」


「補佐官のメリナです。どうぞよろしく」


 笑顔を張り付けたメリナだが内心は相当困惑しているだろう。

 だがそれよりも問題なのは……。


「おい、そこの……17番の坊主。机の下で構えてる物騒なのを仕舞え。4番と9番と11番、それと29番もだ。33番の馬鹿はクラス全体巻き込んで死にたいならそう言え、俺は逃げる」


「え?」


「33番の馬鹿がプラズマグレネード持っている。姿勢を見れば銃器か投擲武器かはすぐにわかるし顔色からどんな物持ってるかもわかる。他の番号は大体銃を構えようとしていた。自前か備品ちょろまかしてきたかは知らんがな」


「なんで……」


 子供の一人、えーと11番だな。

 名前はエリス……両親が傭兵の仕事中に死亡して養成所に来たと記録に書いてあるが、そいつが疑問の声を上げたので丁寧に答えてあげようじゃないか。

 これも教官の仕事だしな。

 

「なんでもなにも殺気が駄々洩れだぞガキ共。もっとうまく隠して、確実に相手をしとめる。それが地上戦での鉄則だ。その辺も踏まえて教えてやるが今日はまず座学から始める。わかったらメモなりなんなり好きに取れ。ちなみに街中でターゲットを確実に潰すときはナイフがおすすめだ。可能ならナノマシンとかで身体強化してから首をねじ切るのが確実だな」


 そう言って電子ボードの前に立ち、カリカリと傭兵の基礎ともいえる部分を書き出していく。

 なんかなぁ、厄種捨てたと思ったら新しい厄種が来たよ。

 しかもこれで終わりじゃないんだよな、カリキュラム的に。

 シミュレーションどうしようかな……あれはだいぶグロテスクだから子供にはまだ早いよなぁ。

 こいつら向けの軽いシミュでも組んでみるか。

 あとは他のクラスで授業する時に撃たれないようにすることくらいか。

 ……値上げ交渉、どこまで上手く行くかわからないけどしてみるかな。


「あ、ところでお前ら私の送ったシミュレーション遊んだ?」


 全員が目をそらし、数人が涙目になった。

 遊んじゃったかー、そうかー、まぁ子供でも傭兵の卵だしそのくらい仕方ないよなー。

 うん、子供用に作り直す手間が省けたと思って良しとしておこう。

 代わりに俺に向けられる殺意が三倍以上に跳ね上がったけど気にしない。

 まったくどいつもこいつも銃を気軽に抜きおって……いざとなったら殴るか。

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