3徹目のハイテンション
「おい、まだ着かないのか」
「客にこの対応はどうなんですか?」
「あと数日だ。あんたらの上司からの命令で絶対逃げられないように鍵をかけた部屋に入れておけって言われてるんだから我慢しろ。客室としては上等な部類の部屋を用意してやったんだぞ」
コロニーを出立して数日、傭兵国家ベルセルク本星を目指して航行中の俺達だがコックピットはピリピリとした空気が蔓延していた。
主に俺とメリナの怒りが最高潮に達しているのである。
「……すみません、諸事情により一時的に音声をシャットアウトします」
「ちょっ……」
有無を言わさず通信を切ったメリナ。
よくやったと親指を立てると……。
「あの客室、催涙ガスでも流しますか?」
「せめて睡眠ガスをだな……やかましいのは事実だが今後こういう客も乗せなきゃいけない場合があるかもしれん。上から雑に扱っても文句なしと太鼓判頂いているから練習と思った方がいいだろう」
「……はぁ」
大きなため息と共にメリナがなにやら作業を始める。
実のところ俺達はベルセルク本星に辿り着いてもおかしくないくらいの時間は航行している。
しかしまだ辿り着いていないのは理由があって、何度かワープを繰り返す必要があるのだがそれを省いているからだ。
理由としてはワープは基本的にマシーンの計算に合わせてこちらも数値のセッティングを行う必要があるのだが、手が離せない仕事があったのだ。
あの姉妹を泣かせるための鬼のブートキャンプ用メニューである。
自動航行であれば異常があればアラートが鳴るし、シールドで防げないようなデブリなんかは避けてくれる。
それにより空いた時間を使って休憩を取るのが基本なのだが、俺達はブートキャンプに向けたあれこれの作成にいそしんでいた。
「そっちはどんな塩梅だ?」
「やはり1から作るとなると結構手間ですね……7割ってところです」
「こっちは48時間コースがほぼ完成してるんだが最後の詰めに何か欲しいなと思ってな……何かないか?」
「最後にとなるととびっきり強い相手ですよね……歴代のプラチナランクから手頃な人を捜します」
「頼んだ。そっちの作業で手伝えることあるか?」
「VR訓練用の標的ですがどうにも中途半端で……もっと見た目から威圧感とか欲しいんですがそういうデータがないんですよね」
「宇宙怪獣のデータを縮小したらどうだ?」
「それも試したんですけどね……小さくすると意外と可愛らしい見た目だったりして。ちなみにデフォルメしたデザインを玩具メーカーに送ってみたところぬいぐるみとして発売が決まりました」
「すっげぇ無駄な努力だな……」
「ちなみにマージンとしてこれくらい……」
「お前やっぱり傭兵より自立した方が稼げるよ?」
メリナが見せてきた値段。
流石に今回の依頼ほどではないにせよ一生遊んで暮らせるくらいの金額にはなっていた。
宇宙怪獣は三つ首のドラゴンみたいなかっこいいのもいれば、触手の塊みたいなのもいる。
そういうのを片っ端から確認して、デフォルメ化してそれなりに話の通じそうな玩具メーカーに送り付けるとか……。
手間を考えると大変かもしれないが、メリナの場合息抜きでやってるからなぁ……。
「その金は俺の傭兵業と関係ないから全部メリナの物として、醜悪な敵のデザイン作ればいいんだろ? そういうのは得意だから任せろ」
「ありがとうございます。二重の意味で」
この船を使ってデフォルメ作業をした以上いくらかよこせと言っても問題は無いのだが、そこまで狭量じゃない。
というかそういう副業ができるならどんどんやってくれというのが俺の持論である。
もちろん仕事に支障の出ない範囲でという注釈は付くがな。
さて、それより醜悪な造形のキャラクターか……ゲテモノ食いの日本人としてはそういうのは大得意である。
更にはクリエイター大国でもあったからな、トレーニング中に見たアニメとかで名状しがたいやべー奴とか結構見てきたからそれを基にすればいいだろう。
……あとはそうだな、せっかくのVRだ。
ミッション形式でメンタルに来るようなシナリオ付きも用意してもいいかもな。
となると国民的ゾンビゲームのクリーチャーや神話生物なんかをミックスして……せっかくだからこっちで見つけた糞映画のキャラクターをもっとやばい感じにしつつ、つぶらな瞳をひと匙……。
醜悪な中にひとかけらでも可愛いが混ざるとおぞましいに変貌するのだ。
絵文字がリアル等身で走って追いかけてくるホラーゲームがあったくらいだし、不協和音は時に純粋な負よりも恐怖を煽る。
そしてVRを利用した圧倒的な迫力を合わせる事でできたのがこちら。
「メリナ、こんな感じでどうだ?」
「え? もうできたんですか?」
「おう、自信作だ」
「……いや、気持ち悪いですけど怖くはないですよ?」
「じゃあはいこれ、VRゴーグル。映画用だから衝撃とか無いけどこいつが集団で襲ってくる迫力は体験できると思うぞ」
「はぁ……」
俺が手渡したゴーグルを装着して数秒。
メリナが飛びのくようにして椅子からひっくり返りへっぴり腰で逃げ出した。
そして投げ捨てるようにしてゴーグルを外す。
「こわい!」
「だろ? 気持ち悪さと暑苦しさの中にひとかけらの可愛らしさを混ぜた結果生まれたクリーチャーだ」
「いや……これ、トラウマになりますよ?」
「大丈夫だって。どうせ作り物だしこれに比べたら大体の物は怖くなくなるから」
「まぁ……それはそうかもしれませんけど」
「メンタルトレーニングにもいいぞ」
「それはどうかと思います」
「あの姉妹が泣き叫んで漏らすかもしれないぞ」
「動画撮って全宇宙のサイトにアップロードしましょう」
「このキャラクターの画像付きでな」
メリナからも好評だったキャラクター。
色々クリーチャーを混ぜた結果、大阪万博のマスコットをボディビルダー顔負けのマッスルにして肌が爛れた感じになった。
ぱっと見はただただ気持ち悪いだけだけど、その性能は生身でビームも実弾も跳ね返し、爆風の中平然と歩み寄ってくる巨神兵がごとく、弱点に設定した頭部だがヘッドショットを狙おうにも頭部はリング状になっているため狙いが定まらず、バリエーション豊かな動きで接近して殴りかかってくるのだ。
それこそGのような動きをする個体もいれば腕組しながら瞬間移動のように接近してくる個体、ただひたすらに走ってくる個体もいてVRで見ると滅茶苦茶怖い。
作った俺ですらまともに相手するとなったら夢に出ると思う。
「で、そっちはどうだ?」
「ふふふっ、帝国連合ベルセルクその他諸々問わずコロニーを単騎で数百と破壊した最悪のプラチナランクがいましたのでそれをセットしましたよ」
いやなんでそんなのがプラチナランクに……?
「正しくは元プラチナランクで、レッドカラーズに雇われて全宇宙指名手配くらった超A級犯罪者ですけどね」
「……戦闘記録、いっぱい残ってそうだな」
「そりゃもう山ほど。ただその分対策も万全なんですけどね」
「そりゃそうだ」
「でも対策してもブロンズランクの傭兵では一蹴されるくらいに強いのでちょうどいいと思いますよ」
「前座と48時間という長期戦闘も加味すれば十分なボスだな。これで一通りの作業は終わったわけだが……」
ニヤリと、メリナと笑みを浮かべ合う。
「せっかくだから時間が許す限りド畜生シミュレーター作ろうぜ!」
「ひゃっほい! それじゃあさっきの化け物が生身で宇宙空間で襲ってくるタイプのシミュレーター作りますね!」
「おう! せっかくだから大小問わずでっかいのに集中してたら小さいのがコックピット素手で引き裂いてくるようにしちまえ!」
「いいですね!」
「俺は銃撃戦用シミュレーターでひたすら迷子になる系作る!」
「なら三半規管に大量の情報送り付けるといいですよ! 混乱して上下前後左右わからなくなりますから!」
「採用! ついでに視野も誤魔化すようにしつつ、虫サイズの化け物に襲わせよう! 楽しくなってきたぜぇ!」
なおこの後ベルセルクに到着するまで姉妹の事は忘れてシミュレーターを作り続けた俺達だったが……流石にやりすぎてお蔵入りになった物が多発した。
寝不足、ダメ絶対。