ネゴシエーション
そんな暢気な船旅はすぐに終わりを迎えた。
コロニーに入った瞬間銃火器で武装した兵士に囲まれたの。
オートドッキングで管制官と雑談しながら入港して、確認したいことがあるから降りてきてと言われたと思ったらこれよ。
こちとら非武装でのこのこ降りていったら銃突きつけられてボディチェック、続けて艦内チェック受けて尋問室みたいなところに連行された。
「で、詳しい事情を聴いてもいいかな」
「あなたの身体ですがナノマシンが入っていませんね」
「ナノマシン? たしかにそんなの入れた覚えはないが……」
「正直に答えてください。あなたは賊関係の人間ですか、それとも未開惑星出身者ですか」
質問の意図が読めない。
何がどうなれば宇宙海賊関係と未開惑星出身者が同列扱いされるのか。
ただどう答えても嘘に……いや、考えようによってはならんのか?
うん、特定のポイントをわざと外して本当のことを答えよう。
「後者だ。未開惑星というがそれなりの文明はあった。ただ宇宙空間を自由自在に航行できるような技術には至ってなかったな」
「……嘘はついてないようですね」
手元のモニターを見ながら呟くおっさん、なにかでこちらが嘘をついているかどうかモニターしているらしい。
……危なかった!
「ですがあなたの船はだいぶ先進的なものです。コスト度外視ではあるもののパフォーマンスという意味では優れている。それをどうやって手に入れたのですか」
「わからん。未開惑星出身という事、自分のプロフィールは覚えているのだが気が付いたら船のコックピットにいた。船もお……私を認証して動いていたし問題なく動かせたからそのまま使ってた」
「では、あの船で何かしましたか?」
「戦闘を一回、通信を合計で3回か4回くらいか? ログが残ってると思うから調べてくれて構わないが宇宙海賊に襲われた。……宇宙海賊って呼び方であってるか? うちじゃ衛星軌道上に作ったコロニーとかを襲う連中をそう呼んでたんだが」
ちなみにゲームの話である。
ゲーム内の宇宙海賊は個人で行動するプレイヤーやNPCだけでなくコロニーを占拠して拠点にするようなやばい連中もいた。
そこでは元の住民が奴隷のように酷使されており、人道的観点とかその他諸々含めてうかつな攻撃ができず傭兵がこっそり乗り込んだりして破壊工作したりするというミッションがあったのである。
「問題ありません。しかし……えぇ、いろいろと合点がいかないことはさておき裏は取れました。あなたにはこれからしばらく教育プログラムを受けていただき、こちらで用意した居住区で生活をしてもらいます。それから衣食住の一定期間の提供、簡単な仕事をしてもらい身支度をするだけの金銭を稼いでいただく。何か質問は?」
「その制度の意味、それとあの船はこのまま自分の所有でいいのか、他にも細かいのを並べると30個ほどあるがその二つだけは教えてくれ」
船を取り上げられるとなるとだいぶ困ったことになるので勘弁してほしいが……流石にそこまではしないだろう。
……しないよね?
「あの船はこちらで解析させていただき、その後今と変わらない状態でプログラム終了時に返却します」
「解析?」
「えぇ、コスト度外視と言いましたが未知の技術も使われているからですね。そこの解析が済めばこちらでも量産はできる、またあなたのメリットとしては船が破損した際に修復のための手段が増えると思ってください」
「それはありがたい話だな」
ワンオフ機体というのはゲーム内でもあった。
俺が使っているホワイトロマノフに関しては限りなくワンオフに近い所まで改造した既製品の塊なのだが、性能で言えば理論上最強と言ってもいい。
完全なユニーク機体となると修理費用の桁が3つ違ってくるし、古代文明のなんちゃら系列なんかは修理不可能な代わりにとんでもない能力を持っていた。
だがはっきり言ってそこまでの性能は必要ないというのが実情、人間殺すのに大砲使わなくても拳銃で十分、なんなら素手でもなんとかなるのと同じで、オーバースペックの機体を使う必要もなく、滅茶苦茶強いホワイトロマノフみたいな機体があれば十分無双できる。
なんならプレイヤースキル次第では戦闘能力なんて皆無に等しい輸送特化の機体に申し訳程度につけられた低火力武器でダース単位の相手と戦う事もできるのだ。
まぁつまるところ、解析してから元通り組み立てて返してくれるうえに今後修理費用が安くなるならそりゃもう願ったり叶ったりである。
一部の変態が作るような機体とは違って俺の船はスタンダードに強いをコンセプトにしているから量産もまぁできなくもないだろう。
コストの問題で廉価版になる可能性はあるけどな。
「で、手付金はいくら出してくれる?」
俺の言葉におっさんがピクリと肩を揺らした。
「未知の技術、未開惑星出身でもしかしたらDNA構造に人類進歩の可能性があるかもしれない。難病の特効薬になるようなデータがあるかもしれないし、まさか生活費で全部吹っ飛ぶような安い値段じゃないと思うが?」
「……3000万出しましょう」
「あんたがそれを懐に隠しちまおうとしてた口止め料はいくらだい?」
「…………今すぐあなたを宇宙海賊関係者として逮捕しないと確約しましょう」
「話にならんね。武器は没収されたがあんたをぶちのめすのは簡単、それに裏技だってある。例えばそうだな、あの船を遠隔操作で自爆させてコロニー港を吹っ飛ばす、だけで済めばいいが下手すりゃこのコロニーそのものが吹っ飛ぶかもな」
「脅しですか」
「ネゴシエーションだよ。最初に駆け引き持ち掛けてきたのはあんただろ? いかさまディーラーはいくら支払うのが相場なんだろうなぁ」
しばしの沈黙が流れた。
まるで互いの腹の内を探るような、そんな感覚。
ただまぁ、流石というべきかまったくもって何を考えているのか、こちらからは読み取れない。
ならば負けじと笑顔を作るばかりだったが……。
「くくく……おもしれぇお嬢さんだな」
「あん?」
「俺は一回でも払わねえと言ったか? 金の話は最後にするつもりだったんだよ、それを早とちりしちまってなぁ」
なるほど、そう来るか。
まぁ落としどころとしては十分とみるべきか?
「なんだよ、それならそうと最初から言ってくれよ。妙な確約なんかするから誤解しちまったじゃねえか」
「悪かったな、詫びに一杯奢ってやるよ!」
「悪いが男のおごりで飲む酒は嫌いでね、プレゼントって言うなら酒瓶の一本くらい貰ってもいいけどな」
「しょうがねえなぁ、秘蔵の酒をやるよ」
そう言って懐から煙草を取り出したおっさんは一服始めてしまった。
おいおい、宇宙空間じゃ空気も大切な資源だろうに……。
「吸うか?」
「煙草は身体に悪いからやらん」
「ん? あぁ、未開惑星だとまだそういう扱いなのか。安心しろよ、俺等のやってるこれは安定作用のある薬みたいなもんだ。依存性は薄く、タールで歯や肺が汚れることもなく、空気を無駄遣いするから税金がちぃとばかし高いだけの健全なものだ」
「だとしても、趣味じゃないな」
煙いのは好きじゃないんだ、昔実家で小火おこしたことあるから。
仏壇に線香を添えようと思った時に手を滑らせて落とした先にあった新聞紙に引火して、という流れだったが数百万の仏壇がおじゃんになって死ぬほど怒られたのを覚えている。
「そうか? まぁいいさ、さてじゃあ本題として……まぁさっき言った通り教育プログラムを受けてもらうが異論は無いな?」
「詳細を聞いてからだな。洗脳プログラムみたいなのだったらパス」
「安心しろ、人間によるマンツーマンの歴史や常識のお勉強だ」
「人間を使うのか? 学習AIとか電子生命体とかそういうのじゃなくて」
電子生命体、昔の映画であったような人工知能がマジで知性を得てしまったというあれである。
一応ゲームにも出てきたが、基礎となるAIが高額なうえにそこまで進化させるにも時間と手間と金がかかる。
結果的に俺は使っていなかったが、逆に言えば金さえ揃えてしまえば手間と時間だけで作れるから初心者にお勧めしていた。
クルーによる補佐だけでも船の索敵能力とか上がるんだが、電子生命体一個積んでれば全てのパラーメーターが3割増しになると言えばどれだけ破格か言うまでもないだろう。
公式チートとまで言われた物体である。
「それも無しじゃねえんだがな、ぶっちゃけた話お目付け役だ。お前が妙なことしないように、あるいは宇宙海賊共と繋がりがない事を証明するためにな」
「人間なんて機械よりも裏切るだろ。それこそ大金積み上げたら心変わりする程度には」
「そうならないように奴らには高い金を払ってる。年俸だけで言えばお前さんに支払う金の3倍以上だ」
そりゃ凄い、こっちの貨幣基準はわからないがゲーム内では1クレジットで100円単位だったから。
救済措置というかなんというか、金と物資を現金で購入できたんだよ。
いわゆる課金システムだが、そのレートが1クレジット100円だった。
3000万も円単位だとしても相当だが同じ価値基準だとこっちの頭がおかしくなるような値段だ。
「ついでに奴らには色々仕掛けられてるからな。例えばナノマシンだが特製の物で身体能力を向上させる効果がある物を使っている。お前がパワーアーマー装備してても関係ない位には強い」
「バイオニクス強化ってやつか」
「サイバネティクスも併用しているな。筋肉や骨が耐えられないからその辺の一部を機械に置き換えている」
バイオニクス強化というのはナノマシンなどで身体能力を向上させることで、サイバネティクスというのは機械を使って肉体を強化する方法のことだ。
基本的に不可逆なのは同じだが、前者は外見などに大きな変化が出ない。
そして鍛えれば鍛えるほど強くなるというものだ。
対して後者は結構見た目から変わってくるパターンが多い。
例えば腕からブレードだしたり、四肢が金属製の義肢になっていたり、本格的なのだと脳みそだけ取り出して機械の身体にぶち込んだりなんてのもある。
こっちは機械の身体だから鍛えても意味はないが、それでも身体を動かすというのは慣れるための行為として意味があったりするらしい。
その併用、聞く限りでは関節や筋肉、骨への負荷を減らすためにぱっと見ではわからないような改造を施されているのだろう。
「サイバネもってことはつまり裏切ったらあれか」
「おう、ドカンと一発な」
サイバネティクスの利点は施術を受ける側だけにあるわけではない。
する側にとっても都合のいい仕組みが用意できるのだ。
機械だから外から動かすこともできるし、爆弾を仕込むこともできる。
当然メンテナンスをしないと不調をきたすし、ぶっ壊れたら身体が動かなくなるから裏切ることができなくなるのだ。
信用するにはちょうどいい仕組みである。
「ん? ってことは私もサイバネられるってこととか……」
「ねーよ、10世代以上犯罪歴のない星系連合の住民じゃなきゃ付けない職だ」
「10世代って管理どうなってんだよ……」
「そりゃおめぇ、こいつよこいつ」
側頭部御指でコンコンと叩いて見せるおっさん。
チップ……じゃないよな。
となると怪しいのは……。
「ナノマシンか」
「おうよ、行政のお偉いさんがその気になればケツの穴の皴から初体験の日時、誰と話していつどこにいてなにをしていたかまで筒抜けよ」
「そりゃまた……私もそれ入れなきゃいけないんだよな」
「まーそりゃ規則だからな。ただ安心しろ、奴らだってこんなのいちいち調べねえよ。それこそ事件があった時に体液を採取してナノマシンのデータを読み込んでって面倒な手順を踏んでからだ。簡易的な物ならスキャンでわかるんだがな」
「ほう?」
「お前さんはコロニー港のゲートに入った瞬間囲まれただろ? あそこにはナノマシンのスキャン機能があるんだよ。だからナノマシンの有無から、違法な連中と接触していないか……この場合文字通り顔を合わせての対話とかだな。そういうのや誰をぶっ殺したかみたいな一部の情報がデータとして港湾局の連中に届けられるわけだ」
なるほど、だからあんなに早く包囲されたのか。
それは納得のいく話だが、どうやって調べているのかはいまだに疑問が残る。
ピンポイントで殺しの情報とか引き出せるのか?
「不思議そうな顔をしているな。基本的に視覚情報に含まれるデータだけを集めてるナノマシンがあるんだよ。同じように聴覚情報なんかのデータだけ集めるのもある。肉体の部位ごとに留まるマシンがあるわけだ」
「それは血流を阻害したりしないのか?」
「赤血球の10000分の1サイズらしいからな。ナノサイズよりも小さいが暫定的にナノマシンって言ってるだけの物体だよ」
そんなサイズにどれだけの情報を詰め込めるのか、少し気になる所だがまぁいい。
何も全部正直に話してくれるとは思ってないしな。
ブラフやフェイクも混ざっているんだろう。
「で、私はどうなる。そのナノマシン」
「もちろんぶち込んでもらう。悪いが拒否権は無いな」
「だったら、少し交渉できるか? お偉いさん交えてでも構わんから」
「あ?」
どうせならいい物を、それが俺の信条なんでな。