マジでヤバイかも
「さて、じゃあ改めて情報収集をしたうえで作戦を聞きたいのですがアルマ新艦長? 今わかっている事、話せる範囲でいいので教えてもらえますか?」
「新艦長ではなく艦長代理ですが、こちらがお渡しできる情報を今送信しました」
メリナにアイコンタクトを送るとサブモニターに様々なファイルが表示され、そしていくつもあるモニターを埋め尽くさんという勢いで開かれていく。
とりあえず通話中のモニターをサブに移して、メインのデカいモニター、主に光学カメラの映像を映すためのディスプレイに表示する。
ナノマシンのおかげで情報処理能力もそれなりに上がっているのだ。
だって、人間の限界超えた速度で戦闘できる肉体なのに脳みそが追い付かないとかお話にならないからね。
とりあえず1000項目にも及ぶ情報の諸々だが、解読するのにそれほど時間はかからない。
が、これはこれで結構な問題が出てくるな……。
「うわ、あったまいてぇ……」
「大丈夫ですか?」
「あー、半分はナノマシンの情報処理速度による酔いなんでお気になさらず」
「では残り半分は?」
「極論ですが、あんな小娘を艦長にしてこんな重大な任務にあたらせた軍の上層部とそれにゴーサイン出した馬鹿どもに」
「詳しくお聞かせ願えますか? 内容によっては今の発言は聞かなかったことにしますので」
おっと、アルマさんも軍人さんだった。
その人の前で上への文句はさすがに不味いわな。
前の艦長には平然と文句言ってた?
相手は選ぶさ。
「まずあそこに囚われてるアマネ前艦長のお姉さんですが、この宙域の安全をつかさどる軍人ですよね」
「はい、階級は少佐です。宙域平和維持軍として活動していましたが、先日宇宙海賊の罠に引っかかり捕らえられたという情報が入ってます」
「それはどこからの情報ですかね」
「彼女の上官である星系軍司令部です。交戦記録と帰還兵による情報から判断されたようですね」
「……その帰還兵って今はどうしてます?」
「アマネ艦長……いえ、前艦長の指揮下でブリッジにいましたが?」
「あー、なら追い出して正解です。あとそいつ逃がさないように、自決防止も徹底してください。それと余裕があればそいつの口座と家宅を捜査すると面白いモノが見つかるかもしれませんよ」
「どういうことですか?」
貰ったデータから参照したに過ぎないが、基本的に宇宙海賊は軍を避ける。
端的に言えば歩兵が単独で戦車部隊に挑むようなものだからだ。
宇宙海賊と軍人の率いる艦隊ってのはそれくらいの戦力差がある。
たとえ型落ちの機体で作られた艦隊であろうと、宇宙海賊が使っている民間船を無理やり改造したような機体に比べたら雲泥どころか宇宙怪獣と蟻くらいの差が出てくる。
傭兵ですら最低ラインでカブトムシくらいの強さにはなるから、蟻一匹じゃどうにもならないと言っていい。
だというのに、わざわざ軍隊を狙って罠を仕掛ける宇宙海賊がいるかと言われたらどうだ?
まずありえない。
仮にそいつらを片付けたとして、後続の部隊はもっと強力な新兵器とか乗せた艦隊が来る。
しかも殲滅戦を仕掛けてくる可能性が高い。
おまけに罠にかけられたというのに逃げられた奴らもいて、そいつらが今までCICにいたってのが大問題だ。
「敵って、本当に宇宙海賊なんですかねぇ」
「それは……?」
「可能性は二つ。一つは国か軍の上層部に使われている宇宙海賊を名乗る略奪者。宇宙で一番稼げる悪事ってのは略奪で、賄賂とかとは比べ物にならない金銭が手に入る。たまにいるんですよ、こういうならず者を使って私腹を肥やすお偉いさんってのが」
「……無いとは言い切れないですね。実際に過去何件か怪しい話が出ている人物の判断です」
「まぁそれだけなら内ゲバで済むからいいんですがね。もう一つが厄介でして」
「私も頭が痛くなってきたのですが、これ以上に厄介な情報が?」
「帝国軍の内通者」
俺の言葉にアルマさんが額に手を当てて天井を見上げる。
気持ちはわかるよ……そうだよね、俺もそうしたいくらいの気分だった。
でも情報を精査するとそうじゃないかなーって内容が散見されるし、それらを統合すると実際にありえるんよ。
「ちょいと失礼」
一声かけてから通信の音声だけをオフにする。
「メリナ、こう言っちゃなんだが軍じゃナノマシンとか使った情報処理能力向上とかしていないのか?」
「そういうのは左官の中でも大佐以上、というか最低ラインが大佐で基本的に少将以上の将官がすることですね。あるいは専門の部署の人間、つまり私の前職場みたいな」
「あー、なるほど……だからか」
「やっぱりこれ、そう言う事ですよねぇ」
モニターを見ながらメリナも大きくため息をついている。
うん、情報精査さえできればこれ結構やばいし、面倒な案件だってのはわかるんだよ。
「メリナ、とりあえずきな臭いところピックアップ頼めるか? 悪いが10分で」
「5分で十分ですよ」
相変わらず頼もしい相棒だ。
「頼んだ。あー、お待たせしました。今うちの副官が情報纏めてくれてますが、とりあえずこちらから語れる範囲で言いますと敵の攻撃規模が大きすぎます。基本的に宇宙海賊がとるような戦法じゃないし、そもそも奴らは軍人を狙わない。やるにしてもコロニーに潜入して生身の時が基本です」
「そうですね。我々もコロニー内より船内の方が安全だと思っていますから」
「さすがですね。んで、話を戻しますが奴らが使ったのはECM。ようするに機体の電気系統をぶっ壊すような物なんですが、小惑星一個しか持ってないような宇宙海賊じゃ手に入らないような物体です。ちなみに手に入れられるようなのは最低でもコロニーを一個、最悪星系一つ支配しているレベルだと思ってください」
「我々にとってはありふれた代物ですが……確かに流通ルートを考えると野良の宇宙海賊じゃ手に入れるのは難しいですね。ここ最近のデータを見てもその手の輸送艦が襲われたという情報は有りませんし、民間船に乗せるような代物でもないので」
そりゃまあ使い方によってはコロニーのシステムを一部だけでもダウンさせられるような代物だからな。
機械仕掛けのコロニーでそんなもんぶっ放されたら悲惨も悲惨、被害が広がらないように区画を切り離して空気が無くなるまで逃げられない箱の中で宇宙遊泳。
動けなくなった潜水艦と同じ末路だ。
「じゃあどっから流出したかってなるけど、さっき話した上の人間か、あるいは敵。そして生存者がいる以上両方と見るのが正しいと思うんですよねぇ」
「……状況証拠だけですが、そうですね。とりあえず帰還兵について調べるので作戦開始は少し遅らせようと思いますが、傭兵として忌憚のない意見をお伺いできますか?」
「怒りません?」
「はい、どんなことを言われても怒らないので言ってください。むしろ言わないと怒ります」
わーお、これは怖い。
前の艦長さんは小娘で扱いやすく、ちょっと突けば未熟な面がボロボロ出てきた。
けどアルマさんは逆だ。
成熟しているからこそ、命がけの場面で秘密とか嘘とか、そういう不安要素があると「なんで言わなかった」とぶちぎれるタイプだ。
逆に言えば正論であれば怒らないし、間違った意見でも見どころがあれば作戦に組み込むこともアリと考え、完全に的外れだったら信用しなくなるだけというおっそろしい人物だけど。
正直上司にはしたくないよね。
「ここで時間をかけるのは愚策、反応弾や反物質砲をその拠点とやらにぶち込んで生き残ったデータや復旧データを基に対応を考えるべきです。帰還兵を調べるのはその後でもできますしね」
「ですが背後から撃たれる可能性を考慮するとそれは……」
「なので、傭兵の部隊で軍の艦隊を前後で挟みましょう。名目は後方からの奇襲に対する防衛策。相手がECMを使った罠を仕掛けてきた以上それに対策を用意するのは常套手段と言えばだれもが納得すると思いますよ」
「ですがそれは傭兵を使い捨てにするという事にもなるのでは? たとえ表向きの話であってもいい顔をされないと思います」
「まず重要なのは生き残ること。んで、作戦を考えたのはアマネ前艦長という事にして今回の責任を全部押し付ければいい。もともと死んでこいって作戦立ててたんだから反応は変わらないでしょうし」
「……軍人としての矜持が他責というのは気が引けますが、この際です。被れる泥は全部被ってもらいましょう」
流石歩兵部隊、一瞬の判断の遅れが命取りになる場所にいるだけある。
少し間が空いたのは考えたわけではなく呆れたと言った様子だったし、言葉は濁しつつも即決だったんだろうな。
「では作戦開始は……そうですね、編成も考える時間が必要なので一時間後で」
「優秀ですね。人員配置に一時間ですか」
陸戦隊なら長すぎると言われるかもしれないが、ここは宇宙。
前後左右だけでなく上下まである。
そこにどのような配置をするかとなるとそりゃ時間もかかる。
しかも軍と傭兵の混成部隊ともなれば武装がバラバラで、前に出すべき奴、後ろから警戒させる奴、上下から全体を見渡しつつ攻撃をする奴、マジの後方警戒、情報収取役など滅茶苦茶気を使う作業が待っている。
それを一時間で終えるというのは、100に近い船全船の特徴を掴む必要がある。
それはギルドが開示している情報だけでなく、外見からわかる武装やバランスなども加味してのことだ。
うん、アルマさんは陸だろうが宇宙だろうがどこでも戦えるタイプの参謀だな。
文字通り戦う参謀、殴り合いから撃ち合い、作戦立案までなんでもござれってな。
「じゃ、その間に食事して身体を休めておきます。メリナ、そっちは?」
「今送りました。食後にお風呂入るくらいの余裕はありそうです」
「だ、そうです。そっちの解析班には頑張ってもらう事になると思いますが、きな臭い情報をピックアップして、そちらから送られてきた情報一覧のどこに記載されてるかも載っているみたいなんで確認お願いしますね」
「わかりました。ディートリッヒ伍長! 至急解析を! ライトハルト軍曹は帰還兵のリストを制作! ロロ少尉は制圧部隊を編成して帰還兵全員の自決防止策を施しつつ拘束準備を!」
画面の向こうから威勢のいい返事が聞こえてくる。
「あ、一つだけ注意を。今回の作戦、帝国が関わってた場合既に境界線を越えて隠れてる場合があるんであらゆる方面に注意を。まぁつまるところ作戦宙域の情報は揃えられるだけ揃えてください。それこそ裏切り者がいたらそいつの腹に風穴ぶち空けてでも聞き出すくらいの気概でいかないとやばいですよ」
流石に俺も軍隊とドンパチするのは厳しいからね。
数の暴力だけならともかく、そこに質が加わった瞬間勝ち目はほぼなくなる。
まぁ引き分けにはできるけど、何を以て勝ちとするかで言うなら無事生き延びる事と答えたうえで、十中八九死ぬって言う事だな。
味方がいてもというより、連携の取れない烏合の衆の中に放り込まれているからこそ死ぬ確率が上がるってもんだ。
「わかりました。アルマ、アウト」
「アナスタシア、アウト」
通信を終えてパイロットシートの上で姿勢を崩す。
はぁ……どうにも厄介な仕事ばっかり回ってきてる気がするなぁ。