臨検武器庫
「貨物室、異常ありません!」
「寝室異常無し!」
「操舵室異常無しです!」
「ふむ、ここも異常無しですか……しかしよかったのですか? 軍人相手とはいえ好きに臨検させてしまい」
アルマさんがいぶかし気にこちらを伺ってくるが気にすることはない。
見られて困るようなものは持ってないし、そもそもこの船は大幅な内部改装の結果物資はそれほど積んでいないのだ。
せいぜいが生活用品、それも水に溶けて分解され栄養となる特殊なトイレットペーパーとか、石鹸とかフードメーカー用のカートリッジ、あとは手頃な武器がいくつかあるくらいだ。
「問題ありませんよ。機関室と武器庫だけは付き添いが必要ですが、見られて困る物もない」
「では傭兵相手にという意味で問いますが、臨検でこうして軍人を放置する理由などは有りますか?」
「そうですねぇ……まず今回のように見られて困るものが無い場合。これはもう信用してもらうしかないですが、本当にやましい事が無いパターンです」
ふむふむと頷いて見せるアルマさん。
その後ろで軍人さん達がなにやらタブレットらしきものにメモをしている。
ついでにメリナも俺の隣で面白そうに聞き入っている。
……お前は知っておけよ、勉強の時間位有っただろ。
「次に臨検についてよくわかってない場合。これは新人とかに多いですね。基本的に無害で、御禁制の品を持っていた場合も出所をすぐに吐くでしょう。あまり追い詰めないでやった方が相手も安心して口を割ると思います。要するにそこのごつい人とかがまくしたてるような真似をしなければ問題ありません」
ピッとこっちをずっと睨んでいるライオン顔の人を指さす。
実際に睨んでいるかどうかはともかくとして、それは本当に俺には表情が読めないという理由だが、ずーっと俺のこと見てるのよね。
一挙手一投足見逃さないようにと言った様子で。
「失礼、彼は嗅覚に優れていますので相手の発汗状態から嘘を見抜けるのです。ただ少々職務に忠実すぎるためあのような表情になってしまい……」
「いや、いい事だと思いますよ。軍人というのは規律あってこそ、そして威厳も必要だ。となれば怖い軍人さんという存在は優しい軍人さんという存在を引き立ててくれる」
地球でも一般的に使われてた手法だ。
怖い警官と優しい警官とか言われてたっけ。
恫喝するような怖ーい人の後に優しい人が語り掛けてくると安心してしまうというトラップである。
割と幅広く使われてて、人心掌握から悪徳商法までなんでもござれの技術だ。
「まぁそれはさておき、最後に絶対にばれない自信があるという場合ですかね。下手に取り繕ったり臨検に同行するよりもどこを見ているか知らない方が安心するというタイプ。こういう手合いは異常無しと聞いた瞬間どこか安心したような気配が感じ取れると思いますよ」
「ほう、というと?」
「基本的に物を隠すなら貨物室、大抵の場合そこには隠し扉みたいなのが用意されてます。スキャンも通さない特殊仕様の場所だったり物質を誤認させるように作られた小さな、それこそ引き出しくらいのスペースが限度ですかね」
それ以上のサイズになってくると隠すのも一筋縄ではいかない。
そもそもそういった隠し貨物庫というのは滅茶苦茶高価な上にまともなシップメーカーじゃ製造しておらず、作っていたとしても一介の傭兵が手に入れられるものではない。
立場的にも値段的にもだ。
スキャンの妨害というのはそれだけ大変な行為であり、これを極限まで極めた船がステルスシップと呼ばれる。
ただその手の船は武装も無ければセンサーやレーダーも持てない、本当に飛ぶことだけが目的の船だ。
ついでに目視は可能なので光学ディスプレイなどに映れば問答無用で撃破対象となる。
宇宙で身を隠すというのはそれだけ後ろ暗い事があると言っているようなものなのである。
「特殊仕様ですか……」
「えぇ、あとは武器庫やスキャンしたところで輻射が強すぎて判別できない機関室、手の込んだ奴ならミサイルや爆弾の中などに仕込む手合いもいますが」
この手の手法は精密機器相手には使えなかったりする。
ミサイルにせよ機関室にせよどちらも機械の塊の中にぶち込むわけだ。
そんでもってそういった類のものは大体何かしらの電磁波が発生している。
相互干渉でドカンといくこともあるわけだ。
「一応言っておきますが機関室と武器庫についていくと言ったのは安全のためですよ。この船はエンジンも搭載している携行武器も少々特殊なんで」
「特殊、ですか?」
「エンジンは先に話しておきますが反物質を使った半永久機関です。近づいたくらいじゃ無害ですし、多少乱暴に扱っても壊れたりしませんがなにかやらかしてドカンとなったら銀河系が吹っ飛びますね」
「それは……想像もしたくないですね」
「武器に関してはせっかくだから現物をお見せしましょう」
そう言って武器庫に案内する。
と言っても見た目はワインセラーのような場所であり、彼等が貨物室の一つと勘違いした部屋でもある。
すでに異常無しの太鼓判が押されていると言われたが、とりあえず悪戯に成功したという笑みを浮かべておいた。
「ここは酒蔵に見えますが武器庫ですよ。酒も保管してますがそれは表向き。船内に武器庫を用意したとして、こっちが乗り込まれていた場合を考えるとこうした方が安全なんです。その代わり出動の時は少々手間取りますが、安全策を取った結果ですね」
そう言って壁に手を当てるとセラーが床に吸い込まれてずらりと武器の並んだ壁が現れた。
奥にあった円柱形の照明も開閉して中からパワースーツが出てくる。
「これは……」
「偽装ですよ。そんでもってこっち側の棚にあるのは全部火薬式の旧式銃です。正面には普段使いのレーザー銃、右側にはレールキャノンなどの非火薬式実弾銃ですね。奥のパワースーツは市販品ですが限界までカスタマイズしているので現行品と比べても高性能でしょう」
まぁ持っているだけで基本的には使わないけどな。
俺とメリナの専用サイズにしてあるが、あくまでもパンデミックを起こしたコロニーや船外活動の際に使う宇宙服や防護服的な意味でしかない。
というかほぼサイボーグのメリナにはそれすら必要なかったりする。
一応あいつ生身で宇宙空間でても大丈夫なんだよな。
ちょっと紫外線が強くて日焼けしますとか言ってたけど。
「コレクションも兼ねているのですか?」
「実を言うと自分は未開惑星出身でしてね。現役で使っていた代物ばかりですよ。だからこそ扱いには慎重になっていますし、認証式セーフティなんてないから暴発したら人死にが出ます」
「なるほど……」
「とはいえ逆にその手のセーフティが無いからこそ、いざという時は誰でも使えるという利点がありますね。生体認証の時間も削減されるので咄嗟に、そんで人相手に使うなら十分な代物です」
「つまりここは……」
「武器庫でもありセーフティールームでもある。最終決戦場となればここでしょう。ちなみにこの頭上にはコックピットがあって最悪の場合ここに降りて避難できるようになってます。その後気密を保ち一定期間救難信号を発信しながら宇宙遊泳が可能ですね」
「それは話してもよかったのですか?」
「話したところで問題ないでしょう? 軍人さんならばこのくらいの機構は知っているでしょうし、この手の仕組みは割と一般的です。それこそさっきの隠し場所に比べたらマージン取ってる傭兵なら誰でもやってることですよ」
「今まで臨検した中でここまでしていた人はいませんでしたが……」
「考えられるとすれば表向きの武器庫を用意しているとかですかね。あとは話す必要が無い事は何も言わなかったとか。傭兵は秘密主義者も多いですから」
私は例外ですけどね、と付け加えるのを忘れない。
いや、これ完全に趣味だからさ。
だって浪漫じゃん!
隠し武器庫とそこへボッシュートされる形で避難できる仕組み!
ゲーム内では隠し武器庫はできたけど避難ブロックにはできなかったから思い切って改装しまくったのよ。
あとついでに店売りの武器は一通り買って、ついでに酒もいくつも揃えた。
ぶっちゃけ飲む機会が無いのが残念である。
船での移動は暇を持て余していたとしてもいつ何が起こるかわからないからな。
酔っぱらってましたなんて言い訳を聞いてくれる相手はいないのだ。
「各自確認!」
「異常無し!」
「同じく異常無し!」
「こちらも異常ありません!」
「あ、そこの爬虫類っぽい人。その手に持ってるの気を付けてください。そこ持ってるとピンが抜けて……」
と、口にした瞬間だった。
キンッという軽い音を立てて閃光手榴弾のピンが抜けたのだった。
……こっちの手榴弾ってボタン式だからあの手のものはわからなかったんだろうな。
指を引っかけるフックか何かだと思っていたんだろう。
「全員目と耳をふさいで口をあけて!」
俺の言葉に反応できたのは極少数だった。
そしてその少数の中でも無事でいられたのは数人だった……動物型の方々は耳塞いでも相当な衝撃だったんだろうね。
……次からは飾るようにしないでちゃんとケースに入れておこう。