物語の始まり
八月七日、天気は不明……というかどこの天気を書けばいいやらで宇宙空間をさまよう事になった俺。
いつも通りのトレーニングをして、いつも通りプロテイン飲んで風呂入ってベッドにもぐりこんだところまでは覚えている。
問題はその後、つまり寝起きの今なのだが……気が付いたらよくわからない場所にいた。
比喩でも何でもなく、よくわからない場所である。
強いて言うならSFチックな操縦席、それっぽい言い方をするならコックピット、そこで目を覚ましたのだ。
「なんだこりゃ」
第一声、自分の声に違和感を覚えた。
手を当ててみれば首に伝わるのはほっそりとして長い指、手に伝わるのは力を込めれば簡単に折れてしまいそうな華奢な喉元。
真っ黒なモニターを覗き込んでみれば絶世の美女がいた。
格闘家として仕事をしている俺だったが、目が覚めたら美女になって謎のコックピットに座っていた。
言葉だけ聞けばキャトルミューティレーションでもされたか? と冗談交じりに聞かれるだろう。
だが実際そうなっているのだ、鍛錬を怠ってこなかったことが幸いしたのか精神面は安定している……と思う。
いやわからんけどね、一周回って落ち着いているだけなのかもしれないけど。
さて、格闘家というのは意外と自由な時間は多くない。
日々トレーニング、食事制限のために決められた品目を用意するために自炊も欠かさず、少ない金銭で生活と肉体を維持するためにもスーパーのセールなんかは見逃さない。
たまにある試合の日や、近所の道場で子供から大人までを相手に指導するのも時間が決められている。
そんでコーチやトレーナー、あとは試合関係の人間に事務所の人間との接待とまぁまぁやることは多い。
総合的に見たら一般的なサラリーマンよりも時間的猶予はあるが、逆に私生活に至るまで完全に自由な時間というのは得難いものだったりする。
良くも悪くも完全に管理されていると言ってもいい。
そんな中で唯一の完全フリータイムと言えば肉体を休める事を強いられる、言いかえるなら「余計な事をして筋肉に負担をかけるなよ」という日くらいだ。
そんな日はコーチが飯を用意してくれる。
ありがたい事にそれなりに名の通った格闘家だっただけに色々助けてくれていたんだがなぁ、そういう時はテレビモニターに向かってゲーム三昧よ。
身体がこわばらず、かといって筋肉に負担のかからないレベルで動きながらポチポチ遊んでいた宇宙を題材としたゲーム。
宇宙海賊になってもいいし、傭兵としてそいつらを狩ってもいい、探索者として未開の惑星を探してもいいし、研究者として惑星を調べまわってもいい。
そんな自由度が糞高い、しかし自由過ぎてなにをやっていいのかわからなくなりそうなゲームを遊んでいた。
人気だったわけじゃない、トースターを買いに行った時同伴してくれたマネージャーから「これ動体視力鍛えられそうなスピードですね」なんて言われて衝動買いしたものだ。
はまっていたかと言われたらまぁそうだろう。
200を超える艦隊相手に単騎突撃して、敵の攻撃も利用しながら殲滅できる程度にはやり込んでいた。
なんなら「せっかくだから配信とかしません?」という、これまたマネージャーの鶴の一声により広告収入が5倍に膨れ上がるくらいには遊んだし配信もした。
そして制作会社から謝礼としてグッズ一式用意されたり、スポンサーとして支援してくれたりするようになって万々歳、というところまで来たのだが……そんな軌道に乗った瞬間これである。
視聴者受けするような美人キャラ、船は個人的な趣味もあるが見た目はかっこよさ重視の超高機動高火力。
ピーキーだが慣れれば強い、そんな機体で宇宙を駆け巡りどこそこの軍隊やら宇宙を単独飛行する謎生命体やら宇宙海賊やらを潰していたし、白兵戦になれば小型の銃火器とナイフ、あとはその場で調達した敵さんのそれで応戦といったスペース蛮族スタイルだった。
一応SFよろしくパワーアーマーとかそういうのはあるんだが、好みじゃないので一番いい性能の買ってカーゴスペース、言いかえるなら倉庫に置きっぱなしにしていたわけだ。
肉体の補助、運動性能の向上に防具としての役割もあるパワーアーマーだが如何せん戦い方が単調になりすぎてつまらなかったのだ。
その質量でタックルぶちかませば相手は死ぬ、相手の攻撃はアーマーに装備されてるシールドに弾かれて効かない、シールドがはがされても戦艦の主砲でも直撃しなきゃ破れないような厚い装甲に守られているとくれば画面映えもしない。
そう言った諸々含めて埃をかぶっているのだが、まぁそれはよしとしよう。
まったく使わないわけでもないからこその場所取りでもあるんだがね、船外活動とかそういう時に宇宙服代わりに着る事もある。
あくまでもそういうパターンがあるというだけであんなの着てコロニー闊歩しようとすれば船降りた瞬間テロ準備罪で警告無しの銃弾からレーザーまでまんべんなくぶち込まれてお陀仏確定だがね。
さて、おおよそ俺の記憶ははっきりしているらしいがあくまでもそれだけ。
実際にコックピットの操縦桿やらを見ればゲーム内で使っていたもの、暗転しているモニターの電源の位置なんかもなぜかわかったのでポチポチして起動すれば映し出されるのは愛機ホワイトロマノフのスキャン画像である。
オールグリーン、異常無しを示す表示だが俺にとっては異常しかないんだよなぁ……。
積み荷を見てみればパワーアーマーは所定の場所に鎮座、水や食料がそこそこ、あとは少量のレアメタルとか金になりそうな……というかゲーム内では換金アイテムだった彫刻だのなんだのの美術品である。
ここまでお膳立てが済んでいると逆に気持ち悪いが……周辺の宙域マップを確認する。
アンノウン、不明という一文が表示されるだけだが全天スキャンで周辺情報を探れば明らかに人工物であろう物がいくつか見つかる。
だが動く気配はなし、ということはデブリだろうか。
そう思った瞬間だった、熱量増加をセンサーが示すと同時にアラートが鳴り響く。
「くそったれ!」
咄嗟の判断だった、わけもわからないままなぜか操縦できる船をコントロールし急速旋回でその場を離れる。
一瞬の時間もなく、先程までいた場所を光線が抜けていった。
いわゆるビーム兵器だがいきなり撃たれるいわれはない。
「こちら戦闘型小型艦ホワイトロマノフ、艦長のアナスタシアだ。敵意は無い、何かの誤射なら見逃すし話も聞く」
オープンチャンネルで通信を呼びかけるが応答は無し、返事代わりと言わんばかりにこちらに照準が向けられていることを示すアラートが口煩く鳴り続けている。
「繰り返す、こちらに敵意は無い。その上で攻撃を辞めないというのであれば応戦する」
「はっ、応戦だってよ。聞いたか野郎ども! 相手は女だ、できる事なら手足奪って乗り込んでとっ捕まえようぜ!」
「賛成だ! 声からしていい女に違いねぇ、不細工だったら素っ裸で外に放り出してもがくのを楽しんでやろうじゃねえか!」
「いいねぇ、あの船は俺がもらうぜ? この中で一番旧式なんだからな」
「お喋りはそこまでだ野郎ども、さっさとあの小奇麗な船と中身を頂いてずらかるぜ」
今度は返事があった。
いかにもゲスですと言わんばかりの内容、一瞬頭の中で格闘家としての市民に対する過剰防衛という言葉がよぎったがそれどころではない。
プロボクサーだろうが黒帯だろうが紅白帯だろうが、互いに戦車だの戦艦だのに乗っているなら過剰防衛も糞もないだろう。
「なら後悔しやがれくそったれ! 副砲一番から八番照準! 主砲二番までエネルギーチャージ開始!」
回線を切って戦闘態勢に移る。
今はグラビティジャンプ、端的に言うならワープにエネルギーを注ぎ込んでいるためチャージまで時間がかかるうえに副砲も大した威力じゃない。
だがいつでも逃げられるようにしておくのは重要だ。
それも邪魔されれば不可能なのだが、そうなった場合は殲滅を考える。
基本的なパターンとしては相手の実力を見るためのエネルギー配分と言ったところだろうか。
逃げられるなら、あるいはその程度のエネルギーで十分ならいつでも避難できるようにワープにエネルギーを分配しておく。
これはチャージしないと使えないけれどチャージしすぎたり、どこかでため込んだエネルギーを発散させないと爆発するような危険物だ。
だからこそ逃げるタイミングで一気にエネルギーを注ぎ込めるようにという分配であり、次にシールドとスラスターに同等の分配、最後に武装にエネルギーを食わせる。
一応裏技的な方法で全体のエネルギーを一気に上げる事もできるが、それは生命維持装置や疑似重力もカットするので短期決戦でしか使えない。
最悪の場合隠し玉の二つや三つはあるのだがそれを使うのは本当にいざという時だけなので対応を確認する。
「通信回線の記録は……5? 一つは俺として、のこりは4つ、伏兵の心配は無し……なら!」
アラートが示すセンサー反応から逆探知してロックオン、様子見に副砲を二門向け小規模なビームを照射した。
小規模とはいえハイエンド品であるため未改造の船が積んでるシールドや並のパワーアーマーなんかは蒸発する威力があるのだが……。
「あ?」
熱量増大、一瞬オープンチャンネルを開いてから切って確認すれば通信記録が4となっていた。
「嘘だろ……今ので爆発とかどんな雑魚だよ!」
あまりにあっけない、そう思ったが無駄な事を考えてる余裕はない。
今もビームの嵐をどうにか搔い潜っている状況だ。
「副砲4門! 斉射! 同時に主砲発射!」
移動しながら当てられるとは思わない、せいぜい岩にでも当たって破片が超高速で吹っ飛んでくれたら御の字、そいつが敵さんのビームを防いでくれたら万々歳ってところだ。
「あれ?」
だが予想に反して……いい意味でだが、あれだけの高速機動をしていたというのに主砲は敵さんが盾にしていた小惑星をぶち抜いて爆発四散、念のためオープンチャンネルを開いて確認するまでもなく爆発四散したとレーダーで判明した。
……一機目の時もこれで十分だったな。
続けざまにもう一隻を副砲が蜂の巣にしてこちらもデブリの仲間入り、回収できそうなものはほとんどないだろう。
そして最後の一機だが、こちらの砲門が捕らえる前にはジャンプして逃げやがった。
察するに最初のを潰した瞬間にはとんずらの準備をして、こっちの砲門が動いたらすぐに逃げ出したんだろう。
逃げ足の速いやつ、ありゃ相当修羅場を潜り抜けてるだろうし生き残るためなら何でもする、一番厄介なタイプだ。
ただ逆に言えばこっちから手を出さなければ噛みついてこない、それこそ同じような例えを使うなら蜂だ。
巣をつつかなきゃ襲ってこないタイプの敵、アナグマを決め込まれたら奥の手で巣諸共焼き払ってやるのがセオリーだが……そこまでして追いかける意味もない。
せいぜいが欺瞞工作をする暇もなかったであろうグラビティジャンプの逃走経路を掴んで終わりだ。
どの方角にどの程度の距離飛んだのか、その位しか確認できないが中継地点が割れればなし崩し的に痕跡を辿って巣穴の場所も教えてくれるだろう。
あとは回収できるものを拾い、奪えるデータを奪ってまともな人間がいる場所へ行くとしようかね……。