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宇宙にも狸はいる

 そうして迎えた翌日、お偉いさんとの待ち合わせから5分後である。


「いや、なんでまだ出発しないんですか! 遅刻ですよ!」


「いーのいーの、相手もたかが傭兵になろうとしてる原始人と侮ってるだろうから。それより試してみたがこれ凄いな、マジで合法?」


 酒で学んだので食わず嫌いもどうかと思って例の煙草に手を出してみた。

 依存性は無く、ナノマシンで血圧などをコントロールしつつ精神を落ち着ける作用がありついでに栄養も摂取できる優れものである。

 難点は火を使うから税率が高い事と煙い事、ヤニで歯や壁紙が汚れないのは助かるな。

 むしろ虫歯菌なんかを除去してくれるらしいし、呼吸器系の治療にも役立つとか。

 だからこっちじゃ喘息持ちなんかの必須アイテムになっているらしい。

 所変わればなんとやら、まさかこんなものがあるとはなぁ。

 流石宇宙、SFってすごいね。


「合法ですけど! だけどそんなのんびりしている暇は無いんですって! 相手はスケジュールぎっちぎちの人ですよ!」


「じゃあ適当に遅れるって連絡入れといて、私が眠くてやる気が出ないからって」


「そんなメッセージ送ったら私が首になります!」


「義体だから大丈夫でしょ、首はねられても」


「物理的にじゃなくて仕事的に!」


「え、マジで大丈夫なの? 凄いな義体……ほとんどロボット? あ、これ差別発言とかになったりしない? だとしたらごめんね、悪気は無いんだ」


「一部の人にとっては差別発言ですけどそんな事より時間!」


「問題ないから安心しなって。むしろ向こうも長めに時間とってあるだろうから」


「なんでわかるんですか!」


「ホワイトロマノフを見せてるからだよ」


 少し真剣な目をしてみせるとメリナは大人しくなった。

 ……マジで心配になるくらいちょろい子だな。

 おじさん心配だよ。


「あれはブラックボックスもあるけれど、開示できる部分は全部見せた。それこそ下着の置き場所まで見せているんだ、相手はこっちが有益な情報を持っていると確信しているだろう」


「まぁ……はい、あの船のジェネレーターもスラスターも、シールドや装甲と言った一般的なものですら画期的でした」


「だろ? それをたかが金銭のやり取りだけで開示してやったんだ。こっちは最初からいくら出すか聞いているんだから価値があるというのも理解している。無知から来る開示ではなく、交換要求によるものだ。つまりは交渉が必要になってくるという事だな」


「それは……」


「そしてこっちが持ち込むのは未知の技術とその理論書、設計図の組み合わせ。昨日の今日で向こうが飛びついてきたのが証拠と言ってもいい。それこそ権力と財力と暴力で奪い取りたいけれど立場が許してくれない、だから大人しく目の前の餌に飛びつくしかなかったわけだ」


「そこまで見抜かれると、相手は理解していなかったのでしょうか」


「してたと思うぞ。それで足元見られるのも承知のうえで、私がもうすぐこのコロニーを出ていくと知っているから早々に対話の席に着くしかなかった。忙しいのは事実だとしても予定をずらす程度の猶予はあるわけだ」


 ついでに、その忙しいの意味合いもまた色々あるだろう。

 今回要求したのは金払いがよく、信用できる取引相手という内容。

 逆に言えば出し渋ったりしない、裏で変な連中と繋がっていない相手だ。

 当然安全のためもあるが、交渉を短くするためというのも含めてもう一つ理由がある。

 潔白ながらに金を持つというのはなかなか難しい。

 しかも景気よく支払ってなお余りあるとなれば当然のこと。

 メリナの要求も混ざってくるだろうと予想するなら相手は義体やサイバネティクス関係のお偉いさんとみて間違いないだろう。

 国にとっても重要で、だからこそ監視も厳重な相手というわけだ。


「あー! 先方からまだ来ないのかってメッセージが!」


「通話できるか?」


「え、あの、何する気ですか?」


「向こうに通話繋げてくれ、そうしないと私はここで煙草楽しみ続けるぞ」


「わかりました! わかりましたから! ほら!」


 こっちに投げ渡された……結構な速度だったけど……端末を耳に当てる。


「あーもしもしぃ?」


「本日お話合いをさせていただく予定のアルフォンスと申します。時間を間違えたかと思いご連絡させていただきました」


「悪いねぇ、寝坊した」


「おや、そうでしたか。重要な内容だと聞いていたのですが、大した要件ではなさそうですね」


「はっはっはっ、狸のフリしようとしても無駄だぞ? こっちからある程度の情報は流してあるし、そっちが相応に武力で周りを固めているのは分かっている」


「………………要件は?」


「まず邪魔な護衛の排除だな。全部どけろとは言わんよ、ただ明らかに過剰だろその人数は」


「まるで見ているかのように語りますね」


「そうかい? 目がいいのもあるかもな」


「では、すぐに部下は下がらせましょう。そして今のうちにそちらの要求をお聞きしておきましょうか」


「言わなくてもわかってる癖にぃ」


「言葉とは便利なデバイスですよ、活用しなければ意味がない。そのためにコロニー運営に関わる者は皆翻訳用ナノマシンデバイスを使用しているほどです」


「便利だが使い方を間違えると自分の首を絞めるんだよなぁ。あ、ちなみにこの商売逃したら次は無いとだけ言っておく。こっちとしてはあんたに売らなきゃいけない理由もないし、もっと別の誰かに売りさばいてもいいんだからな」


「はっはっ、ご冗談を。自分より高く買い取れる相手はいないと自負していますよ」


「だろうね、だから強気に出られる。けどさ、こっちは国内じゃなくてもいい、傭兵国家や海賊国家に売ってもいいんだぜ」


 その言葉に静寂が流れる。

 空気が凍った、そう表現するにふさわしい冷たい沈黙だ。


「本気で言っていますか?」


「さぁ? だから言っただろ、デバイスは使い方を間違えると自分の首を絞めると。あんたが自慢するのは一向に構わんがそこにあるブツを欲しがる連中は惑星の数よりも多い。中には親類縁者全てを肉塊に変えてでも欲しがるやつはいるだろう」


「……いいでしょう、そちらの要求を全て飲みます」


「最初からそう言えばいいんだよ、どうせ上から絶対に商談を成功させろって言われてるんだろ? 手段を問わないほどに」


「……余計なおしゃべりは好きではありませんので」


「狸の皮がはがれてるぞ? どうした、もっと腹黒く笑って見せろよ、できないか?」


「あいにくと、こちらも時間がありませんので」


「ほーらまた誤魔化そうとする。今日、この後の予定なんて上への報告くらいなもんだろう。データは何重にもプロテクトかけたうえでダミー含め複数ルートで本国へ輸送、あんたはそれに関わらないだろうしな」


「本当によく見える目ですね。そして耳もいい」


「かもな。まぁこっちの要求を全部飲むといったんだ、レポートにまとめて一時間後にでもそっちに行くさ。それまで適当な喫茶店でくつろいでいるといい」


 そう言って一方的に通話を切る。

 あとはメリナに端末を投げ渡して終わりだ。


「え? え? どういうことですか?」


「なにが?」


「いえ、通話聞いていましたけど……伏兵とか今後の輸送とか、そんな機密情報をどうして知っているんです?」


 ゲームでもそんな流れだったから……とは言えないよなぁ流石に。

 実際ダミーを運ぶミッションとかは結構あったんだが、まぁ並の傭兵には回ってこない仕事だ。


「まず大前提、相手は私から得られる情報なら何でも欲しい。そうだろ?」


 死体すらも欲しがるんだ、そりゃ船の技術も余すところなく知りたいだろう。


「えぇ、まぁそれはそうです」


「でもこっちは身体強化を終えた傭兵、戦闘力も十分に証明されている。だけど背後関係は洗おうにも不明のまま、警戒するのは当然だろ」


「それは、はい」


「だから余剰戦力を隠していると予想した。目がいいと言葉にしてやれば相手はカメラか何かでこちらを見ているのではないかと疑心暗鬼になる。そうすると自分の安全を守るためにも無駄な労力を使ってあちこちを調べなきゃいけないわけだ」


「ふむふむ」


「どうにか言質を取って美味しい思いをしようとしていたところに冷や水ぶっかけられた相手は余計な事を口にしないように気をつけなきゃいけなくなる。リソースをそっちに回す事で私との商談が話半分になってくる」


「でもあちらも思考加速系のデバイス強化はしているはずです」


「思考を加速させればさせるほど、現実から得られる情報の少なさに焦るだけだ。だってこっちなんもしてないから。調べるだけ徒労に終わる、すると疑うのはもっと別の何かだ」


「……サイオニクス」


「そ、自分たちの認知外の物。注意するだけ無駄なものにまたリソースを割いて、どんどん追いつめられていく。言ってただろ? 耳もいいなと」


「そういう意味だったんですね……」


「向こうはそうやって勝手に得た情報で誤解したまま話を進めるけど私は否定も肯定もしない。結果的にこっちの要求を全部飲んだうえで了承するしか手段がなくなるわけだ。遅刻というよりも出向かなかった理由はこれだな」


「……でも怒らせましたよね」


「だろうな。で、それが何か問題?」


「問題……心象、とか?」


「好きに誤解してくれ。どうせ今後関わる予定は無くなるんだ」


「じゃあ国の上層部から危険視される」


「もうされてるだろ、その上で泳がせても問題ないと認めてしまった以上何もできない。何かあれば後ろめたいことがありますと白状するようなものだ。だから傭兵ギルドって後ろ盾を作った」


「だったら、私があなたと敵対するとか」


「ないだろー」


 今までで一番気の抜けた声が出た。

 メリナが敵対する、それは確かに脅威だがありえないパターンだ。

 こいつは理由があって忠誠を誓っているが、言いかえるなら利用価値があるから相互に利用しているだけだ。

 それが無くなったら俺とも国とも縁を切って自由に生きるだろうから。


「今回の一件でメリナは求めている最高の義体が手に入る。今後のメンテナンスも任せられる。その確約を取り付けて私の船に乗らないという選択肢も出てくるわけだ。そうなれば晴れて自由の身、うら若き十代を縛るものは何もなくなる」


 差し出したのは適当に書いていた要望書。

 支度金を俺に1000万、メリナに3000万用意しつつ最高性能の義体とそのメンテナンス環境とそれを好きな時に受ける権利、そして俺たち二人の自由である。

 相手からしたら拍子抜けの内容かもしれないけれど、ただこれをポンと出しても向こうは出し渋るふりをして値引きを考えてきたかもしれない。

 そのために一芝居うったわけだし、柄にもなくブラフとかかました。

 あとはまぁ、好きに想像してくれと勝手に誤解させて目をつけさせつつこっちは持ってるカードを全部出して、その上でまだ手段はあるぞと何も持っていない手を隠して嘘をついただけだ。


「交渉ってのはこうやるんだよ。ほれ、あとは好きに書き足しておけ」


「……随分私に有利ですね」


「今まで世話になったからな。ま、身の振り方は考えておけばいいさ。時間も金も自由も手に入るんだ。スクールライフなりなんなりを楽しむといい」


 少し、惜しいとも感じるけどな。


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