お金は大事
「オートパイロットもなしに姿勢制御も全部手動とか馬鹿じゃないんですかねぇ! そもそもバランサーなんて使わないからデッドウェイトになるとかどんな冗談ですか! あほですか! 死にたいんですか! なのになんであの糞むずシミュレーション普通にクリアしてお茶飲む余裕あるんですか! 馬鹿なんですか! うちの軍が出くわした中で一番最悪の状況を模して多人数で挑むはずの物をなんで単独対処してるんですかー!」
「あぁいう状況は群れで挑むよりも単独のが楽な場合もあるんだよ」
ヌードルを啜りながら悔しがるメリナを慰める。
結局うまくいかなかった、というよりは動かすだけはできるようになったがまだまだ戦闘は無理というレベルに収まった彼女はそこで行き詰ったのだ。
「それより、罰ゲームでも決めようか」
「はぁ? 自分が有利だからって調子乗ってませんかぁ?」
「絡むな、チンピラかお前。とりあえずそうだな……三日以内に戦闘も問題なくこなせるようになったらこの口座の中身全部やるよ」
「余裕言ってくれますねぇ……」
「そのくらいの気概で挑んでもらわないと困るって話だ。逆にその期限をオーバーしたらそうだな……こいつの金はあんた負担な」
トントンとこめかみを叩いて見せればその顔色が悪くなるのが目に見えてわかった。
「なにせこっちは有り金全部、手解きもしたうえでの賭けだ。このくらいの差は許容してもらわないとなぁ」
「ちょっ、それがいくらかわかっていってます!?」
「あれ? もしかして無理そう?」
「で、できらぁ!」
ちょろい、だがそれがいい。
うん、交渉役は任せられないにしてもこのくらい乗せやすいと俺としては何かと助かるな。
今後俺が交渉しつつ実戦担当、サポートをメリナに押し付けつつ、ついでにそれ以外のアレコレも押し付けてしまおう。
掃除とかはメカがやってくれるけど片付けはどうやっても人力だからね、そりゃ手間もかかるのだよ。
「じゃ、頑張れよ」
「……どこ行くんですか」
「いや、せっかくだから今のうちにこいつの中身減らしておくかなって。早くクリアすれば沢山もらえるけど、期限ぎりぎりだと中身空っぽかもね」
「このド畜生が!」
「んー、いい誉め言葉だ。なかなかどうして傭兵のセンスあるよ」
「夜道には気を付けてくださいよ……」
「御忠告感謝しよう。でもまぁ? メリナにも勝てたし大丈夫かな? あ、ごめんね、義体化しなきゃいけない身の上だった相手に肉弾戦も勝っちゃって、白兵戦でもコールド勝ちして、船の操縦でも上行っちゃったら立つ瀬がないよな。傷口抉っちゃったね」
「おっしゃあ! 今ここでぶち殺したらぁ!」
「暴れると受付のお姉さんが怖いぞー。つーわけでじゃーな」
またあのガシャコンが発動する前にササっと傭兵ギルドを出た。
思えばこれ、初めての外出だわ。
帰る時はギルドに戻ればいいかな?
ま、その辺はおいおい考えよう。
今はホワイトロマノフの内装で必要そうなものを集めるか。
どうにも色々旧式だったり、今じゃ使わないようなものばかりらしいから。
キッチンは使わないけどあって損は無いから置いておくとして、食料関係はカートリッジから完全栄養食を作り出せるらしい。
見た目は普通の料理で、味付けも異なるけれど栄養素は完璧という物体だ。
まずはそれを確保するとして、次に排泄物処理の機材。
人間が排泄したものとて分解すれば有用であり、その手の機材を持っていれば糞もコロニーで売れるという。
なら導入した方がお得だよねという話だ。
あとはそう、一番気になっていたのはそれに関する問題でトイレだ。
快適な便所、それは快適な生活に直結する。
狭いトイレというのは好きじゃない、せめて足を延ばしたいのだ。
だが宇宙船という限られた空間では難しい、なら便座だけでもいいものをと望むのは当然の帰結。
いやー、楽しくなってきた。
風呂は……シャワーでも十分だがメリナも乗るなら少しまともな環境にしておくか。
「で、一番いいのはどれだ?」
「そうですねぇ……お客様の要望に応えるならばトイレ以外は最新鋭の物をご用意できるかと思います」
「トイレはダメか……」
「見取り図を見せていただいた感じでは当店に置いてあるものの中で最高品質のものを設置した場合エネルギー不足に陥るかと」
「あ、そこは問題ない。エネルギーは気にしないでいいからとりあえず全部一番いいの見せてくれ。問題はスペースだけだから」
「はぁ……かしこまりました」
というわけでやってきました家電量販店。
まぁ傭兵とか商人みたいな船持ってる客を中心とした店なんだけどね。
一般のお店に行ったら「船内で使うようなもんを家に設置するものと同列視するな」って怒られた。
考えても見ればその通り、船って言いかえれば動く家だが電力は自家発電しかないのだ。
コロニーから供給される電力を買っている家とは別物なのだ。
「これが食糧生産機か……」
「何か食べてみますか?」
「んじゃヌードル」
「はい、おためしなので小さいサイズでご用意させていただきます」
横からのぞき込みつつ、店員の操作を見ているとメニューから選んでいるようだ。
パンフレットを見れば他に好きな食材なんかからも選べるらしい。
ということはこれ、結構な富裕層向けだな?
一般的なコロニーの人間は生の食材とは縁が薄いと聞く。
以前メリナと話した時にその手の話題が出たが、許可のない人間による生の植物の持ち込みは厳禁である。
微生物やウィルスが付着しているとコロニーみたいな閉鎖空間では簡単にパンデミックに至る。
当然駆除も簡単ではあるが、そのための手間がとんでもないうえに時間をかければかけるほど感染者が増えるという地獄絵図になりかねないので生の食品は専門業者しか持ち込めず、目玉が飛び出るほどお高いお店じゃないと口にできないらしい。
「こいつは富裕層向けじゃないのか?」
「えぇ、ですが来年には最新鋭のバージョンが出るという事もあってお安くなっています。どうぞ、ヌードルです」
「お、悪いね」
出されたヌードルを啜ってみる……なんということか、今まで俺が食ってきたラーメンって何だったんだと思わせる味だ……!
醤油のコクとキレが何とも言えず、そこに出汁の香り……これは鳥か!
そこに魚の香りもする……麺はしこしこつるつる、スープとの相性もばっちりで見事な調和だ。
「凄いな……」
「えぇ、当店自慢の一品です」
「とりあえず下見の段階なので購入は検討するとしか言えんが、第一候補にさせてもらうよ。パンフレットくれるか?」
「どうぞ」
店員が腕時計をこちらに向けてきたのでそこに端末を合わせる。
ピッという電子音と共にパンフレットが転送されたのを確認、いやぁ便利だねぇ。
あの腕時計みたいなの、俺も国からもらえたりしないかな。
後でメリナと交渉してみよう。
「次に排泄物処理機ですが、これは排水管に設置するだけで問題ない物なので見るまでもないでしょう。先ほど食糧生産機のパンフレットと共にそちらも送りましたのでご確認ください」
「いいね、話が早い。で、トイレは?」
「それなんですが……ここだけの話をしましょうか」
「ほう、そういうのは大好きだぞ」
こっそり耳打ちしてきた店員に合わせて俺も声を潜める。
お店で店員さんがこういうフリをしてくる時は大体いい事の前触れだ。
「とある上流階級の方が船をオーダーメイドしたのですが事業に失敗しましてね、資産こそまだまだ残っているものの注文した船は解体を余儀なくされたそうです」
「ほほう、話が見えてきたぞ」
「えぇ、その際に拘り抜いた一品がうちに流れてきまして。性能も抜群で、周辺機器との相性もばっちりです」
そう言って見せてきた映像は素晴らしい便座だった。
純白、それでいて決して汚れないナノマシン式洗浄機能付きであり、脱臭もしっかりしている。
また一見陶器に見えるがナノマシンを用いているから並の金属よりも頑丈であり、蓋を閉めた際にはボタンなどで開けようとしない限り癒着して開かないようになっている。
つまりは激しい戦闘を行ってもトイレがびしょぬれになる心配はいらないというものだ。
ちなみに一般の船だと飛行機みたいな吸い込むタイプの物が使われているらしい。
対してこいつは水洗、ウォシュレットまでついているとなれば買うしかないだろう。
問題は……。
「だがお高いんだろう?」
「それがですね、今なら20万ぽっきりです」
「買った」
店員さんの腕時計に端末を当てて支払いを済ませる。
ピコンという音とともに支払いが完了した。
「ありがとうございます。先ほどおっしゃっていたお連れ様と見に来るという際に使える2割引きのクーポンを送信させていただきました」
「いい取引ができたよ、ありがとう」
「いえいえこちらこそ」
いい買い物ができた。
20万というのは大金だが、正直この端末に入ってる100万弱の金がいくら減っても俺は痛くもかゆくもない。
もともと降ってわいたあぶく銭のようなものだ、パーッと使ってしまうに越したことは無いだろう。
一つ懸念点があるとすれば、こちらの金銭事情だろうか。
1クレジットがだいたい1ドルと同じ換算、高めに見積もって100円程度というわけだ。
トイレに2000万円つぎ込んだといえばその意味も分かるだろう。
だが後悔はしていない、これからの航海のために!