煽りは基本スキル
「んー、この子随分ご機嫌取りが難しいですね」
「そうかぁ? この辺をちょちょいとやってやればすぐ機嫌よくするぞ」
「でも流石に敏感すぎませんか?」
「このくらいじゃなきゃ私の好みじゃないんだ」
「わぁ、大胆。随分とせめっけのあるタイプなんですね」
「受け身は性に合わないからな、それより……いいからもうちょいまともに動かせるようになってくれ、ホワイトロマノフのサブパイロット頼もうとしてるのに何でこんな挙動しかできねえんだよ!」
「しょうがないじゃないですか! 敏感すぎて少し角度変えようと思ったら一回転しちゃうんですから!」
今日は船に関するあれこれも覚えてもらおうと操縦桿を握らせてみたのだ。
だが悲しいかな、その試みは失敗に近いといってもいい。
一応動かすだけならできなくは無いんだが、戦闘に参加できるほどの腕じゃない。
今もシミュレーターの中ではあるが宇宙海賊のへぼい武器でポコポコと撃たれ続けている。
幸いシールドが減衰するほどじゃないので軽口をたたく暇もあるのだが……。
「ほら右から来てる」
「右! わぁあああああああああ!」
「姿勢制御装置とオートバランサーなんか邪魔だから外してたんだが……つけなおした方がいいか?」
「いりません! こうなったら3日で習得してみせますよ! なんならあなたより上手くなってメインパイロットの座を貰いますからね!」
「おーやってみろ、勝てたら考えてやるよ」
「言いましたね! おりゃあああああああああああ! ……ぎゃあああああああああああ!」
うむ、メリナはこうして腹を割って話してみると意外と気さくに相手できる。
「受付の、このシミュレーターを隣のとリンクさせてくれ」
「構いませんが……お連れ様の意見は聞かなくていいので?」
「あれはいつかできるようになるかもしれないがそれを待っている暇はない。手持ちの金的にもさっさと仕事を始めたいんでな。頼む」
「わかりました、どうぞ中へ」
シミュレーターに入ると苦戦している様子のメリナがホログラムで写されていた。
そこに重なるように座り、操縦桿を握る。
「メリナ、懇切丁寧に教えてやる時間は無い。操縦桿を握って感覚で覚えろ」
「はぁあ? なーに言ってるんですかねぇ、この程度三日もあれば十分だといいましたよねぇ?」
「そんなに待ってられないだけだ、行くぞ」
「ちょちょちょっ」
いきなりスラスター全開、負荷が心地よいと感じたのは強化のせいか、あるいは馴染んだだけか。
回避に大袈裟な動きは不要、わずかにレバーを動かしながら姿勢制御スラスターで整えつつくるくると回転しながら直撃を防ぎつつ、どうにもならないものはシールドで受け止める。
やわな造りだったらそれこそ秒で蒸発するだろうがこいつに限ってその心配はいらない。
シールド名イースターエッグ、何層もの薄いシールドを一枚に見立てる事で被弾と同時に飽和、だが薄いシールドだからこそすぐに再生という流れでほぼ無敵の防御力を得られる。
ただし相応のジェネレーターでなければまともに稼働しない癖の強いユニーク装備だ。
「主砲発射! 続けて副砲1~6番まで全門斉射!」
「すごい……」
「反転行くぞ」
「え?」
「どっこい、せっ!」
オート系の物は全部排除しているこの機体、言うなればマニュアル操作が基本なのだが細かい挙動ができる反面大きく動く時はそれなりに力業になるのだ。
今回は副砲全弾斉射の際の反動を利用して姿勢を変えて、そのままくるりと反転した。
「え? え? えぇ……?」
「驚いている暇あったら一個でも多く学べ! じゃなきゃ船は任せられないぞ」
「やってやろうじゃないですかおらぁ!」
やる気を出してくれたようで何より、さて……じゃあせっかくなので色々お見せしましょうか。
「あぁ、メリナ。酔うなよ? んで、最悪の場合でも吐くなよ?」
「はぁ? このスーパーボディの私に何を」
最後まで聞くことなくサーカスのように宙返りや急加速、急停止、急反転とできる挙動は全て見せる。
エネルギー供給率を変えたりして都度色々な動きを見せる。
今でも操縦桿を握り続け、ペダルに足を乗せているのであればいずれ再現できるようになる、いやなってもらわなければ困るような基礎だが実のところこれだけでも結構きついらしい。
ホワイトロマノフではないが、ちょっと暇つぶしに好きにカスタマイズした既製品の機体でいろんな奴相手にしてやった時、ついでにその操縦テクニックなんかを教えた時は一人残らず吐いた。
シミュレーションルームがゲロ臭くて大変だとクレームが来たが、メリナに全部任せたから俺は知らんことにしておく。
だって基礎中の基礎しか教えてないし……そもそも宇宙海賊なんてみんなマニュアル操縦が基本だ。
オート系は敏感だからメンテしなきゃ真っ先にダメになるし、アップデートしていないOSというのは電子戦に弱い。
だから基本的に付け入るスキをなくすためか物理的に破壊するか、あるいは多少の手間だが引っこ抜いたりしているらしい。
過去に鹵獲できた船からそういうデータが出てきたと聞いている。
捕まえた宇宙海賊の末路は知らん、あれは人の姿をした悪魔だ、できるだけ苦しんで死ね。
「こんな繊細な操舵をしながらあれだけ大胆な動きを……」
「これくらいやってもらえなきゃサブパイロットなんて永遠に無理だぞ」
「やってやろうじゃないですかおらぁ!」
いやぁ、なんかメリナの扱い方わかってきたわ。
ちょっと煽れば簡単に乗ってくる、その際に理性が吹っ飛ぶのはマイナスとしてもなかなかどうして悪くない。
扱いやすいのもそうだが、とにかくあの無愛想と違って素直ないい子だ。
まぁちょろいのは歳相応としておこうか。
「んじゃ、俺は別の難易度で遊んでるから切り上げる時は声かけてくれ」
「今日中にマスターしてやりますよこの野郎!」
うんうん、威勢もいい。
これは将来有望なパイロットになるぞ。
そうなったら封印してたあれこれを解禁して専用の船を用意してやってもいいかもな。
頭数が増えるというのはそれだけでもメリットが大きい。
特に知らない間柄だと問題が起こりやすいというデメリットもあるが、これだけ長く生活を共にしていればその辺の引き際は互いに知っている。
そのうえで交渉するわけだけど、これはあくまでも形式的なところが大きい。
互いに理解したうえで、ちゃんとすり合わせをしているのだ。
この広い宇宙空間、わずかな認識のずれがどんな影響を及ぼすかわかったもんじゃないからな。
未成年ながらに政府直轄となっているメリナはそこをしっかり理解している。
傭兵ギルドもその辺はちゃんとしているが、逆に傭兵達自身は結構適当だ。
しばらく訓練とかを共にしたがあいつらはダメだな、個人的にあまり組みたくない相手だ。
仕事の都合上となれば承諾するが、こちらから望んで手を貸してくれというつもりはない。
そうなった時はラスプーチンの封印を解くだけだ。
「さって、最高難易度か……設定は敵軍と交戦中に宇宙海賊が怪獣を呼び寄せて四方八方敵しかいない……ねーだろこんな状況普通」
だが100%というのは無い、小数点の彼方にでも確率が存在するなら経験しておくべきだ。
現にこのシミュレーター、その訓練内容の多くは実際の現場を再現したものが多いと聞く。
もしかしたらこれもどこかであったのかもしれないと考えると寒気がしてくるが、とりあえず武装はいつも通りで行こう。
「主砲一番敵軍に向かって砲撃、二番はチャージ継続しながら副砲で牽制!」
最大速度を維持したまま戦場を駆け回る。
結晶のような宇宙怪獣や、それこそ有機的な怪獣なんかもいる中を飛び回り安全圏を探す。
……見つけた、一番でかい宇宙怪獣、三つ首の植物みたいな奴の近く!
光弾こそ撃っているが威力は低く、注意すべきはその口から吐き出される熱線。
しばらくは共闘といくとして、こちらに向かってくる敵を優先的に落としていく。
チャージした2番主砲からの照射で宇宙海賊の半数が消滅、同時に背後の宇宙怪獣の熱線で軍の一部が溶けた。
だがここは安全圏ではない、むしろ敵の懐。
「おいおい、今は援護しててやってるんだ。攻撃してくるなよ」
ついでのように撃ちだされた光弾が機体に向かってくるが遅い、回避運動をとるまでもなくその場で1回転してみせれば全て通り過ぎて、運の無い連中に当たった。
最大の問題は……。
「やっぱこいつらにビーム兵器は効きにくいか」
結晶型の宇宙怪獣、ビーム兵器に対して強い耐性を持つのが特性でありその突撃の威力は計り知れない。
シールドなんて障子紙のように貫いて、そのまま機体に突き刺さって電子系統を侵食してくる。
そうなったが最後、機体諸共喰われる運命なのだ。
比喩ではなく奴らは人体も機械も関係なく融合して数を増やす。
まさしく食事と呼ぶべき光景だ。
最初に過去のログ映像を見せられた時は気分が悪くなった……主に乗組員の悲鳴で。
断末魔なんて聞いても気分悪くするだけだから音声カットしたかったが、有益な情報を口頭で残してデータを射出するという博打に出たあの艦長の努力を無駄にするわけにもいくまい。
「それじゃ今まで共闘ありがとな、死ね」
くるりと向きを変えてチャージ完了した主砲を二門、同時斉射で植物型宇宙怪獣を消滅させた。
残るは烏合の衆、それも宇宙海賊に、宇宙怪獣、軍の三つ巴となっているところに横やり入れればいいのだ。
この中で一番危険なのは宇宙怪獣だが、そっちは軍がどうにかしてくれる。
互いにつぶし合ってくれれば御の字という事で海賊をメインに叩いていく。
無論こっちに向かってきたら軍も怪獣もぶち殺すが、すぐに意図を理解してくれたのか接近しようとするやつは減った。
怪獣はその辺の知性が薄いから変わらず接近してこようとするが軍はそうでもない。
なので副砲で応戦しつつ、こっそり主砲はチャージしておく。
5分もすれば俺含めた3つの軍勢に攻め立てられた宇宙海賊は全滅した。
次は10分で怪獣が全滅、そしてそれと同時に陣形をとっている軍に主砲をぶっぱして殲滅完了した。
「まぁ、こんなもんか」
少しヒヤリとする場面もあったが、まぁ問題ないだろう。
「おつかれ、楽しかったよ。連れはどうしてる?」
「そちらに」
見れば恥も外面も気にせず地面にぶっ倒れて酔いを醒ましているメリナがいた。
うんうん、金属の床冷たくて気持ちいいよな。
でもせめてテーブル行こうぜ、ジュースくらいならご馳走してやるから。