身体改造
「んじゃー、かるく三本勝負でいいですか」
「おー、加減とかしないからなー。怪我しても知らねえぞー」
なんだかんだでメリナを乗せると決まった以上その腕前は見ておく必要がある。
という建前の元、勝手に話が進んでいたことに対するやり場のない怒りの発散に付き合ってもらうことにした。
そう、我ら格闘技選手にとっては重要な組手である。
別に合法的にパイタッチしようとか考えてないんだからね!
……うん、別にそんな下心は無かったよ? 途中で気付いただけで。
ほら、うちの流派って掌底とかも普通に使うからね、肺を狙って胸を強打することもあるわけですよ。
あと寝技なんかも諸々あったりしまして……。
「その時は責任取ってお嫁さんにしてもらいますねー」
「そういうジョークは男相手に言え、Y染色体持ってるとはいえ女だぞ」
「え? 同性婚くらい普通ですよ?」
「え?」
「じゃなければ同性で子供作る技術なんか発展しませんって。それに男女ペアだけで見ていくとコロニー内の遺伝子濃度が濃くなっていくので」
……思ったよりインモラルだぞ?
マジで異性相手に組手するような感覚になってきた。
肉体的には同姓、しかし男の遺伝子を持ったうえで女の身体という妙な状況だ。
実にやりにくくなってしまったではないか。
なんという心理戦だ……まぁいいや、ぶん殴ろう。
「それじゃコインが落ちたらスタートですよ。しかし物好きですね、レアメタルを換金せずにこんなものに加工させるなんて。ホログラムとかでそういうの出せますしタイマーとか使えばいいのに」
「アナログな人間でな、こういうのは少しくらい古臭い方が好きなんだ」
「少しですかねぇ」
「さぁ、なっ!」
コインが落ちると同時に地面を蹴る。
想像以上の力で金属製の床が少し凹んだ感覚があるぞ。
だが気を散らしている暇もないほど、それこそロケットで突撃したんじゃないかというような速度でメリナに接近、問題があるとすれば気付くのが遅れて接近しすぎたという事か?
だったらそれを利用するまで。
「ふんっ!」
足を踏ん張り、咄嗟に両手を交差させてガードしたメリナを中国拳法の要領を交えたショルダータックルで吹っ飛ばす。
なんっだっけ、鉄山靠?
あれと同じ感覚で全身から衝撃を相手にぶっ放す技として習ったけど、実際会得してみたら気の運用が前提だったりととんでも技だった。
見た目だけ真似しても威力は大したことないが、まともに運用できれば両足さえ地面についていればコンクリくらいなら砕ける威力のオンパレード。
そこまでくると滅多な試合じゃ使わないけどね。
「っつー、本当に人間ですか? サイバネの骨が軋みましたよ!」
「あれくらって生きてるあんたも十分人間辞めてるよ」
「言いましたね? じゃあ今度はこっちから!」
お返しと言わんばかりにメリナの姿が消えた。
だがそれはもう見た、初見では追いつけなかったが対策はできている。
「……そこだ」
右後方に拳を置いておけば軽い手ごたえと共にメリナが後方に吹っ飛ぶ。
あれだけの速度で移動してれば障害物一つ置くだけでこうなるだろうなぁとは思っていたが……凄いな。
「よく避けたな」
「いえ、避けきれませんでした。どうやってこちらの位置を?」
「耳がいいんでね」
「なるほど」
俺の言っていることを理解したのかニヤリと口の端を吊り上げて笑う。
こりゃ完全に本気にさせちまったかな?
ちなみにメリナの超速度に追いつけたのは単純、サイバネティクスってのは機械を体内にぶち込んでいるわけだから駆動音がする。
流石に生身じゃ無理だっただろうけど、強化された今なら問題なく聞こえる位の音だ。
なかなかの静穏性、何も知らなければ耳鳴りがしたと思うくらいだろう。
さて、ここからはガチンコファイトなわけだが……。
様子見で放ったジャブは掴まれそうになったので途中で身体を回して引っ込めつつ右のストレートを側頭部にお見舞いしてやる。
しかし手応えがおかしい、金属……にしても硬すぎる。
今まで殴ったことのない感触に首をかしげてみればメリナの左頭部が黒く蠢いている。
「身体強化補助用ナノマシン、衝撃に合わせて自動的に硬化してくれます。大型ブラスターも対物ライフルもなんのそのですよ」
「はっ、化け物め」
「この状態で血を流させてよく言いますね」
メリナの上段蹴りを半歩下がることで回避しつつ、そこから繰り出される踵落としはふくらはぎを叩いて軌道を逸らし、懐に入って掌底を叩きこむ。
鎧通し、教官に使ったあれをもっと強くしたバージョンだ。
筋肉ムキムキの変態でも吐血した一撃よりもきついのをくらってもらう!
「がはっ」
何が起きたかわからなかった。
たしかに手応えはあった。
だが次の瞬間には俺が膝をついて倒れていた。
殴られた、誰に? メリナに決まっている。
ならばいつ、こちらが掌底を叩きこむ瞬間に?
どうやって、わからない、駆動音もせず動いた気配もない、何が起こったのかすらわからない。
「ま、こんなもんですかね。バイオニクス強化一本だけなのに随分とお強い」
「なにをしたか、参考までに聞いても?」
「あぁ、こういう事ですよ」
はらりと運動着をはだけさせると身体のそこかしこから武器がこちらを睨んでいた。
肩口、手の甲に手首の内側、肘膝つま先、踵といたるところに何かしらの武器が仕込まれているのが見える。
銃口なんかは全てがこちらを捉えた状態だ。
「きたねぇ……」
「こういう手段もあるって知っておかないといけないですからね。勉強には痛みも伴いますよ」
「途中まではそれ全部オフにしてたのか?」
「えぇ、まぁそんなところです。ちなみに私を眠らせて押し倒そうとしても自動迎撃機能もありますからね。私の身体で生身のままなのはここと、ここだけです」
そう言って指差したのは側頭部と、へその下あたりだった……あぁ、子宮か!
「意外と乙女チックな性格してるのか?」
「別にそういうつもりじゃないんですよ。この二つしかまともに機能しない身体で生まれてきただけって話です」
「あ?」
「言ったでしょう、コロニー内の遺伝子が濃くなってしまうって。何十代もかかると思われていたそれもある程度の要因が加われば遺伝子欠陥なんてのは存外簡単に発生するんです。で、その結果が私。国に忠誠を誓う事で裏切ることもできず、自由も与えられない機械仕掛けの女の出来上がりなのでしたとさ」
「表情筋や発汗も操作できるなら大したものだがそうじゃないだろ? 随分おちゃらけた言い方しているが気にしてるのを隠そうとしている。その上でこれ以上傷口に触れるなと宣言してるわけだ。やっぱ乙女だね、あんた」
「……一発本気でぶん殴った方がいいですかねぇ」
「やめときな、対処法もわかったしあんたじゃ俺に勝てないからさ」
「今ぶちのめした直後なのに元気ですねぇ」
「そりゃ手の内の一割も見せてないからな」
「なら後悔させてあげますよ、その奇麗な顔を潰してねえ!」
怒りのこもったメリナの拳、それを受け流しつつ威力はそのままに投げた。
合気道で習った技の一つ、柔道でも相手の勢いをそのまま利用するというのを習って、うちの流派が面白がって研究しまくったぱくり技だ。
「直線的な動きだとこうして投げられる」
「やりますねぇ……」
「で、銃口がどこにあるか覚えてればどこを狙うかもわかる」
飛んできたビームをかいくぐるようにして接近。
そのまま手刀で脇腹を突く。
足を止めない、ヒットアンドアウェイだ。
「このっ!」
「狙いが単調になってるぞ、ほれ脇腹」
「ひゃんっ」
もはや攻撃するまでもない、指先で突いてやる。
「ぐっ、このお!」
「ほーれごろにゃー」
今度は背後から顎を撫でる、ふっふっふっ、当然背中にも武装はあるだろうけど問題ないのだよ。
さっき駆動音しなかったから殺気を読めばいいだけなのだ、ほれそこ。
「なんで当たらないの!」
「気配の消し方がなっとらんなぁ、ハイお手」
「もう……あたれぇ!」
おぉう、全部一気に撃ってくるとは思わなかった。
けど狙いが雑……というよりはわざとばらけさせて絨毯爆撃風にしようとしているんだろう。
ただ隙が多いだけで安全なルートも見つけやすい……しかも複数の抜け道があるってことは意図的じゃないんだろうなこれ。
怒りに任せてぶっ放しただけなんだろう。
「くらえぇ!」
「やだよ、へーいわきの下」
「ひゃうん!」
「てなわけで一本、これで一勝一敗かな」
「ぐぬぬ……卑怯ですズルですなんでです!」
「いや、だから気配の消し方が下手なんだって。これから攻撃しようとするタイミングでそういう気配を見せすぎ。殺気とか消せてないし、あれだけ近くにいればどれだけ静かに動かそうとも体内機構の音もよく聞こえる。ぶっちゃけ近づかせた時点で負けだし、あのやけくそ乱射も無駄。相手の逃げ道を削るように丁寧に攻撃していった方がいいぞ」
「むぅ……」
「今度教えてやるから拗ねるな、ガキか」
「そうですよ、これでも18歳です! まだ未成年ですよーだ!」
「え? マジで?」
「少しくらい盛ってもいいじゃないですか! そりゃあ外見は法的に成長パターンから大きく外れた物は選べませんけど? だけどおっぱいくらい盛らせてもらいましたよ! 何か文句でもありますか!」
「いや胸云々はクッソどうでもいいけど、随分大人びて見えたからさ……未成年か」
「どうかしました?」
「……俺、未成年淫行で逮捕されたりしない?」
ロケットパンチが飛んできた、解せぬ……。
ちなみにメリナの扱いに関しては問題ないらしいので、とりあえずこのままホワイトロマノフのクルーとして勉強してもらおう。
とりあえずオペレーター兼サブパイロットってところかね。
いくつかの権限は渡しつつ、重要なのはこっちで管理しておこう。
盛るペコ!