押し売り
その後は予定通りというべきか、俺が説明した通りのプランになった。
既製品の船ならば自由にカスタマイズしていいという条件下で50の敵を相手に共闘、愛機を用いて無制限に湧いて出てくる敵を向こうがいいというまで殲滅し続けるミッション、愛機で殺し合いをさせるミッション、最後に単独で無制限に雑魚を潰すミッションといった段階で進んでいったが自由カスタマイズが可能だったり、ホワイトロマノフを持ち込んでいいならこちらに負け筋は無い。
全部、文字通り出てきた奴らは全部爆散させた。
シミュレーターとはいえ撃墜判定をくらうのはプライド的に少々アレだったので本気で行かせてもらったが、なかなかにハードな体験になったものだ。
それこそなんでもありじゃなければ殲滅は無理、縛りプレイさせられた状態であれだけの敵を倒すのはなかなかに骨が折れる。
やってできなくはないがこちらの気力と相手の物量、どちらが先に切れるかが最大の戦いだっただろう。
ともあれ、ラスプーチンの能力を使うまでもなく殲滅は余裕だった。
出てくるとわかっているならこちらも備えができる。
待ち伏せや奇襲があると最初から考えていれば対処もできる。
一番怖いのは船に乗っていない生身の状態で遠距離から狙撃されるような事態に陥ることだ。
そうなった場合、気付けたとしても回避が間に合うかは五分五分と言ったところだろう。
周囲への被害や仕掛けを考えたらいいところ3……いや2割を下回る。
つまりお手上げという事だ。
可能性は0じゃないなんて青臭い言葉は使わない、2割にも満たないそれを筋と呼ぶのは馬鹿のすることだ。
しかもそれで勝ちじゃなく、延長戦への突入となれば勝率0と言って差し支えない状況ならなおさらである。
というわけで、いつも通り移動式軟禁部屋で安全な場所を移動し続けてぐっすり眠り、審判の日を待ったのだ。
そしてやってきた、俺の釈放……もとい、自由を得られる日が。
「あー、窮屈だと思ってたが住めば都ってやつか? なかなか快適だったじゃねえの」
「それはどうも。それで、傭兵ギルドのランクはいかがですか?」
「いいのかい? こんな素性も知れない輩をいきなりブロンズなんて中堅所に置いて。おまけにこんな大金だ」
端末に表示された0の数を数えるのも馬鹿らしい金額、ホワイトロマノフのスキャンから得られた情報に対する上乗せ金も含めた対価だ。
かなりの額で、もうこれだけで遊んで一生を過ごせるだけはある。
「問題ありません。そしてご要望通りの品です」
目の前に置かれたのはガンタイプの注射器、医療技術も進歩しているらしく針を刺さなくても体内にワクチンやらを投与できるうえに素人さんでも適当に押し当ててトリガーを引くだけで使えるという優れものだ。
先ほどまであった金額がカシャカシャと数字を減らして残りおよそ100万と言ったところまで落ちて止まった。
「随分と高い買い物になったな。用意できる中で最高の物をと言ったが上限も設けた気がしたが?」
「その上限を守ってたら貴女は働かなったでしょう?」
「ま、そりゃそうだ。使い方はワクチンの時と同じか?」
「えぇ、できれば頭に近い位置が望ましいですね」
「そうか」
手に取り、髪をかき分けてこめかみに先端を押し当てトリガーを引く。
ドクンッ、と心臓が一瞬高鳴り周囲の光景がゆっくりとしたものへと変わる。
だがそれもまた一瞬の出来事。
時間の流れも正常に戻り高揚した気分も落ち着いた。
「躊躇わず頭に打つんですね」
「首の方がよかったか?」
「いいえ、頭蓋骨にも浸透するタイプのナノマシンなので問題ありません。それよりも私達が騙しているとは思わなかったのですか?」
「その時はその時、こちらに逃げ場もなく要望したものが目の前にある。なら使うだろ」
「割り切りもいい、素晴らしい傭兵になる事でしょう」
「そう願っててくれ」
手にした注射器を弄びながら生返事を返す。
しかしなるほど、これがバイオニクス強化……とんでもないな。
集中すれば時間が止まったかのようにゆっくりと流れ、水中移動のように肉体の動きも鈍るが不便の無い程度には動ける。
あいている手を握ってみればそれだけで鋼鉄すら握りつぶせるだろうという感触が伝わってくる。
問題があるとすれば……この力をどこまで使いこなせるかだな。
「随分と適合が早い、流石にイレギュラーと言ったところでしょうか」
「イレギュラー? 私が?」
「えぇ、未開惑星出身と言っても人類のDNAに大きな差はない。それこそ人と鼠程度の差しか見られず、たまに犬と人程度の差を持つ種族も見つかる。それでもせいぜいが寿命の違い程度です」
「それは……結構な違いでは?」
「同じ哺乳類という意味で大差はありません。しかしあなたの場合、まるでそう、鼠と悪魔を比べるようなものだ。今までに見たことのないDNA構造、サンプルとして見ても前例がなく今後同列のものが生まれる気配もない、そして本来その構造で生きていられる生命体は存在しない。なのにあなたは生きている。だからイレギュラー」
「何かの間違いでは?」
「その手の考証は専門家がさんざんやりました。しかしどうあがいてもこの事実は覆せなかった。だからあなたは正真正銘、人外と言ってもいい」
「人外ねぇ……そんな存在にこんなもんぶち込んでもよかったんですか?」
手にした注射器を銃に見立てて突きつけてみる。
俺自身今の身体の事はよくわからない。
頑丈で、柔軟で、適合性が高く、動かしやすいアバター、その程度でしかない。
そもそもの出自自体不明で、このボディになった経緯すら不明なのだから何とも言えない。
「仮説としては長期間の宇宙航行、それに加えてグラビティジャンプの影響、その他諸々奇跡的な要因の積み重ねによって生まれた世界でただ一人の想定外があなたではないかと言われています」
「だとしたら専門家や研究者、ついでに国のお偉いさんなんかは捕まえてモルモットにしたいでしょうね」
「えぇ、ですがその戦闘力を脅威としたために見送りになった計画です。そんな事をしなくともあなたが死んだらその肉体を貰う、そういう契約をすればいい」
「断ったら?」
「貴女の体内に入ったナノマシンがあなたを殺します」
「なるほど、周到だ」
こちらがナノマシンを打ってからそんな話をする辺り、本当に恐ろしい相手だ。
恐らくは敵対行為を確認した瞬間何かしらの方法でこちらの身体の自由を奪えるのだろう。
殺す事もできる、だけじゃない。
そんなのは前提条件に過ぎず、本質は常にデータをとり続ける点だろう。
なんとなくだが、それが理解できてしまうのはバイオニクス強化の影響だろうか。
「ではこうしたらどうします?」
ペッと口内に貯めたそれを吐き捨てる。
「今、体内のナノマシンを全て排出しました。徐々にだが身体の使い方は理解してきた、毒にならない程度の薬で試したりしたのでね」
前々から色々気にしていた。
ナノマシンに限らず栄養剤として渡された薬など、もしこれらに毒が混入されていたらと思わなかった日は無い。
安心して食事をとれたことは無かった。
だがある日気付いた、自分の中の異物、それをまるで人間ポンプのごとく吐き出す事ができると。
制約は多い、だがやってできない事は無かった。
まぁ、ナノマシンを全て吐き出したというのは嘘だけど。
そんな芸当はできない、できるのは飲んで数秒の……それこそ身体に吸収される前の薬くらいなものだろう。
「なら、もう一度打ち込むだけです」
「させるとでも?」
「できないとでも」
一触即発、そんな空気の中で先に折れたのはこちらだ。
「冗談ですよ、これはただの唾液。人並み外れたなんて言われても所詮は生き物、血中や神経の中まで入り込んでいる物体を口から吐き出すような真似はできない。嘘だと思うなら調べてみるといい」
「……悪趣味ですね」
「お互いにね」
メリナと睨み合いが続き、今度はあちらが折れた。
「望みは?」
「自由と不干渉、それさえ守ってもらえるなら死後この身体を提供しましょう」
「いいでしょう。ですが約束を違えた場合……」
「死んだ後の約束なんか知りませんよ。好きにしてください」
「そうさせてもらいます」
どうせ自分には関係のない事だ。
そもそも死んだらどうなるかわからん、元の世界に戻るのか終わりなのか、あるいは生き返ったりするのか。
なんにせよそうなった時に考えるべきだ。
試合と同じ、殴り合いという名の語らいではアドリブも必要になってくる。
どれだけ鍛えようと、どれだけ備えようと、どれだけイメージトレーニングをしようと相手はその上を行ってくる。
それを乗り越えるにはこちらもアドリブで上を行くしかない。
相手にイニシアチブを持たせるのは好みじゃないが、時にはそうやって会場を納得させる必要だってある。
最後にドカンと一発でかいカウンターぶちかませば勝ちなんだよ。
「で、正式な釈放はいつですか」
「予定としては明日です。それと釈放ではなく法的に監視が終了するというだけですので」
「釈放と変わらないでしょ。法的な監視は終わるけど法外の監視は続くって意味でもあるし、なにより下手したら前科者よりも就職難だ。おかげでこんなの使う羽目になったわけですし……それ以上に」
バイオニクスの注射を投げ渡す。
下手で放り投げるようにして、軽く投げたつもりのそれは天井に突き刺さった。
「これでまともに生活できると?」
「もちろん一般生活に慣れるためのプログラムも用意してあります」
「釈放どころか仮釈放みたいなもんじゃないですか。何かと理由をつけてこちらの動きを抑制したいからこの話も了承したんでしょ?」
「まぁ有体に言うならそうですね。でもこちらとしても味方でいたいというのは本音です。嘘だと思うならもっと慎重に行動するべきでは?」
「いや、嘘じゃないのはおかげさまでよくわかるんで」
心音、呼吸頻度、汗の臭いや身振りから普段と変わらない様子だというのは見て取れる。
本当に恐ろしいものだな、バイオニクス強化。
「ちなみにサイバネティクスを併用した場合どうなりますかね、これ」
「そうですねぇ、内容にもよりますが骨や関節の強化だけならその日のうちに日常生活に支障が無いように動けるようになりますよ。痛みさえ無視すれば」
「お値段は?」
「今あなたの口座にある金額の500倍と言ったところでしょうか」
「はっ、却下。もとよりあまり趣味じゃないんでね」
ナノマシンは良くて骨の強化はダメなのかって話になるが、もともと俺はステロイドとか容認派だ。
強くなりたい奴が寿命削って、というのは別にいいと思ってる。
公式の試合で禁止されていようともそういう相手を倒すのも俺達格闘家としては矜持だったりするし、薬に負けるとか言われるのも癪なんでね。
それでも俺がずっとトレーニングと、過去に教わった武術だけで戦ってた理由は二つ。
公式の大会に出られないという事はスポンサーがつかない、つまり金にならないという事。
もう一つは定期的にそんなもんを摂取する金がなかったというだけの話だ。
今回だって強化方法をバイオニクスにしたのはそれが原因、サイバネティクスは定期的なメンテナンスが必要になってくる。
その金を惜しんだというのもあるが、ぶっちゃけた話鍛えても肉にならないというのが気にくわなかった。
「で、お目付け役はあんたでいいのか?」
「おや、そこまでわかりますか?」
「いやただのカマかけ」
法的には俺を止める手段も、見張る手段も限られてくる。
じゃあ明確に裏切り行為は働けないじゃないかと思うが何事も抜け道がある。
例えば今までまともな外出もさせてもらえなかった事から、コロニー内にも危険分子は存在するし宇宙海賊と繋がりがある連中もいるという事。
もしくは直接繋がっていなくても遠回しに接触できるコネクションを持っている相手がいるだろうというのは想像しやすい。
ゲームの時もそうだったというのもあっての推理だけど、じゃなければ奴らみたいなのが燃料だとか弾薬や食料を得る手段なんてほとんどないからだ。
略奪で手に入る物資もたかが知れているとなればそりゃなあ。
そこで出てくるのが同伴者、そいつを監視としつつこちらにとっても利益を持たせれば断るのは不可能に近い。
何をもってして考証してくるかは、また別の話になるけれどな。
「さて、じゃあ手土産について聞こうか」
「私が同行すれば全てのコロニーの停泊料が無料、そして政府公認のお店での買い物ができますよ」
「安い」
「もう一つおまけで、私の身体を自由にしていいです。死んだり仕事に影響が出ない範囲ならね」
「くっそ安い」
「あと今ここで死なないで済みます」
「買います!」
強化してなお消えたと思わせる動きでこちらの首を掴んできた。
この人もやべぇレベルの強化してやがる!
でもまぁ……戦力が増えるのは悪い事じゃないよな。
そう考えればお買い得かもしれんが、停泊料とお店に関しちゃあまり興味のない話だ。
もともと宇宙をふらふらしている方が性に合っているのもあるけれど、恨まれる仕事をしてなお街中平然と歩けるほど神経図太いわけじゃない。
どちらかというと危険は極力排除しておきたいチキンである。
だからこそ対戦相手のあれこれもしっかり調べるデータ型なんて言われたりもしたわけだし、事故で相手が亡くなった時なんかは1m以内に人を入れない生活していた。
だがこの場合、断ったら即座に首がへし折られるのでノーという事はできないのである。
「……酷い押し売りを見た」
「まぁまぁ、いいお買い物だったじゃないですか。こんな美人さんが一緒に船に乗るんですよ。えっちなことだってし放題!」
「あんまり興味ねえなぁ」
「あんまりという事は少しはあるんですね」
「そりゃまああるが……ってなんでそんなに自分を押し売りするんだよ」
「貴女の中にY染色体があったのでもしかしたらと思ったのですが、本当に女性もいけるんですね」
あったのか、男の遺伝子……。
「正直に答えれば男には全く興味がない。女しか興味ないが性欲も薄い人間だ。だから貞操は守られると思っていいぞ。こっちも溜まったら自分で勝手に発散する」
筋トレで。
いいぞ筋トレは、性欲発散にもなるしストレス解消にもなる。
なによりあの疲れた時に飲むプロテインがたまらん!
「まぁいいでしょう。ちなみに同性で子を成す方法も確立されていますのでその気になった時はいつでもどうぞ」
「あー気が向いて恒星の周りで一番遠い惑星が100万回くらい周回したらな」
なんというか、メリナは手を出してはいけない雰囲気を持っている。
だから派遣されたのかもしれないけど、あるいは逆に手を出させて骨抜きにしてという可能性もある。
なんにせよ近づきすぎないのが一番だろう。