ブートキャンプ
「これから貴様ら新人をしごいていくミハラである! よく聞けひよっこ共! 貴様らは蛆虫だ! コロニーで見つかれば即座に踏みつぶされコロニー経営者に通達されゴミのように駆除される存在だ! それを俺が一人前にしてやる! わかったらイエスサーと言え!」
突然始まったブートキャンプ、何かと思えば毎週恒例で行われる新人傭兵のインターンらしい。
そこに俺は放り込まれたらしい。
「そこの女! 返事はどうした!」
「イエスサー!」
「その身体で宇宙海賊共を悩殺するつもりか!」
「ノーサー!」
「ならばその細い腕で奴らと殴り合うか!」
「それも視野に入れていますサー!」
「ならばやってみせろ! 俺をその拳で屈服させて見せろ!」
「イエスサー!」
この手のノリは得意である。
もともと格闘家として育ったのは実家が古い道場だったからだ。
そこでは礼儀に始まりあらゆる理不尽も教えられた。
大人相手に殴りあいなんてこともさせられるような場所だったからね、軍隊式ブートキャンプみたいなのもなぜかメニューにあったし、当時小学生の俺を富士山周囲一周に連れて行くような頭のおかしい環境だった。
虐待で訴えたら勝てたぞあれ。
ともあれ、今は目の前の教官だ。
妥当に考えるなら今の細腕で最高の威力を発揮するのは難しい。
相手が2m近い巨漢のマッチョともなればまともな打撃は意味を成さないだろう。
なら狙うは内臓、一番簡単なのは金的で二番目は顎を狙っての脳震盪だろうけれど今言われているのはそうじゃない。
なら狙うは三番目だな。
「はっ!」
気を込めた一撃でその分厚い腹筋を殴りつける。
ガシィッというたんぱく質同士がぶつかったとは思えない音がしたが気にしない。
「ふっ、その程度では死ぬのがオチごばぁ!」
「鎧通し、相手の着用している武具を通り越して人体に直接ダメージを与える技ですサー! 分厚い筋肉の鎧を超えて内臓を直接殴りました!」
「ゴフッ! やるではないか蛆虫! 貴様は今からカメムシに昇格だ! 喜べカメムシ!」
「ありがとうございますサー!」
「だが奴らは銃火器で武装している! このように近づいて殴ることなど基本的に無理だ! 故に貴様らにはブラスターの扱いを教えてやる! 喜べ蛆虫どもとカメムシ!」
「ありがとうございますサー!」
こっちに来て知ったのだがブラスターとはレーザーやビームと言った光学銃の通称らしい。
ハンドガンもショットガンもまとめて銃と呼ぶようなものだとか。
なお、私以外の傭兵見習い達はこのノリについてこれてないのか茫然としているがスルー。
多分関わることもないだろうからね。
「カメムシ! 貴様が手本を見せてみろ! ハンドブラスターであの的を撃ちぬけ!」
「イエスサー!」
金属製の人形っぽい停止目標を相手にブラスターを構えて6連射、その狙いは違わず脳天、喉元、胸部、股間、残りは両腕にあたった。
「上等だ! 喉を潰せば声は出ず、腕を潰せば武器が使えない! だが狙うのは難しい部位だ! 故に蛆虫どもはまず胴体に当てる事を覚えろ! 開始!」
号令と共に見習い達が一斉に撃ち始めるがどうにも……うん、端的に言って下手だ。
隣の的に当ててる奴もいれば器用にも胴体と腕の間を撃ちぬいたやつもいる。
「もっとやる気を出せ蛆虫共! カメムシの構えを思い出せ! 脇を絞めろ! 身体と腕が垂直になるように構えて撃つのだ!」
「サー! 僭越ながら指導のお手伝いをさせてはいただけないでしょうか!」
「いいだろうカメムシ! やってみせろ!」
「ありがとうございますサー!」
こういうのはあまり手出し口出ししない主義だが、曲がりなりにも同じ講習を受けた相手、ブラスターの扱いが下手ですって理由で死なれても目覚めが悪い。
まぁたぶんこの講習終わったら二度と合わないだろうけど。
「そこのお前、腕が下がってる。もうちょいあげろ、この辺りだ」
若い男……というか青年か?
たぶんまだ20歳になってないであろう年頃の男の腕を軽く持ち上げてやる。
「狙うは胴体って言われただろ、相手の両腕の位置を考えろ、相手も構える時は腕を上げているから障害物になる。だから腹の辺りを狙え」
「あ、あぁ」
「ほれ脇を絞めて、ケツを後ろに突き出すな」
尻を叩いてやれば背筋が伸び、そしてそのまま一射。
その射撃は見事に人形の腹に命中した。
「やればできるじゃないか。今の感覚を忘れるなよ。あ、そこの女子、その構え方は危ないぞ。左手はこう、んで背筋を伸ばしてトリガーに指をかけるのは撃つ瞬間だ。ブラスターの引き金は軽いから咄嗟に指を充てただけで暴発するからな」
「はいっ」
「よし、そこのお前はガンマン気取ってないで両手で構えろボケ。反動が少ないといっても皆無じゃないんだ。狙いがブレる。そっちのお前は……なんかもう全部だめだわ。ブラスター触るの初めてか? もっと力を抜いて引き金引く時は女の肌を撫でるように優しく、肘を曲げずに尻を突き出さず腰を落として両足で踏ん張って狙いを固定しろ」
「は、はい!」
もはや少年というような年齢の子には少し丁寧に、傭兵ラーニングのせいで少々言葉が荒くなっているのはご愛敬。
まぁ今後のこと考えるとこれでも優しい方かもしれん。
初めて傭兵ギルドに来た時はシミュレーターとかのテストだったが、一人で来た時はめっちゃナンパされたしセクハラもされた。
尻撫でてきた奴の指をへし折って乱闘になって勝ったがな!
「よし、いい感じだ。そこのお前は上手いな、どこかで習ったか?」
「別に……」
愛想のないやつもいるがこれもご愛敬、傭兵には三種類の人間がいる。
まずイメージ通りというか、傭兵のイメージを作り出すタイプのがさつで粗暴なの。
次に多いのはストイックな感じでクールぶってるやつ。
最後に一般人と近しい感性の、悪く言うなら傭兵らしからぬ覇気のないタイプだ。
こいつは二番目だろう。
「よーし、蛆虫にしては上出来だ! カメムシ、貴様もよくやった! 死なずに引退したら本国の教官になれるよう推薦してやろう!」
「ありがとうございますサー!」
「続けて大型ブラスターの訓練だ! 先ほどの物よりも難しいぞ! やってみろカメムシ!」
「イエスサー!」
大型ブラスターは両手持ちの光学銃の事である。
サイズ的にはAK47とかのアサルトライフル並だが片手では扱えないものを指していう。
一般的にはブラスターと呼ぶにふさわしいのはこちらであり、本来なら小型の物をハンドブラスターと呼ぶのだが教官なりにわかりやすく言っているのだろう。
種類はこれまた三種類、狙撃銃とセミオートの連射式とスプリットと呼ばれる拡散型。
傭兵が好むのは狭い艦内で使う事が多いスプリットであり狙撃銃は使う機会が少ない。
それでも皆無ではないし、応用で船の銃火器を手動でコントロールすることもあるので一応は学ぶ。
まず手に取ったのは連射式、単発撃ちもできるので使い勝手はいいのだが多人数で弾幕を張るのに使う事が多いため個人での所有は物好きくらいである。
ハンドブラスターでも十分な殺傷力があるためそれ以上の威力はオーバーキルになるからだ。
「行きます」
宣言してからタンタンタンと三発、続けて連射で的を蜂の巣……にはならないがヒット判定でほぼ全身に集弾するように撃った。
続けざまにスプリットを手に取り移動しながら的を撃ちぬいていく。
拡散するが収束も可能で特定目標だけを狙い撃つこともできなくはない。
ただ人質とかとってる相手にスプリットは厳禁、どれだけ収束したとしても離れた位置では結構な範囲を巻き込むことになるからだ。
とはいえ、その全てが脳天を穴だらけにしたと判定され無事終了。
最後に狙撃銃だが先ほどまでの的よりもだいぶ遠い。
目算100mくらいだろうか、まず胡坐をかいた状態で目標の脳天と心臓、そして腕を狙い撃つ。
ヒット判定と同時に寝そべっての狙撃。
同じ位置を狙い、全てヒット。
「素晴らしい戦果だカメムシ! だがこれが本番でできなければ意味がないと覚えておけ!」
「イエスサー!」
「蛆虫共! カメムシに続け!」
その言葉に合わせて見習い達が銃を手に取るが無愛想だったやつを除いてわちゃわちゃしている。
大型になると色々機能が増える分やることが多いのだ。
ちらりと教官を見ると無言でうなずいてきたので助言をすることにした。
「扱いはハンドブラスターと変わらんぞ、トリガーを引けば弾が出る。とりあえず目標に向かって撃ってみろ」
言われるがままに、と言った様子で撃っていく見習い達。
無愛想は既にスプリットに移行しているが、悪くない腕だ。
協調性さえあればもう少し絡みやすいだろうに……。
「銃を怖がるな。お前らの身を守るためのものだ。女を抱きしめるように優しく、それでいて力強く離さないように、反動で身体を動かさないように抱えてやれ。グリップを肩につけてよく狙え」
「こうですか?」
「いや、もっとこう、抱き寄せるようにしろ。グリップに頬ずりするようにして撃て。引き金を引く時は優しくな」
青年の後ろから手を回してみると妙に力が入っている。
こりゃ当たらないわな。
「ほら力抜け、んでもっとこうやってだな」
銃床を頬に当てるようにして腕を誘導してやるとまた力が入る。
教えてるこっちとしてはいつ暴発するかわからんから怖いなこれ。
「よし、その姿勢で優しく引き金に触れてみろ」
「は、はい!」
「力むな! 深呼吸してからもう一度!」
一発目は見事に外れた。
とはいえ最初と比べると的に近い位置である。
「ふぅ……行きます」
小さく呟いてから奇麗なフォームで引き金を引いた青年、その一撃は惜しくも狙いの胴体を外したが脚部に命中した。
「よし、あとはもっと狙いをきっちりさせることだな。姿勢は悪くなかったが力を抜きすぎて銃口が下がっていたのかもしれん。何度か試してみろ。スプリッターはもっと簡単だが狙撃銃の扱いは似たようなものだ。感覚を身体に覚えさせろ」
「はい! ありがとうございました!」
「さて、次は君だが……うん、諦めようか」
少年に近づいてすぐに思った。
彼の体格に対して大型ブラスターはでかすぎた。
なんというか、小学生がギターケース抱えてるような感じである。
持っているのもやっと、一発撃ったら反動で吹っ飛びかねない。
「でも……」
「成長してから覚えればいい。教官! こいつに大型は無理でありますサー!」
「うむ、そうだな。蛆虫! 貴様は大型ブラスター訓練中はその場で腕立て伏せをしていろ!」
「え、え?」
「いいから返事しておけ」
「さ、サー! イエスサー!」
少年が何とか振り絞った声に教官は満足したのか他の見習いの指導に移った。
俺は俺でやることないな……無愛想もガンマン気取りも大型の扱いは悪くない。
青年だけが下手で、少年には扱えなかっただけだ。
「ふむ、蛆虫共! 貴様らの力量は分かった! 次は的が動くぞ! しっかり当てろ!」
お、段階が変化したか。
でも少年はまだまだ筋トレしなきゃいけないんだよな。
可愛そうだが、基礎体力も傭兵稼業には必須。
今のうちにしっかり鍛えておくんだぞ……。