人類は愚か
「なるほど……おっぱいとは夢を内包しているか……」
実に興味深い、おっぱい哲学。
巨乳とは夢を包み込んだ存在であり、貧乳とは夢を分け与えた存在である。
だが持ち主にとってそれが悪夢ではないとは限らない。
巨乳ならではの悩みとして有名な肩こりや、運動時の痛み、更に性別問わぬセクハラは夢へ憧れた者が群がり貪る痛みに似ている。
返って貧乳は身体的デメリットが少なく、貧乳回避など揶揄されるような利点も多い一方で敵った夢に興味を持つ者などいないように他者の視線を集めにくい。
……うむ、まさに真理と言える。
正直馬鹿にしていたがおっぱい一つでここまで語れる変態がこの世にいるとは……宇宙は広いな。
著者のペンネームが『夢を分け与えし存在に惹かれし者』という所から他意感じる以外は文句の付け所がない。
ついでに言えばこの著者の書籍は面白いものが多かった。
どうやら一人で複数のペンネームを使い分けてジャンル別に作品を出しているらしいが、いわゆるラノベ作家のヒンニュースキー先生の作品は巨乳ヒロインと貧乳ヒロインの熾烈なののしり合いが実にリアルで、間に挟まれた主人公が柔らかな天国と、窒息の地獄によって死にかけて特殊な能力を得るところから始まる奇譚だった。
名前からしてなかなかお洒落なもんでな、貧乳好きと貧乳のなだらかな胸でスキーをしたいという願望を込めた名前であるとあとがきに書かれていた。
意外と好きなんだよね、あとがき。
実は本編よりも楽しみにしている節もある。
後は純文学作家スライダー先生。
珍しく貧でも巨でもない美を意識した胸部がメインとなるヒロインの物語で、占い師として生計を立てている彼女の下に集まるお悩み相談の数々。
例えばグラビアアイドルの巨乳が嫌になったという話や、モデルのもっと胸を大きくしたいという願いに中立の立場から優しい言葉を投げかけるという物語。
ただ淡々と紡がれるおっぱいの物語なのだが、これが実に味わい深い。
一度読み終えて、もう一度最初からというのは芥川龍之介の短編集を読んで以来だな。
最初はただ虚無に思えた物語が、読むと引き込まれて気がつけばスルメのようにずっと齧り続けているのだ。
あとはラブコメ作家のつるぺーた先生の「なだらかな恋」とか、少年誌漫画作家の平田井岡先生の「小さな丘」は紛れもない名作だと思う。
……恐ろしい事にこれ、全部同一人物でグループ作品とかじゃないんだよ。
毎回あとがきで、このご時世に手書きで全ペンネームのサイン入れてるから間違いない。
全種類だぞ全種類。
10個くらい書かれててスタンプラリーかなんかかと思ったわ。
「艦長! 艦長はいる!?」
「おーレナ、ようやく起きたか」
さっきまで命狙われたショックと、ちょっとばかり荒い運転だった物理ダメージでノックアウトしていたレナが飛び起きて俺の前にタブレットを突き付けてきた。
最近じゃホログラム端末とかもあるのでアナログ派扱いされているというから恐ろしいな。
「なんだこれ」
「いいから読んでみて!」
「えーと?」
そこに書かれていたのは一つの記事、例の鼠の巣穴崩壊とそれに関わる人物、あとついでに違法なあれこれの処遇から関係者をどうするか検討中という文言があった。
そしてその一覧の中には顔写真付きでレナの名前も載っていた。
「これ発行はヘパイストスか……ルディ、アルマに超高速通信」
「いえすまむ」
舌足らずでかわいいなぁ……。
「アルマ、突然すまん、アナスタシアだ」
「あ、アナさん? どうしました?」
「前置きとかすっ飛ばすけど、鼠の巣穴の件で聞きたい事があってな」
距離とか光の速さとか無視した超高速の通信回線によるリアルタイム通話。
いやはや便利なもんだ。
強いて問題を挙げるならばアロアニマ同士でしか使えないということくらいだろう。
逆に言えば傍受もできないし、ノイマンみたいな電子特化の存在でも生物同士のやり取りだから送受信に使っている脳のシナプスを云々しなきゃどうにもできないという最高のシークレット回線だ。
「あの件ですか。まえからがさ入れの予定はあったんですが、僕の就任とかもあって後回しになってました……というのが方便、と言えば伝わりますよね」
「大体理解した」
つまりヘパイストスの上層部、それもアルマと同じく当主と呼ばれる立場の……まぁ日本で言うなら大臣クラスか?
その辺が関与していたんだろう。
「単刀直入に言うがあれやったの俺、データはメリナが引っこ抜いて、防犯システム関係からはノイマンが俺等の痕跡消しておいた」
「あぁ……」
なんだその納得みたいな呟きは。
「ただ今回は依頼で人を連れて行ったわけでな、それが今見ているヘパイストス新聞社の記事に乗ってるレナ・ホークマンってやつなんだ。これは事前に登録されてた情報だから消すに消せずって感じで」
そこだけデータ消すと怪しいものがありますよと言っているような状態になるからな。
例えるなら黒い画用紙に白の点がついているような状態。
すっぽり抜け落ちているんだよ。
「なるほど……うちでかくまってもいいですよ」
「助かるよ。俺が知る限り結構有能だぞ。ただちょっと倫理観がおかしいだけで」
「ははっ」
なんだその乾いた笑いは。
「ははっ」
レナ、オマエもか。
「身体改造の専門家だ、上手くすれば機械とアロアニマの融合を進めるのに一躍買ってくれるかもしれんぞ」
「あぁ、それは純粋にありがたいですね」
「こっちもお荷物をどこに配送すればいいか困ってたんだ。例の、マザーで落ち合うか?」
「そうですね……ちょうど七日後にマザーと会合の予定があったのでその時でどうでしょう」
「了解した、新聞社には……」
「激しい抵抗の末自爆と発表させておきます」
「助かる、じゃあな」
通信を切って大きく伸びをする。
これでひとしごと終わったようなもんだ。
……とりあえずあと一週間、この貧乳好きの先生の著書片っ端から読んで行くか。
対攻守で巨乳好きを公言し、ペンネームを統一して『大きな夢に包まれて死に隊』というグループ作家の作品も目を通しておこう。
宇宙に出てまで巨乳貧乳論争とか、本当に人類は愚かだな。
私はたけのこ派、今川焼派




