素人質問
なんやかんやでこのクライアントとも短い付き合いだった。
そう思いながら栄養補給用のシガレット型吸引機を咥えてスイッチを入れる。
室内禁煙などもはや昔の事、今じゃ煙は臭いもなく肉体にも電子にもダメージを与えず不快感すら出さない。
一周回って会場が煙でもっくもくというレベルになったのだ。
多分地球だと大バッシングだし、普通の煙草は酸素の問題でNGだから周回しまくった結果の光景なんだろうな。
俺は目立たないように咥えてるけど、正直副流煙でお腹いっぱいだ。
「思考の電脳化……面白い議題だけど課題が多いわね」
「そうなのか?」
「えぇ、見たところ技術としては前任者が複数いるタイプの代物よ。ただ問題点の多さにみんなさじを投げたってところかしら」
クライアントもといレナが隣で厳しい顔をしている。
本職を前にしたメリナ達の表情によく似ているが、こちらはあどけなさを残している。
……あいつらはみんな顔立ちが整っているが、ノイマンはガチになると文字通り瞳の色が変わって怖いし、メリナは表情が抜け落ちて仮面みたいになるから。
「そもそも人間の思考をデータ化するのは容易なの。雑にまとめるなら0と1の羅列でいいわ。けれどそれを意味のある信号として向こうに送信して、なおかつ膨大な情報を受信してを繰り返すとすぐに摩耗するわ」
「あー、戦艦の関節部と同じだな」
「……微妙に違うけどまぁいいわ。ただ人間の脳みそが持っている冷却能力なんてたかが知れているからそこをクリアしないとすぐに脳みそが茹で上がる。クリアしても今度はウィルスや悪影響のあるデータからの防御が問題になる。それをクリアするとまた冷却能力。この繰り返しよ」
うむ、わからん。
ぶっちゃけ地球のPCレベルですら俺は付いていけなかった。
動画配信サイトの利用が精いっぱいだったからな!
ただなんとなくだけど、地球でコーチが言っていた事に似ているかもしれん。
あの人は電子方面も強かったからわかるかもしれんが、ウィルスソフトとアンチウィルスソフトの戦いの連鎖みたいなもんかな?
で、PCの冷却装置の性能が云々と。
よくわからんから300万くらい渡してそれなりのPCを用意してもらって、あとは配信機材を用意してもらったことくらいか。
懐かしいなぁ……初期の頃は心無い中傷が飛び交っていた。
時間と金を持て余していたプロ格闘家だから全部法的手続きしたらいなくなったけど、財布も少し軽くなった覚えがある。
「……なんか遠い目してたわよ?」
「大丈夫だ、嫌なこと思い出しただけで」
「そう? 仕事はしっかりしてよね」
「はいはい」
っと、順番らしい。
袖を引かれたので一緒に壇上に上がり、説明の邪魔にならない場所で適当に突っ立ってる。
周囲を見れば泣きじゃくるやつもいれば、抵抗しながらどこかへ連れていかれている奴もいる。
うむ、カオス。
逆に緊張した面持ちの奴はあまりいないな。
レナが特別不安視していた処置とやらをされるであろう連中もいるけど……そいつらは抵抗しても麻酔ぶち込まれて即座に寝込んでいるので気にする必要もあるまい。
「というわけでこの義体は革新的な能力を持っていると断言します」
お、演説が終わった。
その瞳が爛々と、文字通り輝きながら義体のアピールをしている。
「素人質問で恐縮だが」
「はい」
あ、胃が痛くなるやつだこれ。
「現行の義体と比べた際にコスト的な問題や安全性、それから有用性で大きな差異が見られないと思うのだが」
「よくぞ聞いてくれました! そう、事実上少額のコストダウンと微量の性能向上、安全性は据え置きなのです!」
「それは……そこまで自信満々に答えられるものなのかな?」
「無論です! 現在の市場閑散で全身を義体化させた場合このくらいの金額になります」
用意されていたスライドを見れば結構なお値段。
流石にホワイトロマノフは無理でも中古の小型艦くらいなら用意できそうだ。
「ですが少額のコストダウンにより、性能が全体的に少しとはいえ向上しながらこの金額に抑えることができます!」
大体3割引きか……小型の偵察艦一隻ってところだな。
「従来の製品と比較した場合、同じコストをかければ性能がここまで伸びる事に」
演説でニッコニコのレナだが、ふと違和感を覚えた俺の嗅覚。
考えるよりも先にレナを小脇に抱えてその場を飛び出していた。
「ちょっ、なにをっ」
「異臭だ」
「は?」
「微妙に薬臭かった。あのまま熱弁をふるってたら脳みそコースだったかもしれん」
「ちょっ、可能性だけでそんな……」
「そのもしかしたらを一回通しただけで死ぬ世界だ。それに後ろを見ろよ」
俺の言葉にレナが反応して視線を後方に向ける。
気配でわかっていたが、空気銃らしきものを構えている連中。
「脳味噌さえ無事ならそれでいい!」
叫んでいるのは素人質問を投げた爺。
……やっぱ無事じゃ済まんよなぁ。




