プロローグ
ふと思うことがある。
我思う、故に我ありというがスワンプマンの思考実験と並べると自我というのがいかに希薄かという話だ。
そんな事を思うようになったのは今の生活を始めて半年くらいしてからだろうか。
朝起きたらゲームで使っていた艦船の操縦席、周囲には人工知能が進化した果ての電子生命体を宿したロボットに囲まれた空間、いわゆる異世界転移を果たしたのだがその際に色々な物品をゲームから持ち込むことができたのは幸いというべきか。
しかしてその転移先が王道なファンタジー世界ではなく法と秩序の名の下、管理の行き届かない宇宙空間でのSFともなれば右も左もわからず近くのコロニー目指して彷徨う羽目になったのは今になっても糞のような思い出であり、同じくらい糞のような記憶としては性別が変わってしまっていた事だろうか。
なんということでしょう、身長197㎝の格闘家だった俺が30㎝近く縮んで172㎝、女性としては高身長だが俺からすればだいぶ目線が下がり、重心が変わり、おっぱいの重みやらでバランスがとりにくくて仕方なかった。
まぁ、しょっちゅう転んでたな。
ともあれだ、そんな生活にも慣れてきた今日この頃だったのだが……。
「おーし、お前ら大人しくしろ。手を見えるところに出して金目の物を用意しな!」
この手の襲撃にはいまだに慣れずにいる。
宇宙の治安というのははっきり言って悪い、最悪と言ってもいいレベルであり中世ヨーロッパの貴族制社会だの武士による斬り捨て御免だの、そんなものに比べても酷い。
石を投げたら小惑星かデブリか悪党、たまに一般通過宇宙船にあたる、それが宇宙空間である。
わけあって乗り合わせているこの客船も宇宙海賊によって鹵獲されてしまい、周囲は3隻の小型戦闘艦とブリーチングしている中型船一隻、乗り込んできているのは2ダースほどの悪党である。
「おい、姉ちゃんも早く出すもんだしな! それとも身体検査されてぇのかなぁ?」
近寄ってきた悪党がいやらしい目でこちらを見てくる。
たしかにこちらに転移してからボンキュッボンなナイスバディ美女になったわけだが、いまだにこの手の視線には慣れない。
元の身体もデカかったから注目を集める事はあったが畏怖の視線が多かっただけに下心丸出しのはメンタルに来る。
「義務教育はどこの違法サイトで終えた?」
「知りてぇならその身体で教えてやろうかぁ?」
舌なめずり、見るからにチンピラだが口臭が酷い。
微かにだがアルコールと、そしてドラッグ特有の香りがした。
「酔っ払いかよ……あー、だりぃ」
懐に手を入れ、そして引き抜くと同時に黒光りするそれを男の顎に当てると同時に引き金を引いた。
拳銃、それも火薬式のこちらの世界では骨董品扱いのブツだ。
「てめぇ!」
「口より手を動かせ馬鹿」
銃声に反応した別の悪党に向けて一発、これで二人。
12発入りの相棒なら上手くやればリロード一回で全員片付けられるが……。
「はっ、銃を捨てな! こいつがどうなっても!」
「構わない。こっちの仕事はクライアントの無事だけで他の乗客がどうなろうと知ったこっちゃねえよ」
適当な客のこめかみにレーザーライフルを押し付けた男の眉間に弾丸をプレゼント。
「さて、そんじゃ死にたい奴からかかってきな。んで、死にたくない乗客の皆様は頭を下げて姿勢を低くしてガタガタ震えておいてくださいませってな!」
続けざまに乱射、その全てが悪党共の脳天をぶち抜いていく。
逆にまともな整備もできていないライフルから放たれるレーザーは明後日の方向に向かい天井や床を焦がすばかりだ。
もともと宇宙海賊なんてのは大手以外まともな拠点を持たない。
いや、持てないというべきか?
とにかく資金が無いから寄せ集め集団で適当な小惑星を占拠して改造してどうにかこうにか生活できるスペースを作る。
そして奪った船舶を停泊させ、武装を取り付けて改造して略奪に繰り出し、闇市で捕まえた乗客やら宝石やらを欲しい物品と交換して生活をやりくりしているのだ。
宇宙の治安は発展途上国のスラム街よりも酷いがコロニーや惑星のセキュリティは滅茶苦茶厳しいのである。
犯罪履歴の有無は産まれてすぐ打ち込まれるナノマシンによって管理されてしまうので、それこそ親が宇宙海賊だったとか、宇宙海賊に掴まった奴隷の子供とか、極稀にある未開惑星出身者とかでもない限りは諸々管理されているのである。
つまり、素人仕事で誤魔化した武器なんてのは照準はもちろんの事、最悪の場合いつ暴発するかもわからないのだ。
そんなのをばかすか撃っているのは自分たちの命の値段を知っているからこそだろうか。
「ほれ、おかわりだ!」
リロードを済ませてから騒ぎを聞きつけてコックピットやらからカーゴルームから来た奴らの額に穴をあけていく。
簡単な作業だが最初のうちは手が震えたものだ。
……いや、なんか知らんけど銃の撃ち方どころか船の動かし方なんかも普通にできたし的に当てるのも難しくなかったんだがな。
それこそ知人の近代種目競技者よろしくばかすかと移動標的ぶち抜けたのは自分でも驚いたが、流石に人殺しは戸惑った。
殺らなきゃ殺られると理解して無我夢中でぶっ殺しまくってすぐに慣れたけど。
「さて、敵さんのおかわりは来ないようだ。クライアント、ちょっくら出てくるよ」
「ど、どこへ行くつもりだ!」
先ほどまで隣で涙目になっていたおっさんの肩を叩いて銃をちらつかせる。
どこってそりゃこの船に乗り込んできた馬鹿どもの乗っていた船だ。
中型船はドッキング、まぁ旅客機とはいえシールド付きの宇宙船外殻をぶち抜いて乗り込んでくるために改造された船だが質の悪い武器は揃っている。
おまけに外はこちらを包囲している宇宙海賊の小型船がいるとなればやることは一つ。
「依頼通りあんたの身の安全を確保しにさ。派手なパーティだったから自棄になって沈められても困るだろ?」
「ならもっと穏便な方法があっただろう!」
「ねーよ。あのままならこの船の乗組員も乗客も揃って奴らのアジトに連行されて素っ裸、逃げたり抵抗できないように薬でもぶち込まれて気付いたら闇市の商品になってただろうな」
「なぜわかる!」
「見てきたからさ、そういう商品になっちまった連中をね」
餅は餅屋、その手の仕事には軍やらが取り仕切ることになっているが私のような根無し草の傭兵も殲滅や制圧に駆り出されることもある。
結果的に前衛アートみたいな商品に加工された人々を何度も見てきたのだ。
最初見た時は冗談抜きで吐いたね、ヘルメットの中が吐しゃ物まみれになって脱ぎ捨てて軍がぶち込んだ催涙ガス目いっぱい吸って死にかけた。
ナノマシンが入っていない人間ってのは結構厳しい審査を受けて、しばらく教育係という名の監視付きの生活をするのだが数カ月前までどこの国の国籍も持っていませんでしたって奴に与えられる仕事なんかない。
あるとしたら持ち前の船や武器を使ったどんぱちをメインとする傭兵や賞金稼ぎくらいなものだった。
と、いうわけでちょっくらドンパチしてきますかね……生身ではなく奪った船でな!