8 交代
もうもうと立ち込める土ぼこりを音のみが通り抜ける。悪魔の咆哮、刃の触れ合う音、笑い。周囲には先ほどの爆発で飛んできた悪魔の体の破片が灰になりかけの状態で落ちている。T、Fそしてそばにいる少女二人は捕虜の入れられている透明な箱の後ろから出ており、闘技場を窺っている。私のすぐ横に、私の前任者が剣士型の悪魔の物と思われる剣に頭を割られ、倒れている。
土ぼこりが徐々におさまり、闘技場内が見渡せる。中心部にSが立っており、その周囲に無数のレベル二の悪魔の屍が徐々に形を失いながら横たわっている。
「おい、さっさと次を入れろ。まだレベル一を五十一体とレベル二を百四十三体しか倒してないぜ」
司会者に剣を向け、Sが言った。
司会者が不敵な笑みを浮かべる。
「そうか、貴様デビルハンターか。餓鬼だと思って油断した。ならばメインディッシュといきましょうか?」
そう言うと男は闘技場に入り、背後の壁を三度たたくと、再び自分のいた席に戻った。たたいた位置の壁が轟音と共に内側から破壊され、開いた穴から身長五m、緑がかった皮膚に覆われた全身が筋肉の塊のような生物が現れた。巨大な斧を手にし、仮面を被っている。格闘型、レベル三の悪魔だ。知能は著しく下がるが、異常なパワーと巨体に似合わぬスピードを持つ。デビルハンターのランク上位者でも警戒を要する相手だ。
「開放」
Sの姿が日陰にでも入ったかのように黒く翳る。腕は垂らしたままだ。Sに向かって巨大な斧が横なぎに襲う。それを左手の刀一本で受け止めると、右の刀を振るいその手首を切り落とした。斧と手首が鈍い音を立てて地面に落ちる。血は出ない。痛みを感じた様子も無くもう片方の腕がSに向かって振り下ろされる。
Sは腕を突進してかわすと懐に入り込み、刀を下から上に振るった。振るったといってもその動きは目視することが出来ず、腕が上がっていることを確認したといった方が正しい。
悪魔の分厚い肉体が縦に両断され、地面に転がる。その厚みはSの持つ刀の長さを優に超えている。
「さてと、最後はお前だ」
Sが男の目の前に瞬時に現れ、告げた。
「貴様らデビルハンターは数人を除いて人間を殺すことは出来ない。例え、私のような邪教だったとしても」
男は不敵に笑いながら言葉をつむぐ。その言葉をさらに続けようとしたとき、Sの言葉が男の最後の反撃を叩き潰した。
「だが、俺はその例外でね」
「……」
凍りついた笑いを浮かべながら、一言もしゃべれない男の頭部が消滅した。
「Adiós」
「で、この箱なんか仕掛けあるのか?」
先ほどとは打って変わってのんきに二人の少女に聞くS。その二人の顔は鏡に映したように似ている。双子だろう。
「……」
「この中に入れられる前に何か言われなかったか?」
「内側から触れると高圧電流が流れるって……」
一人が小さく答える。
「そんなら……よっ、と」
Sはそう言うと床を強く蹴り、踏み抜いた。Sはその穴に入り消えた。数秒後、箱の中にいた一人がとび上がった。すぐ横に刀の刃が床を貫いて現れたからだ。刀はそのまま円を描くように床を切り取った。
「おい、その穴から降りて来い」
全員が箱から救出されるとその場は喜びの色のみが漂った。
Sが突然私に話しかける。
「お前なんか前と雰囲気変わった?」
「……前任者は死んだ」
Sは驚いたような顔をして私の顔を見つめる。
「お前は他のやつらとは違って愛想が良いな」
確かに我々はしゃべることはほとんど無い。記録する側として、歴史の流れに変化を与えるような行動は全く出来ないように遺伝子に組み込まれているらしい。
開放された捕虜は疲れた顔をしながらも、うれしさを抑えきれないようだ。
日暮れには町に到着した。そこでも当然のことながら歓喜の声が迎えた。しかし、帰ってこれた者は約半分。いやおうなしに帰ることのない者に意識が向けられる。その重々しい空気が町を満たしていた。
Sは歩きながら双子に話しかけた。
「マーレはどうなった?」
「………………」
二組の目が力なく目線を下げる。
マーレとはこの二人と暮らしていた人間だろうか。
「まあ仕方ない。とりあえず今日は休むとしよう」
Sが一軒の家の前で立ち止まった。ここだろ、というように二人に目線を向ける。Sは針金で鍵を開けると中に入った。T、Fと双子の少女も続く。
家に入るとSは棚からピスタチオが乗った皿を取り出した。
「あいつのことだからあると思ったよ。とりあえず食べとけ。まともな食事ができなくても栄養は必要だからな」
そう言って4人の前に皿を置くとSは電話のダイヤルを回し始めた。
明日で試験は終了なので、また定期的に更新できるよう努めます。
物語として、完璧にシリアスなのはここまでで少しSが普段どんな生活を送っているかに移ります。少しコメディの色が強くなると思います。が、見捨てないでいただけたら幸いです。この先もよろしくお願いします。




