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アディオス  作者: 渡り烏
39/40

39  アディオス

「こんなもんかな」


 暗く沈んだ空を焦がさんばかりに燃え上がる教会に背を向けると、Sは目の前にうずくまるローブを着た術者を蹴飛ばした。

 息の詰まったような悲鳴を上げ、地面に這いつくばる人間に近付くその顔は、氷の彫像のように凍結した感情を刻みつけ、目にした者の背筋を凍てつかせた。


「ここの他にどこにある? この結界の起点は」


 無言の回答をよこした術者に、Sは武器を突き付ける。


「最初は右腕、次は左腕だ」

「こ、この結界はハンター本部を取り囲む形で設置された教会に、じゅ、術者を置いて発動するんだ。だから後、ご、五個だ」

「ネイ、お前の情報は正しかったみたいだな。俺たちが本部に着くころには何とかなってるだろ」


 Sはその術者に手を掛けることなく立ち上がり、グリフォンへと歩み寄る。グリフォンに背を預けていた少女が頬を膨らませた。


「信用してなかったの?」

「いいや。ただ、確認は必要だろ?」


 先ほどの表情が嘘だったかのようににこやかに話しながら、Sが足元に落ちていた聖書を拾い上げ、燃え盛る教会へ放り投げた。


「さて、行くか。ネイ、お前は帰ってもいいぞ」

「なんでよ~。私も行くの~!」

「可愛くないぞ。お前、あれを見たいのか? 普通の人間が見たら完全にトラウマになるモノだぞ?」


 苦笑いしながら問いかけたSの瞳に、無邪気な笑みを浮かべたままのネイが映った。


「たまにはいいかな~、って」


ネイのセリフを耳にしたSが目を細めた。そして、何かを思い出したように笑う。


「そう言えばお前も元は――」


                    ■

「ちっ……」


 軽く舌打ちをしたプライドの目に映っているのは、彼曰く豚の姿だが、その姿はもう既に、それが人の形をしていたことを思わせる材料が残されていない。

 再生能力は残されているようで、徐々にその形は元に戻りつつあるものの、その再生が発覚する度、天使たちは彼ら流のやり方で断罪を行う。

 銃で撃たれようが、バラバラにされようが、あの脂肪の塊には通用しない。しかし、プライドの危惧するのはその事ではなかった。

 再び脂肪に埋め込まれた一本の槍が、今までとは違う手応えを主へと伝えた。

 低い悲鳴が響き、それまであったことが嘘であるように脂肪の山が消えていく。溶けるように消えていくその壁の中に一人。脂肪の中から産み落とされた姿は、あの量の脂肪に包まれていたとは思えない痩身。骨と皮としか形容のしようのない骸骨のような姿が、腹部から溢れる血をその手に溜め、佇んでいた。


「くっそ……まさかとは思ったんだがな」


 自嘲気味に笑ったその口腔を槍が貫き、続いて無数の槍がその体を貫いた。


「おい! あのデブやられちまったぞ! いや、ガリか?」


 突如現れたスロウスは仲間の死を嘆くでもなく、ましてや笑い話として気楽にプライドへと話しかける。


「随分と余裕だな」


 横に現れた怠け者に驚く風もなく、天使に回し蹴りを食らわせなぎ倒すと、その首に剣を突き立てる。


「そりゃあ、俺は逃げようと思えばパッ、と逃げられるからな」


 そう言い終えた直後再び姿が消え、残像を槍が突き抜けた。突如消失した目標を気に留めることなく、白い顔を新たな標的へと向ける。


「頭上注意だ」


 直後、上空から振り下ろされた鉄槌によって、その頭蓋は見る影もなく破壊された。

 自分が殴り殺した天使の上に降り立ち、ふとスロウスが視線を空へ向けた。続いてプライドの腕をつかむ。今まさに留めをさそうとしていたプライドは、首の折れそうな勢いで振り向いた


「邪魔をするな!」

「残念、そろそろ帰らないとな。こわーいお兄さんが来やがった。そういう命令だったろ?」


 スロウスはそう告げると、強引に手を振りほどこうとするプライドと共に、その場からかき消えた。


                   ■


「来たようじゃの」


 そう呟いたシエラの体を包み込むように、霧状の物質が漂い、滑るように戦場へと流れた。


                   ▼


「ネイ、こいつを頼んだぞ」

「うん。いってらっしゃい」


 グリフォンの背の上からカスミを抱き上げ、ネイの腕へと渡す。

 Sは上空で旋回していたグリフォンの背から地上に目を向け、立ち上がると、そのまま前方に倒れた。

 風が唸り、見る間に地上が眼前へと迫る。全身を大の字に広げ、全身に受け風を受けながら、ある程度まで速度を落とすと、体を捻り足から着地する。

 追撃を受ける前に立ち上がり、上空に撤退を意味する赤い花火を打ち上げる。

 合図を目にしたハンター達が撤退を始めるが、それも容易ではない。

 天使の槍が振るわれ、さらに別の槍の穂先が突き出される。Sは支援に向かおうと目の前の天使に切りつけるが、湧くように現れる天使に阻まれ、前進することすらままならない。

 舌打ちをしたSは直後、異変に気付いた。周囲の景色がかすんでいる。相も変わらず忌々しい白い姿がいたるところに見えてはいるが、突然霧が出たようにかすんでおり、はっきりとしない。

 Sの口元が歪み、表情が笑みへと変わる。


「よく分かってらっしゃる、創設者様は」


 Sのつぶやきを、雷鳴が打ち消した。天使を倒すには威力に欠けるものの、彼らを一時的に行動不能に陥らせるには十分なそれは、そこかしこで天使へと落下し、跪かせた。

 Sは理解が追い付かずにその場に立ち止まっているハンターに対し、今度は音によって撤退を勧告する。

 ハンター達の撤退を見届け満足したのか、今まで周囲を覆っていた靄がきれいに消えうせた。

 青く晴れ渡った空が大地を照らし、その光に呼応するように地面に幾何学模様が浮かび、粒子となって虚空に散った。


「さてと、相変わらず俺の癇に奴らだ。そんなに俺を怒らせたいのか?」


 獲物がS一人になったと確認し、三百六十度を天使が囲う。すぐには手を出さないのは、余裕か、それとも彼らなりの礼儀なのか。


「貴様一人残ったとして、何ができるというのだ? 貴様がいかなる力を有していたとしても、我らと渡り合うことなどできはせんぞ、神の敵よ」

「一人じゃないと出来ないこともある」


 簡潔に一言だけを天使に向かって投げつけると、Sの周囲を黒いオーラが包んだ。


「魂を結合。第一、第二、第三開放――」


 一瞬。時が止まったかに思える長い一瞬が、流れ去った。


「――覚醒」


 その言葉と同時に、Sは手にしていた武器を宙高く放り投げた。

 高々と放りあげられたそれは自由落下に移る瞬間、拡散した。

 Sの立ち位置を中心に巨大な半球が空を覆い、昼時の迫った空を夜空へと変えた。

 どこから差し込んでくるのか、薄暗いながらも、周囲を見通すことができる。

Sが長く息を吐き出すのと共に、体が燐光を発した。いや、正確にはそれは光でない。不気味に身をくねらせながら、それは虚空に躍り出た。

 悪魔。一見すれば、レベル一の悪魔のそのもの。しかし、その体は青白く透きとおり、クラゲを思わせる。

 突如、擬似悪魔が付近の天使に突進し、その鎧に牙を突き立てた。鎧の硬度などまるで存在しないかのように食いちぎる。天使が大きく槍を振るい、再び向かってくる擬似悪魔を薙ぎ払うと、溶けるように悪魔の姿は消えうせた。

 自身の歩兵がやられたことなどまるで感知せず、Sの右手が目の前の空気を切るように水平に振られた。

 Sが身に纏っていたマントが一瞬浮き上がる。刹那、周囲は青白い光で埋め尽くされた。

 水が地面を流れるように天使の間を燐光が広がり、ある種の幻想的な空間を作り出す。

 Sが手のひらを上に向け、何かを引き上げるように手首をひらめかせた。

 それまで海のように広がっていた光が、悪魔の形となって起きあがる。


「食事の時間だ」


 Sの言葉を合図とし、晩餐が始まった。


                   ■


 目の前にそびえる黒い半球を見つめながら、先ほど合流したジャックが肩をすくめた。

 負傷者の治療をしている面々の方へと歩き、腰を下ろした。


「お前も手伝えよ」


 Tの辛辣な口調を受け、ジャックは手を上げて見せた。指から伸びた糸状の物質が点在する人形へ伸びているのがわかる。その人形はややぎこちない動きながらも、薬品の塗布や包帯の交換などを行っている。


「俺はお前らの十倍は働いてるぞ!」


 誇らしげに胸を張るジャックの動きに連動し、人形も何故か胸を張る。


「休むでない」


 後頭部を殴られ、ジャックが前につんのめった。後頭部を抑えながら振り向いたジャックの目に映ったのは、予測通りの相手だった。


「あんたが腰に手を当ててても、なんで萌えないんだろう? こう見えても、Sの依頼をこなして来たんですけどね?」

「何を言っておるか、たわけ。それより、Sに以前から頼まれていたことがある故、後で皆に集まるように伝えておいてもらいたい」

一族・・で良いのか?」


 ジャックの問いに首肯すると、シエラは次に傍によって来たジークへと顔を向けた。


「被害はどうなっておる?」


 シエラの問いに対し、ジークは肩をすくめた。


「正直把握できていない。Sランク以上のハンターには被害ゼロだが、それ以下は未知数だ。けが人も腐るほどいる」


 シエラは深々と溜息をつくと、Sの作りだした半球へと目を向けた。


「あやつは、いつ戻るのじゃろうな?」


 小さな呟きに、ジークは再び肩をすくめた。


                    ▼


「終わったか」


 偽りの夜空はSの武器へと戻り、戦場は静寂に包まれた。Sの横にネイが舞い降りる。


「相変わらずすごいね、この力」

「俺とあいつにだけ許された、いや、背負わされたと言うべきか」


 そう自嘲気味に笑うと、Sは懐から手紙を取り出し、ネイに渡した。


「俺はあいつに会いに行く。お前はそれを他の奴らに届けてくれ」


 そうネイに伝えると、Sは笛を鳴らした。グリフォンが彼の横に舞い降り、その背にSが飛び乗ったSに最後に声をかける。


「ありがとう。この子に見せないようにしてくれて」


 ネイの問いに、Sは一瞬ネイの腕に抱かれた小さな姿に目を向けた。

 何も言うことなく飛び去ったSを見送ると、ネイは改めて周囲を見回す。


「相変わらず、すごい能力……」


 彼女の眼前には相変わらず、何も残されていない荒野が広がっていた。


                   ■

「と、言うわけ。はい」

「ふむ、御苦労じゃった」


 ネイから手紙を受け取り、シエラは封を切った。

 小さな袋に入っていたにしては量が多いその手紙を、シエラはそれをペラペラと捲りながら眺め、ある程度まで捲ったところで手を止めた。


「さて、聞く準備は良いかの?」


 周囲に視線を走らせ、わけもわからずその場の面々が頷くのを確認し、シエラは語りだした。

 以前、影の一族とは裏社会に存在した組織に属するあるチームを指す言葉だった。彼らは作戦成功率の高さで知られ、深く信用されていた。

 しかし、他の組織は一つの組織に力が集中することをよしとせず、彼らを依頼に誘い出し、ルーマニアの森にて襲撃。影の一族は行方不明となった。

 約二十年後、襲撃した森の中の古城に彼らが生存しているという情報が流れ、再び調査し発見、捕獲。研究により未知の能力を有しているとして研究対象に変更される。しかし、その五年後。


「天使どもが攻めてきおったのじゃ」


 天使は現在の悪魔を引き連れ、進攻。悪魔の数、レベルの上昇などの要因により、人類は甚大な被害を被った。人類の数をある程度まで減らした天使はその後撤退したが、悪魔は残り、被害は拡大。


「そこで、注目されたのがお主らじゃ。お主らの細胞を核としたクローンを作ろうとしたようじゃが、何故か劣化したものしか生まれず、それが現在の他種族となったのじゃ」

「じゃあ、俺たちの血縁か、あいつらみんな」

「うむ、ヴァンパイアもお主らの細胞を移植され、適合した人間の末裔、同じようなものじゃな」


 そして二十二年後、再び天使が進攻を始めた。その際影の一族および他種族を戦線に投入し、人類は勝利を収めた。

しかし、人は一か所に力が集まることを嫌う。わずかな人数で軍隊に匹敵する戦力を持つ彼らを警戒した各国政府により、彼らの封印が決定された。


「そして俺たちは食事に毒を盛られ、その影響で死にはしないものの、仮死状態に陥り封印された」


 横に立っていたジークが唐突に口を開いた。向けられた多数の視線に、居心地悪そうに居住まいを直し、話を引き継ぐ。


「仮死状態のまま俺たちは海の底に沈められた。殺さなかったのは次の襲撃に備えてだろう。しかし、その後千年ばかり奴らの動きはなく、俺たちは記録にだけ存在することになった。そのまま海の底で永遠に眠り続ける運命をたどる可能性も当然あった。だが、」


 さらに百年後、大規模な地殻変動によって海底が隆起、それまで存在していた島々は海の底にのまれたが、彼らは再び日の目を見ることとなった。それと時を同じくして、再び天使が進攻。悪魔の数は兆を超え、もはや敗北は必至だった。だが、一つだけ大きな可能性を発見される。


「悪魔は悪魔の細胞を持った者で、自分より力の強いものには従うことが判明した。そして、悪魔の細胞を移植したのが、現在の闇の一族だ」


 試みは成功し、悪魔の制御に成功。しかし、細胞を移植された彼らは精神へ大きなダメージを受け、ある特定の願望が強調され制御が困難となった。


「結果的に味方を倒すことが必要になった。だが……それしかなかった」


 ジークは何かを噛みしめるように、首を振った。そして、再び彼らに目を向ける。


「Sはその元を断ちに行ったんだ」


                    ▼


 グリフォンの背中から飛び降りたS前に、霧の壁がそびえたった。その厚みを持った霧に、Sは迷いなく足を踏み入れる。周囲に何があるのかまるで把握できない、その分厚い霧のカーテンをかき分けるように進んでいくSの目に、赤い光が宿った。

 しばらく進んでいくと、目の前に巨大な門が立ちふさがった。その門を押しあけると、内部はSたちの城を思わせる造りになっている。Sは左上方に目を向けると、螺旋階段に足をかけた。

 静まり返った城内にSの足音が響き、無言のまま歩みを進める。


「お主、あ奴と会ってどうするつもりじゃ?」

「……」

 シルビナからの問いにも答えることなく足音を響かせていたSの足が、最後の一段を離れた。

 Sの目が光を失い、前方の暗闇を見据える。目が慣れるとともに、前方の情景が目に映る。


「安心しろ。お前のやり方同様、脳内の悪魔の細胞だけを破壊してある」


 そう言いながら、少年は棺桶に二つの肉体を横たえた。立ち上がるとともにゆっくりとSに向き直り、武器に手をかける。


「お前も同じ結論に至ったか」


 Sが口を開き、自身の武器に手をかける。武器がその姿を変え、長大な刀を成した。


「奴らが最初に進攻してから数千年。俺もお前も、奴らが攻めてきた理由を探ってきた」

「結論は、俺たちの能力。恐らくは一族の力全てが、奴らの世界から流入したものであるため。特に俺たちの力だ」

「となれば解決策は――」

「俺たちが消えること、あるいは奴らを皆殺しにすること」


 交互に会話を進め、同様の結論に至る。互いに構えをとり、得物に自身の能力を乗せる。


「シルビナ。悪いが旅行に付き合ってもらう、いいな?」

「たわけ、離れとうても、離れられぬわ」


 その日、強烈な閃光と共に、二つの影がこの世界から消えた。

 

「いづれ、帰ってくるさ」

次回が最終回となります。

かなり無理やり展開を進めたのでいろいろと無理がありますが……。未熟者だということでご勘弁願えれば、と思います。

では、じきに。


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