13 仕事
すでに陽が落ちてから数時間がたち城は静まりかえっている。そこに辺りを見回しながら、ときどき立ち止まっては歩いてくるく人影が一つ。
Nだ。おそらく迷ったのだろう。この城は住んでいる人数は少ないが、異常に広い。おまけにどこも同じような造りなために、うっかりすれば他人の部屋へ入ることもありうる。
「なにやってんだ? 深夜徘徊するには若すぎると思うぜ?」
Nが振り向くとそこにはS、WそしてSの肩に乗ったシルビナが近寄ってくる。
「やっぱり迷いますよね」
Nが頷いたのを見るとWは勢いよく振り返った。
「師匠、やっぱり案内板とか作りましょうよ!」
「いや、そのうち慣れるって。うん」
「おぬしはこの城に来てから二十余年は迷っておったようじゃがのう」
「普通迷いますよー」
「ウェアーイズマイルーーーーーーーーム!!!!」
遠慮のない非難がSを襲い、1つ上の階からは片言の違う言語での部屋を探す声が響く。
「Fか……」
Sが額に手を当て、ため息をつく。「ですから……」Wが何か言いかけたとき、鷹の鳴くような声が周囲に響く。Sはその声を聞くと近くの窓から飛び降りた。「逃げましたね師匠……」
再び窓から戻ってきたSは手に手紙を握っている。
「依頼入ったから明日いってくる」
「じゃあ、朝起こした方がいいですよね」
わずかに表情を曇らせたWに、Sがビッと親指を立てる。ため息をつくWの肩にシルビナが飛び移った。なにかを耳元でささやいている。「そんなことして平気なんですか?」や、「うむ、あやつは簡単には……」といった危険な会話が聞こえている。
「おい、シルビナお前まさか俺を永眠させる気じゃねぇだろうな? お前の起こし方は起こすとはいわねぇよ」
「なにを言うておる。水を掛けても起きぬ輩が贅沢を言うでない」
あきらめたように息を吐き出すとSはNを振り返り一つの部屋を指した。
「お前の部屋ってそこじゃなかったっけ?」
「違いますよ。そこはMさんです。その一つ奥ですよ」
「そこはLの部屋じゃ。Mの部屋の一つ手前じゃ。全くおぬしらときたら……」
「この先大丈夫なの?」との思いをNは胸のうちに秘め、部屋に入っていった。ひとまず無事にその場の全員が各々の床へとついた。が、上の階では己の部屋を探す声が響いていた。
*
昼を過ぎ、のどかな空気が城に流れている。読書、昼寝、日向ぼっこ、稽古、雑談。各々が好みのすごし方でのんびりと時間を浪費している。
「じゃあ、Sは便利屋なんてやってたのか」
「どうりで朝から見かけないわけだ」
「そっちが本業じゃないから、料金もかなり安いことが多いけどな」
T、Fと日陰で話しているのはジャックだ。黒い髪と左が黒、右が灰色の眼をしている。城に来るまでは仲間と共に盗賊をしており、通りかかったSを襲ったところ反撃に合い、ジャック曰く、「一族っぽいから。」と言う理由で招かれたらしい。
のんきに雑談していたジャックたちの前を長い鉢巻きをしたWが駆け抜けていった。現在六十六周目。
「全く相変わらずだな、あいつは。あいつが毎日こなしてるメニュー、知ってるか?」
「いーや」
「俺が知ってるのは、柔軟、走りこみ、腕立て伏せ、腹筋運動、背筋運動、スクワットその他十種類。どんな体してるんだか」
「バケモンだな……」
ジャックによるとSがWを見つけたとき、Wは格闘家の下で修行をしていたらしい。そのときから、山吹色の拳法着と鉢巻きを身につけており、それ以外を身につけているのは見たことがないらしい。
「あいつ鉢巻きもほとんど外さないんだよ。Sが組み手とかのときには外させてるみたいだけど」
「そういや、S帰ってくるの遅くないか?歩いて一時間ぐらいのところなんだろ?」
「お前らは知らないかもしれないけどよ、Sの方向音痴はかなりの高レベルだぜ。お!?」
その場に一匹のグリフォンが舞い降りた。ジャックがその首につけてある筒を外すと、一声鳴いて飛び立った。
ジャックが筒から紙を取り出し、広げ、呟いた。「シエラかよ……。」
その文面は簡潔だった。
おぬしに拳闘での挑戦の申し入れがあった。三日以内に本部まで来るのじゃ。よいな。
シエラ
*
「またかよ」
数時間後に帰ってきたSはため息を漏らした。
「拳闘ってボクシングのことだろ? 何でボクシングなんだ?」
「たぶん俺に持久力がないことが有名なんだろ。拳闘ってやつは持久力が不可欠なんだろ? だから俺に勝って名を上げようって奴らが多いんだよ。どうせ直ぐ終わるから全員で遊んでこようぜ」
「大体何で挑戦なんかされてんだよ」
「知らないんですか? 師匠はデビルハンターのSSSなんですよ」
「え?」
その場で四人が目を見開いた。
読んでいただけるのでしたら、これからもよろしくお願いします。