3-5
童話世界から会社に戻ってきたのに、田嶋ちゃんは嬉々としていた。
なぜなら、転生のための神の世界ーーに見える、転生室での面談があるからだ。
「久々なんです、転生面談!」
転生面談とはその名の通り、転生する人に対して転生前に最終ヒアリングをするための面談だ。
まぁ、最終確認するくらいの気軽なものではあるが、たまに面倒な案件がある。
それは……。
「斉藤さん、この方です。推薦でうちに回されて来た人で、ちょっと困ってるらしいんですよね。」
「どれどれ。」
田嶋ちゃんが差し出してきた書類を受け取り、目を通す。
名前:大宿未玖美
年齢:19歳
職業:学生?
動機
早くに母を亡くした上、父も大病を患ってしまい、苦労の多い日々を送っていた。
アルバイトをこなしながらも貯金をし、一年遅れで大学を受験。しかし、その帰り道で不幸にも黒塗りの車に轢かれる事故に遭う。
必須条件
お腹いっぱいになれる
人事補足
即死のため、生前の願いの記録しか残っていません。
いくつかの願いは、儚くも苦しいものでしたが、彼女があまりにかわいそうなので、いい転生先をよろしくお願いします。
出た。
本人都合じゃない転生希望。
転生は基本的に記憶を引き継ぐので、本人都合じゃない転生はかなり不満が出る。
はっきり言って、クレームの元でしかない。
じゃあなんで断らないのか、だなんて今更だな。
だって、ボーナスはずむんだもん♪
だから、田嶋ちゃんはこんなにウキウキしているのだ。
目の奥は、お金のことしかなさそうだ。
「でも、こんな悲しい中での転生ですし、幸せならなんでも! みたいに希望浅そうですよね。」
「田嶋ちゃん、言葉が悪すぎる。」
「斉藤さんの影響受けてますので。」
こんな子に育てた覚えはないぞ。
「まあ、それは置いておいて。この人、なんでもいい感じはありますよね。」
「まあ、それはそうだな。」
田嶋ちゃんの口調に若干の親近感を覚えつつ、資料に目を向ける。
今回の面談では、できるだけどこに行きたいか聞こう。
転生前の面談は一度きりなのだ。
不安な面持ちのまま、俺たちは転生室のドアを開ける。
転生室は、エージェント側の顔を覚えられないように、かなり薄暗く作られている。
その上、転生面談には制服が決められており、フードのついたマントを被らなくてはいけない。
だから余計に視界が奪われる。
なのにこんな面倒くさい仕様なのは、エージェントの顔を覚えていると、転生後の人生に影響が出るらしいからだそうだ。
リアリティがなんちゃらって理由で。
「イタッ。え、どこになにが……あ、机ですね。」
そもそも業務に支障が出てんだよな。
そっちの方が問題だろうよ。
「こっちですこっちです。」
「はいはい。」
田嶋ちゃんが、ギリギリ見えるか見えないかの手招きをしている。
ほんのついさっき、まっすぐ行ったら机にぶつかっていたのに、よくもまぁ『まっすぐおいで』ができるものだ。
そうこうして、何とか席に着いたところで、目の前の床が光りだす。
ぼうっと、幾何学模様が光り、ぱあっと輝いたかと思うと、一人の少女が現れる。
実体は既になくなっているので、今見えているのは、魂や精神を解析して生み出したホログラムだ。
「うっ、く……。」
彼女は床に伏せた状態で現れたからか、起き上がるのも少し苦しそうだった。
「……えっ。わ、ここは……一体。」
キョロキョロと慌てて辺りを見渡す少女。
彼女は小首をかしげながら、おろおろとしていた。
そして、ほんのしばらく俺たちを見つめたかと思うと、恐怖のような表情になる。
「だ、っ! ああ、わた、私は……。」
おっと、この反応は……。
俺はこの反応が良くないことを、よく知っている。
信仰心が強いあまり、俺たちのことを――
「あ、悪魔!!!!!」
――ほらな。
こうなると、説得に時間もかかる上に転生手続きがうまくいかなくなる。
「あー、誤解しているところ悪いんですけど。俺たち悪魔じゃないんですよ。」
「嘘よ! 悪魔はそうやって人間のふりをして近づくと知っているもの! 近寄らないで、汚らしい! 死んだって、私の魂はそう簡単にあげませんから!」
隣の田嶋ちゃんは、すっかり彼女の気迫に気圧されてしまっている。
一緒になっておろおろし始めてしまい、収集がつかなさそうだった。
「わー、わーっ、落ち着いてくださいね。えーっと、お名前は確か……未玖美さん?」
「なんで名前……っ!」
「いや、私達は怪しいものではなくてっ。」
「怪しさ満点のくせに、鏡も見れないのね!!」
仰る通りで。
「まあまあ。えー、俺たちが未玖美さんの名前を知っているのには理由があるんですよ。」
「魂を食らう以外の理由があるもんですか。」
耳を貸してくれる様子はなさそうだ。
とりあえずは無視して話しかけまくるに限る。
「それがあるんですよね。俺たち、あなたに転生してもらおうと思っているんです。」
「じご……っ。」
「じゃないですね。なんですか、地獄って。あなたは女神になるんですよ。」
「は、女神……?」
悪魔からかけ離れた言葉だったからか、ようやく静かになった未玖美さん。
ここぞとばかりに俺は畳みかける。
「あの……。何の話を……。」
おずおずとし始めた未玖美さんを見つめて、俺はゆっくり話し始める。
「転生です。いわゆる、異世界転生。」
「異世界……転生……?」
「はい、異世界転生です。輪廻転生だとか、リインカーネーションなんて言葉、聞いたことはあります?」
「なんとなくですが……。」
「その輪廻転生とは、異世界転生のことを差しているんですよ。ご存じでした?」
「いいえ……何のことを言っているのか……。」
「説明しますと、「輪廻転生」するには、一度死んだ世界とは別の世界で生きなくてはいけないのです。」
輪廻転生。
それは、もう一度現世に生まれ変わるというもの。
実は、ほんの少し解釈が異なる。
輪廻転生には条件があり、一度別の世界で科せられる「人生」を生きぬかなければならない。
そして、別の世界で人生をこなした結果、再度"現世"に転生することができる。
だから、輪廻転生には何十年何百年もの時間を要するし、輪廻転生ができる人間は限られるのだ。
「なので、未玖美さんには一度女神として転生して頂き、クライア……転生先からの依頼をこなして欲しいのです。」
未玖美さんは、現実味がないのか、ぽかんと口を開けている。
「未玖美さん、大丈夫ですか。」
田嶋ちゃんが心配そうに問いかける。
すると、ようやく意識が戻ってきたみたいで勢いよく首を振る。
「あ、ええと。信じられないといいますか……。」
「それでも信じてもらわないと困りますし、諦めてください。そうそう、こちらの書類にサインして頂けますか。」
未玖美さんに羊皮紙とペンを差し出し、にっこり笑う。
なぜか田嶋ちゃんは目を逸らしている。
よくないな、早く慣れてもらわないと。
「これ、読めなくて……。」
「ああ、大丈夫です、大丈夫です。真面目に働いてください、女神として君臨してください、と書いてあるんです。」
「……。」
疑われている。
用心深い少女だな。
「未玖美さんって、喧嘩できます?」
「……どういう意味でしょう。」
「怒ったら、強いですか?」
「それなりですかね。」
俺はつい、にやりとしてしまう。
こういう子はこの後一周して扱いやすくなってくるから、思わずわくわくが止まらなくなる。
「ええ、ええ。今時はなにがあるか分かりませんからね。未玖美さんのような警戒心の高さは女神にぴったりですね!」
「な、にが……。」
「女神のお仕事をさらっとお伝えしますと、森を守らなくてはならないんですよね。優しさや寛大さは必要なんですが、それだけではどうしても務まらないんですよねえ。」
未玖美さんは、同意してくれたのか、ごくっと喉を鳴らす。
「わかります? 何かある、危ない、そういうのをいち早く気づける警戒心や、森を守れるだけの強さが必要なんです。でもそういった方って中々いなくて、困っているんです。」
俺をじっと見ている。
あと少しだ。
あと少しで、ボーナスが入る……!
「なので、こんな怪しい恰好で試すような真似をしていたんです。怖がらせてしまいすみません。未玖美さんが嫌なら無理に、とは言いませんので。」
ここで、優しく微笑む。
すると、未玖美さんはゆっくりを肩の力を抜いていった。
そしてひとつ、はあとため息をつくと、立ち上がった。
「わかりました。そこまで仰るなら……。ここに、サインすればいいんですね。」
「はぃ……っ、んぐっ。」
簡単に返事をしようとする田嶋ちゃんを止める。
まだまだ、甘いんだよなあ。
「そうですが、本当に良いのですか。大変なこともきっとあると思います。」
「んぐー、んぐぐ、むがぅっ。」
何かしゃべっているが無視だ、無視。
最後、俺はきちんと、最終確認をしなくてはいけない。
「これにサインをしたら、生き抜くまで取り消しができません。大丈夫ですか。」
「はい。覚悟はできています。」
「アフターサポートはできますが、基本は未玖美さんお一人でなんでもしなくてはいけません。あくまで人生なので、あまり干渉できないのです。」
「ええ、もちろん。そのつもりです。」
「頼もしい方だ。……確認はこれで最後です。転生先へは、記憶以外に一つだけ持って行けます。その他は担保として私達がお預かりします。約束を反故にした際は、代償としてお預かりしたものはお返しできなくなります。その上で問いますが、未玖美さんは何を持って行きますか。」
「えーっと……。」
しばらくあごに手を当てていた未玖美さんが手を下ろして――
――羊皮紙にサインをした。
「何もいりません。身ひとつで、大丈夫です。」
「そうですか。わかりました。」
これで、転生面談は終了。
最後に、未玖美さんから羊皮紙を受け取ると、広げた書類たちを片付ける。
「それでは、転生手続きをはじめます。少しお待ちください。」
田嶋ちゃんが告げて、インカムで連絡をする。
「大宿未玖美さん、契約完了です。転生準備お願いします。」
少ししてから、インカムに連絡が返ってくる。
「ご苦労だったな。こっちは準備できたぞ。」
俺は、高らかに手を挙げて、未玖美さんをまっすぐ見つめる。
未玖美さんは、来た時とは違う、優しい表情になっていた。
「それでは未玖美さん。健闘を祈ります。」
「ええ、お元気で。」
手を振り下ろすと、未玖美さんは転移していった。
姿が消えたのを確認すると、田嶋ちゃんは緊張が解けたのか、ふあああと気の抜けた声を出す。
「あー、終わった。もう定時だし、たまには呑みに行くか?」
「……おごりなら。」
「詐欺師を見るような眼を向けたくせに、図々しいやつだな。」
「…………。」
きっと、羊皮紙の中身を全部説明しなかったことを恨んでいるのだろう。
説明しなかったのは少しだけだ。
大事なところは全て話したから問題ない。
ちらっと、一部を折りたたんだ羊皮紙を広げる。
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年齢:50~60歳→地球で10~20くらい
性格:生真面目に働く人で、すごい人
綺麗で可愛い人がいいです
業務内容:ドゥーアの女神として君臨
なんでもやる
他所の森林に向かって相談(戦闘あり)
必須条件:200年以上の短期間従事が可能な方
優遇条件:貧乳
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「いい職場だといいよな。」
「そういうところは、本当に嫌いです。」
目覚めると、私は石の上にいた。
いや、どちらかというと、祭壇のようだった。
「……ってて。ええと、私は確か……。女神……。」
ようやく回り始めた頭を、甲高い声がつんざく。
「ようやくお目覚めになりましたか! 女神様!!」
「えっ、なに……。」
「もうお祭りはすぐ始まってしまいます。ささっ、こちらへ。」
連れられるまま、大広場に向かう。
「な……なによ、こいつ……。」
そこには、筋骨隆々とした、信じられないサイズの牛のようなライオンのような化け物がいた。
『さあさあさあ、毎年恒例! 女神様と力比べ! 今年も猛者ぞろいで期待ができますね!』
どこからか、実況のようなアナウンスが流れる。
まさか、こいつと……?
「ふん……っ、ふんっ!」
鼻息を荒くする化け物。
今から、力比べって、いったい何を……。
悩んでいると、カーンと勢いよくベルが鳴る。
おろおろしている場合じゃない、たぶん、戦えばいい……っ!
物語の定石ってやつかしらね。
「かかってきなさい。」
と、構えた瞬間、歓声が沸き上がる。
そして、次のアナウンスに、私は絶望してしまう。
『女神様、産まれたままの一糸纏わぬお姿で、挑発だああああ!! 今回の女神様は上玉の戦闘狂かあああ?!?!?!』
『『『うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!!』』』