3-2
9時になり、俺は田嶋ちゃんを誘う。
「田嶋ちゃん、行くよー。」
「ま、待ってください、フアンさんが…っ。」
田嶋ちゃんはフアンさんに呼ばれたらしく、キョロキョロ見比べている。
可哀想に。また何か頼まれたんだろうなあ。
仕方ない…。
「フアンさん。ちょっと田嶋ちゃん借りていいですか。外行くんで。」
「ええ~? じゃあ後で斉藤君がやってくれないか。」
「………………………………はい。」
「嫌がるな。」
仕方ない。
田嶋ちゃんがキラキラした目で見てくるのに耐えられなかった。
涙目な女の子には弱いんだ。
「斉藤さん。今だけ感謝してます。」
「これからも感謝してよ。」
ぶつぶつ言いながら二人でオフィスを出て、エレベーターで一階に降りる。
エレベーターを降り、左へ曲がるとすぐカウンターがある。
病院のような大きなカウンターの奥にいる女性が手を振っていたので振り返す。
「やあやあやあやあ。」
「こんにちは、キティさん。」
彼女は受付をしているキティペティさん。
企業の受付らしからぬ褐色ツヤ肌のドキドキする雰囲気を持った女性だ。
ぴっちりしたスーツが良く似合っている。
「わあ、美沙子ちゃんまで。珍しいねえ。」
「き、キティさん。お久しぶりですっ。」
美沙子ちゃんとは、田嶋ちゃんのことだ。
キティさんは結構フレンドリーで、田嶋ちゃんは距離がわからないのだろう。
「うふふ、若い子は可愛い~。」
「キティさん、童話支社のグリム課までお願いできます?」
「まあ、デートかしら。」
いつもの適当なジョークを受け流す。
ニコニコ待っていると、機械を操作していたキティさんがカードを発行する。
俺と田嶋ちゃんはそれぞれカードを受け取った。
「失くさないでね、面倒だからっ。」
ご丁寧なウインクに見送られ、俺と田嶋ちゃんはビルを出る。
「ふあああ、久しぶりの童話世界ですねえっ。」
「いや、俺は先週来たし。」
「私に仕事を押し付けて、ですね。」
「あー…なんかごめん。」
童話支社のある空想世界。
そこを出れば、ねじ曲がった木で覆われた森が広がっている。
あちこちから優しい光があふれてきて、どことなく空気が美味しく感じるのは気のせいだろうか。
俺は胸ポケットから手帳を取り出す。
ペラペラとめくり、小さなメモを手にして手帳をしまった。
「このメモだと、一番うねってる木を右に曲がるらしいよ。」
田嶋ちゃんは辺りを見渡して、戸惑っている。
そりゃあそうだよ。
「どれが一番なんですか、これ。」