召喚と傭兵とかくれんぼ
時代設定は『中世』としましたが独自な物理法則の下独自文明を辿ってきていますので技術レベルを我々の世界における『中世』とは固定しないでお読みください
魔術や魔道具といったモノがある分様々な部分で行程を省略できたり我々世界ではできない動きもできたりと特殊な発展をしますし、魔術や魔道具といったモノがあるためその研究などに人手が割かれて発展するはずの要素が発展しなかったりがあるので
加えて申しますと魔獣という存在が生息し、魔獣出現以前は龍が存在していた世界のためその対処に労を割き技術発展が戦闘に傾いています
「あ~、日本に戻るとか世界を救うとか言ってはしゃいでる中ワリィけど……俺そういうのこれっぽちも興味ねぇからイチ抜けするわ」
大広間。長いテーブルがいくつも繋げられ一列になりそれがいくつも並んだ中。話し合いを聞き飽きた少年――重見弦がつまらなそうかつやる気なさげにヒラヒラと手を挙げながらそう切り出した。
「それはこの世界の人たちを見捨てるってことか?」
「救う義理はねぇよ。ありきたりな表現でワリィが、仮にお前らにそんな大層な正義感があったのならなんで海外にでも行ってボランティアやってないんだ? 武力を手に入れた途端なんでもできるって思い上がったか? そんなのお前らが殺そうとしてる魔族よりも程度の低い思考だぞ」
否定意見が出るとは思っていなかったのか弦の発言によって全ての列に静寂がもたらされる。そしてその指摘が図星だったためにそれを自覚できた一部の生徒たちはバツの悪そうな表情で俯いた。
雰囲気からそれを察した弦はその浅はかさに内心嘲笑しながら並べられた贅沢な食事を貪り続ける。
「ま、特殊な能力に魔術やらステイタスやらと表記されてゲーム気分でいるのは止めねぇけどよ。俺ぁこんな野良マッチで人生決めるなぞまっぴら御免ってこった」
マルチプレイが嫌いなワケではない。野良マッチングで遊ぶこともある。だが人生という重要事項を『なんとなく』で動いているような集団に任せる狂気を持ち合わせてはいなかった。
「そういうことだからメイドさんやい、俺は勇者一行から抜ける……というか入る気がないって伝えておいてくれ。勝手に召喚しやがったことの責任を問う気はあまりないが最低限の迷惑料として支給の装備は返さず貰っていくとも」
「は、はい」
「出るのは一時間後にすっからなんか言伝とかあったらそれまでにヨロ」
声をかけられたメイドは足早に去る。王国側は想定内だったらしく冷えた空気が広がることはないが、それとは対照的に同郷組は今後を憂いてか異様な雰囲気が漂っていた。
そんな雰囲気ではないのはきっかけである弦を含めて数名。
「お前に人の心はないのか?」
「あるぜ? けど言ったろ、義理がねぇってよ」
「あるならなんで感情が動かない」
「しつけェナァ、義理がねぇって言ってんだろ。面倒だから言ってやるがテメェのそれは正義感でも、ましてや下手な同情心でもねぇ。自分の知る範囲に存在する苦痛という不快感からの逃避、苦痛が自分にも降りかかるんじゃないかという怯臆、力があるからこその万能感の錯覚、魔族と戦う地獄に独り身を投じる恐怖、そして同じ恐怖を分かつための犠牲の共用。そんなトコだ」
「違うッ」
「違う? いいや違わないね。それとも正義感だって肯定するか?」
「そうだッ」
「はッ! 正義を名乗るか!? 正義なぞ自己愛を自己愛と認めたくない人間の虚飾だぞ? もしくはあれだ、自分よりも劣った人間を助けることで生まれる優越感の類義語だ」
「弦ッ!」
「名前で呼ぶなよ。親しいみたいじゃないか」
静かな空間にケラケラと嘲笑の声が響く。そして食事を終えた弦がその場を去る。
空間に安堵の空気。同時に食事を終えていたものの出る機会を窺っていた者たちが数名、弦の退室をきっかけに一斉に自室へ戻った。
「このちゃっちいドッグタグが傭兵証と依頼証とキャッシュカードを兼ねているたぁねぇ……異世界文明ってのは愉快なモンだ」
クリスタルのタグ。内部に少し魔術紋様が見える。
「この辺に出る賞金付きの魔獣は……『傷腕の灰毛狼』、か」
世界中に生息する魔獣。その中でも特に人間に損害を与えた魔獣は特定魔獣として認定され賞金首になる。
今回の目標である傷腕の灰毛狼は北方から移動してきた魔獣で、その経歴は様々な家畜を襲い旅人や商人にも被害を与えた単独で動く魔獣。損害件数が多いため目撃証言も多く、撃退しようとした農家のごくありふれた弓矢によって傷ついたということから脅威等級は下から二番目の四級魔獣だ。
「移動ルートから考えてこの森にいる可能性は高い。探せば見つかるだろ」
多少の蛇行はあれど大まかなルートとしては王都北西部『リュムラ森林』にいる可能性が高い。
次点でリュムラ森林からさらに西北西へ10キロほど進んだ先の『ペルニペルス樹林』。
その次の可能性として王都から東北東へリュムラ森林と同じ距離進んだ『マリミューラ台地』。
「……実戦でやる前に試しておくか。編め【現想家】」
この世界に召喚され、肉体がこの世界で再構築されたことで発現した能力。魔術に分類されない特殊能力の中でもさらに特異な属性と分類された【現想家】。その力は使用者のイメージに依存する一時事象改変。
自分を中心にした一定範囲内においてのみ魔力が持続する限り様々な事象を引き起こせる。剣をイメージすれば剣の複製も可能。炎をイメージすれば炎を生み出し攻撃することも可能。ただしその具体性を欠けば魔力をいくら込めたところで効果は上がらない。
「何を創るか……まあ、無難に剣でいいか」
イメージ通り剣が現れる。腰に下がるモノと同じ重さが右腕に掛かる。重心の位置も同じ、表面に付いた僅かな研磨の跡もそっくりそのまま。ゆえに枝に向けて振り下ろせば、何も起こらなかった。
「んんッ?」
刃は当たった。ジッと見つめるが欠けてもいない。鋭く薄い刃。
軽く腕の表面をなぞれば腕の毛が、切れない。刃を指でなぞるが、切れない。
「……そういえばこの剣一度も使ってねぇ」
剣は新品。支給されたきり使っていない。素振りはしたがそれで何かを切ったことはない。
つまり切れ味を知らない。知らずにそれを表現することはできない。
直剣(真)を振るう。形状はファルシオンのように棟が真っすぐで刃が僅かに湾曲、だがファルシオンというには全長が長く1メートルを超える。それだけの長さがあれば通常重量は2キロから3キロになるが実際には1キロと少し。それは材質が以前の世界のソレとは異なるためだった。
けれど重量は確かに存在する。全長が長い分力のモーメントで重量は少なくとも腕に大きな重さが掛かる。鍛えていない貧弱な腕にはそれは強い負荷で。筋肉よりも先に関節が僅かな軋みを発した。
訓練の必要性を感じながら刃の切り落とした枝を見つめる。初めは真っすぐ入り、そして途中で枝が割け、断面の角度が曲がっていた。
「素人じゃこの程度か……」
枝を投げ捨て直剣(偽)を消滅させ、新たに生み出す。
三時間後
「どーしよ……」
結論、傷腕の灰毛狼とは遭遇できなかった。
通常の魔獣とは遭遇をしたものの目的の魔獣とは遭遇できず、いくつもの打ち身を負った成果といえば弱い魔獣のクズ魔石をいくつか。それだけ頑張って宿代にすらならず精々が一食分と少し。
大衆向けの店であれば味は落ちるものの数食分にはなると聞きその店へとやってきていた。叢雲亭という名の酒場だ。
「垂耳兎の串焼き、パン、あとテキトーに甘くて飲みやすい酒。まとめて銅貨20で足りる?」
「その注文ですとぉ……170アヴァックですね〜」
「んじゃこれで」
代金を支払い、硬貨袋に残るのは42枚の銅貨。
明日の朝、保険用に低級回復薬を買う予定だ。その値段は銅貨23。残るは19。少々心もとない。
「おまたせしましたぁ」
「ども」
串焼き3本にパン1つ、ジョッキ1杯の青く透き通った果実酒。
望んでいたタレの味付けではなく塩とハーブ。だが疲れて空腹を増大させた今、強いその匂いは気分を塩に書き換えた。
パリと焼き目が付きながらも決して硬くはなく柔らかな肉が歯で容易く切れる。甘い肉汁が塩気と混ざり絶妙な味となり、口いっぱいにハーブの香りが広がる。
パンは穀物の芳ばしい香りが心地よく、硬いながらも柔らかな串焼きとともに食べることでその対照性で美味さの感度が向上する。
果実酒は強い甘さながらも口内に残ることはなく引いて行き、残っていた串焼きとパンの風味を連れ去りまた新たな気分で食事を続けられた。
「酔えねぇなぁ、やっぱ飲みやすいので頼んだのはミスったか?」
成人年齢の違いで酒への躊躇はないが金がない状況で酒を望んだのは現実逃避。酒でも飲んで嫌なことを忘れ、負のバイアスが掛かってない状況で思考を巡らせようと。
だが弱い酒では飲んだことのない弦でも流石に酔えず、少し溜め息を吐きたくなった。
「よーよー、見ねぇ顔だなー。お前どこから来たんだぁ?」
「うぇ?! 俺か? そう、だな。言ってもわからんレベルの極東の田舎、かな?」
背後から音もなく一人の男が近づき肩を組んでくる。
酔っているのか気質か、雑な動きの男は腕を肩に回した反動でテーブルに酒を溢した。
「俺はお前と同じ傭兵だ。ちなみに三級、聞きたいことあるか?」
「王都にいてもそこまで稼げないと思うんだけどなんでいるのかって聞きたいんですけど」
「稼ぐ……別に稼ぐ気はねーよ。適当に賞金首倒して暮らしてーだけなんだからよ」
「そっすか」
貯蓄という思考は皆無だ。稼いで、暮らして、なくなり、稼ぐ。
全ての人間が前進意欲を持って過ごしているというわけではなかった。
「グレゴ・バルバフォック。機会があれば遊ぼーぜー、イイ女紹介してやるよー」
「どうも?」
唐突な絡みは唐突に過ぎ去る。他の何を思うよりも早く呆気にとられ、鬱陶しさすらない。
(そりゃあ目立つか。命懸けの仕事で職業人口は多くはないだろうし、青だの赤だのとカラフルな髪色世界でも黒はちょっと見ないし)
異世界人ゆえ仕方ない。周囲と異なることそれ自体は気にしない。だがそれが原因で厄介事に巻き込まれるとなれば話は別。いっそ髪を染めるのも良いかもしれないと思い始めていた。
それとともに一つの考えが思考を過ぎる。
果たして自分はこの世界の人間と同じ人間なのか。
収斂進化のように全く異なる生物が姿が似ているだけではないのか。内部的にも似ているとして果たして彼彼女らは自分と同じ『現生人類』なのか。
そもそも今の自分はステイタスがあり魔術があり固有能力がある存在。以前とも異なるのではないか。
(ヒト属でもイダルトゥとか色々いるし。……てかイイ女って、生物分類が属やら科まで違ったら交配できねぇな)
途端にそこはかとない孤独感が湧く。家庭を持ちたいという欲はないが、今になって自身の異物感を自覚した。
「はぁ……」
意図せぬ息が漏れる。酒に酔えていないことがより忌々しく感じた。
「随分と陰気臭いじゃぁないか」
「今度は誰だよ……」
「悩み事か新人少年。お姉さんが聞いてあげよう」
「いや、別に人に話すような内容じゃないんで」
「遠慮するな! 早死にするぞっ」
「ちょ!? 胸! 当たってるから!!」
金がないなど他人に話す内容ではない。
追い払おうと冷たく返すが酒の匂いを漂わせるその女には通用せず、むしろ逆効果となり女は弦の首を脇に抱えて軽く締める。
初対面の異性に欲情するワケではないが思春期男子。胸が頬に当たれば動揺はしてしまい、追い払うどころではなくなっていた。
「今日登録したばかりなんすよ。んで運よく数食分の金は稼げたんすけど目的の特定魔獣は見つけられないし明日同じくらいの数倒せる確証もないしでちょっと考えてただけです」
「ほう! 金がないと。ならどうして傭兵になったのかな?」
降参を意味してわざとらしく溜め息を吐く。女が追い返せる相手ではないと理解した。なら話した方が楽であると。
幸い金があって襲われることはあっても金がなくて襲われることはない。襲われるとしたらまた別の理由になる。旨い儲け話があると詐欺を持ちかけてきてもそちらは気を付ければ恐らく防げる。
「稼ごうにも元手がない。働こうにも伝手がない。限られた選択肢の中で目的と合致するのが傭兵だった。幸い剣はあったんで」
「ウフフフフ、考えたのか。けれど迂闊だったね。君は傭兵を元で要らずの仕事だと思ったんだろうけど実は傭兵もある程度元手は必要なんだ」
「そうなんですか。それは少し早まったかもしれませんね。ちなみに元手というのはどれくらいで?」
「お金ではないよ。間接的には必要だろうけど直接は要らない。元手というのは身に着けた能力のこと。ステイタスではなく、索敵能力と言った方が端的だろうね。相手は常に激しい生存競争の中に身を置く存在。滅多に人前には現れない。ましてや初めから自分を殺そうとする傭兵にはね」
「確かに……」
極論。人間社会外における闘争とは『かくれんぼ』だ。
人間社会で行われる試合や喧嘩とは異なる。人間社会外の闘争にはルールがない、始まりがない。終わりはあるがそれは死を以てもたらされるモノ。それ以外は一時中断に過ぎない。
始まりをあえて決めるなら生まれた瞬間から。それ以降は生きて、相手を見つけて、牙を剥いた方が勝つ。勝ちを確信するがために牙を剥くのだから。
「人前に姿を現すのは飢えて切羽詰まっているか、力に絶対的自信があるか、勝つ算段を立てたか」
「戦いの熟練者相手に素人が挑んでも勝ち目は薄い、と」
「へえ。ちゃんと未熟を理解できるんだね。てっきり人間がそう簡単に負けるワケない、とか。俺なら絶対勝てる、とか言うかと思った」
「現実に打ちのめされたのにどうやってそんな自信過剰になれと?」
「居るさ。明日こそは、って言う奴が。今日は運が悪かっただけ、ってね」
否定はできない。如何に知識を継承し研鑽を重ね地上に繁栄したとしても、全員が一番ではない。賢い者がいれば愚かな者もいる。
実際今日見たばかりだ。自分ならできると、世界を救えると勘違いした愚か者たちを。
肯定する気さえ起こった。
「んじゃその忠告をありがたーく受け取って明日からは慎重かつ大胆にやらせていただきますよ」
「大胆にもするんだね?」
「そりゃもちろん。金がない、素寒貧なもんで」
その表情が面白かったのか余裕がない状況で発した軽口が面白かったのか、女は少女にさえ見える幼い表情で笑顔を見せる。
すぐ声を伴った笑顔は消え、幼い笑顔は声付き限定だったのか女の見せる笑顔は大人びたモノになる。強い理知を感じさせるその面持ちは酷く印象的で、弦の胸を少しドキリとさせた。
「君は少し、面白い、ね」
「カシラァっナンパでもしてんすかァ?」
(次から次へと……)
現れたのは以前の世界なら職質待ったなしの風貌。フード付きマントとマスク、ほとんど一切の露出のない推定男だった。
頭と呼んでいることから女が上の上下関係にあることが察せる。
「確かに面に対した毒気はねェすしィ。良い奴ではあると思いますけどねェ」
「そう。ティア、奥借りるよ」
「あいよ」
厨房で働く四十ほどの女に声をかけ、カシラと呼ばれた女は弦の手を引っ張って店の奥へと入る。
隅の部屋に入り、物置きになっている部屋から何故か存在する隠し扉を経て隠し部屋へと向かう。
「私はマニノア・メイズルミーヴ。よろしくね」
部屋に入る際の僅かな圧迫感。そこには何人もの人間がいた。そのほとんどが共に来た男と同じ格好で異様な雰囲気が漂っていた。
どうも『縁側で寝る猫』です。後書きでは基本的にキャラ紹介や設定紹介、小説の展開説明などを行っていく予定です
展開説明:
勇者召喚で召喚されましたが勇者にはならないことを選んだ主人公弦。作中で描写しても蛇足にしかならないため召喚時の様子や国からの説明はカットしました、どういったやりとりがあったかは必要に応じて無理ない範囲で描写いたします
設定紹介:
ちなみにこの世界には『人間』の国が現在六つ存在します。配置は二段三列で現在地は下段中央の『ルートヴィヒ』という国
ステイタスは神から与えられた力や世界のシステム的なモノではなく、一人の天才魔道具発明家がその人の情報を読み取り解析して数値化したモノ。そのため表示は整数で行われますが小数点以下の数値が無数に広がりもします
傭兵証などのギルドタグでは情報通貨機能が存在し、ギルド内での買い物やギルドに加入している商人の下での買い物は情報通貨で可能。キャッシュレス便利ですね、この世界だと国営のギルドが秘匿された魔道具で管理していますから安全性もバッチリ
固有能力は存在しますがその本質は魔術と同じ。語る機会があるかもなので多くは開示しません
固有能力も成長発展します
キャラ紹介:
重見弦 男 17歳 身長170センチ 体重50キロ 細身で筋肉質に見えるが贅肉がないだけの貧弱少年 基本は素直だが必要に応じて現実主義とロマンチストに切り替わる、メインはロマン派 運動は苦手だが長距離走は得意 その他情報はいずれ