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第三話


アイン「(ああ、なるほど。こういうことなのね)」



クレアがいなくなって思うように回りにくくなった屋敷に、アインは溜息をつく。


ストーリーはつつがなく進んでいた。

アインの指示で差し向けた刺客…クレアは、返り討ちにあって行方をくらませたらしい。

他の使用人に「もうここにはいられない」と思い詰めた顔で挙動不審に言いふらしていたらしく、王宮ではアインが嫉妬のあまりクレアを使ってマーガレットを襲わせたという噂で持ちきりである。



アイン「(根回しも抜かりないことね)」



クレアの澄ました顔を思い出してアインは笑う。


王太子の想い人に危害を加えた者として、商売相手もあまりローレライ家には関わらなくなってきた。

ゲームでは、アインが、「どうしてこんなに部屋が汚くなって、私への招待状も届かなくなるの!早くもっと良い人間を探して雇いなさい!」とヒステリックに喚く描写がある。

こうして少しずつアインの日常は壊れていくのだ。


急速に傾いていくローレライ家に不安がる使用人たちに「使えない人間はいらないわ」と、資産から適当に退職金を出して暇を出す。

残りの資産はそのうち差し押さえられて国の物になり、公共事業のために使われるだろう。

終わりが近付いていた。



アイン「爺や、ごめんなさい。付き合わせてしまって」


爺や「いいえ。構いませんよ」



最後に残ったこの老齢の使用人は、アインがこの世界に転生してから親よりも長く時間を過ごしてきた相手だ。

アインがいなくなった後の資産管理を任せるために、最後まで付き合ってもらっていた、



アイン「ここの相続権はあなたに書き換えておいたわ。あとはいいようにして頂戴。長いこと仕えてくれたのにこれくらいしか残せなくて悪いのだけれど」



アインの言葉に、爺やは首を振る。


爺や「お嬢様は何か決めたことがおありの様子ですので、爺やからは何も申しません。しかし、一つ確認させていただきとうございます。…お嬢様は、ある時からわざと奔放に振舞われてらっしゃいましたね」


アイン「気付いてたの」


爺や「もちろんです。お嬢様が子どものころから見ておりましたので…。他の使用人たちも、うすうす察しておりましたよ」



ほっほっほと笑う爺やに、アインは苦笑する。つまり、アインとして振舞えていたかは及第点ということだろう。

それでもストーリー通りにここまで持ってこれたのだから、世界の修正力とキャラクターたちには感謝するしかない。



爺や「お嬢様は何か取りつかれたように大荷物を背負って走っておいででしたが、爺やは、いつかお嬢様がその荷を下ろして、自由になればいいと、思っておりました。親心からくる、戯言ですが」



優しい表情をする爺やの言葉に胸がつまる。

アインはこんなに素晴らしい人間に囲まれていたのだ。


ゲームの中のアインは、それに気が付けなかった。


キャラ付けだとしてもその事実が少し寂しくて、目を伏せる。



アイン「…ありがとう」



爺やは微笑んでアインに礼をする。



爺や「行ってらっしゃいませ、アイン様。貴女の思いが遂げられることを祈っております」



***



王太子ルートの最後、アインはすべてを失った腹いせに、手ずからマーガレットへ復讐をはかる。


マーガレットはそんなアインにも慈悲の手を差し伸べるが、狂ってしまったアインにはもう声は届かない。

それどころか、自害しようとするアインを引き留めようとしたマーガレットの手を引き、自分もろとも崖から落ちようとするのだ。



嵐の日、崖下には茶色い川。



今、アインの前にはその舞台が用意されていた。

フィナーレだ。



マーガレット「アイン様…どうか、どうか心を入れ替えて、一緒に国を作っていきましょう。あなたのお力を借りたいのです」



涙ながらに訴えるマーガレットは、おどおどとしていた町娘のころから成長し、純粋で真っすぐな強さをもった女性になっていた。


実は、このゲーム内での自分の最推しは、多種多様な攻略対象ではなく、このマーガレットなのだ。

どんな境遇にあっても純粋さを失わず、前を向いて周囲を照らすマーガレットに憧れていた。



アイン「(ストーリーの都合上、推しを散々泣かせてしまったけど、今後この国で王太子の妃として生きやすいように、基盤もお金も残したつもりなので、後は頑張ってほしいなあ。)」



アインは涙を流すマーガレットのスチルを心の中で撮りためる。

ゲームのアインも、きっとマーガレットに憧れて、羨んでいたのだ。

でなければ、マーガレットの前で自害しようとして見せるなんてヤンデレなことはしない。



アイン「(それをまさか自分がやることになるなんて思ってもみなかったけれど)」



アインは手に持ったナイフを持て余す。

どうしたものかと考えていたその時、強い風にあおられたのか、マーガレットがよろけた。

そのまま崖の方へずる、と足を踏み外すマーガレットの手を思わずアインは掴む。


スローモーションのような一瞬。


アインは反動をつけて、マーガレットを崖と反対の方へ振り回す。

遠心力にしたがい、マーガレットの落ちようとした方向にアインの体は投げ出されるわけで、その勢いに逆らわず、アインはマーガレットの手を離して体の力を抜いた。


驚いた表情のマーガレットが可愛くて、頬が緩む。



アイン「(ああ、最高の最期じゃないか)」



そうして、アインは二度目の人生を終えた。



***



意識が浮上し、目に入る光に眉をしかめる。

その光を遮るように自分の顔を覗き込む人間には、見覚えがあった。


クレア「お目覚めですか」



はて、こんな描写はゲームにあっただろうか。

なにも言わない自分に、クレアは心配そうな顔をする。



クレア「ご自身の名前は言えますか」


ありな「…ありな」



口をついて出た名前は、前世の、本当の自分の名前だった。

少しきょとんとした顔をしてから、クレアは優しく微笑む。



クレア「はい、ありな様」


ありな「…」


クレア「御気分はいかがですか」



どうやら自分はまだ二度目の人生を終えていないらしい。

クレアに支えられながら上体を起こせば、節々の痛みやだるさ、体の熱は感じるものの、四肢にも五感にも欠けたところは無い。



ありな「(確かに、アインが川に落ちた後の行方なんてゲームでは描写されなかったけれど)」



手を持ち上げると、きちんと視界には自身の手が映り、力を入れれば指は思った通りに曲がる。

あの高さから落ちて生きている自分が信じられなかった。



ありな「(だからって、今更アインとしての人生はもう歩めない)」


クレア「ありなさま、喉は乾いておりませんか。今水を…」


部屋から出ていこうとするクレアの服の袖を、ありなは掴む。



ありな「さま、とか、いいよ。もう、その役は、終わったから」



きっとクレアには訳の分からない言葉だろうが、とにかく、ストーリを終えた以上、クレアが仕えるべき人間はもう存在しないのだと伝えたかった。



ありな「ここにいるのは、あなたのお嬢様じゃ、ない」



もうクレアを雇えるような金も、地位も、屋敷だって、何一つ残ってはいないのだ。


いや、もしこんな風に自分の知らないストーリーの外側が無数にあると知っていれば、自分はクレアに何かを残せただろうか。

自分はストーリが変わらないことを理由に好き勝手振る舞い、他人を傷つけてきたけれど、もっとやりようがあったのではないだろうか。

ありなはクレアから目を逸らし、掴んでいた袖から指を離す。


しかし、クレアは下ろされようとしたありなの手を取り、もう一方の手をありなの顔に伸ばす。

そのままありなの頬に手を添えると、そのこわばりを緩めるように撫でた。



クレア「あなたのことを抱えて生きていけるくらいの器を用意しましたので、どうか抱えられていてください」



ありなはハッと顔を上げる。

小さな花葬と、暖炉の明かり。

あの時の自分の叶わない願いを、クレアは律儀に守るつもりらしかった。



クレア「私は、誰かのお世話をさせていただくことが性に合う、従者気質のしがない男です。ありなさまが私を辞めさせない限り、私は一生、貴女にお仕えいたします」



そう言って、クレアはベッドの脇で膝をついた。

ありなはその姿に、自然と頬が赤らむ。

アインとしてではなく、ありなとして、こんなふうに他人から想いを告げられた経験は無い。

照れた気持ちを誤魔化すように、ありなは笑った。



ありな「あなた、結構重い男だったんだな」


クレア「重い…?この姿はご不満でしょうか」



首を傾げて贅肉の無い腹に手を当てるクレアの様子がおかしくて愛おしい。


きっとこんな結末は制作者たちが考えていなかったルートだ。

誰が立ち絵もないモブと悪役令嬢がハッピーエンドを迎えるなんて思うだろう。

けれど、決められたストーリーの外側で、小さなめでたしめでたしを迎えたって、怒るプレイヤーはいないだろう。


むしろ私みたいに思う筈だ。



ありな「好きだよ」


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