表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/36

②メンタルを鍛える、はじめての進学

②フィオナ 2歳 メンタルをきたえる



フィオナは、今日も今日とて魔力と精神のトレーニングをしていた。

積み木は冬の間にマスターして、最近はヘアピン無しで日常生活をこなすトレーニングである。

(心を無に! 感情を凪に! 修行修行~~…? あれ? ヴェラママどうしたの? )



部屋に入って来たヴェラは、倉庫の奥から取り出してきたという横長の箱を「じゃ~ん」と見せてほほ笑んだ。

「情緒の教育には音楽が良いらしいわぁ」

よいしょとフィオナの前にそれを置く。ミニコンポくらいの大きさがあり重そうだ。

箱は蝶番で閉じられており、開けると直径3センチの平たい鉱石が10個埋め込まれている。


そこにヴェラが両手の指を置いた。


『♪~』

「はこ!! 」(鳴った! )

「そうよ~良い音色でしょ? 」

箱から音楽が流れだした。


どういう仕組みだか同じ場所の鉱石でも毎回鳴る音が違う。それに弦楽器の音がなったと思えば次は打楽器の音が鳴る。聞いた事の無い音も!

(わぁ、すっごいファンタジー! なんなのこれ~! )

魔法の楽器を前に、フィオナは興味深々にヴェラの指を目で追った。


「じゃ、あーフィーちゃんには有名な童謡を覚えてもらいましょう! 」

「へ?  え? 」

「行くわよ、私に続いてね、♪~」

「あわわっ♪~」


簡単で陽気な音楽と平和な歌詞。

ヴェラがワンフレーズ歌う、真似してフィオナが歌う。


2人で歌っていると声が増えた。レギアスだ。

(っていうか、ヴェラママもレギパパもノリ良いな! 急に大声で歌えないって! )

それでも負けじと必死に大声で歌う。恥ずかしい。

(あぁ~! 私、もういい大人なのに~! でも歌うの久しぶりだな、なんか楽しく…)


ボコン!と壁に魔力の塊がぶつかる音がした

「ぅわっ」

「ほらフィーちゃんワンツー♪」

ヴェラがニコニコしながら続きを促す。

レギアスもニッコニコだ。


でも、いざ楽しくなってきてノっちゃうと、愉快な気分で壁が凹んでしまう。

(ぐぅ!! 精神を無に! 楽しくならないようにしなくちゃ! 失敗してもすぐ冷静さを取り戻してみせる! )

フィオナはがんばって最後まで歌い切った。



「わーいフィーたんとお歌うたえて嬉し~よ~! 」

レギアスがムギュっとフィオナを抱っこしてハグして頬擦りしてきた。

(ちょっ、女性に気軽に触らないで? 親として気に掛けてくれるのは嬉しいけど! )

「しっ、辛辣なツンデレ! す、すいませんでした…」

レギアスはショック! とばかりに、フィオナを抱いたまま大げさに崩れ落ちる。

メソメソしながらそっとフィオナをヴェラに返した。


因みに、『ツンデレ』はフィオナが教えた(正しくは考えた、である)前世の単語を、レギアスが気に入って使っているだけである。


(あ…ごめん、まぁ、でも、そういう事だから…)

「ううう、僕もフィーたんムギュムギュしたいー! 子供の成長が早すぎるよ~」

「あらあらまぁ、レギアス気の毒に、でも、娘は父離れするものよ、健全に育ってるのよねー」

ヴェラがフィオナの小さなお手々を優しく持ち上げて、お人形遊びのようにレギアスの頭をいいこいいこした。

「フィーたん可愛いーい! 」

泣きながらレギアスは喜んで見悶えた。


現在のフィオナは全体的にぷにぷにしていて手足が短くてフリルのついた可愛いお洋服を着せられた、目のぱっちりした可愛い幼児である。

(ごめんね、嫌いな訳ではないんだ)

冷静な台詞と幼児の見た目のギャップに、ヴェラは笑いを必死にこらえていた。



「あ! 男性じゃなければ良いんじゃない!? 」

(は? )


思い付いた! とばかりに、急にレギアスの体が顔つきが変わり始める。


肉が変に動いたり、体中が萎んだり膨らんだりして、フィオナは見てはいけないものを見てしまった気がした。



「じゃあ~ん! ほら、これどう? 2人目のママだよー!! 」

あっという間に目の前のレギアスが目映い銀髪の美女になった。

着ていたツナギの上からも、胸が豊かでスタイルが良いのがわかる。

間違いなく女性! 男性らしさなど微塵も感じさせない。


「どう、フィーたん! 」

「ひぃっ! 」

(ちょ…! レギパパ怖い! 怖い! 怖い! )

フィオナは先ほどの冒涜的な光景と、迫ってくる目映い美女に戦慄する。


「ちょっとレギアス…フィーちゃんのママは私なのだけど? 」

地を這うような声を出しながら、ヴェラがレギアスを遮る。

「え、ヴェラ? 」

「いくらレギアスでもママの座はわたさないわよぉ? 」

ヴェラの目が怖い。本気のようだ。


「そんなつもりはないよ! でもフィーたん抱っこするにはこれしかなくてー! 」

「ならフィーちゃん撫でる時だけにしてね。それから家の外ではやらないでね? これを見た他の人が何て思うか、でしょう? フィーちゃんのママは私なのだし? 」

「はい…」


こうしてロード家屋内だけに銀髪の女性が出現するようになり、フィオナを抱っこするレギアス(女性)は凄く嬉しそうなのであった。

(こわっ…)

「フィーたんったらつれないなぁ♡」


***





雪がすっかり溶けて暖かい日が続くようになってきた頃、森は様々な動植物で賑わいをみせる。


その日はロード夫妻が庭の手入れをしていたので、フィオナはそのかたわらで、植物を観察したり本を読んで文字の練習をしていた。

まだ一つの事に長く集中するのが苦手だ。


「初めまして、お嬢様」

「あい? 」

突然知らない女性から声をかけられた。

本から顔をあげると、胸に幼児を抱えた、闇夜のように美しい女性が立っている。


「私はノルディアナと申します、こちらは娘のミア」

女性は黒く艶やかな長髪を横で1本にまとめ、顔の斜めに前髪を流していた、紫色の瞳は不思議な魅力がある。表情は少し乏しい。

幼児はふわふわ亜麻色髪のショートヘアーで、親指を口に咥えている。


「去年はご挨拶出来ずすいません」

「ノル、普通に話してちょうだい、呼び方もフィーちゃんで良いのよ? 」

既に挨拶をすませたらしいヴェラがそばにいた。


「いえ、お嬢様はお嬢様ですから」

「私はね、フィーちゃんとミアちゃんに仲良しな友達になって欲しいのよ、ノルがそんなんじゃ仲良くなれないでしょ? この村でたった2人の子供なのよ? ノルだってそう思うでしょ? 」


「う…ですが奥様…」「奥様じゃなくてヴェラでしょぉ、私達はもうママ友よ」


「ママ、友…」

ノルは少し嬉しそうだ。

ヴェラは笑顔で語りかける。

「そうよ、ママは大変なんだから助け合いましょ」


「…光栄、です」


ノルはほんのりほほ笑んで、フィオナの前にミアを下ろした。

「娘のミアです、宜しくお願いします」


ミアは爽やかな空色の瞳をぱっちり開いてフィオナを凝視していた。


「…はじめまちて」

フィオナがたどたどしくも挨拶する。

「…」

ミアは黙ったままじぃ~っとフィオナを見つめていた。


横からヴェラが「フィーちゃんと同い年よ~」とニコニコ声をかけた。

「…」

無言で見つめていたミアは、やがて動きだしフィオナのほっぺや髪をむにむにつまみ出した。


(ええっ何~? あ、痛! )

「ミアちゃん、フィーちゃん痛いって、優しく触ってあげると喜ぶわよぉ」

「…」

「すいません、どうしたの、ミア? 痛いことはしちゃ駄目よ? ご挨拶は? 」

ノルははらはらしてミアをフィオナから引き剥がした。


「…」

ミアは相変わらず無言でフィオナをガン見している。


「うふふ仲良く出来そうね」

ニコニコと見守るヴェラが愉快そうに言った。

(何がなんだか…、ヴェラママが言うならそうなんでしょうね)


真実、ミアはフィオナの美しさにどうしたら良いかわからなくなっていただけなのだが、それを口にする者はここにはいなかった。


挨拶を済ませノルとミアは自宅に帰る。

長い間閉めていた家に帰るので、フィオナをレギアスに任せたヴェラは、家開きの手伝いについていった。





その日からノルがミアを連れて、家に来るようになった。

ミアは相変わらずフィオナをじっとみてくる。

かたいじりされそうになったらやんわりお断りしたらそれからは無くなった。


フィオナとしてはロード夫妻以外の人のそばにいるのは緊張する。



最近はヘアピンを浮かせて手を使わずに髪に装着する練習をしている。

幼児の手で着けるより速そうだからだ。

ロード夫妻はフィオナがうっかり魔力をぶちまけても何故か毎回無傷で、余裕でニコニコしてるので心配していない。

でも他の人は傷つけてしまうかも、とヘアピンを必ず付けるように気を付けている。




さて、今日も家にミアが遊びに来ている。


居間のダイニングテーブルにノルとヴェラが座って、布を敷いた床で玩具で遊んでいるミアとフィオナをそれぞれ見守っている。



ミアはフィオナから見て大人しい性格だった。

初めの頃は周りの環境を見て困惑していたが、慣れてきた今はお気に入りの玩具でひたすら静かに遊んでいる。


高いテンションで絡んでこられなくて、フィオナとしては有難い。

幼児のミアが誤飲などしないようフィオナは気に掛けているが、そもそもフィオナも幼児なのでそんなに集中が続かないのであった。


おやつの時間に出たクッキーをミアは自分の分までフィオナにわけようとしてきた事があった。

幼児からお菓子を奪うわけにはいかないので断ったが、フィオナは嫌われている訳ではないとわかって安心した。



魔法の精密操作になれる為にルーサーが作ってくれた積み木を手を使わず魔法で浮かせて積んでいく。

ミアはそれを見つめていた。


「ミアもやりゅ? 」

聞くとコクンと頷いたのでミアの前にも積み木の山を魔法で運んだ。


ミアはよたよたと積み木に手を掲げた。

積み木はブルブル震えるが、浮く気配がない。


「…まあ、はじめはしょんなもんよ」

悲しそうな顔をしたミアに積み木を渡した。


「ちゅみきがうごいたんだから、まほーはちゅかえるのよ、そのうちできりゅわ」


ミアの前で積み木を手で積んでいく。

うまく手が動かせなくて綺麗に積むのは難しい。


「むっ…く~」


苦戦しているフィオナにミアは協力して積み木の塔を補修しはじめた。

横に余分に積んだり、歪んだ積み木を直したり…

やっとこさ6階の塔が出来上がった。


「ふぅ~!  できたー! 」

フィオナは達成感とともに横に寝そべった。

一気に集中が切れてすぐ眠りに落ちた。


スヤスヤ寝息をたてはじめたフィオナ。

ミアもニコリと笑って同じように塔から離れた所で眠りはじめた。


そんな様子を保護者たちは微笑ましく見つめていた。



こういった場は今後何度も設けられ、ヴェラとノルは仲が深まり、フィオナとミアは家族の様に仲良くなっていくのだった。





***

雪もすっかり溶けて、晴天の続くある日。

窓から庭を眺めていたフィオナは、外にいるレギアスに手招きされた。

(何だろう? めずらしいな)

大きくて重い玄関を、魔法を使って開けると、レギアスの腕の中で何かがジタバタと動いているのが見えた。



「フィーたん兎とって来たよ」

フィオナが前世の親友の話をよくし、兎になっているはずとよく言うのでレギアスは狩りのついでに魔物の兎を生け捕りにしてきたのだと言う。


魔法で空気の檻に閉じ込められた兎の魔物は興奮して鼻をプスプスならしている。

あちこちそわそわして落ち着かなそうだ。


「うさぎ…」

フィオナが近づいてよく覗き込んだ。

「カッ」

「わあっ」

空気の壁に歯を剥きだして兎は突進してきた。

目が血走っている。


大きくぎょろぎょろした目に、長い鼻、長い耳。

もさもさのヒゲとマユヒゲで辺りを警戒している。

毛は換毛期だそうでボサボサした白と茶色のまだらになっている。


爪は鋭く、体はすらりとした体躯に筋肉質だ。

足は大きく硬そうで、空気の檻をベンッベンッと凄い音を出して蹴っている。


(前世でいう野兎の狂暴版みたい…ゴツくて可愛くない)

「この辺にいる兎はみんなこいつらだよ、もっと穏やかな土地には別の種類の兎もいるけど」

レギアスが説明した。


(これは私の親友じゃないよ、親友はダッチ柄っていう黒と白の毛並みで、もっと丸っこくて可愛いのになってる筈だから)

「良かった、違う気はしてたんだ、でも確認とれたから安心して食べられるよ」


(たべる? )

「うん、ここらで貴重なたんぱく質だよ」


「…」

「フィーたん、この種類の兎とはお友達になれないよ、まず懐かないし、次に狂暴だから…」

(わかってる、もう持って行って)

「ごめんね、フィーたん」

兎さんはレギアスと一緒に外物置の方へ連れられて行った。

村では定期的に村人総出で害獣駆除をして、得た肉を保存食にする。


山の谷間村の周りには狂暴な大型魔物が跋扈している。

それらとやり合い生存戦略を繰り広げている兎は、人間の常識など全く無用の存在だ。


(あの子…平和な所で暮らしているといいなぁ)

再会して狂暴になってたらどうしようとフィオナは思った。

それはともかく、夕飯に出た兎の肉は大変美味しかったのであった。


***





季節は初夏に差し掛かる


ミアと出会ってからしばらくすると、フィオナは魔法に慣れて、今度は幼児の体作りをサボるようになった。

最近のフィオナは歩く時もふわ~と浮いて移動するし、物を動かす時も手を使わず魔法で操作している。


それがミアと並ぶとフィオナの未発達さが良くわかってしまう。

明らかにフィオナの体には筋力が足りていない。



「フィーちゃん、暫く魔法無しの運動も生活に取り入れて行きましょう」

ヴェラから提案され、フィオナはきたか、と思った。


(私もミアをみていてうすうす気付いてた…でも幼児の体だるいんだもん~)


フィオナからしたら体が脳に追い付いていない感じだ。

すぐ疲れるし、寝ちゃうし、限られた体力なら魔法でさっさと済ませたい。

上手く出来ないのはイライラの原因にもなる。


「フィーちゃんの体だって、鍛えればすぐ上達すると思うわよ? 」

(確かに…このままじゃいけないのはわかってるし…)


しぶしぶフィオナは魔法無しトレーニングを実行する事にした。

(こんなていたらくじゃ、いつまでもあの子を向かえに行けないし! )


やると決めたからにはまずフィオナは家の大きな回廊を走り出した。

全力ではなく、持久走のつもりで。


とたたたたたたたたたたたた


上半身がぎこちない幼児走りでフィオナはかけた。意識せずそうなってしまうのだ。


疲れたら寝る。この繰り返しだ。よし!


「まって、フィーちゃんの体が壊れちゃいそうで怖いわ」

ヴェラがストップをかけた。


「フィーちゃんは頑張り屋さんね、でも、多分、歩いたり手をつかったり、日常の簡単な動作の積み重ねで良いと思うのよ」

ヴェラは頬に手を掛け困った顔をした。


「こういうのは先達から学ぶのが1番ね」

「しぇんだちゅ? 」




***


次の日。

正午前にフィオナはヴェラに連れられて、納屋の石板を通り、町に繰り出していた。

レギアスも一緒だ。

なんだかわくわくした顔をしている。




町の中の住宅街らしき一角に建つファンシーな色合いの建物に来た。

木造平屋で、背の低い建物だ。


ピンクのドアをノックをするとエプロンをつけた婦人が出てきた。


「事前に問い合わせをしてました、ロード家の者です」

「はいお待ちしておりました、どうぞ」

婦人はてきぱきと入り口を開け招き入れてくれた。

入り口の門を通る。

室内の応接室のような部屋に案内された。

フィオナはヴェラに手を繋がれて廊下を歩いたのだが、ここにくるまでの間に人の良さそうな大人を何人か見かけた。


可愛いパッチワークのソファーに全員が腰掛け、婦人が記入用紙をもって対面した

「改めて初めまして、私はここで院長を勤めさせていただいてます、オリエラ・ダナンと申します」

婦人オリエラが挨拶をした。


「それではそちらのお嬢さんがフィオナちゃんでございますか? 」

優しそうに婦人がこちらを見てきた。

フィオナはロード夫妻の顔を伺った。

ヴェラがフィオナをみて優しく頷いた。


「はいそうです、うちの娘のフィオナ・ロードです、2歳になります、フィーちゃんご挨拶出来る? 」


ヴェラの質問にフィオナは頷き自己紹介をする。

「はじめまちて、フィオナ・ロードです」


その後ロード夫妻が婦人オリエラと対話をし、フィオナは簡単な質問に答えた。

途中、フィオナの生活面での発達の懸念や、魔力量が多くて魔道具(ヘアピン)を常に付けていれば問題ないといった話しもあがった。

一通り問答し終えたのか、オリエラは書類を片付けた。


「ありがとうございます、次は園内を見学していただきます、そこでうちの教育方針や、フィオナお嬢さんに合っているかどうかも判断いただけると思います」


全員で応接室をでて受付に戻り、今度は大きな通路のある場所に通された。




大きな通路に向かい合って教室の入り口がいくつもある。

(やっぱり、ここ幼稚園だー)

教室には年齢毎に幼児や子供達が集められ何かワイワイ作業をしている。



フィオナと近しい年齢の子が、エプロンの人に手伝ってもらいながら衣服を着替えたり、おまるトレーニングしているのをみて自分も同じ事をするのだろうとゲンナリした。


通り向かいの可愛いドアを開けると外に通じているようだ。


外といっても高い柵でおおわれた遊び場のような場所だ。

可愛い遊具(魔法で動作してる! )や運動器具っぽいものがある。


砂場は半個室みたいになっていて幼児が安心して触れるカラフルな砂が入っていた。


「やってみる? 」

「うん」

ちょっとレギアスと一緒に砂場で遊んでみた。

カップに砂をつめてひっくりかえして砂の塊をつくったり、手でむぎゅむぎゅお団子などを作った。


(地味に楽しい! )


フィオナは砂場が気に入ってしまった。




そんな感じで見学とプチ体験入園をすませ、入り口に戻ってきた。


「手続きは以上です、追って合否の連絡を送らせていただきますね」

「あ、それはこの町の郵便窓口にお願いします。こちらが受け取りに行きますので」

「かしこまりました。二週間後には結果が出ている筈ですのでお送りしますね」




一通り挨拶を終え、帰りに出店でサンドイッチやパンを買ってお昼をとる。


フィオナはその頃にはもう眠くてヴェラに抱っこされて船をこいでいた。


広場のログテーブルにつくロード家一行。

「楽しかったね! ヴェラ、ちっちゃな子が沢山いてさ」

レギアスは楽しそうにサンドイッチを頬張った。


「全くね、親にならないと中々体験出来ない事だったわ、可愛かったわね~」

ヴェラもニコニコしながらサンドイッチとコーヒーを嗜んだ。



当のフィオナは、まさか自分が幼稚園に入れられることになるなど想像もせず、(興味深かったな~)などと思いながら眠りに落ちていくのだった…。


***





2週間後フィオナは無事合格し、幼稚園に通う事になった。

中身は成人なのに屈辱である。


(この星に幼稚園と保育園の違いがあるかはわからないので、普通にダナン幼児学校と呼ぶ事にする。)


「学校に通うからフィーたんのヘアピンを改良したよ、毎日忘れずに付けてこうね」

レギアスがフィオナに新しいヘアピンを渡した。

(前のと何が変わったの? )

フィオナが聞く。


「僕とヘアピンの感度が変わったよ、これで世界の何処にいてもヘアピンと僕はつながってるんだ! 凄いでしょ!? 」

褒めて! とレギアスはドヤった。


(んん? 私のヘアピンが何でレギパパにつながってるの? )

フィオナは小首をかしげた。


「そりゃあ、フィーたんの魔力を優先的に僕に送るようにしてるからだよ、フィーたんには無害な魔法しか放てない程度の魔力しか残らないようにそのヘアピンは調整してるんだよ、減りすぎたらその分僕からフィーたんに魔力を返してるの」


こんな風に作りました! とレギパパは嬉しそうに説明する。


(え…何で? 魔石が魔力吸ってるんじゃないの? )

余計困惑するフィオナ。


「フィーたんの魔力を貯めておける魔石なんて、到底もち運べる大きさじゃないよ! ドラゴンの赤ちゃんを無力化させるようなものだもん! 」

あははと笑うレギアス。

「だから僕と魔力を共有しているような状況にするしかなかったって訳さ」


「…は? 」

傾ける首の角度が深くなるフィオナ。


(…魔力の共有ってそれだけ? 私が魔力使おうとしたのわかる? )

ふと前に起きた事を思い出した。


「わかるよ。それに魔力は体の一部みたいなものだから、フィーたんが体調悪そうとか、何となく元気とかも相手の魔力から少しはわかるよー、僕の気分もヘアピンつけてれば何となくわかるかもね」

ニコニコ説明するレギアス。


(えー~…キモッ)


「えっき、キモいの? そうなの? 」

レギアスはフィオナの言葉に狼狽えだした。


(あ、…うん…ごめん、素直にキモいわ、これ相手のそういうの読み取れない様にしてほしいんだけど)


「えぇーわかった…。うーん、どうしよ…」


(いっそ私が大きな魔石の側にいれば良いんじゃないの? )

「魔石の側? それだと共有にはならないかな…」

(大きな魔石とヘアピンを繋げてよ。)

「それだと何か魔導性の高いコードでしっかり繋ぎっぱなしにしないと行けないよ、フィーたんが動きずらくなると思う」


(でもこのヘアピンはレギパパとは繋がれてないじゃん? )

「それは僕だから、もろもろの調整とかもヘアピンだけじゃなくて僕が感知して上手く機能してるんだよ、あ、これ他所の人には秘密ね」


他所の人とはロード家以外の人という意味だ。



(じゃあ一生このヘアピン着けたままなの? )

「フィーたんの体が成長して、精神も安定すれば必要なくなるよ、自分の感情を制御出来なくて突然殴ってくる人みたいにならなければ」

レギアスはしゃがんでフィオナと同じ目線になり、真面目に話し出した。


「フィーたんが人間社会に入っていくなら、それだけ自分を律する大人にならないと行けないんだよ」


(自分を律する…)

フィオナは前世の自分を思い出していた。

辛かった時、自分を律する事が出来ていただろうかと。



「僕は出来ると思っているよ、フィーたんは自分で思ってるよりずっと優しい人間だから」

レギアスが優しく微笑んだ。


「私もそう思うわ」

ヴェラが部屋に入ってきて、フィオナにかけよりギュッと抱き締めてくれた。


「そのためにも、私達にいっぱい甘えてね、私達の娘のフィーちゃん」


娘。改めてこの人達は本気で自分を娘だと家族として受け入れてくれている事を知った。

前世に家族や親族の愛に恵まれなかったフィオナは胸が一杯になり、眼から涙があふれでた。


「ふぇ…ふええぇん、ありがとう、パパ…ママ…」

胸がギュ~と締め付けられ、鼻がつんとする。

眼から涙が止まらない。




(私は人間不信だし疑り深いし、良くしてもらっても失礼な事いっぱい考えちゃうのに、純粋に可愛い子供じゃないのに、この人達は…)


しばらくフィオナは涙を止める事が出来なくて、その間ロード夫妻はずっとフィオナの側でよしよしと甘やかしてくれたのだった。




「それに好きなだけ家に居ればいいんだよ、小さい頃から感情を抑えるなんて、無理してるし不健康だと思うよ」

「そうそう、フィーちゃんが大きくなってから精神のコントロール始めても良いのよ」

「それはだめ、しんゆーをむかえにいくの! 」

もう何度目かの説得をフィオナは断った。


***




ダナン幼児学校にて。

今日は初登校日だ。

例のヘアピンは結局付けるしかなかった。

まぁフィオナの何もかもがこれで解るわけでは無いとの事だし、心のうちを読まれまくってるので今さらだ。フィオナは腹をくくった。


(それに前よりレギパパもヴェラママの事も信じられるから、大丈夫)

フィオナは良い人達に巡り合えた幸運に感謝した。

もちろんあの白ハゲがこんな気が利くわけがないから、運なんてないのかもしれないが。


つらいだろう幼稚園生活を頑張る事にした。

どうしても嫌な事は魔法で解決すれば良いし、速く生活訓練をつんだら卒業させて貰える約束をロード夫妻にはしてある。


行きはレギアスが町まで送ってくれた。

「1日心細いけど、何処にいても僕とヴェラはフィーたんを見守ってるから、安心してね」

(うん…ありがとう、確かに心細いけど、頑張るよ)

フィオナは覚悟してダナン幼児学校の門をくぐった。


入り口にエプロンを着けた大人達が迎え待っていてくれる。

ここの保育士の方々だ。


「初めまして、フィオナちゃんのクラスの担任をさせていただきますパルメラ・スートです、宜しくね! 」

ふくよかな女性パルメラはゆるいくせ毛を肩まで横に流している。


「よろちくおねがいしまつ」

フィオナは挨拶した。

「はい、宜しくお願いします、はぁー…本当に美しい子ね…」

パルメラはうっとりフィオナを見つめた。

「…あの」

「あら行けない! 見とれちゃってたわ」

オホホとパルメラは笑った。


「では、これから宜しくね、フィオナちゃんのパパは夕方迎えに来てくれるから、1度バイバイしましょうね」


パルメラと一緒にレギアスに手を振る。

レギアスは爽やかに笑顔で去っていった。

きっと今日も帰って農作業をするのだろう。


他にも同じように朝のさよならをする親子がなん組かいた。

親と離れたく無い男の子がベソをかいている。


(私もこういう場所は本当は苦手、家に帰って引きこもってのんびり暮らしたい、親や家という安心した場所から離れるのは辛いよね)

フィオナは泣いている男の子に共感した。


「さ、フィオナちゃんのクラスに行きましょうね」

パルメラに連れられ教室に向かう。

道中、フィオナの逸脱した美しさに次々と目を奪われる人々が続出したが、他人にあまり興味が無いフィオナは特に気付かなかった。


フィオナが案内された教室には10数人の同じ年頃の子達がいた。

まとまりがなく、皆ぼんやりした表情をしていて、それぞれおもちゃや絵本で遊んでいる。



教室の壁紙や絨毯は可愛く装飾されており、子供達それぞれ専用の収納スペースがあるようだ。

壁に並んで付けられている水道は幼児の身長に合わせて作られていた。


「これから毎日、ここがフィオナちゃんの通う教室だからね、お友達と仲良く遊ぼうね」

ここでのお友達とはクラスの同級生と、世話をしてくれる保育士をさす言葉だ。



「フィオナちゃんの診察をするからちょっとここに座ってね。」

幼児サイズの可愛い椅子に促され、座ったフィオナの向かいにパルメラがしゃがみこんだ。


パルメラは側の棚からノートと何かの魔道具を取り出した。

それをフィオナの首下と左手首にペタリと張り付けた。

左手首の魔道具に数字や文字が表示される。


「お熱は平熱、脈拍も正常、フィオナちゃん、どこか痛いところはありますか? 」

「ないです」


他にも簡単な問診をして、パルメラは結果をノートに書いていった。


(はぁー健康診断するんだ! )

フィオナは感心した。

ダナン幼児学校にいる間この2つの魔道具はフィオナに装着され続け、何か異常があれば保育士に知らせてくれるらしい。


クラスメイト達も同じ魔道具を首したと手首につけられているのが見てとれた。


「じゃあ、この教室内で好きに遊んでいてね、新しいお友達のミレーヌお姉さんとロブお兄さんも遊んでくれるよ! 」

とパルメラは教室に既にいた女性と男性の保育士を紹介してくれた。


2人はフィオナの顔をみて驚いた顔をしている。

が、すぐに我にかえり自己紹介をしてくれた。

「はじめましてフィオナちゃん、私はミレーヌお姉さんだよ」

「僕はロブお兄さんだよ」

2人に引き継いでパルメラは教室を出ていった。また玄関で子供達を出迎えるのだろう。


2人は得意な遊びや面白いおもちゃを教えてくれるので、手近にあった絵本をフィオナは手に取った。

「えほんよみたい」

「そっか、フィオナちゃん自分で読めるの? 」

「かんたんなら、よめる」

フィオナは頷いた。


「難しい文字があれば一緒に読もうね」

「はい」


フィオナは絵本を読み始めた。

冬の間に文字を教わり、日常使う簡単な文字ならフィオナは読めるようになっていた。

フィオナのこの体は暗記力が良いようですらすら覚えられる。


フィオナが1人遊びを始め、保育士は他の幼児達の世話や見回りに戻っていった。


絵本を読みながら周りを観察する。

フィオナの様に浮かんでいる子はいない。


ちょっと魔法の様な何かを出してる子も何人かいたが、きちんと魔法にならず、不完全燃焼となった『魔力ガス』がぷすっと辺りを漂った。


この世界には魔法で動くおもちゃもある。

フィオナが読んでいる絵本もその類いで、イラストの狂暴な怪物に立ち向かうハンターのセリフが『まほうを つかって いっしょに まものを たおして! 』と書いてある。

手を触れる部分があってそこになんとなく微力の魔力を流してみた。

するとイラストが魔物を倒したハンターの絵に変化した。


魔法訓練用のおもちゃも色々あるようで、教室の幼児達は夢中で遊んでいた。




フィオナを見てとった幾人の幼児が、フィオナを凝視したり、取り囲んでくる。

目が猫の様になっている子や、羊の様になっている子、耳にふかふかな毛が生えている子等がいた。


フィオナはちょっと怖くなった。

が、すぐ気を引き締めて

「こんにちは! わたちはフィオナでしゅ、よろちくね! 」

とにっこりと大きな声で挨拶と言う牽制を放った。


興味対象が突然しゃべり幼児達はびっくりして固まってしまう。


…が、幾人かの子は我を取り戻して「よろしく…」と返してくれた。


興味を失い自分の遊びに戻る子が大半。その中の何人かが一緒にあそぼうとおもちゃを渡してきてくれた。

(おし、ファーストコンタクト成功! 私はおもちゃじゃないのよ幼児達)

フィオナは理解出来ないから幼児が苦手だ。

(でもま、ミアの相手をしてたから何とかなるでしょ、ようは私がお姉さんとして接すればいいのよ)


一緒に遊ぶ幼児の真似をして人形を動かしてあげた。

物事をわかってたりわかってなかったり。

そんな混沌を感じる起動で人形は揺らされ、それを動かす幼児は何かよくわからない言葉を喋っていた。

それにフィオナはニコニコ顔で答え、真似して混沌の動きで人形を振り回した。




『♪~』

突然ポップでリズミカルな音楽が流れた。

壁に付けられた四角いのはスピーカーのようだ。


するとパルメラ先生が帰って来て、クラスの皆を集合させる。

クラスはフィオナを入れて全幼児19人である。


『♪』

ロブお兄さんが四角い魔道具で音楽を流し始めた。

「皆で朝のお歌を歌いましょ、パルお姉さんの真似してねー」


おはようございますや今日も仲良くといった歌詞の歌だ。

単調な繰り返しのリズムで先生の真似をすればすぐ覚えて歌えられる。

フィオナは恥ずかしがらず無心で歌を歌った。

(このくらいこなせるわ、レギパパやヴェラママの方がテンション高かったし)

他の幼児達も自分のペースで思い思いに歌っていた。


「はい今日は、新しい友達が入園しましたーフィオナちゃんですよろしくねー! 」

ミレーヌお姉さんが『フィオナ』と書かれた可愛いワッペンをフィオナの服にぺたりと貼って、可愛い折り紙の帽子を被せてくれた。

『♪~』

今度は初めましての歌。歌詞の途中にフィオナの名前を入れて歌わされる。

次は好きな物の歌。

歌の合間に保育士が自分の好物を叫ぶ。

チラッチラッとアイコンタクトをフィオナに送ってくる。


♪フィオナちゃんの好きなご飯は~!?


「ぱーん! 」

フィオナは大きな声で歌った。

クラスメイト達は自分のペースであちらこちらを眺めて思い思いに歌った。




(あんまり地球での保育園と大差ないかも、虚無…)

だが食事の時間や運動の時間の運動はフィオナに確かに必要なものだ。

あらゆる事を一人で出来るように保育士と協力してトレーニングする。

歌もきっと活舌の練習なのだろう…


定期的にトイレの時間があり、フィオナは漏らさないように早めにトイレに行き衣服を脱いで幼児用便座で用を足せるようつとめた。


フィオナはもともと漏らしたくないという一心でトイレトレーニングを頑張っていたのでほぼマスターしていたが、普段と違う脱ぎにくい服や、作業に夢中になってトイレに行き忘れると、体が未成熟な為我慢ができず漏らしそうになる。


そんな時は魔法を使ってスポーン!とズボンとパンツを吹っ飛ばしたりして難を逃れた。


トイレは解放された空間に幼児便座が並んでいるので他人から丸見えだ。

「聞いていたけど、フィオナちゃん本当に魔法が使いこなせるのね、凄いわ」


この年で魔法を使いこなせるのは凄いと一部始終を見ていた保育士に褒められた。

吹っ飛んだズボンとパンツは無事だが回収する姿を他人に見られるのは恥ずかしい。

フィオナは速く足腰や腕の筋力を鍛えてスムーズに衣服が脱ぎ着出来るようになりたいと思った。




昼ご飯は皆で同時に食べる。

フォークを上手く使うのは難しい事だ。

幼児の体だと匙の向きやフォークのエイムがどうにも上手くいかないのだ。


汚く食べるのはフィオナ的に断固拒否! なので慎重に食べる。

食べきるのにとても時間がかかる。

(仕方ない)

早く食べきる為にフィオナがいらないものを他の子の更にこっそりのせた。

(絶対保育士にばれないようにしないと)

フィオナは食べる時間がビリになるのがどうしても嫌だった。

恥ずかしいし、悪目立ちしたくないのである。



食後は簡易の子供用布団を並べてお昼寝の時間だ。

猫獣人の子が布団をこねていたのが気になったが、フィオナも例にもれず幼児なのでぐっすりよく眠った。



起きたら歯磨きをして、お絵かきの時間だそうだ。

幼児のかく絵なんて何かいたら良いのかわからないフィオナは、周りの子達がかきなぐっている絵を真似した。

謎のカラフルなぐ~るぐるを紙にかいた。



1日の〆は皆でお別れの歌を歌って終了。


後は親が迎えに来るのを遊んで待つ。

自由時間で園にあるおもちゃや本を自由に使って良い。

取り合いになるような人気のおもちゃやジュースが出る事もある。



が、レギアスはすぐ迎えに来てくれたようだ。

「フィーたん迎えに来たよ~! 今日はどうだった? 」

教室に突然顔を出した美丈夫。

「どうだこれが私の親だぞ」と自慢したくなる程のイケメンだ。

周りの保育士も動揺している。


(レギパパー‼‼‼ )

とっとと帰りの支度を終わらせていたフィオナはレギアスに凄い速さでかけよった。

(帰る、レギパパ帰りたい)

「なんで喋らないの? 」


「フィオナちゃんのお父様ですね、こちら連絡帳です」

「ありがとうございます、わー今日の出来事が書いてある」

「レギパパかえるよ」

ニコニコとその場で読み始めそうなレギアスを引っ張ってフィオナは帰路に着いたのだった。


***


「「ただいまー」」

フィオナとレギアスが家に着いた。


「おかえり二人とも、フィーちゃん今日はどうだった? 」

料理用エプロン姿のヴェラが迎えてくれる。

夕飯を作っていたようだ。


「ヴェラ見てこれ、きっと興味深いと思うよ」

「なにかしら? れんらくちょう…? 」

保育士から渡されたノートをダイニングテーブルで2人して読み始めた。

何が書かれているのか気になったフィオナも子供用の椅子にもったり這い上がる。


「フィオナちゃんはお歌が上手で元気がありました、他の子の真似っ子をよくしていました、ウフフ」

ヴェラとレギアスが読みながらクスクス笑っている。

(クラスの子の真似してたのバレてたのか、いっそ真似っ子好きを装ってようかな)

やれやれ幼児らしく振舞うのは大変だと思いながら、フィオナは重たいお尻をぷりっと下ろして椅子から立ち上がった。

今日渡された宿題を済ます為に幼児用の勉強机にとたとた向かった。


『皆に合わせて運動するのが苦手でよくタイミングがずれているのですが、本人は気付いてない様子、服を着替えるのに一苦労してました』

フィオナは自分で思っている以上に体に振り回されている幼児なのであった。

_________


②コイフ4歳 はじめての進学


教え処を、優秀(だけれど偏った)成績で卒業したコイフは、4歳になった。




さて。


兎人うさひと族の成人は10歳だ。


1歳から最低8歳までは、出自問わず、義務教育を受けなければならない。兎人は野蛮な獣ではないのだと、国外に知らしめる為だ。


故に東兎人国の国費の半分が教育に関わる費用である。


教え処で3年、各進学先で最低5年学ぶのが義務で、ほとんどの子供達はその間寄宿舎で暮らすのだ。




コイフが進学したのは『進学魔法学舎』。

『魔法学校に進学する為の教え処』という意味である。


学舎は、貴族居住区の真ん中くらいにぽつぽつと建っている、三角屋根の木造建築群で、学舎別に棟も寮も違う。


この学舎群を纏めて『進学舎』と呼ぶ。

王宮に帰ったり、他の兎人国に留学した兄弟以外は、最終進学先に合わせてエスカレーター式に学舎に進学した。


(仕組みは専門学校に似ているけれど、構造は巨大な大学のキャンパスに似ているわ)とコイフは思う。

コイフは自分が大学とやらに通ったことがあるのか思い出そうとしたけれど、全く思い出せなかったので考えるのをやめた。





コイフは進学魔法学舎の寮に入った。


寮は濃い茶色の堅い木で出来ていて、生まれて初めての個室はコイフには新鮮だった。


扉を開くと机が手前にどっしりと構えていて、奥のチェストの横に寝床を置いて、窓際の長押 (によく似ているけれどなんと呼ぶのかわからないところ) に衣服を吊るしたらもう物は置けない様な狭さだったけれど。



学舎はクリーム色の漆喰の壁に、急角度のオレンジ色の三角屋根で地下込みの三階建てである。


地下が食堂、1階が4歳、2階が5歳の教室だ。

学舎と食堂と寮は、地下の廊下で繋がっているので日々の生活が1本の廊下の往復で済むようになっていた。




重い扉を押し開いて入る。

教室は魔法系統の学問を学ぶ場に相応しく、広く静謐だ。

白い壁と天井にはなにやら厳かな装飾が施され、同じ装飾の彫られた柱が二本。

天井まである黒い本棚に、教材棚。同じく天井までの窓、窓枠は黒で、左右に結われているカーテンも黒。

教壇の真後ろには大きな青い布が下がり、その布にも、白い糸で見た事の無い柄の刺繍が施されている。


「なんだか背筋が伸びるのよ」

コイフの呟きに、姉妹が「そうね」と頷く。

とりあえず着いた机は磨かれてぴかぴか、椅子も布張りの背もたれ付き。

「なんだか、教え処とは全然違うな」と兄弟が頷く。



兄弟姉妹と共に、ここには平民の生徒もいた。


前世からしたら、たった10人もいないクラスは寂しいものなのかもしれないけれど、今世を生きるコイフには初めての出会いだ。

初めての事は楽しい。堪らなくなって、すぐに話しかけた。


「はじめまして、わたしはコイフというのよ、よろしくなのよ」

一塊になっていた彼らは、コイフの挨拶に耳をピンとあげ、目を見開き、顔を見合わせた。

「魔法のお勉強、一緒に励みましょうなのよ! 」

コイフは嬉しくなって、その場でくるりとターンした。

姉妹も兄弟もコイフの後に続いて、気安い挨拶をする。


「あ、あの! ぼくらは下町から来ました! よろしくお願いしますのだよ! 」

塊の真ん中から出てきたアンゴラの少年が笑顔で挨拶したのを皮切りに、彼らは口々に挨拶を返してくれた。

貴族であるコイフ達兄弟より平民の生徒の方が多かったのも良かったのだろう。

あっという間に4歳のクラスは打ち解け、敬語はどこかに飛んで行った。




ぼん、ぼん、と廊下の柱時計が大きな音で鳴った。

全員の耳が教室の扉に向き、耳に遅れて顔がついてくる。

扉が閉まった瞬間、柱時計の音がひどく遠くなった。

「何故だと思う? 」

扉を開けて閉めた人物が全員に問いかける。

あごヒゲを撫でるような動作をしている為か、顎だけ毛が長くなっている、レッキスのブルー(灰毛)のおじいさんだ。



コイフは(扉が防音素材か、なにかの魔法がかけてあるかどっちかなのよ、だってこんなに音が遠くなるなんて普通じゃないもの)と思った。


「か、風魔法ですか? 」兄弟が手を上げて言う。

「違うと思うのよ、風魔法は確かに音を阻害するけど、それなら気圧でお耳がキーンってするはずなのよ」

コイフも兄弟に習って、手を上げてから言う。

「たしかに、しなかったな…」と、兄弟は自分の垂れ耳を捲って頷く。


コイフはふむむと口に手を当てて考え込む。

「例えば扉付近だけ気温を変えれば風魔法でもお耳はキーンってしないなの、でも入って来た時に気温差は感じなかった、わたしは扉が妙に重い事の方が気になるのよ」

考え込みすぎて口調がカジュアルに砕けているのにも気付かずコイフは言う。

姉妹が手を上げる。

「防音じゃなくって、吸音かもしれないわ」

「吸音を魔法でやった場合も、熱が出るはずなのよ」

姉妹は「それじゃあ、扉の中にフェルトをたっぷり重ねている可能性は? 」と言う。


「そ、それなら、先生が、わざわざ聞くとは、思えない、よ、だって、魔法の学校だよ? 」

とロップイヤーのフロステッドパールの少年がどもりながら言う。

「魔法基礎学の範囲で防音、遮音をやろうとするとどうしても気温が上がってしまうはずなのよ、あとは見落としているだけで方法があるのかも…」

コイフはむむむ~と耳を抱えた


「先生」

はい、とアンゴラの少年が手を上げた


「わかったかね? 」

と先生がしかめっ面のまま言う。


アンゴラ少年は答える。

「はい、今の僕たちではわからないということがわかりました、扉の中に魔法が仕組まれていたらもうお手上げです、ですから、今の段階では僕は彼女の…」と姉妹の方を見る。

そして続ける。

「王女の、『扉の中に布を重ねている』という答えを支持します」

全員の視線が彼に集まる。


「ほう、では諸君、それで良いか? 」

とあごヒゲ先生がいうのでコイフは急いで手を上げる。


「はい先生! 教え処では、長持ちする設置型の魔道具があると教わりました! 魔術印を魔石やスクロールに彫り込んだり転写して、扉に埋め込み、取っ手を握った者の魔力を吸い上げて発動しているから扉が重いのではないかと考えます」

全員の視線が、今度はコイフとアンゴラ少年を行ったり来たりする。


少しの沈黙の後、あごヒゲ先生は「ふむ」と言った。


先生が教壇に歩を進めるので、コイフたちも急いで近くの机に移動する。


あごヒゲ先生はもったいぶった手付きで教本を教壇に置いて、顔を上げる。


「二人とも正解だ」

コイフとアンゴラ少年は顔を見合わせる。

「「ありがとうございます」」と頭を下げた。

あごヒゲ先生は「ふむ」ともう一回言って、全員に座るように手で促した。

布張りの椅子はふわふわさらりとして座りごこちが良い。



あごヒゲ先生は続ける。

「ただ『わからない』ではなく、きちんと理由を述べて、知っている知識で答えを『仮定』する、正しい考え方だ」

アンゴラ少年はぺこりと頭を下げる。

「そして知っている知識で『仮定』をし、いくつかの『根拠』を立て、教室全体の意見が小さく纏まらない様に逆張りをする、良いリスクヘッジだ」

コイフも頭を下げる。


「なにより、初日でこれだけのディベートができる、大いに素晴らしい」

あごヒゲ先生が初めて、にっかりと笑った。



「では諸君はじめまして、私が君たちを教えるオースだ、まぁ大体の生徒からは『あごヒゲ先生』と呼ばれているから好きにすると良い」

教室中に(やっぱりあごヒゲ先生だったのか)という空気が流れた。


「扉が重い理由は魔道具だからだ、私が作った、この扉を開けられないほど弱っている生徒がいたら、部屋に返して寝かしつけることができるからな! もちろん防音性強化のために古布やフェルトも重ねてある」

コイフは姉妹と顔を見合わせて、(これも合っていたんだわ! )と二人で喜び合う。


「今年は粒ぞろいのようで嬉しいね、では諸君、手前から一人ずつ順番に、得意な魔法をつかって見せなさい」

生徒が当惑する。

「んン? 進学舎に来ているのだから魔法の発現は済んでいるだろう? 顔見せの余興だ、この場で実力を測るような無粋な真似はせんよ? 」


「先生、そ、その、教室、を壊してしまうのでは…? 」

一番前のフロステッドパールの少年が立ち上がってどもりながら訊ねる。

あごヒゲ先生はまた「ふむ」と言って、教壇から少しずれ、背後の青い布を指す。

「この布は魔織布という。魔法が付与されている布の事だ。更に刺繍は魔術文字だ、この大きさなら大体の魔法は無効化できる」

そして教室の端に立てかけてあった、腰丈の木の杖を持って言う。

「私も居る、遠慮はするな」



(はわわ~~~~‼‼‼‼ フラグなのよ~~‼ 壮大なフラグなのよ~~‼ これは主人公が膨大な力を見せつけて『俺TEEE! 』するか『また何かやっちゃいましたか? 』って言うヤツなのよ~~~‼ 前世あの子といっぱい読んだから知ってるのよ~! )

コイフは心の中で絶叫した。


そして本物のテンプレシーンに立ち会える幸運に感謝した。




「で、では、ぼくは、ダウ、で、です、いきま、ま、す! 」

どもり癖があるフロステッドパールの少年は、手を正面に向ける。瞬間部屋中の気温が下がり、吹雪が起きる。そしてその吹雪が無数の刃となってあごヒゲ先生に飛んで行った。

直撃の瞬間に刃が掻き消える。

「ヌゥオオ! レジストだ! ハハハ! やるなダウ! 初動から発動までロスが無い、攻撃力も十分、心配するだけの事はある、欣喜‼ 」

「は、は、はい! ありがとう、ご、ござい、まます! 」

「よぉし! 次‼ 」


(はわわ~! まさかのあごヒゲ先生が『俺TEEE! 』魔法大好きっ子だったのよ…! )


その後、楽しくなってしまった先生と生徒たちは、全力の魔法を交え、笑い合っていた。

コイフは無難に浮かんで降りた。


「良い! 皆良い魔法であった! 教科書と藁半紙を配布する、ノートは各自で縫うように、では10分の休憩の後、最初の授業を始める、手洗いを済ませておくように! 」

扉の向こうから、小さく、ぼん、ぼん、と時計の音が聞こえた。

「諸君、進学魔法舎にようこそ」

言って、あごヒゲ先生は教室を出ていく。

ドアに手をかけて振り返った瞬間、ニンマリと笑った。

「覚悟を決めておきなさい」


「? 」

どういう意味なのだろう?

先生がとても楽しそうな笑顔だから、コイフはなんだか楽しい事が始まる気がした。


しかし、コイフは知らなかった。

これが恐怖の始まりだという事を。





進学舎は超ハードだという事を……。




初日から教本20P分の授業を受け、「明日テストします」と言われる。

教え処で習った基礎魔法学も教本にはあったが、入学三日後には未知の領域に突入した。


魔法原理学、魔法実践学、魔法応用学は毎日授業があって、この三教科だけなら予習も復習も間に合う。

けれど、魔法歴史学や魔法呪文学、魔法陣学。

更に基礎体力育成(体育の授業と言うよりも筋トレに近い)なんかが入ってくると、もう睡眠時間を削ったってコイフ達のんびりエスカレーター組にはどうにもならなくなった。


むしろ平民出身の生徒達の方が、勉強の習慣や、コツが身についているといった具合で、コイフはすぐに泣きついた。

「お願いなの~! 勉強の仕方を教えてほしいのよ~! 」

すぐにクラスが打ち解けていて、本当に良かったと思う。




昼食後の食堂で、全員が顔を突き合わせる。

食堂のタンポポ茶はお替り自由だし、とても美味しいのだ。

「どうしてみんなはお勉強の効率がいいなの? 」

とコイフが尋ねれば。

「平民の教え処では『学び方の学び』というのを重点的にやるのだよ」

と一番の秀才の少年、アンゴラのビオラが教えてくれた。


ふわふわで毛量の多い茶色のアンゴラである彼は、いつも前髪を結って目にかからないようにしている。

毎日結紐が変わるのがおしゃれだった。

「町の教え処では子供の数が多いのだよ、全然先生の目が足りないのだよ、だから勉強の効率化を一番に習うのだよ」


「そういうのは習ってないわね」と姉妹が言う。

コイフも「わからないことは、わかるまで先生やナニーが教えてくれたのよ」と言う。

平民出身の生徒達は「ひえーいいなぁ! 」「贅沢! 」などとカルチャーショックを受けている。



彼らの話を聞くとなるほど、教え処でコイフ達が重点的に習っていた貴族の作法やダンス、マナーや大陸史などは、平民の教え処では学ばず、冬越しの備え等は、生まれた時から毎日の食事の為に当たり前にやることの延長だったのだと。


「効率化ってどんなことをするなの? 」

コイフの質問にアンゴラのビオラは例を上げて見せた。


曰く、日常的に使う計算や数式は暗記して、反射で答えられるようにするとか。

(温める過程が必要ならば火の術式、冷やす過程があるのならば水の術式を反射として体に叩き込むのだそうだ)

曰く、歴史や原理など、流れのある学問は、物語にして覚えてしまうとか。

(昔々、火がありました。おじいさんは火を自分で出せないかと試してみました、おばあさんは方法を探しに行きました、すると川上から魔力がどんぶらこっこ…といった具合だ)


「声に出したり、歌にしたり、動作に組み込むと覚えやすいのだよ」とアンゴラのビオラくんは言う、他の平民の生徒が歌って見せた。


「にんげんつるつる♪あたまだけ♪しっぽもないよ♪さわらない♪つるつる♪さらさら♪ムッキムキ♪」

体をさする動作に頭の毛をつんつんと引っ張る動作、お尻を振って、力こぶをつくる。


「なるほど、『異種族の身体的特徴に触れてはいけない』異種族間のマナーなのよ…簡単に言うとそうなるのね…」

兄弟達はうんうんと頷く。



フロステッドパールのダウが「ぼ、ぼくは、『何故この勉強をしているのかを理解する』って授業が、す、すき、だ、だったなぁ」と言った。


コイフは首を傾げる。

「何故…? ってどういうことなの? 」

「この勉強の先には進学があるのだろ? 進学が目的でぼくらはここにいる」

アンゴラのビオラの言葉にみんな頷いた。


アンゴラのビオラは続ける。

「進学舎は進学するために必要な知識を得る所なのだよ、それにたったの2年しかないから流れが掴みやすいのだよ」

紙にぴーっと線を引いて1年、2年、と割っていく。時系列線だ。

全員の視線が集まる。


「今が1年の春、入学してすぐに魔法の基礎、発現をしただろ? で、今が、魔法の成り立ち、利便性と危険性を学んでいるのだろ? 」

入学、基礎、実践…と時系列表に書いていく。


「だからたぶん、この1年間の勉強は基礎作り、今学んでいる事をしっかり身に付けて、2年に上がるには『進学に必要な実技』1通りの魔法が使えるようになるのが目的…といえば良いのだろうか…」

時系列表をぴっと区切って、2年の最後に進学と書いた。



アンゴラのビオラの説明でコイフは腑に落ちた。

「この先の授業を知る事で、勉強の流れを掴むという事なのね、勉強する目的なのだわ」


コイフは遠足のしおりを思い浮かべる。


朝早く集合するのは、山に登るからで。

山に登るのは山頂でお昼を食べるためで。

山頂から少し降りるのはバンガローがあるからで。

飯盒炊飯やキャンプファイヤーやマイムマイムするのは、くたくたになってぐっすり眠る為。


「なるほどなのよ…、予定も立てやすくなるし、何よりもちべーしょんあっぷなのよ」

コイフの呟きにアンゴラのビオラは首を傾げるが、山登りのくだりを話すと「そうなのだよ! 」とくすくす笑った。

それから、「食事と睡眠はしっかりとらないといけないのだよ」と寝不足のコイフ達に言った。



コイフ達は毎日勉強した。

勉強することが生活の一部になるように努めた。


昼休憩はクラス全員が昼食をかきこんでから、食堂の長机で。夜は蝋燭を持ち寄って寮の自習室で。

各々教えたり教わったりするのが日課になった。


何故なら兎人族の寿命は短い。人間種が15年かけて学ぶ内容を8年で学ばなければならないからだ。

継続して人国ひとくに語も学ばなければならない。

長命種は30年くらいかけて学べるのに。

これはコイフの前世知識があってもお手上げだった。

「ちょっと不公平だと思うのよ」なんて学生の鉄板ジョークを飛ばしたり、それなりに楽しく過ごした。



コイフ達は5歳になった。


来る2年の卒業試験。

王族として、決して落ちる事は許されない試験…!(学舎全体で年に2~3人は留年するらしいのだが)


コイフは前夜からガチガチだった。

「覚えたことがこぼれ落ちそうなのよ…! 」

魔法実践学は自信がある、呪文も魔法陣も得意だし (2年に上がった時、この分野は古典だったと知って茫然とした。だって楽しかったのだもの) 歴史も原理も何とかなるだろう。


問題は2年に上がってから習った魔法構築学と魔法応用Ⅱ学だ。

この2つはひたすら問題を解いていくレベルアップ方式で、一つ公式を覚えたと思ったらもう次の公式、応用学は1年で覚えた公式のお尻に更に公式が追加される。


コイフの苦手な算術に似ていた。

ついでにコイフは前世から数学が苦手だった。


毎日テストがあって、コイフもみんなもお互い支え合って頑張った。

「詰め込み式だから2年なのよ…」

何年もこんな生活では、いつか知識が脳みそからはみ出てしまう! とコイフはふらふら寮まで歩く日々を繰り返した。



「コイフ! 浮かない顔なのだよ。今日は最後の仕上げなのだよ? 」

寮の談話室で、自習室に向かうアンゴラのビオラとフロステッドパールのダウや兄弟に声をかけられた。

「うう、わたし緊張で頭が空っぽになっちゃいそうなのよ…! 」

コイフも緊張するんだな、と兄弟に言われ、みんなが笑った。

「わたしだって緊張くらいするのよ…! とってもなーばすなのよ…」

コイフは耳を抱えた。


「OBのお兄様やOGのお姉様からとっておきを教えてもらったわよ、コイフにも教えてあげるから早く自習室に来て、さぁさぁ! 」

姉妹の言葉にコイフは目をキラキラさせる。

「とっておきがあるの⁉ すぐ行くなの! 」

遠ざかるクラスメイトの笑い声を背に、コイフは荷物を置きに自室に走った。




「まずはみんなで、試験が終わったら何をしたいか考えるの」

と姉妹は開口一番、「私は思いっきり野原を走って、雪にいっぱい足跡を付けて遊びたいわ! 」と言った。


「次! コイフは? 」と話を振られてぴんと耳が立ってしまった。

コイフは考える。やりたいこと、やりたいこと、そうだわ!

「入学式のために服を作っていたのよ! まだお花の刺繍が残っているの、袖にレース編みも付けたいわ! 」

コイフを皮切りにクラスメイトは次々やりたい事を上げていく。

「日向ぼっこしながら寝たい! 」「雪合戦がしたい! 」「山に行きたい! 」「家族に会いたい! 」「食堂以外のごはんが食べたい! 」

アンゴラのビオラが言った。

「もう2度と話せなくなる人もいる、ぼくはみんなと写真が撮りたいのだよ! 」

その言葉に全員が頷いた。

「卒業試験から卒業まで日があるのよ、みんなで走って遊んで、写真を撮るのよ! 」

コイフは満面の笑みで言った。

もう緊張していなかった。


その日は苦手科目の暗記と、得意科目の読み返しだけして、早い時間に解散となった。

「みんなしっかり寝てね、寝坊する子がいたら、早く起きた子が起こして回るわよー! 」

姉妹が笑った。

「明日は頑張ろう、おやすみみんな」

アンゴラが言った。

「おやすみなのよ! 」

コイフも言った。


きっとこれがお兄様やお姉様の言う『とっておき』なのだわ。と思いながら眠りについた。



翌日の試験はよくできた。




主席はアンゴラのビオラで、みんなで胴上げした。

晴れて全員合格。約束通りみんなで雪の野原で駆け回って遊んだ。


撮影魔法はみんな得意だったので、人数分以上の写真が撮れたのだった。

それを談話室で笑い合って分け合った。

果物を採って来て皆で分けて食べながら、数日後の別れを惜しむ。


「この中で高等魔法学舎に行かないのは二人だけなのね」

お姉様の言葉に視線が集まる。

アンゴラのビオラとコイフにだ。

「僕は雪兎人国ゆきうさひとくにの高等魔法学舎に留学するのだよ、兎人の為の魔法研究が進んでいると聞いたから、コイフはどうしてだろ? 」

コイフは果物で汚れた口をぺろぺろしていたので、もぐもぐごくんと飲み込んでから口をナフキンで拭った。

お姉様が「今更淑女ぶっても遅いわよ」と笑って、みんなも笑った。


「わたしは高等薬学舎に行くのよ! 教え処でベル先生に推薦書を書いてもらったの、これから入学までに1週間ベル先生の妹さんの私塾に通うけれど、試験の合格はもうもらっているのよ」

みんなが突然ざわついた。

「コイフってば、そんなに博識だったのだね! 」

「そんな風には見えないけど、この子教え処で魔法学、薬学、主席だったのよ」

全員が世界の終りの様に口々に、そんな風に見えない、意外過ぎると言った。

コイフは喜んでいいのか、膨れればいいのかわからなくなって頬をふかふかと撫でた。


もうすぐ大変だった学舎での生活が終わる。

名残惜しさはあるけれど、それは級友に対してでハードな勉強漬けの毎日にでは無い。

コイフは(一生分勉強したの)と耳を洗う。


まさか2年の鬼門、魔法構築学と魔法応用Ⅱ学が、苦手な算術メインの、術式との混合学だとは思っていなかったのだ。


「算術は下から数えた方が早かったのよ」

とコイフが言うと、みんなが「それでこそコイフだ」と言わんばかりに安堵してほほ笑むから、やっぱりコイフは拗ねようかと思ったけれど、くすぐったくておかしくって笑ってしまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ