⑦正体、冬越し
フィオナ1才 ⑦正体
フィオナが越してきた『森の谷間村』は標高が高い場所にあり、寒い冬が暦より一足先にくる。
レギアスたちが食料やら燃料やらと冬の備えに奔走していたかと思えば、あっという間に到来した雪がばさばさと積もり、長い冬ごもり生活が始まった。
「いやーここんとこ慌ただしかったけど、やっと一息付けるねー☆ 」
暖炉のある居間でレギアスがワインを開けて乾杯の音頭を取る。
毎年冬の備えが落ち着いたらささやかな宴をするのだそうだ。
(忙しい時期にお役に立てず申し訳ない)
ぶどうジュースを飲みながらフィオナが答える。
「もう、赤ちゃんがそんな事気にしなくていいのよー」
ヴェラがごちそうをフィオナ用の皿に取り分けてくれる。
「そうそう、フィーたんはどんとかまえていてくれないとね」
『フィーちゃん(たん)』とは最近ついたフィオナの愛称だ。
悪くないしわかりやすいし、嫌な気分でもないのでそのまま受け入れている。
「今年の冬はフィーちゃんが来てくれたからいつもより賑やかね、家族っていいわね」
ヴェラが嬉しそうにほほ笑んだ。
(毎年冬はお二人で過ごしてらっしゃるんですか? )
「敬語もいらないのよ、そうね、この時期は春まで私達2人しか村にいないのよ」
(え? 2人しか? )
秋にはほかの村人が農作業をしていた事を思い出す。
「ここは冬厳しくてね、雪もよく積もるし田舎過ぎて仕事もないから、他の村の人達は毎年山を下りて仕事を探したり実家に帰ったりして、村にもう人はいないんだよ」
(はぁ~なるほど)
前世で雪国暮らしなどした事のないフィオアには、いまいちピンとこない話だった。
「町までいけば冬祭りとか1年の節目のお祭りがよくやってるんだけどね、…そうだ! 今年はフィーたんもいるし参加してみようか⁉ 」
思いついた! と目をキラキラさせるレギアス。
「いいわね! 子供の喜ぶ者が沢山ありそうだわ、フィーちゃんにいっぱいお人形とか可愛いの買ってあげましょう」
ナイスアイデア! とテンション高くハンドサインを送り合うロード夫妻。
(え…もういっぱいあるけど… )
と一瞬フィオナは考えたが心を読まれるのですぐ思考を切り替えた。ここは素直に好意を受け取る所だろう。
フィオナがこの家に来たばかりの頃、フィオナ専用の部屋を用意したと案内された。
木製ドアに可愛い飾りのついたリースがかけてあり、一緒に「フィオナ」と掘られた可愛らしいドアプレートがかけてある。
これは、(あら素敵)とフィオナも喜んだ。
そしてドアを開け室内に入ると部屋の中央にベビーベット、服がつまった箪笥。
そして周りに大量のプレゼント箱が積まれていた。
それからしばらくはフィオナへのプレゼント開封イベントが毎日の習慣になっていた。
中にはぬいぐるみやおもちゃが入っており、まだ全てを把握してないが触った事も無い物もあるだろう。
(まぁ一緒に行くんだし、なんなら買う時に断ればいっか、二人も喜んでくれてるのが嬉しいし)
フィオナには前世の記憶があり、自称神によって親友とこの星に送られた事はすでに2人に話している。
亡くなった時点で成人していた事も伝えた。
それでも2人は、フィオナを「我が子」とし、「両親」として世話をする事に付き合って欲しいのだと言う。
フィオナとしては世話してくれる人間が必要な状況であるし、なによりロード夫妻とは(なぜだか)意思疎通が出来る。
渡りに船だった。
(良くしてもらってこの2人には感謝しかないや、早く成長してお手伝いが出来るようになりたいな… )
「あらまぁなんて良い子なんでしょう、フィーちゃんは本当可愛いわね」
「両親として照れちゃうね! 」
(うん…心をナチュラルに読んでこなければ、本当良い両親… )
フィオナは困った顔でほほ笑んだ。
***
翌日の昼時、フィオナがスヤスヤ寝ていると、「フィーちゃんおきて」とヴェラに優しく起こされた。
現在フィオナは夫妻の寝室に寝具を運び込んで一緒に寝かされている。
夜中困ったことがあってもフィオナが遠慮して助けを求めないので、夫婦はすぐ気づけるように一緒に眠る事にしたのだ。
(むむにゃ……? ヴェラさんどうしたの…… )
フィオナは口から涎を垂らしながら寝ぼけ眼を薄く開けてヴェラを見つめる。
「おでかけするわよ、町までいくからフィーちゃんはおめかししないとね」
(おでかけ……おめかし……? )
るんるんと嬉しそうなヴェラに寝間着を剥かれ、代わりに袖にふわふわしたレースが付いた桃色の服を着せられる。
されるがままフィオナはばんざーいのポーズをして、胸の前を可愛いボタンで止めてもらった。
そして寒いからとセーターズボンを2重に着せられ、更にもっふもふの上着を着せられて、完成したのが着ぶくれフィオナである。
(あああ…歩きずらい もこもこして足元が見えないです… )
「着させ過ぎたかしら? うーん、お外は本当に寒いから、フィーちゃんはママが抱っこしていくわね 外に出て暑いようなら脱いでいきましょうか」
(わかった)
こくりと大きな頭が頷く。
「それから人がいっぱいいる所に行くから、ヘアピンを付けたいの 」
(ヘアピン? )
「そう ヘアピンで体調悪くなるかもしれないし、嫌だったり今体調が悪いなら止めるわ」
伺うようにヴェラが顔を覗き込んできた。
以前はほぼ付けっぱなしだったヘアピンだが、ここにお世話になったその日に、なんと全部外されている。
危ないとフィオナは説明したが、「ここにいる分には平気、僕らは大丈夫だし、家具なんかいくら壊しても良いよ」と伝えられ、今まで付けずにいたのだ。
幸いフィオナに人格が芽生え、注意して生活しているせいか魔力が暴走することは激減した。
ふとヴェラが持っているヘヤピンをみる、デザインが今まで使っていた物と違う。
付いてる魔石が以前のごてごてしいものでなく、少し小さめの魔石になり大きなアクセントの可愛いヘアピンにとどまってくれている。
刻まれている呪文も減っている気がする。
(今までのと違う)
「レギアスがルーサー君が造ったヘアピンを再調整したのよ、フィーちゃんが前よりもっと暴れちゃっても余裕あるわよ」
(つけてください)
フィオナの前髪の横を纏めるように、ヴェラがヘヤピンを付けてくれた。
すると、以前のヘアピンならば吸い取られていくはずの魔力が、どこかへ流れていく感じがする。魔力が一定量流されたら流出は止まる、しかしフィオナと魔力の繋がりが切れるわけでもない。
今まで体内で重く張り詰めていたものがなくなり、ふっと楽になる。
(あれ? 楽になったかも、何か安定した? これ、凄く良い、です)
目をぱちくりしながらヴェラを見た。
(ちょっと力込めてみていいですか? )
「大丈夫よ、思い切りやってみて」
流石に思い切りやる勇気はフィオナになかったが、通路の簡素な壁に向けて箪笥を吹き飛ばした時くらいの力をぶつけようとしてみる。
すると流れて行った魔力がピンっと突っ張られた感じがし、不発弾のように小さな空気砲がぽやっと放たれすぐ霧散した。
さっきよりもっと強めのを打とうとしたら、更に強く魔力が突っ張る感じがして、出た魔法もぽふっと小さな空気砲で、やはりすぐ霧散する。
(出ない、魔力が)
しかし体調は悪くない。魔力が枯渇するととても体がだるくなったのに。
(えっと、大丈夫そう? です)
「そう? 良かった」
「フィーたん今魔力使ったー? 」
レギアスが寝室を扉の向こうからノックした。
「そうなのー今ヘアピン付けたの、問題ないそうよー」
ヴェラが答える。
「それは良かった」と言いレギアスの気配が離れて行った。
いままでびっしり大きな魔石付きヘアピンを付けていたのにこの1本で済んでいる事、ヘアピンによる魔力の挙動が今までと違う事。
それから魔力を使ったらなぜかレギアスがすぐ感知した事。
訳が分からな過ぎてフィオナは少しぞっとした。
ヴェラにだっこされ寝室からでて食卓の赤ちゃん用椅子に座らされる。
そして丸いパンと、細かい野菜が入ったスープが出された。
「お外でご飯食べようと思ってるから、フィーちゃんはちょっと早めに軽いお昼を食べててね、ママもお仕度してくるからね」
「あい」
言われて大人しく食事を食べ始める。
小さい手でパンを掴んでかぶりつく。
スープは子供用のスプーンですくおうとしたが、着膨れした体ではうまく腕が動かせなかった。
(これはこぼす…仕方ない)
パンをちぎって少しスープを湿らせて口に運ぶ。
パンが無くなったら一旦食事をやめて辺りを見渡した。
ルギアスもヴェラも近くに見当たらない。
無理矢理服を脱げたとしても、フィオナはまだ一人で服を着られる自信が無かった。
赤子の宿命だと心に言い聞かせて、大きく呼吸を吸って
「に゛ゃ゛~~~~~~~~!!! 」
絶叫した。
「な゛ぁ゛~~~~~~~~!!! 」
めげずにさけび続ける。
「はーい、フィーちゃんどうしたの? 」
寝室からヴェラが出てきてくれた。
フィオナは申し訳なさそうな顔で説明を始めた。
(せっかく着せてくれたけど、これだと腕がうまく曲げられず食事できません、申し訳ありませんが一度脱がせてください)
腕を空中で伸ばしたり曲げたりして身振り手振りも加える。
「ああ~~! わかったわ、気づかなくてごめんねフィーちゃん」
すぐにヴェラは上着を脱がせてくれて、無事フィオナは食事を完食する事ができた。
「ちゃんと教えてくれて偉い偉いでした」
よしよしと頭を撫でてヴェラは寝室に戻っていった。
(うん、赤ちゃんなんだから呼んでいいのよ、うむ)
フィオナは照れながら、心の中でぶつぶつ呟いた。
支度を終えたヴェラは優雅な赤紫色のコートを羽織って出てきた。
銀色の髪を横にまとめて流している、優雅でゴージャスな感じだ。
ヴェラの予想外の美しさにフィオナはほうっと息をはいた。
「転移門の準備オッケー」
同じく紳士のようなスーツと黒い厚手のコートを着たレギアスが出てきて、これまた絶世のダンディーを感じる。
2人揃うとここは現実かな? と頬をつねりたくなるような美男美女だ。
(いつも野良着とか着てるけど、ちゃんとした格好すると凄い素敵! )
「フィーたん、褒めてくれるのは嬉しいけど、いつもの格好でも僕はイケメンだから」
「ふふふ、フィーちゃんのママは綺麗なのよー」
2人そろってフィオナによしよしした。
(もちろんいつもも綺麗ですよ、でもそっちの服のが似合います)
照れるがしばらくされるがままにした。
ひとしきり撫でられた後、「じゃあいこうか」とレギアスは己が出てきた部屋にヴェラとフィオナを引き入れる。
その部屋は6畳くらいの物置部屋で、広くスペースを開けた床に魔法陣が置かれている。
魔法陣は大きな石板のうえに塗料で描かれたもので、中央に丸い円が描かれその周りに何やら文字が書かれている。
石板には大きな複数の魔石がはめ込まれているようだ。
三人が魔法陣中央の円の中に入る。
レギアスから魔力が流れるのをフィオナは感じた。
と、思った時には違う景色があった。
物置部屋にいたはずなのに、一瞬にして辺りが洞窟のような光景になっている。
傍にある魔法の明かりが辺りを照らしている。
ヴェラの腕から足元を覗くと、乗ったものと同じ魔法陣の石板が置かれている。でもこちらの石板の方が、ひび割れ変色して古い感じがした。
辺りをきょろきょろしたあと、レギアスをみると、どやぁっとした顔でこちらをみていた。
「凄いっしょフィーたん」
「すおい!!! 」
ぱちぱちと拍手して凄い凄いと褒め称えるとレギアスは嬉しそうに照れ始めた。
「えへへ、僕達以外が使うの初めてだったけど、ちゃんとたどり着けて良かった良かった」
「レギアスありがとう、これでフィーちゃんとお買い物いけるわね」
「一応空気の入れ替えしといたよ、じゃ、いこっか」
レギアスは魔石がはめ込まれている岩壁に手を触れた。
「うん…近くに大きな気配はないよ」
とたんに触っていた岩壁が魔法陣の描かれた扉に姿を変え、手前に開いた。
(凄い! )
なんだかわからない魔法にフィオナはドキドキした。
(これだよこれこれー! 私が求めていたファンタジーってこれだよー! 不思議ー! かっこいいー! )
生まれて初めての冒険に、フィオナは浮かれる気持ちをどうにか引き締める。
扉の先はやはり洞窟で、一見岩壁に見える場所に他にも同じような扉があった。
「これで最後だよ」とレギアスが言い数枚目の扉をくぐると途端に異臭がした。
「ぶっ」
フィオナは顔をしかめて鼻に手を当てる。
洞窟をすすむほど匂いは強くなる。
「あれー? この先に人がいるみたい」と言い、レギアスは3人全員に手をかざして何か魔法をかける。
すると先ほどまでの異臭を全く感じなくなった。
フィオナとヴェラはレギアスに(ありがとう)とお礼を言った。
洞窟のゴツゴツした地面に木箱や麻袋など、物が散乱しはじめ、その合間に人間大の布の塊がある。
レギアスとフィオナを抱きかかえているヴェラがふわりと浮かんで荷物の合間をすすむ。
(この布もしかして…)
フィオナは最悪を想像して怯えたが、布は近くで見ると横になった人間だという事がわかった。
よく見ればあちこちに人が寝ている。
(なんだ、寝てるだけか…あんまり臭いから覚悟しちゃったじゃん…)
ホッと息を吐いてからじっくり観察する。
先ほどからの異臭は、この人達の生活臭のようだ。
向かう先は洞窟が広くなっていて、足元が平らな場所には木箱が詰まれ、その木箱や台をテーブルや椅子の様に並べて使い、男達数人が囲んで何やら話しをしている。
「今年は景気が良いな」
「祭りに浮かれて油断している」
「出払った空き家からお宝が手に入った」
等と酒や肉を食べながら男達は談笑していた。
フィオナは彼らが何を言っているのか全て理解出来無かった、今まで聞いてきた言葉とはなんとなくイントネーションも違っているし活舌もあまり良くない、悪い意味で「訛っている」と感じた。
男たちの態度やふるまい、腰にかけた物騒な短刀や質素な服装、体の汚れに反して、周りにある高級そうな家具や貴金属など…。
フィオナは男たちが穏やかでない者達だと感づいた。
(ちょっと怖いな)
フィオナはヴェラやレギアスの顔を伺った。
するとレギアスは「先に行ってて」と言い、なんと男達が利用しているであろう分れた洞窟の更に奥へ一人で進んでいってしまった。
「大丈夫だからね、フィーちゃん」
とヴェラは微笑んでフィオナをあやし、男たちの横を堂々と素どうりしてレギアスが向かったのとは別の道を進んでいった。
途中男たちがフィオナらに気づく様子は全くなかった。
が、気が気がでなかったフィオナは口に手を当て目を見開いてとても緊張した。
少し進むと洞窟の出口があり、外には森が広がっていた。
盆地と岩で隠すように洞窟の口があったのがわかる。
盛り上がった丘を登るとすぐ近くに街が見えた。
(わぁ街! )
転生後初の大きな街だ!
「怖がらせてごめんねフィーちゃん、いつの間にかあの人たちのお家になっちゃってたのね」
(あの人達なんか怖い感じでした、レギアスさん大丈夫かな)
心配するフィオナにヴェラは「大丈夫よ」と言いながらあやしてくれた。
「ね、カフェで温かい物でも飲みましょうか」
(カフェ⁉ )
カフェと言う素敵な響きにフィオナの心はときめいた。
生前は親友とカフェ通いに明け暮れていたのを思い出す。
(そういえば『あの子』は何処に転生したんだろ…すぐ会えると思ってたのに )
しんみりするより先に、街の灯りと人々の雑踏がフィオナ達を出迎えた。
(わぁ…! 街だ…本当に街だ…! )
街は田舎ながらに商店街があり有名店舗も立ち並ぶ。商店街の中央に綺麗な飾りつけをされたモニュメントが建っていた。
街頭と並木が並ぶレンガ道がおしゃれで素敵だ。
道の脇に雪かきした雪が除けてあり頬が凍りそうな寒さだが、それに負けない程人の活気がある。
(都市というよりは街って感じがする、可愛くて素敵で、そうだ、ピュ〇ロランドに行くまでのあの場所に似てる! 活気のある多摩センタ〇駅みたいな! )
車道に商品を運ぶ馬車が良く通る。
歩道は人でごったがえし、立ち並ぶ飲食店は煌びやかな塗装がされていた。
(にぎやかな街だ! 活気がある! お店が一杯あるー! あれは何屋さんだろ、わー! 街! 可愛い素敵! ファンタジー! わー好きー)
興奮しながらフィオナは街並みをきょろきょろ見回した。
生前ぶりに街散策が出来る。可愛い物や美味しそうなものを探して心がキュンキュンときめいた。
「ふふ 連れてきて良かった、すっごく喜んでるわね」
そんなフィオナをみてヴェラもにっこり頬がゆるんだ。
人込みの中をヴェラと抱っこされたフィオナは通り、大きなリンゴの看板が付いた店に入った
「ここは林檎が美味しいお店なのよ」
(へぇ~リンゴが)
席に通されフィオナとヴェラは向かい合って座った。
メニューや、店の装飾の至る所にリンゴがある。
生成りの壁には赤いリンゴのアクセントがついてる。
対して椅子やテーブルは暗めの茶色い木材で落ち着いた感じがする。
可愛いのに甘すぎず品があり、大人のお客さんが沢山いる素敵な店だ。
そして店に入った時からリンゴの良い匂いがしていた。
(あ、匂い分る)
「うん、街に付いたから、魔法は解いちゃった」
(そうだ、さっきの人達はなんだったんだろ。レギアスさんもいなくなっちゃったし、早く帰ってくると良いな…)
フィオナはまた心配になってきた。
「まぁ!大変フィオナちゃん‼ 」
(えっ!どうしたの⁉ )
突然ヴェラが狼狽した。
「1歳児は紅茶は飲めないんだって、どうしましょう…ここのアップルティーがね、凄く美味しいのよ……」
手帳を見ながらヴェラが唸りだした。
この手帳にはレギアスとヴェラが読み漁った子育て本の知恵が書き込まれている。
(なるほど、幼児が飲食できない物のページを見てるのね、しかしそんなに美味しいアップルティーなら私も飲んでみたいな、こんなにリンゴの良い匂いがするんだもの)
ヴェラの説明にフィオナも涎が垂れてきた。飲めるのか飲めないかで話が熱くなる。
「あ、でも早めに飲ませてるお宅もあるみたいね、でもはっきり駄目だと言っている人もいるし……悪いママになりたくはないけど、可愛いカフェでフィーちゃんとお茶するの凄い楽しみだったのに……」
普段落ち着いて余裕のある風なヴェラが手帳を睨みながら問答しているのは珍しい。
素直な気持ちを表してくれてフィオナは嬉しかった。
しかし果たして紅茶は飲めるのか飲めないのか。
ティンと呼び鈴を鳴らしヴェラはウェイターを呼んだ。
「あのう、このアップルティーなんですが、何とか1歳の赤ちゃんに飲ませてあげられませんか? 」
ヴェラは切なげに長いまつ毛の瞳を潤ませて店員を見る。
20代ほどの男性ウェイターは、くらりと音が聞こえそうなほどヴェラの魅力に圧倒されたのがフィオナにも分かった。
「あああの、小さいお子様ですと、アイスティー等氷や水で割ったものをよく注文されます! 」
「まぁアイスティーを……」
ヴェラはしばし逡巡し、「そうよね」とつぶやいた後にこりとほほ笑んだ。
「割って少しの量にすればいいのよね。ありがとうございます。それをお願いします」
「はうっ! か、かしこまりました! 」
美女の笑顔の破壊力にやられ、店員はかっちこちな動きでヴェラの注文を受けて厨房へ向かっていった。
「フィーちゃん良かったわね、アップルティー飲めるわよ」
(うん楽しみ…そしてヴェラさん、罪な女や…)
「まぁ、ふふふ、大丈夫よ、私が一番大事なのはレギアスとフィーちゃんですからね」
とにっこりご機嫌にヴェラは微笑んだ。
その後出てきたアップルアイスティーはヴェラと半分こして飲んだが本当に美味しかった。
爽やかな紅茶とリンゴの香りが鼻を抜ける。
それだけだと体が冷えるから温かい麦茶も出してもらった。
これらをゆっくり飲んでると、アップルパイが届いた。
さくっと生地が割れ一口大になったアップルパイをヴェラが食べさせてくれる。
(美味し―い、久しぶりにカフェを満喫してるなぁ)
フィオナはアップルパイの甘味に頬を緩ませ、そんなフィオナを見てヴェラは頬を緩ませる。
まったり過ごしていると、レギアスが席にやってきた。
「美味しそうなの食べてるー僕もそれにしよっと」
「おかえりなさい、遅かったわね」
「お待たせしました、でも帰り道は問題なく通れるようになったから安心して」
レギアスはフィオナの横に座りむぎゅっとフィオナを片腕で抱きしめ、頭をぽんぽんと撫でた後、コーヒーとアップルパイを注文した。
フィオナはレギアスを頭から足まで確認して、どこも怪我してないようだとわかるとほっとした。
(ゲームに出てくる悪い盗賊みたいだったから怖かったけど、なんか問題なかったみたい、良かった良かった)
3人が食べ終わりお土産用にリンゴのクッキーを購入して店を出た。
その後は、お菓子屋さんに入ったりおもちゃ屋さんに入ったり、フィオナには見慣れないものばかりでとても楽しかった。
商店通りを抜けると公園があり、噴水を囲んで出店が沢山出ていた。
公園には氷像や可愛らしい雪だるまが飾られ、出店にも雪だるまの編みぐるみが売っていた。
レギアスが小さいものを1つ購入し、フィオナの上着に結び付けてくれた。
他にも犬や兎をかたどった帽子等温かい服を売っている出店もあった。
あれこれ可愛い物を見つけてはフィオナに付けようとするので服類は断った。
「あ、あの肉串美味しそう! 買ってくるから2人は待ってて! 」
行列の並ぶ屋台にレギアスは向かっていった。
(うんうん、ああいうの食べたくなるよね、わかる)
「レギアス待ってる間、私たちはあっちの屋台見てみましょうか」
(え? 待ってなくていいの? )
「どこにいるかすぐわかるから大丈夫よー」
言ってヴェラはフィオナを抱きかかえてすたすた屋台巡りに戻ってしまう。
(ほあ! はぐれる! レギアスさんがはぐれるー!)
フィオナは小さくなっていくレギアスの背中を見つめていたが、そのうち人込みに紛れて見えなくなった。
そのあとは縁起物だというの福袋に似た何かを買ったり、綺麗な砂糖菓子を食んだりして楽しみ、レギアスは自然に合流して、暗くなってきた頃に帰路についた。
行きとは別の洞窟に入ったけど魔法陣部屋に無事たどりつけた。
フィオナが(行きの洞窟は?)と聞くと、レギアスはへらりと口角を崩して笑う。
「土砂崩れで使えなくなっちゃた」と返ってきた。
(え…じゃああそこに居た人たちは…まさか…死…! )
「盗賊のこと? 彼らは盗んだものとまとめて一緒に兵隊さんに突き出しました~」
泥棒はいけないよねぇ~などと言いながら、愛娘フィオナに褒めて欲しそうにへらりへらり笑っている義父レギアスを、フィオナは再びぞっとした目で見るのだった…。
「そんな目やめてぇ! 」
ドン引きするフィオナにレギアスは泣きついた。
ヴェラは面白がってころころ笑っていた。
帰宅して食卓を囲み、軽めのシチューを食べているとフィオナはなんだかだるくて暑くぼーっとしてることに気づいた。
(つかれたのかな……ちょっとご飯もう食べれないや)
食卓に突っ伏すフィオナにヴェラが駆け寄る。
「フィーちゃんお熱でてるわ、どうしましょう…! 」
ヴェラの声、子育て手帳をめくる音、レギアスの手の感触、すべての音を遠くに聞きながら、フィオナはいつの間にか眠りについていた。
***
冬の空は綺麗だ。
空気が澄んで星がよく見えるらしい。
ぼーっと私は空を眺めていた。
『あら、駄目よちゃんと体に入っていないと』
誰かが話しかけてくる。
声の方から銀色の竜がはばたいてきた。
(綺麗な竜……)
全身銀の鱗が生えて発光している。
瞳の色も銀色で、とっても大きい。
神秘的な美しさだ。
神話に登場する神様とはこんな姿なんだろうなと感動した。
竜は私を優しく掴むと、大きな体を折りたたんで器用に自宅の扉を開け、するすると室内に入っていった。
部屋に入ると、中にも別の竜がいた。
今度は金色の竜だ。
眼も金色でとても美しい。
『薬持って来たわ』
銀色の竜が話しかけると金竜はまるまった体を少し開く。
開いた体の中にいたのは……
***
「……むぅ……? 」
「あ、フィーたん起きたね」
いつ眠ったのか全く覚えていないフィオナは目を開けると周りを見る。
いつの間にか寝室のベットに寝かされていたようだ。
横でレギアスが添い寝している。
フィオナの体は重くて、全身汗をかいている事に気づいた。
(あれ……? 私は……? )
「疲れて熱出しちゃったみたい」
レギアスがよしよししながらフィオナにお水をくれた。
介助されながらお水をちびちび飲む。喉が渇いていたようだ。
「レギアスありがとう、後は私が」
レギアスと交代でヴェラがフィオナを受け取り、汗びっしょりの服を着替えさせてくれた。おまるで用を足した。
「まだ寝ててね。安静にしなくちゃ」
ぽんぽんとフィオナのお腹を叩いてヴェラは子守唄を歌い始める。
優しい歌声は不思議と心が安らぎ、フィオナは再び深い眠りに落ちるのだった。
___________
コイフ1歳 ⑦冬越し
楽しい実りの秋は短く、コイフ達教え処は冬越しの準備が始まった。
「さあみんな位置について? よーい、ドン! 」
「それー! 」
「負けないわよー! 」
1歳の姉妹達が床を雑巾がけする。
1列目の水拭き競争でゴール後揉みくちゃの毛玉だんごになっている所に、2列目の乾拭き競争の姉妹達が突っ込んでくる。
きゃあきゃあと笑い声を上げる毛玉だんごのところに、2歳の姉妹が鼻と口に当て布をして、臭い汁の付いたモップで迫ってくる。
「ほらー早く退かないとワックスがかかっちゃうのよー」
「くさいわよーとれないわよー! 」
姉達の言葉に妹達はまたきゃあきゃあ笑いながら避難する。
ワックスというのは、断熱効果のある床用の防水蝋だ。
薬学のおばあちゃん、ベル先生に教わって、コイフはこのワックス作りを2歳の姉妹に混ざって体験させてもらった。
コイフのその日の授業はパーティーのダンスで、コイフはどのダンスでも満点を貰っていたから、レッキスの先生に事情を話してお願いしたら、2歳の授業に混ぜてもらうことができた。
何しろワックス作りに使うのはコイフが取ってきたキイロオーガバチだと聞いたからだ。
実際に使うのは、コイフが集めたキイロオーガバチに紐を付けて巣まで案内させ手に入れた、キイロオーガバチの巣の方なのだが。
コイフはあの恐ろしい蜂がどんな便利な薬に変わるのか、わくわくしていた。
エプロンをして、鼻と口に布を巻いて、2歳の姉妹に混ざって作業する。
巣材を木べらで剥がして、黄土色の蜜蝋を器に集める。
「この中に蜂蜜が入っていたんだよ」
2歳の姉妹が教えてくれる。
「蜂蜜? あの美味しい物がこの硬いのの中に? 」
コイフが目を丸くするのを他の姉たちが微笑ましく見守る。
「今年も例年通り、半分は蝋燭に、半分はワックスにしますよ、色が悪い物と寄り分けて下さい」
「はい」
おばあちゃんのベル先生の言葉に全員がきちんと返事する。
コイフは、2歳のお姉様って大人なのだわ! と感動した。
コイフも間延びしないように改まって「はいっ! 」と返事をした。
大きなお鍋を2つ、色の良い物と悪い物で分けて入れ、湯煎をし、溶かしていく。
破片を箸でつまんで取ったり、汚れを匙ですくったり。
すっかり溶けた蜜蝋に感動したコイフは「ぷああ」と鼻を鳴らした。
「色の綺麗なのはこっちに入れるよ、さ、コイフやってごらん」
お姉様が何本も筋の入った木型を置いてくれる。
「これは何ですか? 」
「蝋燭の型だよ、ほら」
と、完成品の蝋燭を見せてくれた。
「いつも使っている蝋燭なの! 」
心細い暗闇を、ほっこり照らしてくれている蝋燭が、まさかハチの巣だったなんて! とコイフは感動してぷるぷるとしっぽを振る。
「気泡を入れないように」
「ゆっくりなの…」
お姉様に支えられながら蜜蝋を型に流し込む。
お姉様は素早く型の先に紐を乗せていく。
2つある型に蝋を流し込んでパタンと本の様に閉じれば見知った丸い蝋燭の完成だ。
「で、水につける」
「お水に!? 」
お姉様は本のようになった型をトントンとテーブルに叩いて空気を抜くと、布に包んで冷水の樽に沈めてしまった。
「早くきれいに固まるんだ」
「わぁ~! 」
興味深々に樽を覗き込むコイフに、姉達はクスクス笑う。
「コイフ、樽に落ちてしまうよ」
お姉様に抱えられて机に戻る。
コイフはとっても恥ずかしくなって毛づくろいをしてしまう。
「ワックスはこっち、きっとコイフはワックス作りの方が楽しいと思うよ、ボクの勘だけどね」
お姉様が汚い色の蜜蝋の鍋を指した。
「ではこれから床用ワックスを作ります、床を守って断熱性を上げます、体に付くと取れないので、乾くまで絶対に上を歩かないよう1歳の姉妹に注意してくださいね」
おばあちゃんのベル先生の言葉に、今度はコイフも遅れないように「はい」と返した。
「使うのはこの『酒精の吐息』です、揮発…空気になりやすく、燃えやすく、有毒です」
アルコールやエタノールの事かしら? とコイフは思う。
「『酒精の吐息』を低い温度で湯煎してください、それからこの『獣樹の脂』の一かけら蜜蝋に落として溶かしてください」
配られた材料はコイフの見た事のない物だった。
「ころころまん丸なの、砂糖菓子みたいなのだわ…」
『酒精の吐息』と呼ばれるものは、瓶に詰められている白くてコロンとした薄く透けた塊だった。コイフは机にかじりついて瓶を見つめる。
「こっちが、じゅーじゅのあぶら…木の皮だなんてウソみたいなのよ…! 」
『獣樹の脂』は到底木だとは思えないほどぬとっとしていて、うっかり素手で触ろうものなら、獣脂臭くてべとべとで、手のひらの毛を全部切らねばならないだろう。
反対にこっちはお近づきになりたくないくらい臭くって、コイフはぴょんと飛び退いてしまう。
姉達がコイフの様子を覗いては微笑ましく笑うのも、もう意識の外だ。
コイフは鼻面を手でぐいぐい拭ってしまう。
「さ、コイフ、ここからはこれが必要だ」
お姉様が笑いながらコイフのずれた口布を当て直してくれた。
コイフが見回すと、他のお姉様たちも口布をしっかり当て直して、長毛のお姉様は手袋や長袖のエプロンを着ている。
お姉様が箸でつまんだ『獣樹の脂』を、溶かした蜜蝋に放り込む。
「ぴえ! 」
「けふっ! ふふふ、くっさいだろう? 」
「くっしゃいでふ、おねえたま! 」
「コイフは、鍋をかき回していておくれね」
コイフは涙目のまま、スプーンで蜜蝋と獣樹の脂をかき混ぜる。
お姉様は酒精の吐息を瓶詰めのまま湯煎し始める。
瓶を振るとコロコロと酒精の吐息は転がって、小さくなってしまう。
「無くなってしまったわ! 」
コイフの声にお姉様が悪戯っ子みたいに笑う。
「これからさ」
コイフが鍋をかき混ぜるのと同じ速度でお姉様が瓶を湯の中で振る。
そのうちちゃぽちゃぽと音がして、瓶の中に無色の液体が現れた。
「これが『液状』の『酒精の吐息』だよ、あ、えっと液化ってわかるかい? 」
「はい、氷がお水になるのですよね? 『酒精の吐息』も液化したり気化するのですか? 」
「そのとおりだよ、物知りだね、コイフは将来化けるかもしれないね」
完全に液化した『酒精の吐息』は元の塊の半分くらいの量になった。
お姉様は瓶の蓋をしているコルクに筒を差し込む。
コイフが一生懸命に混ぜている鍋に少しずつ筒から酒精の吐息が注がれる。
「ちょっとずつ、冷めないように、同じ温度で、しっかり混ぜる」
「分離しないようにですか? 」
「賢い! 」
お姉様が頭を撫でてくれようとして、「終わってからが良いね」と笑った。
コイフは一生懸命、重たくなる蜜蝋を混ぜた。
出来上がったのワックスは、とろみがある、臭くて黄土色で、ちょっとだけ乳白色の、鍋一杯の液体だった。
交代で混ぜ続けた姉妹は全員息が上がってしまい、鼻を口布の下でひくひくさせていた。
「はいみなさん上手に出来ましたね、来週のお掃除で使いますから、みなさん1歳の兄弟の指導をよろしくね」
できあがったワックスを実験室の端にまとめて木蓋をしながら、おばあちゃんのベル先生の授業が終わった。
「ボクは今日が入浴日で本当に良かったと思うよ」
「わたしもそう思いますわ…」
コイフはお姉様の言葉に同意すると「んぺちっ! 」とくしゃみをした。
お姉様は笑って頭を撫でてくれた。
(臭かったし、大変だったけどとっても楽しかったわ)とコイフはチャイムの音を聞きながら浴場に向かったのだった。
コイフ達の住む東兎人国では冬の半分は雪が降る。
入浴日は二週に一回に減るし天日干しも出来ないから、入浴後は大きな暖炉の部屋に男女に分れて入り、せっせと体を拭かなくてはならない。
だから自由に入浴できなくなる前に、いつも使う物や建物を大掃除するのが兎人族の習慣だ。
晴れた日にはベッドやシーツをこれでもかと干し、全ての部屋を掃いて、拭いて、ワックスをかける。
部屋に入れない間に、大人たちの指導を受けながら、干し肉や塩付け肉、干物を作り、果物はお酒に漬けるかジャムにしてしまう。
ハーブや薬草は、薬学の授業で2歳の姉妹が温室で育てた物を使うのだ。
干し草、干し野菜、ドライフルーツ、油漬け。とにかくなんでも保存食にする。
教え処で使う物は出来る限り教え処の全員で学んで作るのだ。
ワックスがけの後、コイフは同い年の妹、クルミと連れ立って林に入り、食べられる物を収穫することにした。
「ミルク虫が居なくなってきたの~」
クルミの言葉に、コイフは反射で地面をたんたんと蹴った。
「ミルク虫はあまり好きじゃないなの」
「コイフおねえちゃんミルク虫もチキン虫も嫌いだもんね~、いいのよ~クルミが食べてあげるなの! えっへんなの」
クルミがわざとらしく胸を張る。
「ミルク虫の日は絶対隣に座ってくれなきゃ嫌なのよ? 」
コイフの言葉にクルミはクスクス笑う。
「じゃあ赤い実の酸っぱいサラダの時はコイフおねえちゃんの隣に行くなの! 」
「ふふ、マリネは好きだからわたしが食べてあげるなのよ えっへん」
コイフはクルミの真似をした。
二人でくすくす笑う。
「まだ木の実があるのだから、木の実を集めれば良いのなの! 」
「酸っぱいけど木苺もあるなの」
コイフは籠にどんぐりや松ぼっくりを、クルミは小さなベリーをそれぞれ集めていく。
「あ、この草」
コイフは足を止めて、茂みの中の草をまじまじ見る。すんすんと匂いを嗅ぐ。
「その草っておいしいなの~? 」
クルミもしゃがんでその草を見る。
「これ、ベル先生が薬にするって言ってた草なのよ、わたし、少し採っていくのよ 」
「そうなの? じゃあクルミも採るの! 」
コイフが背負ってきた、背丈程あるシャベルを使って根までしっかり掘り、クルミが土を払って籠に詰めていく。
コイフの背負子が草でいっぱいになって、クルミの持っている籠も背負子も、木の実やキノコ、木の芽や草の芽でいっぱいになった。
顔を上げると空は赤く暮れはじめている。
「さ、暗くなる前に帰るのよ」
コイフは慌ててシャベルと背負子を背負い直す。
「風が冷たくなってきたの」
クルミは両手の土をぺっぺっぺと掃ってから、両の耳を抱いて暖をとりはじめる。
びゅうと風が吹いて、茂みがガサリと揺れる。
クルミは、風の音に耳がピンと立ってしまって、手持無沙汰になった両手をコイフの腕に巻き付けた。
「コイフおねえちゃん、お手々繋いであげるなの…」
「クルミちゃん、とっても温かいの~助かっちゃうのよ」
コイフはころころ笑って妹と頬をすり合わせた。
「待つなのよ」
コイフが突然足を止める。
風が吹いていないのに足元の雑草が揺れている。
「…‼ 」
クルミが声にならない悲鳴を上げた。
にょろり、と太蛇が這って出てきた。
コイフはすかさず背負っていたシャベルで首を跳ねた。
「やった! 大きいのよ! 食料捕まえたわ! 」とコイフは喜んだけど、クルミはあーん、あーんと泣き出してしまった。
泣いたクルミを抱えたまま無事に教え処に戻ると、コイフは一目散におばあちゃんのベル先生に背負子いっぱいの草を届けに行った、先生はまん丸の目をもっとまん丸にして、とっても喜んで二人の頭を撫でてくれた。
クルミはすっかり泣くのを忘れて、「食材を届けてくるの! 」と厨房にぴょんぴょん飛び跳ねて行った。
冬が始まった。
ドアは出来る限り閉め切り、室内でも足布を巻く。
ナニーが作ってくれていた、入浴日の抜け毛フェルトは編まれて、全員のマフラーになった。
兎人族は暑さより寒さに強いけれど、しっかり防寒しないと凍死してしまうことだってあるのだ。
垂れ耳の兄弟は自分の耳を首に巻いて、立ち耳の兄弟は耳をしっかりこすって、寒くて寝てしまわないように授業を受ける。
どうしても運動不足になってしまうから、晴れた日は1日外で駆け回る日になる。
それも雪が降り始めるまでだ。
雪が降り始めると、教室から兄弟が減っていく。
保健室の奥にある『病室』に行く兄弟が増えるのだ。
病気になった兄弟は、寝床からベッドごと運んで、治るまで暖炉が1日中灯る温かい病室で、ミシェル老師やおばあちゃんのベル先生、在住しているお医師の先生の診察と看病を受ける。
3歳の兄弟から「毎年必ず1人は死んでしまう、兎人の宿命なの、覚悟なさいね」と皆言われている。
兄弟やナニー、先生方にどんなに注意されても、ふわふわの真っ白い雪に我慢できず屋上からダイブして、骨折してしまうヤンチャな兄弟も毎年必ずいるのだけれど…。
「ねぇクルミちゃん、なんだか今日変なのよ? 」
「くしゅっくしゅっ! コイフおねえたん、クルミなんだか体が熱いの…不安なの…」
鼻声のクルミが布団に丸まったまま返事をする。
「わかったわ、わたしと一緒に保健室に行くのよ」
だから朝クルミがボーっとして動かないでいるのを見て、コイフはすぐにお医者の先生に見せようと思った。
朝食も採らずお医者の先生のいる保険室にクルミを運ぶ。
お医者の先生はクルミのお口の中とお腹の音と触診と、熱を測って、コイフにクルミのベッドを持って来るように指示した。
コイフは不安で泣いてしまいそうだった。
でもクルミが不安にならないようにいつも通り振舞った。
その夜コイフは神様にお祈りをした。
(兎人の神様、コイフはもうミルク虫もチキン虫も、レモン虫だってちゃんと食べます、残しません、だからクルミちゃんを連れて行かないでください、みんなを健康にしてください)
それでも不安で悲しくって、泣きながら眠った。
「コイフさん、ちょっといいかしら」
翌朝一番にコイフは、廊下でおばあちゃんのベル先生に声をかけられる。
「ベル先生、おはようございますなの…、あの、クルミちゃんの容態はどうですか? 」
おばあちゃんのベル先生は、コイフの頬を両手で包んで泣きはらした目元に優しく触れて言った。
「冬越し前にコイフさんとクルミさんがたくさん採ってきてくれた草があるでしょう? 」
「はい」
コイフは何の薬に使うのかもわからなかったけれど、おばあちゃんのベル先生が喜ぶので、見つけては採取していたのだった。
「クルミさんは咽喉の流行り風邪みたいね、今年は他の子も同じ風邪が多いわ」
「流行り風邪って毎年変わるのですよね? のどとか、はなとか、おなかとか…」
「ええ、コイフさんが採ってきてくれていた草はね、根の部分を乾燥させて、葉と煎じて飲むと、今年の流行り風邪の特効薬になるのよ」
おばあちゃんのベル先生の言葉に、コイフは飛び上がってしまった。
「じゃあ、じゃあクルミちゃんは、みんなは…! 」
「ええ、回復してきているわ。お医者の先生もミシェル先生も治療してくれているんだもの! 」
コイフはあんまりうれしくってその場で泣き出してしまった。
「あーん、あーん! よかったのよう! クルミちゃん死んじゃわなくって、よかったのよう! ありがとうございますなのベル先生! 」
おばあちゃんのベル先生は、いつもの調子でコイフの頭を撫でてくれた。
「毎年万全には備えられないの、今年は運が良かった。コイフさんが居てくれて良かったわ、ありがとうコイフさん」
朝食を終えた兄弟達が、未だに寝間着で泣いているコイフをなんだなんだと遠巻きに見ている。
だからコイフは泣きべその笑顔で兄弟達に言った。
「わたし薬学の勉強もするわ! 冬なんてへっちゃらにしてあげるのよ! 」
翌年、コイフはベル先生の助手に立候補するのだった。




