⑥家族、山の幸
~10話まで毎日投稿します
公爵令嬢 1歳 家族
結局、フィオナ達は目的の村にたどり着くまで5日かかった。
目的の村は深い山々に囲まれた谷間にあった。
村の名前は森の谷間村。そのまんまだ。
木造の家屋が並び、果樹や野菜畑をよく目にする。
すっかり季節は秋になり、森は紅葉していた。
村入り口にある小さな広場の端に馬を止めさせてもらう。
(途中馬車が通れなくなり馬を借りて、獣道さながらの悪路を通ってきた)
目的の家を探しに護衛が野良作業をしている村人に話しかけにいった。
「ここに…本当にフィオナ様の後見人たる人物が…?」
どう見てもどのつく田舎である。護衛は訝しみながら辺りの景色を眺めた。
人が住んでいるであろう家屋はほとんどが掘っ立て小屋という感じである。
メインの通りと思われる道は幅4メートルくらいの田舎道で、道に沿って民家がぽつぽつと建っていた。
公爵の子供たちは身分のしっかりした人間が後見人となる。
魔術師ルーサーがそれだけ身分と言葉に力のある人間であり、その紹介だからという事で身分が保証された。
既に書類上の手続きは済んでいる。
少しして護衛が戻ってきた。
目的の家は村の一番奥、道なりに進んだところにあるという。
教えられた場所に早速向かう。
見かける村人はみな作業着をきて農作業をしていた。
なんだか場違い感を感じながら進むと、道が終わった先に森が開けて2階建て木造の背の高い屋敷が見えた。
屋敷傍の空き地に馬を止める。
「さ、フィオナ様到着したそうですよ」
セシリアがねこけているフィオナをおこす。
(ふああ、やっと着いたのね、良かったー)
目覚めたフィオナの目の前には雄大な自然が広がっていた。
深くて大きな山。自然の香り。虫の鳴き声。
(わーすごい大自然だ! )
フィオナはなんだかわくわくした。
屋敷の入り口は大きな屋根付きテラスとなっており、玄関は馬車が入りそうなくらい大きな両扉だ。
大木の幹を贅沢に使った重厚な造りでログハウス風の全体的に手作り感を感じさせる屋敷だった。
護衛の一人がコンコンとドアノックを叩く。
「もし、だれかおりませんか? 」
「王国騎士団の者です。フィオナ様をお連れしました。」
「……? 」
返事がない。
もう一度ドアを叩き声をかける。先ほどよりは大きな声で。
すると「裏にいるよー! 」
と、屋敷の裏手から声が聞こえた。
「裏にいるよー! こっちまで来て―! 」
その声を頼りにフィオナ達は屋敷の裏手に向かった。
屋敷裏には様々な植物を植えた畑兼庭があった。
果樹が間隔を開けて植えられ、美しい季節の花々が畑を囲むように植えられている。
庭の向こうは雑木林となっており針葉樹や蔦、藪が生い茂っている。
がさがさっと茂みをかきわけ土を踏む音がして、藪の合間から作業着を着た男性が出てきた。
よく見ると藪に隠れて奥に小道が続いているようだ。
「はいはい、どうしました…」
言いながら顔をあげ、厳めしい軽鎧を着た護衛達を確認する。
「…どなたでしょうか? 」
間の抜けた感じで男は聞いてくる。
男は白い肌の美丈夫であった。
ぼさぼさの金髪を後ろで束ね、麦わら帽子をかぶっている。
瞳も金色だ。
土に汚れた手袋とエプロンをして脚にも土の付いた長靴をはいている。
「私たちは王国騎士団の者で、元公爵家のご息女であられるフィオナ様をお連れしました」
「王国騎士…? 」
男は記憶を絞り出すように唸った。
「あの、大魔術師であられるルーサー殿から紹介されてきたのですが…」
護衛が困ってきた。
「ああ! ルーサー君のね! はいはい聞いてます」
男とやっと話が通じて護衛とセシリアは心底ほっとした。
「女の子を引き取るって聞いてたんだよね、君がフィオナちゃんていうの? 」
男はセシリアが抱いているフィオナに気付き顔を覗き込んだ。
「こんにちは…」
フィオナが拙いながらもセシリアから教わった挨拶をする。
「うわっ可愛い!! 美少女⁉ 」
男が驚愕する。
男の急な態度にフィオナもびっくりして肩が跳ねた。
「レギアスー! ついでにこの籠持って行ってー! 」
またもや藪の奥から声がした。
がさがさと植物を掻き分けて今度は女が出てきた。
男と同じく麦わら帽子をかぶり、手袋、エプロン、長靴を着こんでいる。
銀髪に銀色の目をしたこれまた美しい女性だ。
両手に抱えた籠一杯のキノコが絵的に残念だが。
(わぁ、綺麗な人たちだなぁ、絵本の登場人物見たい)
フィオナは目を見開いて二人をしげしげ眺めた。
護衛達に気づくと女はすぐ居住まいを整えた。
「あら、お客さん? 」
「ヴェラ! ルーサーが言ってた女の子が来たよ!王国騎士団の方達が連れてきてくれたんだって」
男は女に説明した。
「あらあら、まぁ、そんな遠い所からはるばるようこそ、立ち話もなんですし、中に入りましょう、お茶をお出ししますわ」
女は屋敷裏の勝手口からフィオナ達を招き入れた。
この扉も馬車が通れそうなほど大きい。
「あの、屋敷横に馬を止めさせていただいているんですが」
「ああ、構いませんよ。他にも騎士団の方とかいらっしゃるのかしら? 正面玄関が空いてますからそこからお入りになって、お馬さんは古い厩があるのでそこで休んでもらいましょうか」
屋敷の中は、手縫いのマットや地方の民芸模様の絨毯にこだわりを感じる。
手作りらしい絵画やドライフラワーが壁にかけられており、木で彫られた彫刻が部屋のあちこちに置かれていた。
「なんだか廊下が広いですね、扉もそうでしたが田舎ってこんなにお屋敷が広いものなんです? 」
さきほどから気になっていた質問をセシリアが口にした。
「私も主人も多趣味な方でして、丸太や画版等を室内に持ち込んで作業するために広く取ってあるのですよ」
と女が答えた。
フィオナとセシリアは興味津々と室内を見渡す。
「掃除が大変そうなくらい広い部屋」とセシリアが感想を漏らす。
(木の良い香りがする~)とフィオナの感想。
男はポットを屋敷の外で待機している護衛にもてなした。
中身は温かいハーブティーだ。
同じものが客間のセシリア達にも出された。
「赤ちゃんはこっちね」
(麦茶だわ! )
喉が渇いていたフィオナはぬるい麦茶をごくごくと飲み干す。
「…おや、思っていた以上に賢い子みたいだね」
レギアスと呼ばれた金色長髪の男が、フィオナを見てにこりと笑った。
「そうねぇ、自己紹介もまだだったわ、さぁレギアス、ちゃんと失礼の無いようになさって、王国騎士様の御前なのよ」
ヴェラと呼ばれた銀色長髪の女がにこやかに笑って席に着いた。
「では改めまして、私はレギアス・ロード、こちらが妻のヴェラ、魔道細工師をしているよ、どうぞよろしく」
レギアスとヴェラが名を名乗る。
護衛騎士二人も改めて挨拶をした。
「ルーサー君には魔法をいくつか教えた事があるんだ、それで、そう手紙も2日前に届いてたよ」
「これが手続きの際の書類と、2日前に届いた手紙です」
ヴェラがレギアスに手紙を差し出した。それには間違いなく魔術師ルーサーの封蝋と署名 (レギアス師父へ、ルーサー・レジス)があり、騎士二人がほっと胸を撫でおろす。
手続きの方の書類にもしっかり王の印鑑が押されている。
「あの、直接渡すようにとこちらもルーサー様から手紙を預かっております」
セシリアは懐から手紙を取り出してレギアスに渡した。
レギアスはその手紙を受け取り読み始める。
「なになに…って、内容ほとんど一緒じゃない、ルーサー君は相変わらず几帳面だなぁ」
魔術師ルーサーは郵送と直接渡すように2通分けて手紙を書いていた。
「フィオナちゃん、魔力が規格外なんだってねぇ、大変だったと書いてあるよ」
目の前で取り出して読みながらレギアスは快活に笑う。
「私達夫婦は事情があって子供が居ませんの、女の子を引き取るなんて素敵なお話、是非お受けしたいわ」
ヴェラが銀の瞳でじっとフィオナを見つめる。
なんだか居心地が悪くなってフィオナは目を反らす。
「では後見人の件はこれにて完了という事でお間違いないでしょうか? 」
騎士の一人の言葉に、レギアスはゆっくり指を組んで頷く。
「いいよ、あぁ、サインとかいるのだったっけ? 」
「書類上の縁組は終わっています」
「あとはこちらに受け取りサインを頂きたく」
(なんだか私荷物みたいだな)とフィオナは思わないでもなかったが、喋れないので黙っていた。
騎士が取り出した受け取りサイン用のスクロールを、レギアスが読み上げる。
「なになに、『この者、フィオナ・アヌは元アヌ公爵家4子である、アヌ公爵家は反逆罪、横領罪、密告罪等の大罪を犯し、刑に処された』ふーん、なるほど、人生は残酷だ」
(やっぱり家族は死刑になったのね…私は言葉も分からない赤ん坊だから見逃されたんだ…こんなに遠くの土地に追いやるみたいに)
フィオナは少し悲しくなる、そして王都に戻れば自分も殺されてしまうのではないかと怖くなった。
「それから『後見人になる者、この者に教育を施し、その類まれなる魔力で国の為に貢献させよ』はぁ~なるほどなるほど~」
読み終えたレギアスがフィオナを見る。
「だってさ、フィオナちゃん。貢献したい? 」
フィオナは戸惑った。
(えぇ~!? 貴族に産まれたのだって贅沢したかっただけなのに、いきなり貴族終わりなの? 国に貢献? とかよくわかんないけど一応地位を身に付ければ贅沢暮らし? くらいは出来るんじゃない? 別に復讐心とか無いし! てか親の顔とか覚えてないし! )
「なるほど」
(ん? あれ? さっきから私、この人の言葉だけわかる…、ええ!? なんで!? 魔法!? )
「ふふっなんでかしらね」
ヴェラがくすくす笑った。
レギアスは机から装飾の施されたペンを取り出してクルクル回す。
「本人の同意も取れたし、後見人、引き受けましょう」
スクロールの国王の署名の下、推薦者の欄には魔術師ルーサーの名がある。
その横、後見人の欄にレギアスはペンを走らせた。
書いた端からインクは光の粒を纏って輝き、光が収まると署名は焼き鏝を押したようにスクロールに焼き付いていた。
「私達が名前をもって誓う、と言うのは本来命がけの事なんだよ、だから絶対に約束を違えないよ」
「責任もって育てるから安心してくださいね」
レギアスとヴェラがにっこり笑って騎士にスクロールを返した。
そしてふわりとレギアスはフィオナを抱き寄せる。
(わ…)
「今から僕たちは君の両親だ、君の事を一番愛し、絶対に守るよ、キミの事を大事にする、だから安心して甘えて良いんだからね、僕たちは君の味方だよ、絶対に裏切らない」
「レギアスの言う通りよ、私もあなたを愛する、貴方のお母さんになったんですからね」
(味方…お母さん…)
ヴェラとレギアスに優しく抱擁され、フィオナの心は温かく震えた。
喜びのあまり自然と涙があふれてくる
(そっか…私ずっと、心細かったんだ…)
涙は止まらなくなり感情と共に嗚咽がでる。
フィオナはわんわんとないた。
そして抱きしめているレギアスの服をしっかりつかんで離さなかった。
「元気でねフィオナお嬢様、またいつか会いましょうね」
騎士とセシリアは、フィオナに別れの挨拶をすると、夫妻に礼をして馬車で去っていった。
(感慨深いものがあるなぁ、『パン』の発音の練習、もっとしておけばよかった)
フィオナはヴェラに抱かれながら去る馬車を見送った。
「あら、発音練習をしていたの? 」
(そうなんですよ、まだ乳歯も生え揃ってないのでまともに発音が出来なくて、あの『こんにちわ』だって相当練習したんですよ)
「気を使わせて済まないねぇ、僕らの為に遠慮しすぎなくていいんだからね」
(はい…えっと、青髪のおじさんの師匠ならきっとすっごい人たちなんでしょう? それなのに実家の両親がなんかやらかしたみたいで、その為に身寄りが必要な私を受け入れてくださったという事でしょう? だからすごく感謝しております、よろしくお願いします。)
「はっはっはっ、君本当賢いね、赤ちゃんの思考らしからぬ」
ケラケラとレギアスが笑う。
(まー、ゆーて人生二週目なんでー………、…うん、なんで会話になってるの? )
「何ででしょーう? さーて先に昼ご飯にしよう! お腹空いた! 」
「フィオナちゃん何食べたい? ミルクでふやかしたパン~? 」
(えっ本当何で? てか何者? あの、お昼ご飯ありがたくいただきます)
「あっはっはっ」
「うふふ」
「あぶうぅうううう!?!? 」
今日から家族になる三人はパタンと玄関を閉めて室内に入っていった。
わからないことだらけだけれど、今日からフィオナは、『アヌ公爵家4子 フィオナ・アヌ』ではなく、『森の谷間村の魔道細工師の一人娘 フィオナ・ロード』になったのだった。
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うさぎ姫1歳 山の幸
秋晴れの昼下がりのある日、教え処は空っぽになる。
「皆さん決してはぐれないで下さい」
先生方の引率に全員がはーい! と返事をした。
今日はとっても楽しみにしていた秋の味覚採りの授業だ。
入浴日の午前中の授業を潰して、教え処総出で秋の味覚を山に採りに行くのだ。
秋には兎人族の大好きな食べ物が沢山生るのだと、2歳と3歳の兄弟から聞いていたので、コイフ含め1歳の兄弟はとても楽しみにしていたのだった。
わざわざ切り開いた形跡のある広場に全員が集合する。
「全員いますか? 」
「1歳いますわ」
「2歳揃いました」
「3歳集合しました」
リーダー役の各年長の者が点呼を取って返事をする。
1歳のリーダーはブロークンブルーのタナお姉様だ。
タナお姉様はコイフとは腹違いではあるけれどとっても穏やかで博識で仲良しだ。
「コイフもリーダーのお仕事手伝ってくれる? 」
と聞かれて、コイフは一も二もなく頷いた。
コイフの役目は収穫物の回収だ。
うっかり採ったものをそのまま食べないように集めて回る仕事だ。
「毒のあるキノコや果実。毒草だってある、なので収穫してもその場で食べないように! 」
レッキスの先生が大きな声で指導する。
「みなさんちゃんと2歳、3歳のご兄弟と組んで採集するんですよ~、夢中になって迷子になると一生思い出話にされちゃいますよ~」
ドワーフロップの先生が全員に言い聞かせるように言った。
「怪我をしたら私かミシェル老師にすぐに言う事、では解散です! 」
救護室のおばあちゃん、チェスナットのベル先生が手を叩いた。
兄弟のほとんどが駆け出した。
「うわーい! うわーい!! 」
コイフは初めての山に大興奮してぴょんぴょんかけた。
厚手の手袋をつけてぴょんぴょん。
兄弟達も嬉しくてぴょんぴょんしている。
この山のこの地域は貴族専用の山で、歩きやすいように整備された山だ。
猛獣もモンスターもいないことは確認されている、けれど普通の虫や動物は居るのだ。
思い出してコイフは気を引き締めた。
それでもやっぱり森の奥に入るのは初めてで特別で楽しくなってしまう。
弟妹達のベッド作りに入った雑木林とは規模が違うのだもの!
「回収係でーす! 採った実りを集めているのよー! 」
コイフは背中に背負った大きなカゴに、各グループが採取したあれやそれを入れていく。
「こんなものなのよ、よおし! 次は広場のベル先生の所まで運ぶのよ! 」
コイフは慎重に歩きながら、広場に向かって下っていく。
「うぅ、ちょっとだけ重たいのよ、張り切りすぎちゃったのよ…」
コイフは1歳の中ではお姉さんの方でもある、今日はタナお姉様に頼られたのもあり少しだけ空回ってしまった、と恥ずかしくなる。
「あ、コイフだ! 」
「コイフおねえちゃん! 」
登山道を降りている最中に、2歳の兄と、冬産まれの妹に声をかけられたコイフは足を止める。
「リュック兄様、クルミちゃん、どうしたの? 」
二人はある木を指さす。
「見て、アケビがあるの」
クルミが、名の通りクルミ色の愛らしい垂れ耳をぴょんぴょん跳ねさせながら言う。
「ハチが居るから近づけねーんだ、コイフは重力操作と風魔法が使えるんだろ? アスチルベット姉さんから聞いたぜ」
リュックお兄様はヤンチャな顔をしたヤンチャなベルジアンヘアだ。スマートな体型でカッコいいのに、全然お子様な赤毛のお兄様だ。
「コイフおねえちゃん、クルミね、アケビ食べたいの」
言われてコイフはうーんと唸る。
リンゴだってまだ上下に動かすことしか出来ないのに、木に成っているアケビを取れるかしら。
「風でぶわぁってハチを飛ばしてくれよ! そしたら採れるだろ? 」
リュック兄様は教え処の中でも輪をかけて楽天家だ。
それでもせっかく頼られたのだからコイフは何とかしたいと思ってしまう。
「わかったのよ、やってみるの。でも失敗したら一緒に広場まで逃げるのよ? 」
コイフの言葉にリュック兄様はやった! と飛び跳ね、クルミはもう涎を垂らしそうに目をキラキラさせている。
コイフだってアケビは食べたい、きっと熟れたらふわふわで甘くって柔らかくって美味しいに決まっている。
「それじゃ、やってみるのよ! 」
コイフはまずアケビの実一つに集中する。
(浮き上がるの! )
アケビの実は上手く浮き上がって、枝からプツリと離れた。
(きっと応用だわ、リンゴを持ち上げるのと同じように、アケビを引き寄せる力加減は…)
スゥ、とアケビの実はコイフの手元にぽとりと降りてきた。
「できたのよー! 」
「うわーい! コイフおねえちゃんすごい! 」
クルミは渡されたアケビを持ってぴょんぴょん飛び跳ねる。
「もっと取ろうぜコイフ! 」
リュック兄様もそわそわとしっぽを振っている。
「うん! もう一度やるの! 」
こうして三人はアケビ採りに夢中になってしまった。
「リュック兄様! クルミちゃんを抱っこして広場まで運んで欲しいなのよ! 」
「コっコイフはどーすんだよ、もとはと言えば俺が無茶言ったのに…! 」
「コイフは、コイフはね! 自分の使った魔法に責任を持つのよ! 」
アケビの半分を収穫した時点で、蜂がアケビに付いてくるようになったのだ。
リュック兄様に言われるがまま、蜂を重力操作と風魔法で吹き飛ばすと、怒った蜂が追いかけて来たのだった。
三人は走って逃げている。
アケビも含め、収穫物を背負ったコイフは小回りが利かず、クルミはまだ小さい。
妹の事は脚の速いリュック兄様に任せて、足を止め振り返り、蜂に対峙する。
「やるなの! わたしだっていつまでも守られる側ではいられないのよ! 」
コイフは風魔法で自分の周囲に気圧差を設定する。
例えるなら台風の日の様に、耳と頭が痛くなる。
飛んで来た蜂が気圧差で上手く近寄れない隙に、自分を中心に浮き輪のように風の輪を作って、蜂を風の輪の中に捕まえる。
「ぐるぐる回ってバターになっちゃえなのー‼ 」
風の浮き輪を思い切り回転させる。
高気圧の内側のコイフは必死に魔法を使う。
風の洗濯機でぐるぐる回された蜂は翻弄されて逃げる事も出来ない。
「おりゃあーーーなーーーのーーーよーーー! 」
ぽとん、と足元に目を回した蜂が落ちてきた。
一匹、二匹。
「今なの! 」
コイフは一等厚い袋に風の終点を向け、蜂を『収穫』することに成功したのだった。
「はぁ、はぁ、できたのよ、すごいの…」
ほっとすると同時に、コイフは目を回す。
(あ、気圧、突然解除しちゃったから…)
わたしはホントにうっかりものなの…くらり、とコイフが足を滑らせた。
浮遊感がコイフを襲う。
「…助かったなの…ああもう、あぶないなのよ…」
しなる木の枝にコイフの背負っていたカゴが上手く引っかかった。
崖に落ちそうになったのだ。
ぷらん、と宙づりになるコイフは何も失わず、ちょっと怖い目に合っただけで済んだ。
浮遊魔法を使って登山道に戻る。
「とっても反省したのよ…」
リュックお兄様の大騒ぎのせいで、かけつけたレッキスの先生に、コイフは素直に謝った。
「まぁ! 状態の良いキイロオーガバチだこと! 」
広場で収穫物を広げるとチェスナットのおばあちゃん先生、ベル先生が見分してくれる。
コイフはまだ頭が痛いので仕分けの手伝いを申し出た。
収穫物の収集はリュックお兄様が代わってくれることになった。
「この蜂、キイロオーガバチと言うのですか? 」
コイフは不思議な透明な箱に詰められた蜂をしげしげ見る。
コイフが風魔法でぐるぐるした蜂だ。
「そうよ、この蜂は気性が荒いけれど、その分元気がいっぱい出るお薬になるの。」
「蜂がお薬に…? 」
「そう、そっちの食べられないキノコだってお薬になるわ、それに果実も」
コイフは言われるがままに仕分けした『食べられない収穫物』を振り返った。
コイフはごはんの時間が好きだ、おやつの時間も好きだ、だから『食べられない収穫物』は『ハズレの要らない物』なのだと思い込んでいた。
「食べられない物がお薬に…。」
兎人族の中で、薬の大切さを知らない者はほとんどいない。
風邪をひいてお薬を飲む姉妹達を見た、怪我をしてお薬を塗るお兄様方も見た。
お妃様の部屋に薬箱を抱えて走っていくお抱え医師の姿も、コイフは見てきた。
大好きな食べ物のハズレが、大切な薬になる、とコイフはようやく思い至る。
コイフは薬学に興味がわいた。
元々この収穫は秋の恵みと同時に、冬に備えた収穫でもあるのだ。
2歳以上の、弓や剣が得意な兄弟姉妹や大人は肉の収穫に行っているし、釣りや魔法が得意な兄弟は川に魚を取りに行っている。
コイフも魔法が得意になったらそちらに回るかもしれない。
そのくらい冬の備えは大切なのだ。
「ベル先生、食べられないものがお薬になるなら、わたし勉強したいです」
おばあちゃんのベル先生は「まぁまぁまぁ! 」と笑った。
「とってもうれしいわコイフさん。2歳から薬学の授業も始まるから、しっかり学んでいただきますからね」
「はい先生」
コイフは引き続き、おばあちゃんのベル先生に習って仕分けを続けた。
下山すると兄弟手分けして収穫物を教え処の貯蔵室に運んだ。
山組だけの収穫物だけでなく、地下の保冷庫には、2歳以上の兄弟達で編成される川組の魚や、狩猟組の肉なども置いてあった。
数日熟成させるものも、すぐ食べるものもある。
保存加工は住み込みの料理人や保存魔法を使える大人がやってくれるのだそうだ。
なにしろ大人だって教え処の一員には違いない。
兄弟達は大人に後をまかせて保存庫を去っていく。
そのあと入浴だ。
さすがに毛は汚れていたし、みんなへとへとで、天日干しの最中に眠っていた
コイフとアスチルベットお姉様だけは、ミシェル老師からたんぽぽコーヒーという飲み物を貰って飲みながら勉強した
浮遊魔法を使ってキイロオーガバチと戦ったという話をしたら、ミシェル老師にもアスチルベットお姉様にも叱られてしまった
「今日のコイフ様の授業内容が決まりましたな」
ミシェル老師にまだ読めないくらい難しい教科書を見せられながら解毒魔法というのを習った。
「眠たいしお腹が空いたのよ…」
「こーひーというのはとっても苦かったわね」
解毒魔法はコイフにはまださっぱりだ。
でもコーヒーは美味しかったように思う。
ふあ、とあくびをしてしまう。
アスチルベットお姉様もあくびをかみ殺す。
「山は沢山採れたの? 」
「お姉様は狩猟組でしたものね、たくさん、たっくさん採れましたの! 」
コイフは山での採取をアスチルベットお姉様に話す、同時に反省点も。
どっさりの栗、頑張って採ったアケビ、たくさんのむかご、肉厚のきのこ、野生のりんご、山頂の畑で3歳の兄弟が作ったたくさんのさつまいも、ごろごろ大きなやまぼうし。
コイフはリンゴとさつまいものタルトを思い出して涎を垂らしてしまう。
たっぷりのバターとお砂糖、少しのレモン汁にサクサクのタルト生地…。
「作りたいのよ…」
モンブランにパンプキンプリン、にんじんのケーキにサツマイモのおまんじゅう。
頭の中は幸せの甘いお菓子モード。
なので当人さえも気が付かない。
0歳の秋はまだ草しか食べられなかったコイフが、一体どこでアケビやお菓子を食べたのかという事に。
リンゴーンとチャイムが鳴る。
コイフとアスチルベットお姉様は耳を立てて、食堂に駆け出した。
今日の食事は、釣り組が釣ってきた大きな魚のムニエルと、コイフ達山組が取ってきた山菜だ。
「お腹が空いたのよ! 」
「ええ、ぺこぺこだわ! 」
コイフとアスチルベットお姉様は笑い合う。
山だけではなくお風呂と魔法の勉強でくたくたになったコイフは、今考えていた美味しいお菓子のことを、すっかり忘れてしまった。
「そういえば、海のある国では山の幸だけではなくって海の幸と言うのも食べられるそうよ」
というアスチルベットお姉様の言葉に、コイフと、その隣に座っていたクルミは、未だ見ぬ海という場所に食欲をはせるのだった。




