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⑮結界の中

⑮結界の中



『……外に……故郷に……帰りたい……』

暗く落ちる思考の中、フィオナは誰かの声が聞こえた気がした。




どのくらい時間がたっただろう。

フィオナは深く暗く停止した思考から再び浮上していく。

自分の存在がひどく小さく感じる。

意識がふわふわして風が吹いたら飛んで行ってしまいそうだ。

そうフィオナは感じた。



ざわざわ

ガヤガヤ

フィオナは周囲に雑踏の音や、活気に溢れる街の音がしている事に気付いた。

(……? )

ぼんやりとフィオナは眼をあけた。

見慣れない景色が広がっている。

(……? )

まだ思考もまとまらない頭でフィオナは当たりを見回した。


ヤシの木の様な物が生えているのが見て取れた。

周囲には白い石の柱が並び、萱で編んだ簡易な屋根が日差しを弱めてくれている。


半身を起こすとフィオナは蔓で作られた立派な椅子に座っている事に気付く。

かたわらに真っ黒な球体が転がっていた。


(そうだ……あの透けた壁が迫って来てたから、自分の防御を捨ててせめて黒靄人だけでも隔離したんだった、黒靄人が凝縮されて、キモい……)


頭が回り始めたフィオナは自分が豪華な建物の、バルコニーにいるようだとわかった。

低いブロック状の手すりは低くて、遠くの景色が見える。


手すりの向こうからは赤レンガ屋根の建物が並んでいる街が見渡せた。


太陽が燦燦と照り付けて、地上の歩行者たちも涼しそうな民族衣装風のものを身に着けている。

温暖な地域のような景色、なのにフィオナはひどく凍えていた。


フィオナの後方にある大きなアーチをくぐれば今いる建物の屋内に入れるようだ。


何か羽織る物は無いだろうか?

「めっちゃ寒い……持って来たものは無くなっちゃったか……」


「お召し物を用意しましょう」

「えっ⁉ 」

フィオナがぎょっとする。

いつの間にそこにいたのか、フィオナの少し離れた所から民族衣装の布を簡単にまとった一つ結びの女性が話しかけてきた。


女性は当然のようにすたすたと屋内に入っていく。

フィオナもおそるおそる後に続いて屋内に入った。


室内は天井が高く石組みと粘土で作られていた。

調度品は一見して丁寧な造りの一級品だろう。

木でできた窓の外には石造りのピラミッドが見え、カラフルなタイルが張られた街並みも良く見える。

空は青く明るく、街の喧騒も良く聞こえる。


部屋の角に大きなベットが置かれている事から、誰かの寝室なのだろうとフィオナは察した。


一つ結びの女性は室内の大きなタンスを開けると中からストールを取り出した。

「どうぞ」

「あ……」

女性は戸惑うフィオナの事など構わずフィオナの後ろに回り、ストールを肩にかけてくれた。

「あ、ありがとうございます」

「私の仕事ですから」

「仕事? 」

「私はあなたの傍使いですから」

「は、はぁ……? 」


ストールをかけてもらったフィオナだが、今一つ温かくなった気はしなかった。

フィオナはそこら辺を探索する。


箪笥の傍に曇った姿見が取り付けてあるのに気が付く。

自分の姿を姿見に移してみる。

「ひいっ!? 」

鏡にはミアの姿ではなく、長身の人型をした男性が映っていた。

男性は黒髪長髪で紫の瞳、顔色はひどく悪い。

「なに……誰? 」


フィオナは自分自身の手足や身なりを確認する。

いつもの綿シャツと綿パンツ姿だ。

「ここって現実なの? 」

フィオナは頬をつねってみた。

痛みは無かった。

そもそも自分が確かに頬をつねったのかすら確信が持てない。

「夢の中みたいだ……」


非現実な事が起こっているのにフィオナはあまり深く考え込む事が出来なかった。

さきほど眼を覚ました時から妙に自分の存在感が希薄であった。

しっかりしなければとフィオナは頬をぺしぺし叩いて気を引き締める。

「コイフの傍に戻らないとね」

フィオナはまずこの建物を探索する事に決めた。


「ねえ、ここはどこなの? 」

フィオナは一つ結びの女性に話しかけた。

が、彼女はどこかへ行ってしまったようだ。

「ここは貴方の王宮です」

と代わりに民族服をきた男性が答える。

「え、いつからそこに……」

「いつでも控えております」

「はぁ……」

「朝食が用意出来ましたが召し上がりますか? 」

「は、はぁ……」

フィオナが答えあぐねていると、肯定ととらえたのか「こちらへ」といった動作をした後男性は部屋から出て行ってしまう。

あわててフィオナは男を追った。



フィオナは長テーブルに料理が置かれた広間に到着した。

民族服を着た男性は木製の長椅子の前で立ち止まる。

すでに席についていた民族服姿の少年や少女達、奥方らしき女性が3人いてフィオナをじっと見つめている。


「……」

「父様どうしたの? 」

民族服姿の少年がフィオナに声をかけた。

「父様⁉ あ、ああ、ここが私の席なのね」

民族服の男性が立ち止まっている空席にフィオナはあわてて座った。

すると席についていた者たちが『いただきます』に類する言葉を発して食事を始めた。

(周りの人達皆私を誰かだと思い込んでるよな……)

フィオナは周りの人間を訝しんで観察したが、周りの人間はいつもどおりといった風に行動している。


ともあれフィオナも周りを真似て食事をしてみる事にした。

何か食べて暖を取りたかったのだ。

「いただきます」

目の前に並んだ料理はフィオナが暮らしてきた文化と食生活が違うようで、見た事の無い料理ばかりがテーブルに並んでいた。


パンの様なものかと丸く白い物体をちぎって食べてみたら甘くもちもちした何かだった。

(これ美味しいかも)

フィオナは白い物体が気に入った。

木の杯を飲んでみるとココナッツジュースが入っていた。


陶器の深皿には茶色いスープが。

フィオナが恐々スプーンですくって飲んでみると、カレー風のひき肉と豆のスープだった。


テーブルの真ん中には大皿の上に茶色い塊が鎮座している。

フィオナは大きなスプーンで小皿に取り分けてみる。

齧り付いてみると酸っぱいタレがかけられた鶏肉だった。

(肉! でもこの酸っぱいソースは癖が強いな……)

肉好きのフィオナはもう少し鶏肉を食べようかと思ったが、向かいの席の少年が嬉しそうに食べていたので譲る事にした。


サラダは色とりどりの野菜が入っている。

食べてみたらかけてあるソースが辛かった。



しばらくして他の者が食事を済ませ次々と席を立っていく。

フィオナも「ごちそうさまでした」と言って席を立つ。

食べたのになんだか食べた気がしなかった。

料理も味気なかった。


すぐ使用人らしき人達が片付けを始める。


隣の部屋が居間のような空間の様で、床に敷かれた豪華な絨毯の上でさきほど食事を終えた民族服姿の者たちが寛いでいる。

(彼らはこの家の人達なのかな)とフィオナは思った。



すると急に日差しが強くなりだす。

屋内だというのに上方から光がふりそそいでくるのだ。

不思議な現象にフィオナは上を見上げる。

すると上から光の玉がふって来る事に気付いた。


光の玉は真っ直ぐフィオナの元までやってきた。

フィオナのそばまで来るとそれが手の平くらいの大きさの金色の竜だとわかった。

「可愛らしい……」

竜は温かく熱と光を放っていた。

フィオナの寒かった体が温まっていく。

「あったかい……ありがとう」


『フィオナだな』

「え」

なんと竜がしゃべった。

『私は太陽神の分体、信徒達から頼まれてこの場の浄化とフィオナの保護をしにきた』

「太陽神の分体……神様⁉ 」

フィオナは驚きで目を見開いた。


『穢れを隔離したのか、見事な物だ』

竜の目線の先には黒靄人を閉じ込めている黒玉が落ちている。

「あ、あれ、これこの部屋に持ちこんでないのに?? 」

『ここは幻覚の世界だ、距離などない』

「幻覚の世界……? 」


『消してしまうぞ、こいつの結界の一点を開けてくれ』

「わ、わかりました! 」

フィオナは黒玉の一部を開けるよう魔法を操作する。

開けた一点からぬらぬらと黒い靄が漏れ出てくる。

黒玉に竜はすかさず光のブレスを吐きだした。

黒い靄はあっという間に燃え消えた。

なかなかの勢いとブレス量である。フィオナは立ちろいだ。


竜はしばらく光のブレスを吐き続け、最終的に黒玉は綺麗に燃え尽きてしまった。

「すごい、ありがとうございます」

『うむ』


竜はフィオナの頭の上に飛び乗った。

「……疲れてるはずなのに、神様に触れてると疲れが癒えるような……」

『勿論私が力を分けているのだ』

「ありがたや……」


竜が光のブレスを吐いていようがフィオナと竜以外の人間は気にも留めず日常を送っている。

「彼らも幻覚なんですね? 」

『そうだ、ここは本来封印されていた男の為に創られた空間のようだ』

「本来封印されていた男……」

フィオナはそもそも魔王の玄室へコイフ達と向かっていた事を思い出す。


「コイフぅ……」

フィオナは自分を心配しているであろう親友を想った。

(早くコイフのもふもふの毛並みに癒されたい)

「ここが幻覚の世界なら……こっちも精神魔法で対抗できないでしょうか? 」

『ふむ……出れたとして……』

「出れたとして? 」

う~むと竜は悩んだ風だ。


『まぁやってみるがよい、私はフィオナが出れるよう手助けしよう、まぁまずは穢れを全て浄化してからだが』

いつの間にやら黒靄が周囲から集まり人の形を模し始めていた。

「うぁ~まだいるのか……」


竜は黒い靄が集まって来た頃に光のブレスを吐いて一掃する。

フィオナはそれを見て自分も同じような光の攻撃が出来ないかと魔法を発動させる為魔力とイメージを練ってみる。


……が、さきほどから意識散漫していまいちイメージを掴むことが出来ない。

『ここで自由に魔法を使うにはここから出れるほどの精神防御の魔法がいるだろう』

「……なるほど、私が強くなればここから脱出出来るという事ですね⁉ 」

フィオナは気を強く持つようぐぬぬ、とイメトレをし始めた。


『そのくらい難しい、という意味で言ったのだが……まぁこれも良い修行になるかもしれないな』

竜は黒い靄が集まっては光のブレスを吹き飛ばし、その間フィオナを見守っているのだった。




魔王の玄室、コイフは結界の近くに座って、フィオナの回復を待っていた。

周りでは神官と結界師達が忙しく動いており、聖女アユリも協力している。

クロード王子や聖女エレノアもやってきて、なにやら作業をしていた。


フィオナはすーすーと寝息をたてて眠っている。

変装魔法はフィオナが戻って来た後から解けてしまって、今のフィオナは元の姿だ。

その美しさはさながら眠り姫の様で、フィオナは時折結界師達の視線を奪っては作業妨害になっていた。


(また、何もできなかったのよ)

コイフは膝を抱えて思う。

もしポーションが作れたとしてもどうする事も出来ない事象が起きている。

フィオナのようなチート能力を願っていれば、こんな時何か出来たかもしれないのに。


結界師や神官がざわついた。

「フィオナさんの体が…! 」

キリィ侯爵の言葉にコイフは顔を上げる。

フィオナの体に纏わりついていた黒い靄が消えた。


コイフが跳ねるように近寄ると、ぶわりと黒い靄のドームがフィオナを覆って中が見えなくなった。

「フィー! 」

コイフが結界に飛び込みそうな勢いでフィオナに近寄る。



ひとつ目の結界とふたつ目の結界の間に黒い靄が充満した。

「また来きます! 」

聖女アユリが声を上げた。

「ここは……私が……引き受けます……! 」

聖女エレノアが前に出る。

「私も一緒にやります! コイフさん下がって! 」

聖女アユリも前に出た。

コイフも光魔法を発現させる。

「ううん、私も戦うのよ! 」


聖女エレノアは何かをつぶやく。すると彼女を中心に光が展開し黒い靄をいっぺんに薙ぎ払った。


聖女アユリは祝詞を唱え、神官達と協力して結界師達を守るように黒い靄を滅ぼしていく。


「あの黒い靄は神聖魔法でないと効果が薄いようです、まとめて誘導しましょう、エレノアさんお願いできますか⁉ 」

「はいぃ、おまかせください……! 」

クロード王子の問いに聖女エレノアが答える。

コイフとリンツは、クロード王子の指示の下、風魔法で黒い靄を一か所に吹き飛ばした。


「集まって来たので……一度……浄化します……! 」

聖女エレノアは小さな声でまた何か呟くと、目が眩むほどの神聖な光を放った。

黒い靄は一瞬で清められ、その場に居た全員が清浄になった空間を見てぽかんと口を開けるほどだった。

「ツゥグー嬢もすごいわ……」

コイフはぽかんと開けた口を閉じてそう言った。

「また来ます! 」

聖女アユリの声に引き戻されて、コイフは風の魔法を放つ。

(フィー! お願い目を覚ましてなのよ! )


全ての黒い靄を一か所に集め、聖女エレノアがもう一度眩いほどの神聖魔法を放つ。

黒い靄は消滅し、清浄な風が全員の頬を掠めて行った。




「ううん……」

フィオナがうなされている様に喉を鳴らした。

「フィーたん? 」

コイフがフィオナの顔を覗く。


ぱちりと『紫色』の目が開いた。


コイフは驚いて尻もちを付いてしまう。

フィオナの元の目の色は『碧眼』だ、ミアの目の色も『空色』、どちらともに当てはまらない目の色のフィオナはゆっくり立ち上がる。

結界師達はざわついて、結界の中で手足を動かすフィオナを見ていた。


「フィー! 体は大丈夫? そのお目目はどうしたなの? 」

コイフが結界のギリギリまで近づいて、フィオナに声をかけた。


フィオナはずいぶんと窮屈そうに体を動かしては、最後にんーーー! と伸びをして言った。

「ああ……ようやく意識が鮮明になった……」

フィオナの口から出たのは男性の様な喋り声だった。


フィオナはつとコイフ達の方を見て止め、はきはきと語り出す。

「我が名はデルレイ・ショコラ、ショコラ魔導王朝の王である、お前たちには世話になったな、あの忌々しい黒い靄を消したこと、大儀であった」


玄室に居た全員が声を無くした。

なにしろその名前は玄室の主、『魔王』の名だった。

その名を知らなくとも、自らを『ショコラ』何某国の『王』と名乗った時点で封印されているはずの当人が出てきたことに気付く。


「『魔王』様……? ではフィーは……? 」

コイフは耳をぺたりと畳んだまま、恐る恐る問いかける、リンツとリンツの従者は無言で臣下の礼を取っていた。


「フィーというのはこの体の主か? ここに2重の結界があるだろう、」

『デルレイ・ショコラ』と名乗ったフィオナは結界の重なる部分を示して説明を始めた。

「ひとつは魂を閉じ込める結界、ひとつは精神を迷わす結界だ、この精神を惑わす結界が厄介でな、綻ぶまで我も出られなかったのだが、我が出たのと入れ違いにこの体の主が閉じ込められてしまった様なのだ」


『魔王』の入ったフィオナに見惚れていた者たちも含めて、玄室にいた全員が息を呑む。


「ついでに忌々しい黒い靄まで中から出て来おった」

「あの黒い靄の正体をお知りですか…? 」

結界師か神官か、誰かが好奇心に負けて口を開いた。

「あの靄は我の『負』の念でな、封印された時に一緒に結界に閉じ込められて長い時をかけて凶化した物だ、流石に我も辟易しておったのだ人国の者達よ」

『魔王』デルレイ・ショコラはそう言って玄室を見渡す。


「つまりフィーは魔王様と入れ違いに封印されてしまったということ…? 」

コイフはぎゅっと強く胸元を掴む。


「左様、故にこの主が戻らずば我はこの結界から出られぬ、我がこの結界から出てしまえば、この体の主は死んでしまうからな」

『魔王』デルレイ・ショコラはそう言って泰然と結界の中で胡坐をかいた。

「この体の主に非は無い、我が掴んでしまったのもこの者の体かも知れぬしな、無用の殺生は望むところではないよ」


コイフは『魔王』デルレイ・ショコラの言葉に安心して崩れ落ちてしまった。

「フィーは結界の中で無事にいるのね……! 魔王様、ありがとうございますなのよ……! 」

「無事……と言えるかはわからぬ、我が出てきたひとつめの結界の中に最も黒い靄が濃縮しているからな……」

「え……⁉ 」

コイフは青ざめる。

そこに聖女アユリが飛んできて、コイフの小さな体を支えた。

「アユリさん……」

「フィオナさんはまだ生きています、フィオナさんの気配がするんです! 」



「そこで跪いている者達よ、魔導王朝の者か? 」

「は、私は貴方様の子孫にあたる者でございます、そちらは私の従者です」とリンツが短く答える。

「えぇ⁉ 魔導王国の……王族⁉ 」

聖女アユリが小さく悲鳴を上げた。

期しくもこの玄室の中に、自国と他国の王子、王女が3人も居ることに気付いた様だった。

「そうか、そちが『リンツ・ショコラ』か、そちの声届いていたぞ」

「光栄です」

リンツが深く頭を下げた。



「さて、この精神を惑わす結界が解けなければこの体の主は帰っては来れぬぞ」

『魔王』デルレイ・ショコラの言葉にコイフは横の聖女アユリを見た。

聖女アユリはたどたどしく頷くと言葉を選び始めた。

「この結界は、魔体の核を閉じ込めている感じがします……たぶん本当だと……」


コイフは結界師のキリィ侯爵に縋るように言った。

「キリィ侯爵、結界を解くことは出来ませんか? 」

しかし結界師のキリィ侯爵は首を横に振って言う。

「この結界の維持は王命です、解く為には議会と王の承認を得なくてはなりません」

「そんな……」コイフはくらりと眩暈がしたがぐっと踏みとどまった。


「クロード殿下、わたし議会とクロード殿下のお父様を説得するわ! 」

話を聞いていたクロード王子が驚いて咽た。

『魔王』デルレイ・ショコラはからからと笑う。


クロード王子が申し訳なさそうに言う。

「率直に言おう、無理だ、この件について君が証言できる実績が無い、王宮議会に招待するに足りていない……すまないコイフさん」

「実績が必要なら今から作るわ! 絶対にフィーたんを助けるのよ! 」

コイフはふん!と足を突っ張って言った。

「コイフさん、説得は私がしよう、だから無茶はしないで欲しい」

クロード王子は「王室は才ある若い命を無下にはしない」とコイフに語り掛けるが、コイフは全身の毛を逆立てて『やる気』に満ち溢れている。


『魔王』デルレイ・ショコラが声を張る。

「長丁場になりそうだな、どれそこのメニード王国の若き王子よ、我は待とうではないか、結界内に部屋を作れ! そうだな、絨毯を敷け、長椅子にベッド、読書机も欲しいな、それから便器と衝立も寄越せ、女の体だからな、風呂桶も欲しいぞ」

「そ、それはどういう……」

クロード王子が戸惑って声を上げた後、我に返って口を塞いだ。


「私は現メニード王国の第一王子、クロード・メニードです、挨拶が遅くなって誠に申し訳ない、『魔王』デルレイ・ショコラ王、貴殿の居心地が良いように取り図ります」

「我は魔導王朝デルレイ・ショコラ王である、メニードの子孫か、ずいぶん態度が殊勝になったものだ、なに、我が封印されていた時間の無為を思えばこの程度の時間待ってやるのは造作もない、『才ある若い命』の為であるし、この体の持ち主のおかげで我はあの忌々しい精神の結界から出られたのだからな! 」

『魔王』デルレイ・ショコラは堂々腕を組んだ。

「「感謝します、デルレイ・ショコラ王」」

コイフとクロード王子は同時に言った。

クロード王子は伝令を走らせる。


コイフは『魔王』デルレイ・ショコラの前で『東兎人国ひがしうさひとくに』流の淑女の礼をする。

「改めて、お初にお目にかかります『魔王』デルレイ・ショコラ王、わたくしは『東兎人国ひがしうさひとくに』王女コイフ・東兎人国ひがしうさひとくにと申します、この度はわたくしの親友の保護を申し出ていただき誠に感謝致します」

「ふむ、そなたの親友か、では聞こう、この体はすぐに我の魔力量に侵され魔石化し始めるだろう、この体を人の域から外れさせて生き永らえさせても良いか? 」

コイフは耳も毛も立てずに淑女らしく言った。

「フィオナの体はフィオナの物でございます、わたくしが決めて良い事など何一つありませんわ、しかし、もしもの時だけは……永らえを、お願いをいたします、デルレイ・ショコラ王……」

「よかろう、ではコイフ王女よ、本を持って来い、歴史の本だ、戦後から今までが分かる物が良い、次に魔導の本だ、どれだけ魔導分野が伸びたのか見てやろう! それからリンツ、我に話を聞かせよ」

「わかりましたデルレイ・ショコラ王、少々お待ち下さいませ」

「はい、デルレイ王よ」

コイフとリンツは揃って頭を下げた。



「コイフさん済まなかった、こんなことになるとは思っても居なかったんだ」

リンツは今まで見せた事も無い真摯な表情で言った。

「それは誰もが同じなのよ、ショコラ殿……いいえ、リンツ殿」

コイフは背負っていた行李の中から大きなお弁当箱と魔法瓶を取り出すとリンツに渡した。

「積もる話もあるでしょう? よかったらデルレイ王と一緒に食べて」

驚いた顔をしたリンツがお弁当箱を反射で受け取る。

そしてくすくす笑い始めた。

「ありがとうコイフ王女……いや、コイフさん、僕の事もリンツと呼んで、お弁当、食べさせてもらおうかな」

コイフはにっこり笑って「わかったわリンツさん、さあ! わたしは本を見繕ってくるのよ! 」と玄室を出て行った。





フィオナは引き続き幻覚世界でイメトレを続けていた。


『時にフィオナは、何故親に連絡をしないんだ? 』

「連絡? 」

竜がフィオナに尋ねた。

『お前の親にだ、最近入院しただろう? 普通人間は病気になったり入院をすると身近な人間や家族に連絡するものだろう? 』

「ああー確かに! 忘れてました」

『忘れてたのか……』

フィオナは入院のごたごたでロード夫妻と連絡が取れる魔道具のカフスを自室に置いてきてしまった。

ついでに精神魔法防御のカフスも同じところに置いてきてしまっているのだった。


「家に帰ったら連絡しないとかなー」

『それが良いぞ、さて休憩はもういいだろうもう一度やってみろ』

「はい」

フィオナは胸に手をあて集中する。胸が熱を持つように輝き始める。

(だいぶ意識を集中出来るようになってきた、私がこの場所でなすがままだった時に比べて魔力が自由に練れるようになってきた)

フィオナの精神抵抗力があがると同時に、この幻覚世界がいかに魂を拘束させるのかを嫌々ながら理解した。


竜によるとこの幻覚世界は魔体の核、すなわち魂を拘束する機能を備えているのだという。

(そう、何と今私は肉体から離れた状態なんだって! )

本来魔王の魂を閉じ込めるはずがフィオナの魂を拘束して誤作動しているのだそうな。

それを可能としたのが体を失った魔体の核は他の魔体の核と混ざり合う特性だ。

フィオナの魂は魔王の魂に囚われ混ざりかけていた。


現在フィオナの肉体には『魔王の魔体の核』の大部分が入り込んでいる事を教えられた。

そして替わりにフィオナの魔体の核の大部分がここに閉じ込められている訳だ。


(私の体に他の奴が入り込んでるなんて嫌すぎる事案! 早くここから出てなんとかしたい)


黒靄人がまた形を成して出てきた。

かなり滅したのかその出現頻度はだいぶ下がっていた。

フィオナは意識をからめとり拘束させようとする負荷に抗いイメージと魔力を練っていく。

胸がふつふつ光輝き熱があふれ出す。


フィオナは向かってくる黒靄人にふうと息を吐いた。

フィオナの口から浄化効果のある光のブレスが出てきて黒靄人を吹き消した。

「ふう」

『良いんじゃないか? 』

「やー、神様みたいにごわー! ぶわー! じゅううううってふうにならないですね」

竜のブレスがゴ〇ラの怪光線だとすれば、フィオナのブレスは春風って感じだ。

『浄化は私の十八番だからなぁ、幾人もの祈りで産まれた神の力と一人の身であるフィオナの力、比べるのはおかしい事だろう』

難しい話にフィオナは理解しようと変な顔になった。

「神様ってやっぱり凄いんですね、こんなふうにお話しできるのも奇跡みたいな事なのかも」

『ふふ、凄さを理解したか? 魔体の核の状態ならこうしてスムーズに会話が出来るのだ、フィオナも肉体に戻ってしまえば私の声を聞き取る事が難しくなるだろう』

「早くコイフの所に戻るぞ! 」




コイフは上階の図書館から本を抱えて魔王の玄室に戻って来た。

歴史の教本に、各時代をクローズアップした本、魔法の歴史書に最新の論文まで一抱えにして戻ると、『魔王』デルレイ・ショコラは用意された敷物の上にどっかりと寝転んでコイフの手作り弁当を食べていた。

「ふむ、大儀であったコイフ王女よ、ベントウはとても美味いぞ」

「ありがとうございます閣下、本をお届けに参りました」

「うむ、早いな」

「恐れながらこの上階が図書塔となっております」

リンツが言うと『魔王』デルレイ・ショコラはかっかと笑った。

「我が遺体の上に知識の塔を建てるか、不遜であるなメニード王国」

「いかにも」とリンツもにっこり笑った。

『魔王』デルレイ・ショコラとリンツは会話に戻った、魔導王国語の古語なのだろう、リンツが考え考え返答をしているのをコイフは見て、そして思った。


(わたしも何か公共事業をして実績解除するなのよ! まずはクロエとキリエ叔母様にお手紙を書きましょう! タナお姉さまとポコお兄様にも許可を取って……それにはまず大使館ね、ヴィタお兄様にもきちんと相談しましょう! )

コイフは突然やる事がいっぱいになってやる気が出た。

(今まで何をしようか迷っていたのが嘘みたいだわ! きっときっと成功させるのよ! )

コイフは計画をメモ帳にカリカリと書きつけていく。


「コイフ王女」

「クロード殿下どういたしましたの? 」

コイフは首を傾げてクロード王子を見る。

身長180センチ台のクロード王子が、しゃがみ込んでメモを取っている地面から40センチ台の毛玉ことコイフに戸惑って、声をかける。

(ちなみにコイフの身長は100センチである)


「もう部屋に戻っても良いんだ、こんなところで這いつくばらなくっていいんだよ」

「座っているだけですわ! フィーがここにいるならわたしもここに居ます、ちゃんと眠る時は寮に帰りますから……あ、わたしも小さい机を持ち込んでもいいのかしら? 」

クロード王子は驚いた顔をした。

「コイフ王女、ここは仮にも玄室です! 」

「メニードの王子よ、コイフ王女は我の司書とするぞ、机と椅子くらい支度せい」

「魔王様、司書も侍女も付けますから! 」

クロード王子は頭が痛そうに手を額にやる。

ということでコイフは玄室から追い出された。


「クロード王子、フィーは私の親友でしてよ! 」

「すまない、1日2回は会いに来ても良いから、コイフ王女にお見送りを」

クロード王子の従者がコイフを図書塔の外へおくる。

しぶしぶコイフは従った。



外はもう夜だった。

雨脚は強くなりごうごうと強風も吹いている。


コイフは図書塔から出ると商業施設『オリート』の方に向かった。

目指すは太陽の教会、及び戦士科のハインツ・アルファルド先輩だ。



教会に着けば神父は、突然の司祭の駆り出しに大忙し、それを手伝う戦士科のハインツ・アルファルド先輩は憂い顔だ。

「神父様、アルファルド先輩」

「コイフさん! 」

「コイフ王女、アユリは…! 」

コイフが声をかけるとふたりは駆け寄って来た。

「おふたりとも心配をかけてごめんなさい、アユリさんは今クロード王子に呼ばれてお手伝いをしているの、わたしもさっきまで居たのよ」

するとふたりはほっと息を吐き、その場に崩れてしまった。

「よかった、またおかしな輩に目を付けられたんじゃねぇかと気が気じゃなかったんだ」

「わたしが何も言わずに寮から連れ出してしまったから……心配させてしまってごめんなさい、クロード王子とリンツさんが一緒に居るわ、安心して! 」

「王子がいらっしゃるなら安心ですな」

神父は持ち直して椅子に掛けた。

「クロード王子はわかるが、リンツってのは誰だ? 」

「同じ教室の友人よ、わたしは仕事が終わったから早く帰らされてしまったの」

「そのお手伝いはどこでやってるんだ? 」

「図書塔よ」

コイフが言うと戦士科のハインツ・アルファルド先輩は「迎えに行ってくる」と教会を飛び出して行った。


「おふたりに連絡が出来てよかったわ、アユリさんにはとっても助けられたから」

「知らせて下さって助かりました」

神父に見送られコイフは商業施設『オリート』に寄って買い出しをしてから自分の寮に帰る。




「今日はくたくたな一日だったわ、明日からもっと忙しくなるんだもの……大変だわ」

そう言いながらも床に就いたコイフの頭の中は、たくさんの予定でいっぱいだった。

来週はお休みをいただきます。

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