⑬取引
⑬取引
翌日もコイフは聖女アユリ達と共に老人の多い地区の家々を回っていた。
ポーション作りには遠回りになってしまうかもしれない、しかし、貴重な体験になるとコイフは思ったのだ。
この日も家々を回っては介護をし、掃除をし、と目まぐるしかった。
「アユリさん、コイフさん、昼食にしましょうか」
「腹減ったな、今日はいつもの所にしようぜ」
と神父と戦士科のハインツ・アルファルド先輩に声をかけられた。
一緒に片付けをしていた戦士科のハインツ・アルファルド先輩が聖女アユリとコイフの肩を叩く。
コイフは(一緒に片付けをしてくれるなんて、アルファルド先輩は貴族なのに、実はとっても良い人なのよ)と好ましく思う。
そして曰くいつもの店であるところの飲食店で一緒に食事をする。
そこでコイフは、はたと気付いた。
(こうして近くでみると日本人ぽいのよ……)
聖女アユリの顔立ち、ナイフとフォークの使い方や、食事の前に手を合わせる仕草などが絶妙に日本人っぽいのだ
「失礼な質問かもしれないけれど、アユリさんのご実家はあまりナイフとフォークでのお食事をされなかったの? 」
コイフの質問に吹き出したのは戦士科のハインツ・アルファルド先輩だった。
「そうなんだよ! アユリはカトラリーが苦手でな! ガキの頃一緒に森に入って何してたと思う? 竹を探して箸を作ってたんだぜ」
「もう! その話はやめてって言ってるでしょ」
聖女アユリが顔を真っ赤にして照れている。
「こっちの方が食べやすいからって言って、俺に割らせた竹を煮てるんだぜ、6歳のガキがよ、俺も単純だったからそうなんだなんて感心して一緒に箸を使う練習をしたぜ、懐かしいなぁ! 」
「おかげでお箸上手に使えるようになったでしょ、感謝してね」
聖女アユリは言ってクスクス笑う。
「お箸を使うのはもっと東の、お米の名産地の方よね? ご家族にそちらのご出身の方がいらっしゃったの? 」
コイフは聖女アユリと戦士科のハインツ・アルファルド先輩のやりとりにほっこりしながらさりげなく聞く。
「はい、父がそうでした、家ではお米も頻繁に出たので……やっぱりカトラリーが苦手なのってわかっちゃいますか? 恥ずかしいなぁ……」
「昨日は気付かなかったのよ、よーくアユリさんを観察していたら気が付いたのよ、マナーとしては問題ないのよ」
コイフもにっこり笑って訂正をする。
「あの神父様、話は変わるんですけれど、教会ではポーションを作ったりはしませんの? 」
コイフの問いかけに神父は食べていたサラダの皿にカトラリーを下げた。
「ポーションですか、残念ながら、私が勤めている教会には置いてませんね、ポーションと呼ばれる即効性のある治療薬は薬師の店になら置いてあると思いますが……教会でそれと同等の効果があるものと言えば、特別な力を持った聖水でしょうな」
「聖水ですか? わたくしポーションのようなすぐ怪我人を回復させる薬を作れるようになって、より病や怪我で苦しむ人々の力になれたらと思っていますの」
コイフは前世のファンタジーゲームの先入観で『回復といえば教会』だと思い込んでいた。
(この世界の教会と回復は関係ないのね……思い込みって恥ずかしいわ)と思った。
コイフの現在作れる薬には、即効性のものはない。
服用を続けて次第に効果が出るものだ。
「そうでしたか、それは素晴らしい志ですね」
神父はほほ笑んで食事に戻る。
「コイフさんは薬学科でしたね、私神官科で学んでいるのですが、聖水づくりも学んでいますよ」
アユリが会話に加わる。
「聖水とは、どうやって作られるものなんですの? 」
「ええと、聖水は神聖魔法の一種で、朝早くに汲んだ特別綺麗な水を神殿に捧げて儀式を行うんです、すると神様の力が宿った奇跡の水になるんですが、これを行う聖職者の優秀さでその力の差も変わるとされています……神聖魔法は術者の魔法では無くて、あくまで神様の力を借りて奇跡を起こすものとされてるので……」
聖女アユリは説明に困っているようだ。
「聖職者さんが神様にお願いをして聖水を作っていただくのね」
コイフの言葉に聖女アユリは「えーっとそうです……かね? 」とあいまいに笑った。
食事の合間に話を聞くに、どうやら聖女アユリの所属している教会は大きな教会ではなく、小さな教会のようだった。
「太陽の神を祀られているんでしたわね」
コイフの問いに神父は「ええ、そうです、と言っても月の教会と対立しているわけではなくて、専門が違うだけなのですよ」と説明をしてくれた。
曰く。今のヒト族の信仰する神は『太陽の神』と『月の神』の2大宗教である。
東兎人国でも、きちんと祀っているのは『太陽の神』と『月の神』である。そして土着の信仰、短命な兎人の死後、浄土である月の国に導いてくれる神『兎人の神』というものがあるがそれはおとぎ話の様なものであった。
その話をコイフは「ありがとうございます神父様」とお礼を言って聞いて、自分の食事に戻る。
もしコイフがポーションを作れれば聖女アユリ達の活動にもプラスになるかもしれないとコイフは思った。
一日活動して夕食もご一緒して、聖女アユリ、戦士科のハインツ・アルファルド先輩と一緒に学生寮に向かって帰る。
護衛と言うだけあって戦士科のハインツ・アルファルド先輩は絶対にふたりの傍を離れないでいてくれた。
「アルファルド先輩がいてくださって心強かったですわ」
とコイフは礼を言う。
「そうかい? お姫様のお役に立てたなら戦士科冥利に尽きるな」
「かっこいい~」
戦士科のハインツ・アルファルド先輩は照れたように言う、それを今度は聖女アユリがからかう。
「お二人は仲が良いのね」
「「いやいやまさか! 」」
コイフが言うとふたりとも朗らかに否定をした。
「わたしの6つ上のお兄様がメニード王宮の騎士隊で勤めているのよ」
というと戦士科のハインツ・アルファルド先輩が食いついた。
「王宮の騎士隊にウサヒト王子が⁉ 超エリートじゃねーか! 」
「もし興味があるなら紹介するのよ」
「お会いできるのなら是非! 」
戦士科のハインツ・アルファルド先輩が突然背筋を伸ばして敬礼をした。
コイフは(お兄様って凄かったのね)等と思った。
ふたりと寮門の前で別れてから(戦士科のハインツ・アルファルド先輩は聖女アユリを一般寮まで送って行くそうだ)コイフは貴族寮に向かってぽてぽてと歩いて向かう。
すると夕日の中、見知った影がコイフの事を待っていた。
「やあコイフ王女」
「まぁショコラ殿、どうしましたの? 」
リンツ・ショコラがそこにいた。
「うん、実はね、……フィオナさんの病気の治し方を教えるって言ったら知りたい? 」
コイフはびっくりして飛び上がった。
「本当⁉ とっても知りたいわ! 」
リンツはふふと笑うと言った。
「なら僕と取引しよう? 」
『取引』という不穏な単語にコイフは首を傾げた。
「秘密の話だよ? 僕は黒い靄の消し方にも心当たりがあるんだ」
コイフは「ええ! 」と声を上げそうになって口を抑えた。
リンツは続ける。
「でも査定官は信用ならない、なら、コイフ王女やフィオナさんに協力してもらえばいいじゃないか、と思ったんだ」
「どうして私たちなの? 」
「フィオナさんは魔結石症で困っている、コイフ王女とは知らない仲ではないからかな、僕はこの国に来て日が浅いから友人がいないんだ」
リンツは肩を竦めてわざとらしく困った顔をした
コイフはとりあえず納得した。
「いいわ、『取引』しましょ、わたしたちは一体何をして差し上げればよろしいの? 」
リンツはチョコレートの様に甘い美貌でにっこりと笑って言う。
「僕と魔王の玄室に付いてきてほしい」
翌朝のフィオナである。
「フィオナさん、朝食置いて行きますね」
「ふあ……あひがほぉございましゅ……」
朝、朝食を運んできてくれた看護師さんの声でフィオナは目を覚ました。
パジャマのままテーブルについて朝食をとる。
入院食は味付けが薄く、量もフィオナには物足りなかったが、残さずきちんと食べた。
後で売店で肉の挟まったパンを買いに行こうとフィオナは思った。
朝食の後はリハビリだ。
昨日のうちに予約しておいたのだ。
フィオナは食器を配膳のワゴンへ下げた後、運動着に着替えてまだ眠い頭でリハビリ室に向かう。
「おはようございます、フィオナさん、今日も頑張りましょうね! 」
「ふぁい……よろしくおねがいします」
トレーナーの指導の下、簡単なストレッチと、音楽に合わせて踊りながら魔法を放つ。
カラフルな光や風を出して踊りの演出を行う。
ボールを魔法で浮かせて、音楽のリズムにあわせ繊細に動かす。
終わるころには意外とこれだけでしっかり汗をかいていた。
自室に戻る途中で売店により、生活雑貨と干し肉の入った袋と総菜パンを購入しておく。
リハビリ室から帰ってきたらナースステーションでタオルを借りてフィオナの個室の向かいにある浴室で汗を流した。
浴槽の無いシャワー室であった。
退院するまで湯船はお預けのようだ。
通路は働いている看護師やこれからリハビリに向かう入院患者がみてとれた。
談話室からは談笑が聞こえる。
フィオナは着替えを持って自分の病室へ戻った。
学園閉鎖中とはいえ自宅で自習するように学校側からプリントが配られているので、それを見ながら勉強をする。
(そういえば私、まだ学生でいいのかな? 学費払ってるし、退学手続きするまでは入院してても学生だよね……? )
オリーブ館も寮費は3年分払っているし部屋を追い出される事はないはずだ、とフィオナは自分に言い聞かせた。
そのうちお昼が来て昼食、その後夕飯まで勉強をした。
途中フィオナの体調を確認しに看護師が何度かやってきて、血圧や簡単な問診をしていった。
フィオナの傍に干し肉の袋が転がっているのを見て、「塩分の多い食事は食べ過ぎないように気を付けてくださいね」と釘を刺されてしまった。
「フィオナさん夕食です」
「はいありがとうございます」
相変わらず味気ない入院食を食べる。
「ごちそうさまでした」
夕食後フィオナは食器を下げがてら病棟内の談話室に向かった。
中にはカフェスペースがあり、患者が無料で利用できる飲み物を取りに来た。
談話室の壁際に小さな長机が置かれ、その上にお水やお茶等がある。
コップも置かれているが、フィオナは自前のコップを持って来た。
他の患者も自分のコップを使っているのでそれに倣ったのだ。
「あ、一昨日の子だ! ねぇねぇお姉さん」
なにか不快な声が聞こえた気がしたが、フィオナは無視してコップにお茶を注ぐ。
「無視しないでよ、もうずっと病院に入院してて退屈なんだよ~」
声の主はフィオナの後ろから声をかける。
フィオナは根負けして溜息をついた。
「……何? 私が女子だどうだって話なら聞かないから」
「わぁい、ありがとう! 」
声の主は先日声をかけてきたメガネ少年だ。
よっぽど人懐こい性格なのか退屈すぎているのか、とフィオナは思った。
「この前は不愉快にしてごめんなさい、でも本当に転生者がきて嬉しかったし、仲良くなりたかったんだ」
メガネ少年はしおれて謝った。
「もう変な話しないなら、謝罪をうけいれる」
「しないよ! ありがとう」
メガネ少年は前世読んでいた漫画やアニメの続きが気になるらしく、「あの続きはどうなったか」「あのアニメはみてないか」とせわしく聞いてくる。
フィオナが知っている範囲で作品の続きを説明してあげた。
「あ、フィオナさん」
そこに巨大火球ドヤ顔男子コーデリア・ローマンが早速出来たであろう友人達をつれてその場を通りかかる。
ここは彼らにメガネ少年の回収を任せよう、とフィオナは思った。
「お、ソヤのめんどうみてくれてありがとう、フィオナさん」
おかっぱ青年がフィオナ達に気付いて声をかける。
「ソヤ? って誰だ? 」
フィオナは首を傾けた。
「僕! 僕がソーヤだよ! 」
フィオナ傍のメガネ少年が名乗る。
「そ、ソーヤでソヤな」
「えぇーフィオナさんと仲良くなったの⁉ 僕も僕も友達になりたい」
と、桃色のパジャマを着た女の子が声をかけてきた。
年齢はフィオナより少し幼いくらいだ。
病弱そうな白い肌、細い顎、ざっくりと切られた前髪と黒い毛髪は長くツインテールに結んでいる。
「あなたは? 」
「僕はリヴェティルだよ、元男爵家の貴族だったんだ」
僕っ子少女リヴェティルは萌え袖&ウィンクをした。
「よろしく、フィオナです、男爵家と言うと、モイラ・スイ男爵とお知り合いですか? 」
「僕は知らないけど多分元親戚だと思う」
「俺はデオンな」
脇からおかっぱ青年が自己紹介をした。
フィオナとデオンたちは談話室のソファーでこれまでの話をした。
メガネ少年は机を広く使って絵具で画用紙に落書きをしている。
聞き集めたサブカルの続きをメモしたり絵を描いてイメージを補完するのだそうだ。
一見子供の落書きのように見えるが本人は楽しそうに描いているので良しである。
「私はもっと北の田舎から魔法学校に通うために来たんです」
とフィオナ。
「ああ、魔術師として箔をつけたいなら必ず入学するっていう名門校だよね、ローマン君もそこにいたんでしょ? 」
「いたっていうか、まだ在学中だし! 」
反論する巨大火球ドヤ顔男子コーデリア・ローマン。
まだ『在籍してる』という部分にはフィオナも共感して頷いた。
「あーいーなー僕も学校通いたいな……」
少女リヴェティルは溜息をつく。
「あなた達はずっとここに入院しているんですか? 」
フィオナが聞くと少女リヴェティルとおかっぱ青年デオンが頷いた。
「小さい頃から魔力の強さが災いして施設行ったり病院を転々としてるよ、ここの専門病棟が出来てからはずっとここにいるけど」
「デオンは方足が、僕は左手が魔結石症で上手く動かないんダ」
少女リヴェティルが説明をする。
フィオナも生まれてから自我が芽生えるまでの間、魔力暴走でいろんな人に迷惑をかけていた。
(そういえばメガネ少年ソヤもずっと病院にいて退屈だと言っていたな……)
「フィーたん、こんなところにいたの、あら?みなさんフィーたんのお友達? 」
コイフが談話室にひょっこり顔を出した。
「コイフ!来てくれたの⁉ いや友達じゃないよ、ちょっと話してたんだ」
「獣人だ! 」
「小さい! かわいい! 」
談話室の男児共がざわりと騒がしくなった。
「こらお前たち! コイフさんに失礼だぞ! 」
巨大火球ドヤ顔男子ことコーデリア・ローマンが男児達を叱って回る。
コイフは隠すことなく「不快だわ」という顔をした。
「フィーたんお話があるのよ、病室に戻れない? 」
「もちろん! 」
コイフは騒ぐ男児共を尻目に病室に戻った。
フィオナはコイフに失礼な事をした奴らの指をひとりずつ反対にまげて謝罪をさせた。
コイフとフィオナは、フィオナの個室の病室に戻った。
そしてコイフはリンツとのやりとりを話す。
「リンツと玄室へ⁉ 」
「そうなの、フィーたんの病気の治し方を教えてくれるって言っていたわ」
「それって罠じゃない? なにか危ない事をさせるとか…! 」
「でも……」
フィオナを治療出来るかもしれないならコイフは気になる。
「むむむ、怪しい……! 私も行く! 外出許可取ってくる! 」
フィオナは素早く病室を出て、数分後外泊許可の申請用紙を持って戻って来た。
「フィーたんおかえりなの」
「なんかすぐ許可おりそう、ともかくこれでついていけるよ! リンツめ! 一体何を考えているんだ……⁉ 」
「フィーたんがついて来てくれるなら心強いのよ」
なんでも怪しむフィオナの眉間の皺をコイフは引き伸ばしながら言う。
「このままじゃいつまで待っても学校に戻れないのよ、それにリンツはわたしのこと友達って言ってくれたわ信じてもいいと思うのよ」
コイフは楽天的に言う。
「それに入りたがってたでしょう? 遺跡」
「それは入りたい! 」
フィオナはベッドの上でむむむ~! と胡坐を組んで悩んだ。
フィオナはコイフとリンツと共に魔王の玄室に行くことを決めた。
「騙されてたらやっつければいいんだしね! 」
「フィーたんぶれないのよ……」
ふたりの話は続く。
コイフは持って来た水筒から常温のお茶を注いでフィオナに渡した。
「えー、聖女アユリが転生者っぽい? 」
「6歳の頃からお箸を作っていたらしいのよ、転生者っぽいエピソードなのよ」
「でもお父さんが米処出身なんでしょう? 」
「そうなのよー決め手にかけるのよね、話そうにも常に戦士科のアルファルド先輩がいるし……」
コイフとフィオナは病院の廊下を散歩しながら話す。
「それになんだか『月の教会』の聖女エレノアの派閥ができてるみたいなのよ……」
コイフは商業施設『オリート』であったいじめのこと、そして二日一緒に行動して聞き出した聖書アユリと聖女エレノアを巡る派閥争いの話をフィオナにした。
「……というわけでこの前の生徒会会議の後からエレノアが学校内の月の教会で人を集めているらしいのよ、その頃からアユリさんに対するいやがらせが激化したらしいのよ」
「いじめとか最悪だな! エレノアが指示してるっぽいの? 」
「それがどうやら違うみたいなのよ、アユリさんをいじめに来る令嬢は、元々アユリさんが気に食わなくって陰口を叩いていた人たちらしいのよ」
「陰口が過激化したのか」
「そんなかんじらしいのよ、神父様に聞いてみてもお茶を濁すばっかりなのよ」
フームとフィオナは考える。
「アユリは教会医術師から協力を求められているんだよね? エレノアはどうなんだろう? 」
「わからないけれど……アユリさんは老若男女手を差し伸べていたわ、誰にもできる事じゃないのよ」
コイフは聖女アユリ達と一緒に訪問介護に回った話をした。
話を聞いたフィオナは「コイフえらいねーーー! 凄いねーーー! 世界で一番可愛いいいね! もはや尊い! コイフは尊いから聖女だ! 聖女コイフだーーーー! 」と褒めながらおでこをなでこなでこした。
「うーんイメージだけどエレノアはやりそうじゃないよねそういう草の根活動」
フィオナは自分の感想を言った。
「エレノアのことを知らないから悪口は言いたくないけれど、大きな教会に属して上からの依頼で動いているそうなのよ」
「草の根活動のアユリ、いくら陛下から表彰されているとはいえ、自由に動けないエレノアにとっては脅威かもね」
「フィーたん冴えてるのよ、キレッキレなのよ」
フィオナは褒められて嬉しくなってキリッとポーズを取った。
「そんなフィーたんには差し入れをあげましょうなのよ」
「えっなになに? 」
コイフはリュックから小さな籠のお弁当箱を取り出す。
受け取ったフィオナがワクワクと蓋を開けると、俵おむすびにミートボールに山菜のフライ、黄色い卵焼きがこじんまりと入っていた。
「病院食じゃ足りないでしょう? お夜食に食べてなのよ」
「ううっ! コイフ~~~‼‼ ありがと~~~‼‼ 」
「喜んでもらえてうれしいなのよ、でも内緒なのよ、看護師さんに見つかったら叱られてしまうかもしれないのよ」
既に干し肉を食べて看護師から指摘を受けているとはコイフは知らない。
そして育ち盛りの食欲モンスターフィオナも気にせず食べる所存だ。
「うん! わかったよ! あ、この箸は? 」
「今日『オリート』で買ったのよ、前世のフィーたんはなんでも箸で食べてたからつい懐かしくって」
「えっ! プレゼント? うわぁ、益々嬉しい! ……え、まって? コイフの分は? 一緒に箸使いたいんだけど」
フィオナは顔を喜びの顔、真顔へと変えてコイフに尋ねる。
「当然私の分も買ってあるのよ」
「それなら一緒だね! えへへ、いただきまーす! 」
フィオナはその場にあったベンチでお弁当を食べだした。
コイフは嬉しそうにその光景を眺める。
「ねぇフィーたん、アユリが転生者か確かめる方法はないかしら? 」
「んー? ……直接聞くしかないんじゃない? 」
「そうね、明日聞いてみるのよ」
「コイフのお手製ミートボール美味しいよ‼ 」
「自信作なのよ! また作ってあげるなのよ」
こうしてコイフは明日、聖女アユリが転生者なのか聞き出す事に決めたのだった。
コイフの朝は早い。
今日も今日とて日の出と共に目覚めたコイフは、身支度をし、朝食を作り、朝の勉強を終えると、二枚目の普段着の仕上げに取り掛かった。
二枚目にはレースのフリルをふんだんに使う事を決めていたため、各パーツをつなぎ合わせる前にレースのフリルを挟んで縫っていく。
ボックス襟にもスカートの袖にも、裏地と挟んで丁寧に縫い付けていく。
外がにわかに騒がしくなれば常識的な時間だ。
コイフは帽子にアミュレットを付けて、商業施設『オリート』の中にある『太陽の教会』に向かった。
「神父様おはようございます」
「おや、コイフ様おはようございます、どのような御用ですか? 」
「アユリさんとお話にきたのですわ、その前にお祈りをさせていただきますわね」
コイフは令嬢の皮を被ったまま、太陽の教会式のお祈りを捧げた。
「神父様はアユリさんの所属している寮をご存じですか?」
「ええ、教会にほど近い寮ですよ、毎日顔を出してくれますから今日も来てくれるでしょう」
「神父様、わたしアユリさんともっと仲良くなりたいの、下心ありきで申し訳ないのだけれど、アユリさんが来るまで教会のお手伝いをさせていただけないかしら? 」
「ははは、連日手伝っていただきましたからね、よろしいですよ、歓迎します」
その後は教会のお手伝いをしながら聖女アユリを待った、おやつに焼き立てのスコーンを出してもらってコイフは跳ねそうなほど喜んだ。
スコーンを小さい口で上品に食べるコイフを神父はニコニコ見ていた。
日も傾いた頃、慌ただしい足音と共にアユリが教会に駆け込んできた。
「おや、アユリさん! どうしたんですその服は……」
「……今日も月の教徒のネックレスをした人たちに囲まれて……、水たまりに突き倒されてしまって……、どうしましょう、ハインツのお父様からもらった服なのに……! 」
聖女アユリは泥に汚れたお仕着せのスリーピースを見つめて泣きそうな顔をした。
「なんてこと、月の教徒は『月の様に静かな慈悲の心』を教義で謳っているというのに……! 」
神父はびしょ濡れのアユリを招き入れると湯とタオルの準備に走った。
「アユリさん、わたしに任せるのよ! 」
「えっ! コイフさんなんで⁉ 」
「フィーたん直伝の魔法なのよ! 泥水おちろー! なのよー! 」
コイフはフィオナがピノのジュースを落とした魔法を教えて貰っていた。その魔法を聖女アユリに使う。
「わ、すごい……! 」
みるみるうちに聖女アユリがの汚れた服が綺麗になり、泥水はコイフが窓の外に水球にしてぱしゃんと投げ捨てた。
「どやぁなのよ! 」
コイフは胸を張ってにっこり笑った。
「後は神父様からお湯をもらって体を拭いてほしいのよ」
「うん、ありがとうコイフさん…! 」
「どういたしましてなのよ、わたしアユリさんともっと仲良くなりたくって待ってたのよ」
「私と? ……どうして」
コイフは神父がまだ戻って来ない事を確認して耳打ちをした。
「アユリさん、白ハゲの神様に日本から転生させられたの? 」
「え、ええ⁉ なんでコイフさん、それを⁉ 」
聖女アユリはわかりやすく動揺する。
「わたしもなのよ」
「‼ 」
聖女アユリは絶句して口元を手で隠した。
「事故にあって転生して、この学校でフィオナと再会したのよ」
「まさか……私以外にもいたなんて……」
アユリは礼拝室の椅子に座り込んでしまった。
丁度神父がお湯を持って戻って来たので、アユリをひとり奥の部屋に追いやって、コイフと神父は礼拝室に残った。
「神父様、アユリさんに酷い事をする人が出てきたのは何故なのですか? 」
「それが……、月の教会とは親しく付き合っているし、対立する理由は全くない筈なのです」
コイフはフィオナと話した『草の根活動がエレノアにとって脅威』という話を思い出した。
「聖女エレノア嬢は何もしてくれませんの? 」
「それが……エレノア様は何も知らず戸惑っているそうなのです」
神父の言葉にコイフはほっとした。
「よかった聖女エレノア嬢がアユリさんをいじめているわけでは本当にないのね! 同級生だもの、疑うなんて辛かったのよ……」
「そうでしたか! コイフ様も聖女アユリさんと同じ教室だったのですね、差出がましいお願いではありますが聖女アユリさんと仲良くして差し上げてください」
「もちろんなのよ! 」
話が終わったところで、着替えたアユリが戻って来た。
「神父様、コイフさんありがとうございます」
「おお、服のシミが綺麗に! 」
「髪も顔もさっぱりしてよかったのよ! 」
神父とコイフは笑顔でアユリを迎え入れる。
今日は三人で礼拝堂の掃除を終わらせて帰路についた。
コイフは聖女アユリを送って一般寮への道を歩いている。
「お姫様に送ってもらうなんて……恐れ多いです」
「こちらこそ聖女様を送れるなんて誉れ高いのよ! 」
ふたりは夕暮れの道をてこてこと歩いて帰る。
「さっきの転生の話なのだけど、わたし日本から来たの」
「えっコイフさん、人間だったんですか⁉ 」
「健康な兎人になりたいって願って転生してきたのよ」
「そうだったんですね……あの、懇親会では失礼なこと言ってごめんなさい、私も日本で突然事故にあって……真っ白いおじいさんの神様に転生させてもらったんです」
「いいのよ、それって真っ白で髪の無いギャル語のおじいさんなのよ? 」
「はい! そうです」
聖女アユリは少し考えるようなそぶりをしてから言う。
「私……ありのままの私を愛してほしくて……恥ずかしいんですけど、前世に近い姿で生まれてきたんです。」
コイフはそれを静かに聞いていた。
「いままで恋愛とかは……してこなかったんですけど……魔法学校に来たら出会いがあるかなーなんて思ってたのに……まさかいじめにあっちゃうなんて……ぐすっ」
聖女アユリは鼻を鳴らす。
「それだけアユリさんが魅力的ということなのよ、わたしもフィーたんもアルファルド先輩も、アユリさんが大好きよ」
「フィオナさんもですか? 」
「フィーたんは……気難しいからちょっとわからないかもしれないわ」
「あはは」
聖女アユリは目に涙を浮かべたままでも笑ってくれた。
「やさしいあなたなら大丈夫なのよ、きっと愛してもらえるのよ」
コイフはぴょんぴょんと飛んでアユリの頭を撫でた。
「コイフさん……改めて、コイフさんの毛並みを触らせていただけますか⁉ 」
「もちろん、頭とお手々なら良いのよ」
「ありがとうございます! ……ふわぁ、ふわふわ、これは、凄い……」
これでコイフ、フィオナ、ピノ、ミリー公爵令嬢、アユリが転生者だという事が分かった。
アユリを寮に送ると、コイフは貴族寮にぽてぽて歩いて帰る。
「今日は遅かったね」
道の途中でリンツ・ショコラが待っていた。
「そうなの、アユリさんを寮に送っていたのよ」
それを聞いてリンツはクスクス笑った。
「お姫様が護衛するの? 勇ましいんだね」
「そうよ! 遺跡の探索だってかかってこいなのよ! 」
リンツが目を丸くする。
「引き受けてくれるの? 」
「もちろんなのよ! フィーたんも参加するって言ったのよ! 」
「……ありがとう」
「だって罠ではないんでしょう? 」
「うーん、ふふ、どうかな? 」
「ショコラ殿はいたずらっ子なのよ」
コイフもくすくす笑う。
「じゃあ日付は決まったら伝える、パイン館の受付に手紙を預けるから受け取ってほしい」
「わかったのよ、フィーたんにも伝えるわ」
ふたりはにっこり笑って手を握り合った。
「いたずらみたいだね」
「なのよ! ちょっと楽しみね」
コイフとリンツはパイン館の前で別れた、空は向こう側が暗くなっていた。
コイフは厨房にこもると、リュックの中にあるものを詰めてフィオナがいる病院に飛んで行った。
「ということがあったのよ! 」
「お疲れ様コイフ、それで今日のお弁当は? 」
「山菜の炊き込みご飯、山菜の佃煮、野菜の生春巻きなのよ~! 」
「やった! いただきまーす!」
コイフとフィオナはお弁当箱を膝に乗せて、内緒の夜食を食べた。
次の投稿は7月11日です




